パラダイムチェンジ

2006年10月29日(日) 献血@秋葉原

日曜日、秋葉原で献血をしてきた。
元々のきっかけは、浅草橋で用事を済ませてきた後、ふと、このまま
秋葉原まで歩いていこうかな、と思ったのがきっかけである。
で、歩いている途中で、昔、母親が入院している病院の前を偶然
通りかかったのも理由の一つかも。
そうだ、献血していこう、と思ったのだ。

もう一つの理由は、以前、秋葉原の献血ルームにはメイドさんが
いるらしい、と聞いた都市伝説?をこの目で確かめてみたかった
のである。
結局、秋葉原の献血ルームに、メイドさんはいませんでしたが。
(もしかすると日によるのかもしれないが、別にそこまでメイドさん
に会いたいわけでもないし)

ただ、日曜日の秋葉原の献血ルームは、とてもすごく混んでいて。
今までに、新宿の献血ルームで献血をしたことはあったんだけど、
その時の1.5倍位の献血者?がいて。

他の献血ルームもこれぐらいの人がいれば、血液不足も解消される
んじゃないかな、と思うくらいの盛況ぶりでした。
これは、秋葉原という場所柄なのか、なんなのか。

mixiで私は血液型B型のコミュニティーに入っていて、その中の
トピックに「B型は献血好き?」というのがある。
献血ルームの表示板で見ても、他のA型、O型、AB型が、「ピンチ!!」
と差し迫った表示になっている時でも、B型だけは「必要」と、ちょっ
と冷静だったりして。
かくいう私もB型で、献血に抵抗はなかったりするのだが。
こういう事とも関係があるのかな。

と言うことで自分の番がやってくるまでの間、ドリンク飲み放題、
漫画読み放題のプチ漫画喫茶状態で待っていて。
(というより、この辺が人気の秘密なのか?)

で、自分の番が来た後は、比較的しっかりした血管の確保できる
私の場合には、注射針もそんなに痛くなく、また機械がモーターで
早く予定量を回収?するようで、10分程度で終わってしまう。

その間、ベッドに横になりながら、頭の横にスピーカーのあるTVで
99%成功するオムライスの作り方を学ぶこともできたのでした。

ちなみに終わった後も、ふらふらすることもほとんど無いし。
なんか、献血というと、痛くて大変だと思っている人には、拍子抜け
する位簡単だと思うので、一度ためしてみてはいかがでしょう?



2006年10月11日(水) 映画「太陽」続き

この前、「太陽」を見て以来、この映画って何かに似ているんだよなあ、
とつらつら考えていたんですが、今日、ヴィム・ベンダース監督の
「ベルリン・天使の詩」に似ているんじゃないか、と思いつきました。

いや、細部の端々まで似ている訳ではないけれど、あの天使と、イッセー
尾形演じる昭和天皇に対して向けるまなざしが似ているような気がしたので
書いてみる。

「太陽」には、ピーターフォークは出てこないけど、でも「ベルリン・天使の詩」
が好きな人は、この映画も好きかもしれない。
ということで、ちょっとスッキリした感じ。



2006年10月10日(火) 映画「太陽」

日曜日、映画を見てきた。見てきたのは「太陽」
イッセー尾形が昭和天皇を演じた、アレクサンダー・ソクーロフ監督に
よるロシア映画である。

この映画を一言で言うと、「ソクーロフ監督とイッセー尾形の想像力に
乾杯」である。
多分、この映画は、日本でも、ハリウッドでも生まれなかった映画だ
と思うんだよね。
日本では公開も危ぶまれた位だし、この映画が地上波のTVで流れること
も考えにくいし。

逆に言えば、この映画を、ロシア人の監督に撮れたことが、素直に
驚きなのだ。
それくらい、彼が様々なリサーチを重ねて「慎重に」、昭和天皇という
題材を取り扱ったことが見てとれて。

この映画は、1945年、太平洋戦争末期の皇居内の、防空壕の中と、研究
室の中の昭和天皇の生活を描写している映画である。
この、防空壕については、当時の資料や、岡本喜八の映画「日本の一番
長い日」を参考にして、調度品などもわざわざそのために作ったらしい。

この映画の中で、昭和天皇は、いつも誰かに見つめられている。
防空壕の中でも、研究所の中でも、そして睡眠中、悪夢にうなされて
いる最中であってさえも。

彼は、現人神として、人間ではなく、神であると周囲の人々は言う。
だけど、科学者である昭和天皇本人は、自分自身が人間と本当に違う
のか、という事について、疑問を持っている。

果たして、実際の昭和天皇御本人が、同じような疑問を持っていたのか
どうかは、私たちには知るすべはない。

だけどソクーロフ監督と、イッセー尾形は、そういう特殊な環境の中で
昭和天皇自身がどうお思いになられていたのか、という事について、
演繹的な検証をすることで、説得力のある昭和天皇像を描き出している
と思う。

もちろん私自身、実際の昭和天皇がこの通りの方であったとは思わな
い。
だけどここまで昭和天皇の人となりについて近づいて描く事は、おそら
く日本人には、(畏れ多くて)できないだろうとも思うのである。

もしも、この映画を、天皇陛下が見ることがあった場合には、どんな
感想を持たれるのかはわからないけれど、案外微笑まれるのではないか
なあ、と思うのである。

「ヒロヒト」は、外国人にとって、最も有名な日本人の名前らしい。
今だったら、ヨーロッパだったらナカタも有名かもしれないけれど、
日本の指導者、政治関係者で昭和天皇を超えるほど、広く人々に知られ
ている人はいないらしい。

だけど、ヒロヒトこと昭和天皇ほど、現代を生きた人物でありながら、
謎に包まれたお方もいないだろうと思う。
だから、ヨーロッパにおいては、この映画を見て、昭和天皇という方は
こういう方だったのか、と納得する人も多いかもしれない。

この映画の中で、私が一番感心したのは、昭和天皇の、優れた海洋生物
学者という一面と、太平洋戦争が終わるまでの間、国の指導者であり、
神であるという、二つのまるで異なる人生を生きていたことに上手く
脚光を当てたことである。

昭和天皇が、科学者であったエピソードとして、私が知っているのは、
侍従の人が、陛下に対して、そこに雑草がございます、と言ったことに
対して、陛下が、世の中に雑草という名前の草はありません、とたしな
められた、というエピソードである。

そして、この映画の中で描かれている天皇陛下は、そのエピソードとも
矛盾はしないし、今年明らかになった、富田侍従長のメモの発言をした
とされる天皇陛下とも矛盾はしないと思う。
だから、監督、主演のイッセー尾形とも、よくぞここまで昭和天皇とい
う実在の、謎に包まれた人物に近づけたと思うのだ。

人によっては、この映画に描かれた天皇のユーモアに対して、失敬な、
と腹を立てる人もいるかもしれない。
だけど、個人的には、チャーミングさを失わない、イッセー版の天皇の
姿に魅了をされてしまったのだ。
その仕事を成し遂げたイッセー尾形に対しては、手放しで賞賛したいな
と思った映画でした。



2006年10月05日(木) シュガー&スパイス〜風味絶佳〜

今回は映画ネタ。見てきたのは「シュガー&スパイス 風味絶佳」
(註:音出ます)
山田詠美の短編を原作とした映画である。
山田詠美の作品は、私の恋愛感に結構影響を与えている。
ということで、原作は(買ってはあったが)まだ読んでなかったんだけ
ど、見に行ってきた。

この映画を第一印象を書くと、「地に足が着いてない感じ」である。
主人公は、高校卒業後、親の反対を押し切って、大学進学をせずに、
カソリンスタンドで働いている少年(柳楽優弥)。
彼には70歳になって尚枯れず、パワフルで年下のボーイフレンドを持つ
グランマ、祖母(夏木マリ)がいて。
そしてそのガソリンスタンドにある日、沢尻エリカ演じる年上の女の子
がバイトにやってきて…という物語。

で、どのへんが地に足が着いてない感じか、というと。
この物語の舞台が、米軍横田基地のある、東京の福生で、実際横田基地
とか、街のアメリカ文化が入り混じった風景とかが、出てくるんだけど
そんなアメリカ文化の色濃い福生でも、こういうガソリンスタンドは
さすがにないだろう、という感じなのだ。

なんていうのかな、私たちが福生ってこんな感じだよね、と妄想を膨ら
ませた感じに近いというか。
19の男の子が、アメリカンな一軒屋に住んでしまう辺りも、そういうの
っていいよねえ、って感じで。
いや、実際の福生がもしそうなら申し訳ないんですけど。

でも、それがイヤな感じというわけでもなく。
むしろ、10代の男の子の初恋という、ふわふわした感じを描く上では、
その夢みたいな感じもいいかなあ、という感じで。

実際、夏木マリ演じた主人公のおばあちゃんにしても、さすがにそんな
人はなかなかいない、とも思うけど。
でも、原作を後で読み返してみたら、イメージそのままだったけど。

映画としては、短編の要素を、うまく膨らませたなあ、という感じ。
特に、おばあちゃんのエピソードの加え方は、上手いなあ、と。
で、少なくともこの映画のスタッフは、このおばあちゃんに関して、
原作者の山田詠美を意識しているんだろうな、と思うのだ。

というより、山田詠美自身が、自分が70になったら、こんな風に
若いツバメをもちつつバーを開いて、恋する若者たちを育てて生きたい
んだろうなあ、という感じで。

ということで、以下、ネタばれを含むので、読む人は注意していただく
として。

結果として、主人公の志郎くんは、彼女に振られてしまう。
振られた後、グランマは、志郎にこう言う。

「昔から言われていることだけど、女の子は、シュガー&スパイス。
甘いだけじゃ、タフさと優しさの配分を知らない男は、女に捨てられる
のさ。解ったかね、このあんぽんたん」

そうなんだよねぇ。優しいだけじゃダメなんだよね。というのは、自分
の過去を振り返ってみても思うことであり。
じゃあ、タフさと優しさの、タフってどういうことなんだろう、とも
思うのだ。

それって多分、ねばり強さや、存在感の強さのようなものの他に、
もう一つ、付き合った女の子の前で、どれだけみっともない姿を
さらけ出せるか、という勇気もあるんじゃないのかな。

これがね、何の縁もゆかりもない、こっちが一方的に好きな女の子に
みっともなくなるのは、無様でみじめなだけかもしれないけれど、
でも、相手が付き合っていた女の子、一度はお互いに好きだった相手
だったら、自分がみっともなく取り乱す姿を相手に見せることは、許さ
れる事なんじゃないのかな、と思うのである。

で、そういうのって、特に10代ぐらいの、こういう主人公みたいな
タイプの男の子って、どうしても背伸びをしてしまうっていうか、
自分のそういう弱みをさらけ出すことに躊躇しちゃうと思うんだよね。
自分の経験から言っても。

沢尻エリカの元彼は、彼女の前で、自分のみっともない姿、本当の気持
ちをさらけ出せたけど、柳樂優弥演じる主人公は、そこでちょっとため
らってしまった。
でも、本当は、若さっていうのは、そういう自分のまっすぐな気持ちを
相手にぶつけられるって事でもあるんじゃないのかな。


で、自分のみっともない姿を見せられるタフさっていうのは、言い換え
れば、自分のエゴを、二人の関係の中で見せても許される、という事で
もあると思うのだ。

多分、相手の女の子に優しいだけ、と言われてしまって、ちょっと物足
りない、と思われてしまうのって、もう一方では、一方通行の関係とい
うか、お互いに与えたり与えられたりすることができないからの様な
気がするのである。

つきあうって、そんなふうに、お互いの利害というか、気持ちの上の
貸し借りが絡み合っていくにしたがって、より相手の事が大切になる
ような気がするし。

だからできれば志郎くんには、彼女の目の前に立って、自分の情けなく
てみっともない姿を別れる時に、見せて欲しかった気はするんだよね。
じゃないと手紙だけでさよならを告げた彼女にも、ずるいというか、
後ろめたい気持ちは残っちゃうような気もするし。ってそんな事は
ないか?
でも、そうやって初めて、今までの二人の思い出や歴史に、きちんと
決着がつけられるような気がするのだ。

主人公の志郎くんは、今、そのタフさを学ぶ入り口に立った状態なの
かもしれない。
そしてグランマ=山田詠美にとっては、実は、彼がこの先どのように
いい男として育っていくのか、それを見守ることこそが、"風味絶佳"
なのかもしれないな、と思うのである。


 < 過去  INDEX  未来 >


harry [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加