単独ライブ  -音楽と日常の独り言-
me-mi



 ただキーを叩く

ちょっと時期過ぎると書きたいこともすべて手の中の砂のようにさらさらこぼれ落ちていくものなんだね。
思いついたときに書き留めておいたほうがいいのかなあ?

最近チャットをやっておらずキーボードを連射するということがなくなった。
こうやってキーを叩いているとそういう感覚を思い出してくるんだよね。
キーボードは叩いていくうちに心地よくなっていく。

文章を考えるのとチャットは少し違う。
文章は頭の中を多少は整理していかなきゃならないけど、チャットは思いつくまま会話をすればいいから、極端に言えば考えなしにキーを打って行ける。
でも最初はやっぱりぎこちなく、そのうち気持ちが乗ってきて、やがて止まらなくなる。

パソコンを始めて触ったころは、キー打ちながら思考するのって難しかったなぁ。
紙に書いたほうがはるかに考えがまとまった。
今じゃキー叩いたほうが楽だもんな。
でも書いてる内容も紙にかくのとは変わっちゃったかもね。


モーサムトーンベンダーのライブが2月1日にあるらしい。
DRUM Be-1。
まだチケットは余ってるらしい。
私は

2月1日(日)
福岡 decadent DELUXE
[MotherFuckerLiveShow]
Open 19:30 Start 20:00
前売\1500 当日\2000
w/MOTH//Running Catch/ガロリンズ/spectrum synthesize/Tarjeering

こっちのライブが気になってるからモーサムには行けない。
tomoだったらモーサム行きたいだろうな。

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この間友人と話てた。
売れると売れないの境界線はなんだろうね?って。
なんか矛盾してるよね。これじゃ音楽を真剣に追求してるバンドが売れないって方式になっちゃう。って。

好きなバンドが売れようが売れまいが私が好きであることに変わりはないのだけど、ある程度売れてくれないと地方に来てもらえないって方式が出来ちゃうんだよね・・・。

2004年01月28日(水)



 冬ごもり

小学校子ども会連合の行事でウォークラリーを行う予定の日。
子どもは3時間あまりを歩いて各ポイントでゲームをする。
私はお手伝いで道案内で立つ係りだった。

当の我が子は硬式クラブチームの入部説明会。
体験入部みたいなものへ。
要するに別行動(笑)
しかしどっちへ行こうが寒いことには変わりない。

硬式のほうは前日に延期が、ウォークラリーは当日の朝中止が決定。
良かった〜。
暖かかったチョット前ならいざ知らず、この極寒のなか3時間も立ってるの想像してみてくださいよー。

そんなの私のキャラじゃない!って、ありえないって思ってた。
8時半集合の朝の7時に電話がかかってきた。
よかったー!助かったー!氷のオブジェにならなくて済んだよ(?)

おかげで一日冬ごもり状態でごろごろだらだらしてました。
日曜日って休日だったのね〜。
kouheiと父は雪の舞うなか通常の練習に行きましたが。

そういえばtomoの高校はセンター試験の会場になってたらしい。
福岡はもういっこミーシャがいた高校とふたつだけが高校の会場だったらしい。
自分の高校で試験受けられたらなんとなく安心だよね。

センター試験の日がこんなに寒くなくて良かったね。


時間がたくさんあったのでネットでバンドの映像を見た。
正しくは私がお世話になっているプロバイダでやってる「CAFE COARA」インターネットTVとラジオの連携番組 なんだけど
福岡のバンドがたくさんゲストで出演している。

THE BACK HORNのライブを見たことで、その後友人と話ができたことで、ライブの熱が少し再燃。
もういちどきらきらする日々が欲しい。

でもバックホーン級のライブ見てしまったら半端な覚悟でやってるバンドはもう見たくない。
あ、もちろんそれを職業としてるひとのことではないです。
よっぽど鬼気迫るものを持ってるとか、もんのすごーく気持ちよい快感を味わえるバンド。
遊び感覚でやっててもそこに子どもの持つ真剣さみたいなのが感じられればそれはそれで感動できると思う。
博多はレベルが高いので演奏的には甲乙つけがたい。

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ライブで馬鹿やるにしても芯の通ったポリシーが欲しいんです。

2004年01月25日(日)



 ザゼンのひと?

昨夜は友人に付き合ってもらい飲んで帰った。
天神は大雪が嘘のようだった。
さすがに深夜はしゃれにならないくらい寒かったが、雪は歩道にひとかたまり程度しかなかった。
それが箱崎を過ぎたあたりから路面や歩道に雪が。
バスを降りるお客さんに「滑らないように気をつけて」と声かけるくらいに。

12時近くにバスを降りて家までの10分。家に近づくにつれ残った雪の割合が大きくなる。
これが完全に凍った状態で乗ると滑る。
だんだん滑らない箇所を探すのが難しいくらいになった。

tomoは結局朝高校まで自転車で行ったらしく、天神まで乗って来てた。
幸い帰りは仕事帰りの夫とうまく合流できたので自転車を積んで帰ってもらってよかった。

元気だねぇ、今日もチャリで行っちゃったよ。
私も悩んだが自転車で行くことに。
仕事場までの15分間に転びかけたひと1名。実際ころんじゃったひと2名。
私はなんとか無事に到着。


昨日のライブの余韻が残っている。
着替えが必要なほど暴れたtomo。

こないだ行ったZAZEN BOYSとどっちが良かったんだろうな?
比べられるもんじゃないのかもしれないな。

CSでスペシャ列伝をやっていた。
なんの宴だろう?
ストレイテナーというバンドが出ていた。
tomoが「ベース、ザゼンのひとやん」
という。

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2004年01月23日(金)



 ■2004/1/22@DRUM Be-1  THE BACK HORN

行くことのできない誰かがちょっとだけ意地悪したかのような大雪。
家の前からのバスはいつくるか判らない。
西鉄電車・地下鉄経由で行くか?
JRで博多駅まで出て地下鉄に乗るか?
踏み切りを西鉄電車が過ぎたのでJRを選択。
が、発車時刻が表示されていない。
どうも列車は遅れているらしい・・・。
が、その遅れた列車が(私の)予定時間に到着。
会場前には6時半に着いた。

バックホーンのワンマンツアー。サブタイトルは『〜絶望アッパーカット〜』

整理番号順に入場しているところだった。
開場前に到着することは滅多にないので、その行列の多さに驚く。
tomoが「次はロゴスかね?」と囁く。

今回前に行くつもりは無かった。
空間を探してやや後ろ端に落ち着く。
もし来ることができたらば彼が見るならここだろう、と思われる場所。

15分遅れでいつものSEが流れる。
1曲目「惑星メランコリー」?
後ろから自然光の照明だけでメンバーの顔が見えない。地味な演出だったからかお客さんの反応は大人しい。
が、波乱を感じさせる舞台に相応しい不穏な幕開け。

2曲目からお客さんが一気に沸騰!
ダイブするひともいた。

「生命線」で泣いた。
「幸福な亡骸」「花びら」の流れにもやっぱり泣かされた。

今回、ドラムの音がものすごく響いた。
予備知識無しで見た3年前のライブのとき、最初に耳に入ったのがドラムの音だった。歌謡テイストな楽曲をドラミングがオルタナティブなロックに昇華させている印象だった。

その後ボーカルの凄まじさが私の中で勝ったためか、印象が薄くなっていた。
今日のドラムは凄かった。
硬質で繊細かつダイナミック!
特に低音がものすごく心地よかった。
そこにフレーズ弾きまくるラウドなベースが絡んで、
もう、もう、この二つが良いことで、久々にライブの良さってのを思い出した。

ドラムの音に体が乗ることが、こんなに心地良いことだったってのを、久々に感じた。

もちろん山田くんのボーカルも凄まじく、栄順くんがコーラスしてて、彼も歌がうまいことを発見。

しっかし、遠目にみる山田くんは下から光線あてた白黒のクイーンのジャケットみたいで、栄順くんは巨人の星・花形満あしたのジョー足して割ったような頭だし、ベースの彼は観音様のような髪型。
そしてドラムはなんで立ってMCする!?(笑)

そのMCは、相変わらず真面目で誠実なものでした。
3回くらいMCがあったと思うんだけど一回一回立ち上がって喋る。きちんと語ってきちんと座る。
この生真面目さがバックホーンの持ち味のひとつでもある。
壊れたライブとのギャップ。

「ひとり事」嬉しかったなあ。
そして「ジョーカー」が凄かった。
アルバム聞いたときからオペラのような匂いのある曲だと思ってたんだけど、ライブで見るとさらに壮大。

息を呑んで眺めながら、これは400人のライブハウスで見るライブじゃないと思った。
もっと大きい、2階席まであるぐらいの場所を想起させた。

その場所で十二分に映えるライブをするだろう。
熱唱するステージから客席に視線を移すと、そこはあまりにも狭い。
そんな大舞台が似合うバンドなんだなあ。

それは私の理想のバンドスタイルとは違うけど。
見る私としては間近で見れる狭いハコのほうが嬉しいけど。

ハモニカ吹いたりギター弾いたり山田くんはいろんな面を見せてくれた。
歌も、壊れた部分、綺麗に歌い上げる部分。
このひとの無垢で透明な声、絶叫を上げる声。
他の誰でもない。すごいな。

観音様の髪がほどけてイエスキリストになった頃にはステージは阿鼻叫喚の形相(笑)
動けるだけ動き回って、なんて見ごたえがあるんだー。

ベース、思わず見とれてしまうステージアクション。
栄順くんは涎流れるままに(笑)

アンコールで「ゲーム」「無限の荒野」
文句ない盛り上がりを見せてライブは終わった。

「やべー!俺泣きそうやったよ!」
そんな声を耳にした。
あんなに全身全霊のライブ見て、なにも感じないほうがおかしいよね。

2004年01月22日(木)



 熊沢パンキース03

熊沢パンキース03を見た。
飛ぶ鳥も落とす勢いの宮藤官九郎脚本である。
CSで放送してたヤツを録画してた。

シアターテレビジョン『話題のあの映画の原作(オリジナル)は舞台だった』
↑コレね。

向井ファン関係には、音楽担当ってことで周知の作品だろう。
"熊沢パンキース♪"って歌ってた。
クレジットには向井くんの名前しかないが、ドラムのあの音はやっぱりアヒトくんだろうなぁ。

大人計画に関しては1996年ぐらいからネットの友人に名前を聞いていた。
そもそもが有頂天ファンと交流があって、あーさらにたどると私は有頂天をリアルタイムで聴いていて、なぜ知ったかというと
P-MODELをものすごーくリスペクトしてるバンドがあるってことで、
当時有頂天のケラさんは人目をはばからずP-MODELを好きだと公言してた。

で、P-MODELの匂いのプンプンする有頂天が結果的には『夜のヒットスタジオ』に出演するぐらい売れちゃうんだけど。

あー、その、有頂天のケラさんが、ケラリーノ・サンドロビッチって名義でナイロン100℃って劇団作ってて、そこからなんか演劇繋がりで大人計画を知った。

大人計画もネットの友人からたくさんビデオを送ってもらって、「ドライブイン カリフォルニア」を最初に見たのかな?
あまりにも私の記憶にある大学の匂い(それはそこにいた人たちのユーモア感覚に拠るもので)に近しくて、
掲示板に書いたけど、結局友人の一派だった。

博多は芸能人が多いけど、私は松田聖子を見かけたことはない。ミーシャもすぐそばの高校に在籍してたらしいが知らない。タモリなんてもってのほかー。
そんなこんなで芸能人にお知り合いはいない。

もちろん松尾スズキさんとて直接お付き合いがあったわけじゃない。
だけど、あのブラックな世界はあの友人の世界そのものだった。
見た瞬間にそれが判った。

同じ時期にグループ魂も当然のことながら知るのだが、
踊る大走査線に阿部サダヲが出た回があって、その可愛いさにビックリした。ギャップ大きすぎー。

TV好きの小学6年生kouheiがTVを見ながらTVと一緒になにか叫んだ。
一瞬の沈黙の後
目をのの字にして大笑いしてる。
なにがそんなに可笑しいの?って思ったら
「母さんも兄ちゃんもてんてんてんって感じで受けんっちゃもん」と。
受けて欲しかったのかー。

「ゴメンkouhei。お父さんはともかく、お母さんと兄ちゃんは笑いがハイソサエティなんよー(笑)」
あくまでも小学生と比べたら、なんだけど。

で、『熊沢パンキース03』の話題になる。
高校1年生のtomoと見たのだけどkouheiが「俺が寝とる間に二人でなんか見たんやねー」
と恨みがましく言われた。
「子どもが見るようなもんじゃなかったんよー。見たって判らんし見せられん」
と言ったら
tomoも「ホントやん、見たらいかん」と笑う。
そしたらkouheiが「兄ちゃんも子どもやないかー!」と(笑)

「ほんとやん!あんた何で見たんねー」と私。

いったいなにが子どもがみられん内容なんとkouheiに聞かれても
オトコとオンナの濡れ場がある訳でなし(ここ笑うところ)
んー。
あのねじれたブラックユーモアは、発育途上の清純なワカモノに見て欲しくはないな。
高校1年で大人計画
性的衝動とか女の股ぐらとかのたまわってるミュージシャンをこよなく愛しちゃってたら、この先いったいどうなっちゃうんだろうねぇ。

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今朝チケットぴあを見たら案の定博多のチケットは予定枚数終了になっていた。
今夜は冬に1日あるか無いかの寒波らしい。
今朝は8時半からの30分で一瞬に雪が積もった。
明日は大丈夫かな。

2004年01月21日(水)



 バックホーン 前売りチケット

通勤途中に雪が降った。
寒がりの私は去年までは我慢していたのだが昨日から野球の時に着てる防寒のジャージをはいて仕事している。
ウインドブレーカーみたいにビニールのやつ。
いかにもスポーツのための服。

裏にフリース付いてる街でも着れそうな防寒ズボン探してたんだけど、買いそびれちゃってて。

ちゃんとしたお店にその格好はないだろ?って我慢してタイツにズボンで通ってたんだけど、これが窮屈で身動き取れにくいんだよね。

で、昨日はいて行っちゃったらその暖かさに手放せません。

明日はもっと寒くなるという。
氷点下になるって聞いたよ。
これ以上寒くなったらどうしよう?
お店は一応暖房はあるんだけど、入り口全開なので寒いんです。

お釣りを渡すときに手が触れて、お客さんが
「あら、あなたの手、暖かいわね」と。

たくさん着てるからねぇ〜。
血流が良いのか?
寒がりなのに?

そういえば今年はバチっと来る静電気が少ないようにも思う。
太ると血流が良くなって静電気って起きないんだろうか?
今までの服が着れないくらいになっちゃった。着る服が無くて哀しい。


THE BACK HORNのワンマンライブ、<「イキルサイノウ」ツアー 〜絶望アッパーカット〜>が22日にDRUM Be-1である。

早くから判っていたのだが、チケットは買っていなかった。
もちろん行きたいのだが、ライブに行くという気分になかなかならずぐずぐずしていた。
もう今日は買わねば明日は前売りはないだろう。
そう思ってローソンチケットに行ったらば
「売り切れました」
とのこと。

ロゴスって思い込んでたけどBe-1だったのよね。
シマッタと思ったけど、どうしようかな?
tomoはまた当日券目当てに会場に行くだろう。
私は今回あきらめようかな。
そんな気持ちになっていた。

が、ネットでチケットぴあを見たらまだ載っていた。
ローソンだけが売り切れ?

Be-1に電話したら
「ぴあは若干残ってますね。」
 「Be-1でも売ってますか?」
「売ってますけどもうほんとに時間の問題ですよ」
 「売れてしまったら当日券は出ますか?」
「前売り完売したら当日券は出ませんよ」

ううううう。
コレはファミリーマートに走らねば。
Pコードっつうのを入れて、
まだ売ってる!
機会を操作して発券してお金を払う。

整理番号が付いてるんだけど、
349番350番

Be-1の収容人数350人。
ひー!
最後のふたりだったのね。
行ってくるね。しっかり見てきます。

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2004年01月20日(火)



 ひこうき雲 / 新井由美 

ta-taの「ひこうき雲」を聞いてから、オリジナルを聞きたくなっていた。
アルバムは家にある。
当時ラジオに投稿してプレゼントされたのだと思う。
小学生の頃だったと思う。
当然初めて自分が手にしたLPだろう。

ピアノの教則本かクラシックのアルバムのようなジャケット。
湿った空気とポップな色付け。
ソングライティングの素晴らしさと日本ではじめて日本語にロックを感じさせたミュージシャン達の演奏は当時斬新なものだった。

で、LPはあるものの聴くことができないのでレンタルで借りてきた。前行ったときには「ひこうき雲」だけがレンタルされていた。ta-ta効果なのかな?
なのでやっと今回借りることができた。
記憶の中では生ピアノのイメージだったけど、結構キーボード色が強いのね、弾いてるのは松任谷正隆。

「ひこうき雲」はストリングス(キーボード)の旋律がちょっとプロコルハルムの「青い影」を彷彿とさせる。
曲を聴くと映像が目に浮かぶ。

聞いてみて思い出したのだが、これは(多分)少女が死んでしまう歌だった。
決して意図したわけじゃない。
前回前々回、どうしようもない動揺で書いてしまったが、身内でも兄弟でもない私が何を語ったところでなんのなぐさめにもならない。
私の悲しみが、私が発した言葉が神経を逆撫でする結果になるかも知れない。
ほかの人にはわからない
あまりにも若すぎたと ただ思うだけ
けれど しあわせ

しあわせ・・・
当時考えなかったけれど、「ひこうき雲」は少女が自殺するという内容なのかもしれない。
なのにしあわせ。

昨日思ったことなのだけれど、彼は両親から、兄弟からいっぱいの愛をもらって育ってる。
ともだちも大勢いて、みんなが彼を大好きで。

残されたひとにはたとえようのない悲しみだし、本人ももっと生きたかったことだろうけど、彼は人生を精一杯愛されて生きていた。
幸せだったろうと思う。

そう思ったから書いておく。
私の家族へ 友達へ

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私が病気や事故で死んだとき、
悲しまないでください。
たとえ明日突然死を迎えたとしても、私の人生は幸せだったから。

ta-taが聴きたい。
ひさ子ちゃんのギターも、ブッチャーズでいるときより効いているという感想をどこかで読んだ。

2004年01月19日(月)



 tomoはロゴスで、私は家で座禅

部屋の扉のガラスを割った。
配送してきた野球部の卒部記念品が大きな箱で、その梱包を開いて品物を出そうとしてバランスを崩した。
このままでは転倒してしまう!
と、とっさによっかかった先が壁だった。
閉めた戸のちょうどガラス部分に肘がはまった。
奥の壁に遮られたのでガラスは飛び散らずに済んだ。

でもまだ肘が痛い。

先が空間だったらガラスが刺さっていたかも?
したたかに打ったってことだろうな。
血が出なかっただけ良しってことだな。

壊れたものはもとに戻らない。
引き戸は開けたままなので、特には困らないけれど。

亡くなった彼のお母さんは強いひとでした。
いただいた返事に私のほうが勇気をもらった。

彼もほんとうに頑張った、強かったと思います。

弱い自分が情けない。
一生懸命生きなければ。
それが亡くなったひとに対してできる唯一の誠実。


tomoがZAZEN BOYSに行ってきた。
私は家で静かに亡くなったひとを偲ぶ。

ナンバーガールの曲も3曲ほどやったらしい。
「ベース良かったよ〜」
「ドラムはもちろん!」
「お客さんを舞台に上げて歌わせよった」
「"MATURI ストゥジオからMATURI セッションを経て" 、何回もいいよった」

「市役所前(ミュージックシティ天神)のときより動く(ノル?)人が多かった」
というtomoに
「前のときはみんな戸惑っとった感じやったもんね。アルバム出たし、見るほうもこなれてきたって感じやないと?」と私。
「でも、ナンバーガールの時の曲のほうが盛り上がっとった。ザゼンでは"この曲でなんで盛り上がらんのん?って思うときもあったのに」

だそうで。

前から3列目で見たらしい。
開演前、ふと横を見たらいつもライブ会場で会うお嬢さんが!
tomoからしたらお姉さんですね。
54-71の時に会ったかたも来てたって。
あと白☆星も!

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まあ3人一緒に居たのかもしれないけどね。

2004年01月15日(木)



 

昨日仕事場に携帯を忘れた。
気づいたときには時間も遅かったのでそのまま携帯は仕事先に一泊した。
仕事をしだして初めてのことだった。
忘れかけたことはあったけれど、それは家に帰る途中だったり、一度取りに戻ったことはあったかな。

パソコンが常時接続になったのもあって、家に居るときにはあまり携帯を必要としなくなったのもあった。

10日以上音信のないひとのことが気になってメールをしようと携帯を探して、忘れてきたことに気づいた。
パソコンからでも送ることはできるのだけれど、相手は携帯なので、もし返信していただくときにも携帯のアドレスからのほうがいいかな、と思って明日にしようと思った。

とてもお世話になっているかた。
直接やりとりをするようになってから1年半が経つ。
私より少し年上で、最初はその子どもさんを知ってから繋がったのだけれど、彼女のほうははHPを見てらして3年近く前から私のことを知っていた。メールをいただいてからはお母さんとの繋がりが強くなった。
相談に乗ってもらったし、私の子どものことでも励ましていただいた。

電話でもずいぶん話をさせてもらった。こんなにメールの間隔があくことは無かった。

そこのお子さんが昨日亡くなったと聞いた。
闘病の末だった。
去年末から状態が悪かった。だけどきっと回復するって信じてた。
何度も危ない状態になって、彼はそれに克ってきたから。
今度もきっと乗り越えると思ってた。

でも、彼女から連絡がなかったら、「どうですか?」ってメール出すのが怖かった。
便りのないのは良い知らせだと思ってたのに。
夕方別な友人から訃報を聞いた。

笑顔の素敵な明るい子だった。
直接顔を合わせたのは数回ほどしかなかったけれど、いつも話を聞いていて、羨ましいくらいまぶしいって思ってた。
うちの子たちにはないものを持っていて、病気と闘いながらなおも強い生命力を放っていた。

この1年、ずっと死というものを考えていた。
彼のこと、自分のこと、親のこと。

死んだらすべて無くなっちゃうんじゃないと思う。

残されたものはつらいけど。
お父さん、お母さん、兄弟の気持ちを考えたら、とても堪らない気持ちになる。
愛するひとをなくした気持ちは計り知れないことと思います。

私はまだ現実を受け止め切れずにいます。
ずっと彼のことを考えている。
混乱した頭で書いちゃいけないと思いながらも、書くことで気持ちを落ち着かせようとしてるのかな。

なにもすることができない。
なにを言っても言葉が滑り落ちて行きそうで。

ありきたりな言葉にさえ抵抗感がある。

そういえば、昨日夢を見た。
その夢には、彼は出てこなかったけど、
彼のお兄さんが出てきた。
内容は忘れてしまったけれど、出てきたんです。

2004年01月14日(水)



 セッション

TV好きのkouhei(小学6年生)が新番組を見たがる。
別に見なくていいんだけどさー『ファイヤーボーイズ』
そしてその後の時間に『僕と彼女と彼女の生きる道』

先週あまりの可哀想さにチャンネルを切った。
断片的にしか見てなかったけど
離婚したいと子どもを置いて家を出る母親。
仕事人間でこれまで家庭をかえりみてなかったのに突然子育てまで背負って混乱する父親。
大人の事情でひとり放置される子ども・・・

もう可哀想で可哀想で痛々しくて。
「なんでこんなドラマ見らないかんのん?」
ってkouheiに言ったら
「いいやん、みんな見よっちゃもん!『僕の生きる道』もみんな見よったとよ!俺だけ見てなかったっちゃけん。見らんやったら会話噛み合わんやん」
と御託を抜かす。

おいおいおい。今どきの子どもはどーしちゃったっていうんだい?
「お前なー、お父さんが子どもの頃はアニメも見せてもらえんかったぜ!」
とsanちゃん。
「えっ!?そうなん?」
驚愕の表情のkouhei。

「ビックリするなよー、お母さんだって見せてもらってなかったよ」と私。
「だいたいがご飯食べるときにTVは消すのが常識やったんやけん」
「ええええっ!?TVが無かったら食卓が暗いやん」
「なにいいよんね?TVを消して、みんなで話をするのが晩御飯の食卓やん」

まあ、うちの食卓には平日父は居ないけどねー。

結局今週は絶対見る!と押し切られて『生きる道』を見る。
きっと、多分、回を追うごとに草薙くんは父親としての情に目覚めて行くんだろうけどさ。

見てたら、家族の食卓も、キャッチボールの経験もない役どころだった。
そうでなくても仕事人間の父親だったら、子どものことは母親任せなのに、"そんなのTVの中の作りごとですよね"って言うような人間に愛情は判るまい。

あーこりゃ親子愛は遠いな、って思ってたら、英語の家庭教師さんに
「教えてください。僕はまずなにをすれば良いんですか」と。
前向きな展開があってよかった。

けど、小雪ちゃん、他人の家の暗がりに立ってるなんて怖いよ!(笑)

草薙くんが父親になろうと最初にしたことは、ハーモニカのセッションだった。
キャッチボール、一緒に演奏、共有は基本ですか。
言葉じゃなくても心は通うてことかな。
横に座るんじゃなくて少し離れた後ろに座ったことで不器用さ、愛情をうまく表現できない様が見える描写だったね。
取り合えず光が見える終わりかたで安心。


15日にロゴスでZAZEN BOYS
まだチケットを買ってなくて今日tomoが買いに行きました。
へたするともう回収してるかな?って思ったんだけど、まだローソンチケットにあったらしい。
ロゴスは定員800ぐらい?

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福岡はやっぱりミュージシャンには辛い場所だなぁ。
バックホーンもまだ余ってるもんね。

2004年01月13日(火)



 pogo

今朝方は雨が降ったのだけれど、正月明けてから晴天が続いた。
お店でも「去年は寒かったし、インフルエンザでひどい目にあったよね〜」っておっしゃるかたが多い。

それに比べて今年は、だ。
そんな小春日和の日々だった。

朝、きらきらした日差しの中を自転車で通勤する。
そういえばすれ違う人の顔ぶれも多少変わったなあと思う。
中学校、小学校の脇を通るのだが、新学期前だというのに小さな男の子が通学途中のようだった。
ルーム(仕事をしている家庭のための放課後の教室)に向かっているのだと思う。

多分1年生。それも小さいほうだろう。男の子だ。
その子が横断歩道の脇でぴょんぴょん跳ねていた。
その動作は、定められた動きとは全く違う、体の中から湧き上がる衝動のように映った。
もちろんその子も、決められた時間を守って学校へ向かってはいるのだけど、通勤のために走る車や、道路工事の人たち、目的のみの動きをしている大人とは確実に違うなにかで動いていた。

その姿を見て、可愛らしいと思い、切ないと思う。
そしてその自由さに憧れる。
人目を気にすることなく、というよりも彼の中に人目という概念は無い。
子どもにとって、中心は自分なのだ。
そして意識しない限り周りは存在しない。
世界は自分と、自分が必要な親だとか友達だとか先生とか、それだけ。

そういやしたのこも、ついこないだまでそんな感じだったなぁ。
したのこは、我が家のなかではしゃべる類に入る。
勝手にしゃべってよく私とtomoから「うるさい!」と言われる。
歌を歌っていて、tomoから「歌うな」と言われたときに、
「だって歌ってしまうっちゃもん」と言った。

その単純に湧き上がる衝動。
大きくなるにつれて少なくなって、やがては消えていく衝動。

消えない者だけがなにかを生み出していけるのかな?
分別なんて創造には邪魔なのかもしれないな。

きらきら光る朝の日差しを自転車で走りながら、創造するひとのことを考えた。止むに止まれぬ衝動に突き動かされて出来上がる何か。
それは他人に強要されることでなく、他人を動かそうとすることでもなく。
だけれども見る人の心を強く動かす。

それは、もう、私にとって向こう側の世界なんだろうか?
思いを巡らす前に仕事場に着いた。

2004年01月07日(水)



 もう新しい歌はいらない

今日で休日は終わり。
したのこと父は今日から野球始め。うえのこは遊びに行った。私は寝てた(笑)
肩がいたいー。年末たくさん働いたツケか?
布団新しいのに変えてからかなぁ?
まえのめっちゃせんべいだったので、新しいの買ったのに、やわらかすぎるのかなぁ?結構固め買ったんだけど。

結局たくさん寝てたお正月でした。
夜寝るときに明日起きること心配しなくて良いことに幸せを感じる。
夜更かししても目覚ましで起きなくてもいいって思ったらなんにも用事ないのに起きていたくなる。
土曜も仕事、日曜はさらに早い時間に野球なので、私の辞書から朝寝の文字が消えた。
去年は熱出して寝込んでたから、朝寝って感じじゃなかったしね。
けど元日はやっぱり時間通りに目が覚めた。

が、次の日からは、慣れて(笑)朝寝。
今日は野球だったから6時半には目が覚めた。
なんだーたった3日だけの朝寝だったのね。

結局念願のチャットもできず、ネットに年始の挨拶も回れず今日になっちゃったなぁ。
でも夜はお酒を美味しく飲めたのでよしとしましょう。



で、いきなりマイナス思考なタイトルだけど、これは私が中学・高校ぐらいのときに好きだったアマチュアミュージシャン 秋吉恵介さんの曲のタイトル。
以前も書いたことあると思うけど、地元のアマチュアバンド出演ラジオとか 照和 とか出てらして、私はとっても惚れこんでたひと。

それは置いといてー。
新年だからってことで去年を振り返ってみた。
・・・が、去年聴いたのは、THE BACK HORN 『イキルサイノウ』 しか思い出さなかった・・・。
音楽は巷に流れているので、なにも聴かない日はないはずなんだけど、自分からそれを流した、何度も何度も聞きたくなったってのが、バックホーンだけしか思い出さなかった。

よくよく考えたら毎朝目覚ましCDでは54-71 『true men of non-doing』 THE JERRY LEE PHANTOM 『HIGH★SCHOOL★DISCO』 が流れてるや。

この三つはライブにも行った。

あとはナタリーワイズ 『フィルム・サイレンス』
これは結構聴いた。あとはスネオヘアーとかスキマスイッチとかキセルとかー。

そういやASIAN KUNG-FU GENERATIONも聴いたぞ。 『君繋ファイブエム』 ってアルバムに入ってる「君という花」はかなり好きだった。

もちろんSPARTA LOCALS 『セコンドファンファーレ』 も買ったんだけど・・・。
あ、「黄金WAVE」はそーとー好きでした。私内ベストテンにも確実に入ってる。世間的にもこのアルバムは評価されてるんでしょ?

で、結局SAPPUKEIとか聴いてて、やっぱ凄いなぁーとか思っちゃってる自分が居て、ムーンライダーズとかトーキングヘッズとか、学生の頃聴いてた曲を引っ張り出したり。

なんか、アルバム買って1年間飽きなかったジェリーリーファントムの『00.0MOVIE』とか何回も何回も聞き込んだスパルタローカルズのカセット『Golden Age』『PINK SONG』とか、
そんな風に熱中できる音楽に出会えないものか?
私が年取っちゃったからなのかなぁ?

そんな寂しい心に流れた歌

浮かんでは消える 泡のような
命短い 歌でしかないなら
もう新しい 歌はいらない


作り手の側から書いた歌詞だろうが、音楽が溢れてる毎日には長く心に残る曲は出てきにくいよね。
だからって、『いらない』なんて思ってないよ。
今すり抜けちゃってる曲だって、20年後にまた繰り返し聴きたくなるかもしれないし。
今年も心躍る曲に巡り逢いたいなあ、と痛烈に思います。

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私内ベストは誰? なんて、 書くまでも無かったですね(笑)

2004年01月04日(日)



 検索機能が付きました

2004年になりました。あけましておめでとうございます。
掲示板に遊びに来てくださったかた、こんな途切れ途切れな日記を見てくださったかた、どうもありがとうゴザイマス。

お借りしている日記サイト「エンピツ」が新しくなって、検索機能が付きました。

たとえば、『SPARTA』で検索したときと『スパルタ』では違いますね。
カタカナ表記のほうが多いのね。

多分スパルタローカルズとバックホーンが多いと思う、私の日記。

今年はどうなることでしょう?
今年は、もう少し書けると良いなと思います・・・。

今年もよろしく。



2004年01月01日(木)
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