パラダイムチェンジ

2004年09月30日(木) ハチミツとクローバー

最近、久しぶりにマンガにハマっている。
それがハチミツとクローバー

きっかけは、マンガ好きの知り合いに、最近面白いマンガない?と
聞いたときに教えてくれた本の中の一冊で、たまたまマンガ喫茶で
時間をつぶす時にあったので手にとって読んでみたら、結構面白かっ
たのである。

このハチミツとクローバー、略してハチクロ、一言でいうなら、
「濃いマンガ」である。
美大を舞台とした恋愛マンガなんだけど、恋愛してハッピーなマンガ
ではない(今のところ)。

それよりも相手のことが好きなんだけど、素直にその感情を言い表せ
なくてせつない気持ちがギューっと押しつまったマンガなのである。
なんかもう、君たちどうしてそうなるのかなー、みたいな展開のオン
パレードで、最初漫喫で読み始めたときには、1巻を読み終わるのに、
約1時間かかっちゃったのである。

でも、そのせつない気持ちを核にして、周りを思わずくすっとなる笑い
で固めて、その実、キャラ一人一人の持つ背景は結構大変で、という
最近少女漫画に疎かった私にとっては、ここまで進化?したんだー、
という目の覚める一冊だったのだ。

でも、このマンガでいいな、と思うのは、そんな風に皆自分の思いが
叶うわけではないし、傷ついているんだけど、それでもなお純粋さを
忘れていないことかもしれない。

そうだよねー、恋愛って必ずしもいいことばっかりじゃないけど、
恋愛で傷ついた気持ちになれるっていうのも、その人の中の若さなん
だよなー、なんて気にさせてくれるマンガなのである。

これをもしも小説で書き表そうと思ったら相当難しいと思うけど、
マンガだとそういう気持ちがダイレクトに伝わってくる気がするし。
うん、マンガってやっぱりいいもんだ。
といいつつ、まだ2巻までしか読んでないのだが(爆)。

他になんか面白いマンガってありますか?



2004年09月28日(火) イートイン三昧




月曜日は、出張治療で二子玉川まで行ってきた。
大体月に一回くらい呼ばれるので行くんだけど、その前後は私にとって
は、デパ地下三昧、イートイン三昧の日なのである。

まずはお昼ご飯を食べるのをちょっと遅らせて、渋谷の東急東横店の
デパ地下へ。
ここには、居酒屋の 「えん」が、お茶漬け専門のイートインコーナーを
設けていて、割と手ごろな値段でお茶漬けを食べる事ができるのだ。

お茶漬け、といっても、きちんとだしをとった、だし茶漬けで、
具の方も、ゴマだれで和えた鯛茶漬け、かき揚げののった天茶漬け、
ぶぶ漬けがのったお茶漬けや、みょうがや大葉がふんだんにのった
冷汁など、味のバリエーションが沢山あるので飽きないのである。

そのお茶漬けに、大根の煮物、豆腐などの小鉢がついて、値段は大体
750円〜950円ほど。
ちょっとお腹がすいた時などに便利で重宝しているのである。
池袋のデパ地下でもやってくんないかなー。

そして仕事が終わった後、私が立ち寄るのが、二子玉にある玉川高島屋
である。
私と玉川高島屋の関係は古い(威張っていうほどの事もないが)。
小学生時代、この近くにあるインターナショナルスクールのプールを
使ったスイミングスクールに通っていたこともあり、まだファミレスが
普及する前は、玉川高島屋で食事をすることがぜいたくの一つだったの
である。

ちなみにその後20年近く、玉川高島屋には来なかったため、昔馴染みの
お店はスーパーの明治屋くらいしか残ってはおらず、すっかりセレブ
御用達の店構えになっているのだが、ならばとこの仕事の帰りは、
ちょっとセレブ気分を味わいに立ち寄るのである。

ちなみに玉川高島屋、すごいなと思うのは、東京の各地にある有名店を
出店させているのである。中には、巣鴨にあるカレーうどんの古奈屋
なんてお店もある。
このお店は仕事場からそんなに遠くはないんだけど、とげぬき地蔵の
すぐ近くにあることもあって、本店はいつも混んでいて入れたためしが
ない。

で、そんな玉川高島屋にあって、私が行くのを楽しみにしているのは、
糖朝と、福臨門のイートインコーナー。
どっちもさすがは玉川高島屋価格、とでも言いたくなるくらい、イート
インコーナーとしては、高目なんだけど、仕事帰りで懐がホクホクして
いることもあり、自分へのたまのご褒美という事で、ちょっとぜいたく
してくるのである。

糖朝のデザートや大根もちもおいしいんだけど、福臨門のデザートに
ついてくるマンゴープリンも、引けをとらないくらい美味しくて、
思わずほっぺが落ちそうになるのである、ってたとえが古いか。

今回はついでに、玉川高島屋に新たにオープンした、TVで話題の和風
ラスクのお店、和楽紅屋にも立ち寄って試しに買ってきてしまった。
ここまでくると単なるミーハー、俗物根性丸出しである。

でもそんな感じで二子玉に来るのを、私は結構楽しんでいるのである。



2004年09月25日(土) スイングガールズ

今回は映画ネタ。
ビッグバンドジャズ好きの父親が見に行って面白いと言っていたので、
「スイングガールズ」を見に行ってきた。

この映画、フジテレビの亀山千広が企画をし、「ウォーターボーイズ」の
矢口史靖が監督を務めている所から考えうるに、「ウォーターボーイズ」
のガールズ版である。
なので、物語の構造は「ウォーターボーイズ」だし、映画の端々に挿入
されるコミカルなエピソードは、あまりにベタ過ぎて、まるで学生の
16ミリフィルムの楽屋落ちを見ているようである(そのアマチュアっぽ
さも、矢口監督の魅力なのだが)。

でも、そんなお約束を補ってあまりある魅力が、この作品にはあると
思う。

この映画の魅力は大きくわけると3つ位あると思う。
一つは山形弁、
二つ目は主人公の上野樹里をはじめとする、生徒たちの女子高生っぽ
さ。
そして三つ目は、吹き替えなしの演奏の素晴らしさ、である。

特に主人公の上野樹里は、その表情の豊かさだけでなく、体の演技も
おっちょこちょいの女子高生っぽさをうまく演じていると思う。
そして彼女をはじめとするメンバーが、ジャズと出会い、裏カウント?
に気付くあたりからの、彼女たちの体がリズムにのってくるあたりの
演出が、見ていてとても気持ちいいのである。

同じく青春音楽映画?である「青春デンデケデケデケ」でも、方言と音楽
と青春のコラボレーションがいい感じだったけど、彼女たちの物語と
山形弁は、とてもよく似合っていると思う。
これが変な話、標準語だったらもう少しうそ臭くなったような気がする
のである。

そして生演奏の迫力。
ちゃんと彼女たちが特訓のすえにバンドとして演奏を行なっている事の
迫力と説得力は、本当にスゴイと思うのだ。

最後、私の大好きな曲「シングシングシング」がかかる時から、ドラム
に合わせてピンスポがあたり、照明の演出が入るんだけど、ちゃんと
照明があたると、その説得力は大いに増し、鳥肌が立つような気が
したのである。
メインキャストのソロパートも格好よかったし。
前に見た「スクールオブロック」でも思ったけど、やっぱりライブでも
明かり作りの演出って言うのは重要なんだなあ、と思ったのだった。

なんにせよ、みんなで集まって何かに没頭する映画っていいよね。
元気をいただきました。



2004年09月24日(金) 心理療法個人授業

今回は読書ネタ。取り上げるのは「心理療法個人授業」
新潮文庫の新刊として平積みされているのを見つけたので、その場で
購入。
この本、実は以前に図書館で借りて読んでいる。
その後、買おうかな、と思っていたので、渡りに船とばかりに手に入れ
たのである。

この本、タイトルにもあるように、心理療法について臨床心理学者の
河合隼雄が、南伸坊を相手に授業をした本である。
「心理療法」というと、私たちはつい、ソファに寝そべってクライアン
トの相手をするカウンセラーとか、もしくはココロジー系の深層心理が
簡単にわかるテストなどを思い浮かべる。

またカウンセラーとか、精神科医なんて肩書きを聞くと、ついこの人は
人の心の奥まで見通せるんじゃないか、なんて思いがちである。
この本は、心理療法とはそういうものでもないし、人の心なんて簡単に
はわからないものである、という事を教えてくれる本である。

ただし、わからないから役に立たないのではない。
わからないことが重要?なのである。

フロイトの精神分析にはじまり、心理療法の様々な流れを押えていく中
で、この本の根底に流れているのは、治療者とクライアントの「関係性」
こそが重要である、という事である。

今の世の中、人々はすぐにキレる。それは相手との関係性を切るのでは
なく、すでに関係性が切れているからこそ、それに苦しんで人はキレる。
だから心理療法の現場では、クライアントと治療者が「つながる」ことで
その苦しみをとり除こうとする。
すなわち、治療者が何かをすることでクライアントが治るのではなく、
その二人の「関係性」が、クライアントの心を癒すのである。

ただし、であるからこそ、その関係性は、素人が無闇に手を出すと、
「地獄の釜のフタをあける」ようにコワイものであることも、この本は
教えてくれる。

クライアントに「今から私は死にます」といわれたとき、「ああどうぞ」
とも、「死んじゃいかん」ともいえなくなった時に治療者はどうするの
か、またもしくはクライアントが治療者に、もしくは治療者がクライ
アントと恋に落ちた場合にはどうするのか。

特に面白かったのは、治療者がクライアントと恋に落ちる、逆転移した
場合のくだり。


クライアントとの問に恋愛感情が起こることは、ものすごく多いです。
特におもしろいのは、男のセラピストと女性の患者に起こりやすい。
女性のセラピストと男の患者の場合のほうが少ない。
これは僕の推理ですけど、やっぱり男の治療者のほうが、恋愛したがっ
てるんですね、どうもそうです。

患者のほうからしたら、自分のことをこんなに思ってくれて、こんなに
わかってくれるってまるで恋人と一緒でしょう、だからそう思い込んで
普通です。
で、ずうっとわかっていくと、これほどよくわかり、これほど親しい人は
他にいない。ところが、こんなに親しいっていうのは、実は恋愛とは
ちょっと違うんです。
そのちょっとの違いは、女の人のほうがわかる。男はだいたいそれ恋愛
だと思っちゃう。

「先生ほど私をわかってくれる人はいない」
というのを、クライアントはいろんな格好で表現します。
「ここへ来るのが楽しみです」とか、
「先生に会うとホッとします」とか、
そういうことを言っているのにすぎないんですが、男のセラピストの
ほうは、これを恋愛が起こったと思いやすい。

「や、困ったな、また恋愛性の転移が起こっちゃったよ」とか思うけど、
喜んでます(笑)。(略)

男の治療者っていうのは、自惚れててね、自分が好かれていると、思い
たがるんですね。女の治療者は、その辺が、ものすごく徴妙にわかって
いて、べつに男のクライアントから恋愛なんかしてほしくない。
男は、何でもいいから、できるだけたくさんの人に愛されたい(笑)。
錯覚が起こりやすい。
これは僕の考え方です。
若い人によく言うんです、この違いをよくわかるように。だんだん経験
を重ねていけば重ねていくほど、恋愛性の転移は起こらなくなる。経験
を重ねたからか、年とっちゃったからかわかりませんけどね(笑)。



なるほど、でもこの男のセンセイの方が勘違いしやすいっていうのは、
いろんな所で起きてる気もするけど(笑)。

また、生徒役の南伸坊のまとめ方もうまいと思う。
たとえば、


人間関係のとりあつかいを間違うと、病気になりやすい。軽んじても
いけないし、あんまりコワゴワやっててもアンバイが悪いです。
テキトーにすればいい。テキトーでいいんですが、そういかない。
そういかない人が、心の病気にかかってしまうようです。

マジメすぎるんだ、というセリフをよく聞きます。なぐさめる意味も
あるんでしょうが、これは私は誤解をまねく言葉だと思います。
「マジメ」というのは「いいこと」になっているわけですから、それが
少しくらい「すぎ」たって、悪いわけじゃないだろ、と思ってしまう。

問題なのは、マジメなことではなくて、不適当なことなんでした。
マジメであってもマジメすぎてもいい。テキトーであればいいという
ことであろうかと思います。



真面目すぎることが問題ではなく、それが不適当になってしまうことが
問題なのだ、とはその通り、と思わず膝を打ったのである。

他にも、「死にたい」といつも言う人は、「自分が生きたい」という気持
ちを、「死にたい」という言い方でしか表現できないなど、この先生と
生徒の授業には、私も目からウロコが何枚も落ちたのである。

そして、後半、
どうしてクライアントは治療者に話を聞いてもらうことで治るのか、
というミソ(=核心)への迫り方もうまい。

曰く、
ミソはだれにでも受けとめられるものじゃない。
たいがいの人は、ヒトの話は半分までしか聞かないのだった。
「たとえば、私、お父さんも死んでしまったし、お母さんもいないと言
ったら、そりゃかわいそうにと誰でも言います。だけど、なんべんでも
言っていたら、自分でしっかりやりなさいとなります。悲しいことがあ
っても人間は頑張れば頑張れる、とかお説教になる。要は聞いていない
わけです」
心理療法家はちゃんと聞く、とことん深く聞く、聞き流さないで本当に聞く。そうしたらどうなるか?治療者とクライアントに「人間関係」が
できてくるんでした。
「心理療法においては、『人間関係』が重要な要素をなしている」
のだ。(略)


「そもそも心理療法というのは、来談された人が自分にふさわしい物語
をつくりあげていくのを援助する仕事だ、という言い方も可能なように
思えてくる」

アッ、と思いました。
これじゃないですか―なんで療法家とクライアントに人間関係が出来
て、話し合ううちに治るのか、それがアッサリ明かされているんです。

「たとえば、ノイローゼの症状に悩んでいる人にとって、その症状は
自分の物語に組み込めないものと言っていいのではなかろうか。
たとえば不安神経症の人は、その不安が、なぜどこからくるのかわから
ない故に悩んでいる。その不安を自分の物語のなかにいれて、納得が
いくように語ることができない。そこで、それを可能にするためには、
いろいろなことを調べねばならない。自分の過去や現在の状況、これ
まで意識することのなかった心のはたらき、それらを調べているうちに、
新しい発見があり、新しい視点が獲得される。その上で、全体をなる
ほどと見渡すことができ、自分の人生を『物語る』ことが可能となる。
そのときには、その症状は消え去っているはずである」

物語というのが、ミソだったのだ。本の帯にはこんなコピーが書きつけてある。
「人生の処方箋生きるとは、自分の物語をつくること!」



この本は、心理療法とはこういう世界であるということを教えてくれる
本であると同時に、普段はあまり心理療法にお世話になることもなく、縁の遠い私たちの生活の中でも、人と人との関わり方、人間関係がどう
重要なのか、という事を教えてくれるいい本だと思う。

人生に正解はないけれど、生きるって大変だ、と思う人にオススメの
本である。



2004年09月22日(水) あえて逆の立場で考えてみる

プロ野球再編問題、スト問題に関しては、私は多分にもれず選手会側の
味方である。
第1回のスト後の反応も、ファン、世論共におおむねスト賛成のようで。

であるならば、私はちょっと天邪鬼な性格なので、今度はオーナー側の
立場に立って、この問題を考えてみたいと思う。

かといって、読売新聞の社説のような、選手会に対して反感を煽るよう
な立場は取らない。
一体、あの社説は誰に対して意見を述べているのだろうか(おそらくは
元某球団オーナーである主筆のご機嫌取りなのかもしれないが)。

9/18に行なわれた会議では、結局最後まで来期からの新規参入に向けて
最大限の努力をする、という文言を入れるという選手会側の提案に最後
まで反対をし続けていたのは、巨人とオリックスだったようだ(別説で
は、ファイターズを除くパ球団と巨人という話もある)。

彼らが、できれば来期からの新規球団の受け入れを受け入れたくない、
と思う背景には、産業再生機構送りになる可能性のある、ダイエーの
問題があるだろう。
今期は間に合わなかったにせよ、来期中にはダイエーがホークスを手放
さざるをえない状態も予期できるし、その場合には、新規参入球団が
なければ、ロッテのホークス合併→1リーグ化という長年の夢?の可能
性もまだあるのである。

昔、球団名を変更するときに、ブレーブスだと企業名のオリックスと
変わらず、結果ニュースで企業名が呼ばれないとイヤだという理由で
ブルーウェーブという長ったらしい名前をつけた球団である。
ここで1リーグ化した場合のスポーツ紙1面もしくは、ニュースでの
巨人戦相手の時の企業名露出効果に期待をしないわけがない。

でも、たしかにここで選手会との交渉で、新規参入を認め、セ6球団、
パ6球団に揃えたところで、ダイエーの今後によっては、まだまだ、
パリーグの先行きは不透明なのかもしれない。

また、新規参入がライブドア1社ならまだしも、ここにきて楽天も
具体的に参入に向けて動きはじめた。
その場合、新規参入をライブドア、もしくは楽天1社に絞るのかどうか
という議論は、未だなされてない。
仮に2社とも認めてしまった場合には、セ6、パ7球団になる可能性だっ
てある。

両者とも、現状ではオリ近でプロテクトから外れた選手たちを戦力とし
て見込んでいる以上、チームとして成り立たせるのはどちらか1チーム
に絞らざるをえないのではないか。

でなければ、アメリカメジャーリーグのように、球団新設の際には
エキスパンションドラフトを行い、11球団からプロテクト外の選手を
ドラフトで指名するという制度を新たに作る必要があり(私はこの制度
の新設には賛成だが)、それを来期までに整備するのは、さすがに困難
を極めるだろう。

それに、仮に楽天、ライブドア両者の自社のIT戦略と絡めた球団経営が
成功したとしても、旧態依然とした他球団の経営が苦しい事に変わりは
ないわけで、ライブドア、楽天が生き残って他球団がつぶれる可能性も
否めない(仮に両者が成功した場合には、ヤフーが黙って見過ごす訳は
ないと思うが)。

だから来期までに参入の条件を完璧に整えるというのは、確かに無理が
あるように見えないこともない。
ま、現実的には、ライブドア、楽天のどちらかを選ぶのが妥当な判断
なんだと思うのだが。
と、思ってたら、どうやら楽天も本拠地を仙台にして、ライブドアと
完全競合することを宣言したようで。
果たして新規参入したあかつきにはどっちが選ばれるのだろうか。


ただし、ここではそれだけでは面白くない(爆)ので、某元オーナー側に
立って、問題の解決策を考えてみる。

それは、今こそ新リーグの立ち上げである。今まで様々なしがらみが
あり、しかも選手会のストにすらろくに対応できない(そうしたのは
彼らたちなのだが)日本プロ野球機構とはおサラバして、巨人と愉快な
仲間たちと称して、某元オーナーお気に入りで、将来販促に役立って
くれそうな球団だけ引き連れて、別リーグである。

なんだったら韓国、台湾、中国とも提携して、アジアリーグを立ち上げ
たって構わない。
日本で、自分の系列局ではまだ放送がないのに、ヤンキーススタジアム
に漢字ででかでかと恥も外聞もなく広告看板を出す親会社である。
(近い将来、放送権を独占するつもりかもしれないが)。

今までさんざっぱら新リーグ立ち上げだと脅しすかして、FAやらなにや
ら認めさせてきたのである。ここで選手会のいうことなんか聞かず、
新リーグを立ち上げなくてどうするのだ。
どうだ、これ以上の解決策はあるまい。

と、某元オーナーは吠えてくれると面白いのだが。


ただし、その場合、今以上の選手会側の反発は避けられないだろう。
選手会やファンが望んでいるのは、プロ野球の将来について、ある程度
透明性を持たせて、時間をかけて議論するということだと思うからで
ある。
その結果、エキスパンションドラフトなどの新規参入に向けた整備も
なされれば、プロ野球にもまだ発展の可能性は広がるんじゃないだろう
か。
どっちに転んだって今後も大変なんだろうし

さて、現実の交渉は、どのように展開するんだろうか。



2004年09月21日(火) プロ野球への愛を語ろう

現在発売中のNumber611号は、プロ野球特集である。
プロ野球再編問題も語られているが、それよりも語られているのは、
プロ野球への愛、そして今年で消滅してしまう近鉄バファローズへの
愛である。

かつてのバファローズの本拠地、藤井寺球場もなくなってしまうらしい。
近鉄ナインと藤井寺球場に住む人々、そして裏方のスタッフたちが
いかに個性的で、みなあたたかく、バファローズという球団を愛して
いたのかが伝わってくる。

私にとって、近鉄バファローズで思い出すのは、88年、89年シーズン
だろう。
88年は最終戦、川崎球場で時間切れ引き分けに終わってしまったため、
惜しくも優勝を逃したバファローズが、翌年は優勝を最後まで争って
いたライオンズとのダブルヘッダーの試合で、ブライアントの4連続
ホームランで決めたあの日。

当時私はライオンズファンだったので、あの時のことはよく覚えている
のである。
もう本当に、近鉄バファローズという球団はなくなるんだなあ、という
事を思い出させてくれた特集だった。

でも、今この時期に大切なのは、ファンがプロ野球への愛情を語ること
なのかもしれない。

ずーっと東京に住む私にとって、小さい頃のプロ野球の思い出は、
昔の後楽園球場である。水道橋の駅を降りてすぐ、今は東京ドーム
ホテルがたつ場所にあったそこは、子供にとっては少し近寄りがたい、
大人のいかがわしさを感じさせてくれる特別な場所だった。

親は特に野球ファンではなかったので、たまに近所の友達のおじさんに
一緒に連れていってもらった時には興奮していた事を思い出す。

大学に入った時、キャンパスが近かった事もあり、時々東京ドームに
ファイターズ戦を見に行った記憶はあるけど、あまり思い入れはない。
その後、ホエールズがベイスターズと名前を変えた頃から横浜ファンに
なり、友達と神宮に足を運んでいた。

夏の夜の神宮球場の涼しさと、夜空を背景にして光に浮かび上がって
くるような神宮球場のグラウンドは、やはりそこでしか得られないよう
な何かを感じさせてくれたように思う。
ブルペンがないので、内野席に座っていれば、佐々木が目の前で投球
練習をはじめた時にはドキドキした事を思い出す。

今はもう、熱烈なプロ野球ファンというわけではないけれど、でも今年
は古田や選手にお疲れ様の気持ちを込めて、一回は神宮球場に足を
運んでみようかな、とも思うのだ。



2004年09月20日(月) 「百器徒然袋−風−」

今回は小説ネタ。
この夏に発売された京極夏彦の新作「百器徒然袋−風−」である。
これは、百器徒然袋シリーズの第2作であると同時に、その百器徒然袋
自体が、同じく講談社ノベルズから発売されている「京極堂シリーズ」
の外伝にあたる。

ま、ぶっちゃけていえば、「京極堂シリーズ」というミステリーシリー
ズがあり、そのスピンオフとして発売された「百器徒然袋」シリーズの
第2作という事である。

で、その「京極堂シリーズ」の第1作「姑獲鳥(うぶめ)の夏」が、来年
映画化されることになったりと、なにかと話題の作品なのである。

で、私は以前からこの「京極堂シリーズ」と「百器徒然袋シリーズ」が
好きなので、よく読んでいる。
といっても、数年に1回しか刊行されないので、首を長くして待って
いるうちに本当に首が長くなってしまったのだが(嘘である)。

今年は本家京極堂シリーズの「陰摩羅鬼の瑕(おんもらきのきず)」と、
今回の「百器徒然袋−風−」の両方が発売されるという、京極堂ファン
にとっては、当たり年になったわけだ。やれやれ、今度はあと何年待て
ばいいのやら。

さて、この「百器徒然袋」シリーズ、一言で言えば、痛快探偵活躍ロマ
ンである。

一応、本格推理小説の体裁をとってはいるものの、この作品の醍醐味は
そこにあるのではない。探偵は職業なのではなく、私の存在そのもので
あるとうそぶく探偵、榎木津礼二朗を中心とした、薔薇十字団の怪しげ
な活躍ぶりを楽しむ小説である。

彼の周りには、古本屋でありながら武蔵清明神社の神主をつとめ、
一方では憑き物落しを生業とする中尊寺秋彦(通称京極堂、京極堂シリーズの主人公である)やら、前髪をいつも気にしている自称優男、元
神奈川県警の刑事で探偵助手の益田(通称マスカマ)やら、古道具屋で、
戦争中は、榎木津の指揮する部隊で部下だったために散々な目にあった
らしい、今川(通称マチコ)とか、怪しげで個性的な人間が集まっているのである。

これらはみんな、元はといえば本家「京極堂シリーズ」の登場人物たち
なのだが、彼らが本家にも勝るとも劣らない活躍ぶりを見せてくれるの
が、この百器徒然袋シリーズ、または榎木津シリーズなのである。

本屋に行けばわかると思うが、このシリーズ、無茶苦茶殺人的な分厚さ
で本屋の棚を陣取っている。
この本でも薄い方で、500ページ強、二段組という凶悪さ。

しかもここで書いているように、本家京極堂シリーズから読まないと
それぞれの関係がわからないのか、と思うと、おそらくほとんどの人は
ゲンナリすると思う。

でも、そんなことはないのである。
この百器徒然袋シリーズ、榎木津シリーズに関しては、ただ本屋で手に
取り、読み進めていけばよい。

本シリーズの語り手である、普通の庶民代表の本島と共に、彼らの所業
に巻き込まれさえ、すればよいのである。
そう、この作品は、巻き込まれることが一番の醍醐味なのだろう。
下手に謎解きなどをしてはいけない。

京極堂が何回も注意しているように、彼らに巻き込まれることで、どん
どんバカになっていけばいいのである。
そうすると徐々に、あの分厚さも、快感に変わってくると思うのだ。

昔、作家の高橋源一郎が書評欄で、京極堂シリーズ、鉄鼠の檻あたりを
解説する時に、この作品はロールプレイングゲームである、と言って
いた。
この百器徒然袋シリーズは、その言い方を真似れば、まるで遊園地の
アトラクションだと思う。

本のページを一つめくれば、そこからはもうすでに京極ワールド。
まるでライドにのってジャングルを周遊するように、丁寧な解説付きで
楽しむ事ができると思う。

もう少し補足をしておくと、全体では500ページもあるが、中には3篇の
中篇がおさめられているので、読みやすいと思う。
ついでにもしも読みたいと思った方は、このシリーズの第1作、「百器
徒然袋−雨−」から読むのもオススメである。

くれぐれも百鬼夜行シリーズとお間違いにならないように、というか
同じ出版社の同じ作家で、こうも間違いやすい題名をつけるものだと
思ったりもするのだが。

私は、この作品を読むことでようやく調子がのってきたので、本家
京極堂シリーズの最新作「陰摩羅鬼の瑕(おんもらきのきず)」
再び読み始めることにしたのであった。



2004年09月17日(金) プロ野球再編と日本的社会

というわけでプロ野球は史上初めてのストに突入した。
古田選手会長をはじめとする各球団選手会長は2日にわたり朝から交渉し、試合を行い、しかも昨夜は古田は各局のニュース番組に出演まで
し、最後のすぽるとでは、ファンからの励ましの声に対して、感極まっ
て涙を見せた。

本当に、スト決定するまでの重圧と、そして決定後のファンから野球を
とりあげてしまったという責任感の重さがのしかかっていたのだろう。
本当にお疲れ様である。全ての責任を選手会側に押し付けようとする
経営者側とは大違いである。

スト決定後は、塩爺をはじめとして、今まで合併はいかんといっていた
有識者といわれる人たちが手のひらを返し、選手会側にどう落とし前を
つけるんだ、なんて発言をしている。
まことに人間というものは、いいかげんなものである。

根来コミッショナーにいたっては、肝心な時には海外旅行してたり、
ライブドアが新球団申請に行ったときには、わざわざ広島まで試合見物
に行ってたのに、遅ればせながら進退をかけて(調停ではなく)スト回避
に乗り出したが、ストに突入したので辞任するらしい。

いいよ、とっとと辞めてくれて。
だって、全然本来のコミッショナーとしての仕事を全うしてないんだか
ら(経営者にしてみれば全うしているのかもしれないが)。
ついでに今まで支払われた高い給料も返してくれれば有難いのだが。

ちなみに根来コミッショナーが広島に行っちゃったせいで、実は正式に
受理されていないというライブドアの申請書は、今もコミッショナー
席に放置されたままなのだろうか。


現経営者側が自分たちの経営上の問題として、新規参入に対して否定的
なのは、結局新球団ができることで、これ以上減少傾向にある自分たち
のパイを減らしたくないからだろう。

ここで新規参入さえさせなければ、自分たちの懸命(でもない)の努力を
もってしても、プロ野球の人気回復には至らなかったということで、
手を引くところも安心して手を引く事ができる。
すなわちは、縮小する市場から円満に撤退する口実もできるという
勝ち逃げならぬ負け逃げである。

それに万が一、ライブドアや楽天が新規参入して大成功をおさめて
しまった場合には、自分たちの顔に泥がつく。

これが本業が傾いているのなら、必死になって立て直すだろうが、
彼らにとっては所詮は広告塔代わりである。
そんなことはあってはならないことなのかもしれない。
まさに「上司は思いつきでものをいう」の上司状態である。

また、ライブドアの新規参入に対してあたふたしているNPB側というの
は、まるでペリーの黒船来航に対してあたふたしている京都朝廷みたい
なもので。

今までなんの実権もなしに傀儡を演じていたのが、名目上は実権がある
ためにどうしたらいいのか、あたふたしているようなもんだろう。

幕末、明治維新の勤皇の志士にあたるのが、選手会側ライブドア、
楽天側であるからこそ、長き安定状態にあった旧体制側は、同じ過ちを
繰り返さず、負け逃げできるように芽をつみたがっているのかも、しれ
ないという、うがった見方もしたくなる。


今後の問題解決の糸口としては、経営者/機構側が、本当に来期の新規
参入の手続きが困難であるというのなら、その根拠として、新規参入の
ための具体的なロードマップを指し示すべきだろう。

ライブドアが新規参入の意思表示をしても、どれだけの時間を無駄にし
て、経営者側はともかくとして、機構側はまともに取り合おうとしな
かったのか。
自分たちの組織の危機に対する救い(かもしれない)手が差し伸べられ
ようとしているのに、それを無視し続けるというのはどういう了見なのか。

でもね、本来ここで問題解決のためにしなくちゃいけないことというの
は、今までただの傀儡だったNPB機構に問題解決能力を与えるために、
どういう風に骨組みを組み立てるか、という事なんじゃないのかな。

今回の騒動は、経営者側が一方的にプロ野球の枠組を変えてしまおうと
することに対して、機構側に当事者能力がないために、選手会側と、
そしてそれを支持するファンがカマキリの斧をふるっているのであり。

それを経営者側に簡単に踏み潰させないためには、今後もファンや一般
世論の後押という錦の御旗が必要なんだと思うのである。
プロ野球には、まだまだ生まれ変われる可能性があると思うのだ。



2004年09月14日(火) 同窓会

火曜日に、私が初めて働いた病院の時の同僚たちと久々に飲んできた。
仲間はみんな、私と同じはりきゅう師で、それに奥さんたちを含めた
飲み会である。

同僚の一人は、病院をやめた後、ついこの間まで北京の大学院に留学
しており、今年ようやく向こうの博士号を取得して帰ってきたのである。
今年のサッカー騒動の時にはもうすでに帰国していたらしいが、昨年の
SARS騒動の時にはやっぱり大変だったようで。

一日何回も住んでいるアパートに消毒剤をまかれたり、他の大学では、
学校から外出許可をもらわない限り、学外に出られなかったりした
らしい。

また他の国の留学生では、大使館員は先に帰ってしまい、留学生自身は
感染拡大の可能性があるから帰ってくるな、と言われた人もいたらしい
し。
いやはや、お疲れ様でした。


でも、学生時代だったり、昔の職場の仲間たちに会うたびに思うのは、
あー、みんな変わってないなあ、という事である。
私自身も、その場では、学生時代や、その時の職場の私の気分に戻って
いたりする。

いや、違うな、それはしばらくぶりに再会した相手とは、昔の関係性が
復活するからこそ、昔と同じタイミングで笑ったり、ツッコミを入れら
れたりするんだと思うのである。
そして、それは何年経っても変わらないし、あの時の同じ居場所がそこ
にあるんだなあ、なんて思うのだ。

だからその時は、たとえ今は多少変わっていたとしても、昔の気分に
戻って変わらないと思うのかもしれないし、また変わった部分よりは、
変わらない(でいてほしい)部分をお互いに見ているのかもしれない。

なんにせよ、同窓会での私は、よくも悪くも、今でも昔のまんまの扱い
なのである。



2004年09月12日(日) 911陰謀説

9/11の夜は、911テロから3年という事もあり、数々の関連番組が放送
された。
その中にビートたけしのこんなはずではSPという番組があり、個人的に
は、この手の番組って視聴者の不安をできるだけあおって関心を引こう
とする手口があまり好きではないんだけど、以前見たケネディ暗殺の
真相に迫った番組が意外に面白かったので、見たのである。

番組自体は、マイケルムーア監督の「華氏911」のほとんどパクリという
か、あの映画からアイロニーを取り除いて再構成して、そこに2、3の
番組独自?のちょっと眉つばものの調査を加えた感のある番組だった
けど、その中で一つだけ、興味のひかれる話があった。

それはペンタゴンに飛び込んだのは、旅客機ではなく、アメリカの無人
偵察飛行機だったんじゃないのか、という話である。

WTCと異なり、ペンタゴンは低層の建物であり、そこに周囲に衝突した
りせずに何十mもある巨大な旅客機を、しかもシュミレーター経験しか
ないようなハイジャック犯が正確に突っ込ませるのは、非常に困難な
ことらしい。

しかも突っ込んだ場所は幸いにも?ラムズフェルドのいる区画ではなく
ちょうど工事中の区画であり、そして現場には旅客機の墜落現場とは
思えないほど機体の破片や乗客と思われる死体が少なかったらしい。

そして極めつけなのは、1枚の現場写真。
そこには、飛行機のエンジンの一部と思われるファンの部品があるのだ
が、それがどう見ても旅客機のエンジンとしては小さすぎるようなので
ある。

番組に出てきた専門家は、そのエンジンを見てアメリカの無人偵察機の
ものだと指摘をする。
すなわち、旅客機はハイジャックをされた後、何者かによって、無人
偵察機にすりかえられ、ペンタゴンに突っ込んだ可能性があるという
事である。

事実、事故直後にはペンタゴン付近で別の飛行機の墜落情報が報道され
たがその後、打ち消されたという話もあるらしい。

もしも、これが本当の話だとしたら。
あの911は、テロリストが行なう事をアメリカ政府がみすみす見逃して
いただけではなく、むしろ積極的に自作自演をしていた、という可能性
だってあるということである。

もちろん、それが真実であるという証拠があるわけではない。
さっきの写真にしたって、それが捏造されたり、他の現場写真の可能性
だってあるわけだし。

昔、ワグ・ザ・ドッグという映画で、アメリカ大統領が自分の支持率回復
のために戦争を自作自演するというコメディがあったけど。
というより、そういうことが実際に起こっても変じゃないと言うことを
勘定にいれなきゃいけない世界っていうのも、なんかイヤだなあって
気もするのだ。

だって、たとえ思いつくのは簡単でも、そこではイラク、アフガンを
含めて本当に沢山の人の命が失われているのだから。
さて、果たして真相はいかに。



2004年09月11日(土) プロ野球再編問題

プロ野球の再編問題は、先週6日に選手会側がストを表明し、それに
対し経営者側、機構側は、オリックス-近鉄(オリ近)の合併を承認。
ただし、その合併凍結の仮処分申請を却下した東京高裁からは誠実に
選手会と話すようにと釘をさされた経営者、機構(NPB)側と、選手会
側との2日間にわたる話し合いの末、週末のストは回避された。

これを、果たして泰山鳴動して鼠1匹と見る向きもあると思うが、
個人的には、選手会側はよくぞ頑張った、と思う。
うちでとってる東京新聞の記事によれば、スト回避直後、ある選手が
言っていた言葉で(誰だったかはメモするのを忘れたが)、「門前払い
されずによかった」という声があった。

また、同じく8日の経営者会議を報じた9日付の東京新聞によれば、
これは誰が言っていたかは書いてなかったが、「選手会の言う通りに
するのはプライドが許さない」「ここで要望を聞いて、次々と選手会
から要望が出たらどうするんだ」という声があったらしい。

今回の騒動を通じて、当初懸念されていたのは選手会側の話を、経営
者側が全く耳を貸さなかったり、話がかみ合わないという事だろう。

東京新聞の特報欄でも書かれていたが、今まで選手会の扱いに関して
は、「高給取りをして、青色申告をしている個人事業主の選手達が
労働組合とは何事だ」という見方をされることが多かったと思う。

昔、プロ野球の試合が135試合から140試合に移行する時、選手会長の
古田がセパ交流戦を提案した時も全く耳を貸してもらえなかったし、
また古田選手がストの可能性について言及しただけで、あのナベツネ
は、「高給取りの選手がストだなんて、古田君は労働者たちに殺され
るぞ」などと物騒な話も聞かれたわけで。

そう思うと今回、選手会とNPB側が一応歩み寄れたのも、ナベツネが
第一線から退いてくれたおかげなのかもしれない。
でなければ、単なる感情論、水掛け論に終始しただろう。

もちろん、彼らを交渉のテーブルにつかせる原因の一つには、ファン
が選手会側のストを支持し続けたということもあるんだろうけど。

で、今回選手会にとって、個人的に一番の成果だと思うのは、
選手会を含んだ形での(5)プロ野球構造改革協議会(仮称)を設け、
両者でドラフト改革、年俸などを1年間協議
だろう。

今回、なぜ選手会がストを持ち出したのかといえば、再編問題だけに
限らず、プロ野球の将来の発展の可能性について、経営者側の論理だ
けで進めずに、自分たちも当事者として加えてくれ、という事だと
思うのである。

これは諮問会である以上、実際に行なわれても、経営者側が必ずしも
その意見に従う必要がないから意味がない、という意見もあるかも
しれない。
でも、今回このプロ野球再編騒動により、各メディア、識者、または
ネット論壇で、様々な建設的な意見が出てきたように、プロ野球の
将来性に関してはまだ、今までは出来ずにいたことでも、プロスポー
ツマネージメントの専門家の意見など、これからやれることもまだ
まだ沢山あると思うのだ。

そして、選手会側が協議のテーブルにつくことによって、それらの
意見も取り上げられる可能性だってあるわけで。
古田選手もそういう席で、自分たちの主張だけでゴリ押ししたりは
せずに、おそらくはそういう第三の専門家の意見を入れるように
するだろうし。

それに何より、今までは閉鎖的に進められてきたプロ野球の将来に
ついての議論が、これである程度はオープンになることで、経営者
側も勝手に事を進めにくくなる、という首に鈴をつけることに成功
したんじゃないのかな。

もしも経営者側がそういう建設的な意見に全く耳を貸そうともしない
のなら、結局プロ野球のファン離れは今以上に進むだけだろう。
それこそ経営の危機につながるんじゃないかな、と思うのだ。

でもね、その上で一つ言うなら、もう巨人中心、TVの放映権頼みの
経営はこの先とても立ち行かなくなると思う。
ただし、だからといってそれでプロ野球が終わりになるとは、私は
思わないのである。

確かにプロ野球は、というより巨人は視聴率が取れなくなることで、
TVソフトとしての主役の座からは降りることになるかもしれない。

でもね、ならば試合に直接足を運んでくれるファンの人たちに対し
いい試合を見せる努力をしていけばいいだけの事だろう。
ホークスやファイターズは、そういう試合を見せ球場に足を運んで
くれる経営努力をしていることで、観客動員をどんどん増やしている
のである。

そのために必要なのは、選手達の頑張りであり、プロ野球の経営と
いう意味では、選手会と経営者側は対立するものではなく、手を携え
て共に歩むべきものだと思うのである。



2004年09月08日(水) シュレックDVD

今回は短目に。

シュレック2が面白かったので、シュレックのDVDを借りてみた。
おかげさまで2人のなれそめがよくわかりました。
ついでに、メイキング映像で、CGで人間らしく描き出すのに、どれだけ
の創意工夫が必要なのかと、いかに既存の映画文法を使う事で、映像に
説得力をつけるか、という事を知り、脱帽いたしました。

でも、ピノキオとか、1でも活躍するのかと思ったら、どちらかという
と、単なるカメオ出演だったんですね。

でも、2って1がまるでパイロット版に見えるくらい、レンダリングも
細かくなっているし、キャラも立って、悪ノリしてたんだなあ、という
事がよくわかりました。

これもスタッフがシュレックの世界観とあのキャラたちを愛していた
賜物なんだろうなあ。
あと、吹き替え版の浜ちゃんの声、そんなに違和感を感じなくて、
吹き替え版も思った以上に面白かったっす。

シュレック2のDVD版のおまけ映像と、もうすでに予定されている、
シュレック3が楽しみになったり。

ちなみに、
ドリームワークスアニメの次回作は、シュレック2の予告編で見たら、
海洋アニメだったんだけど、なんかどう見ても、ピクサーの某ニモの
バッタもんにしか見えない気が・・・
なんか、アンツ、バグスライフといい、やたらとかぶるよねー。



2004年09月04日(土) ディープブルー

という事で今回は映画ネタ。
まったり強化デーという事で、見に行ったのはディープブルー
海洋ドキュメンタリー映画である。
元々前から見たかったんだけど、最初はバージンシネマ系でしかやって
なかったのが、好評のため?拡大ロードショーになり、見やすくなった
ので見にいって来たのである。

この映画、一言でいうと「海って神秘的で生きるってスゴイ」である。

冒頭、イルカの群れを追いかけるところから映画は始まる。
イルカの向かう先には、海鳥が集まっている海域がある。そこには、
小魚の群れがいるのだ。

小魚を捕らえようと、群れの中に飛び込むイルカ、そして海鳥たち。
小魚も、ただ食べられるのを待っているわけではない。一つの群れと
して大きく固まり、グルグルと回転し、イルカが飛び込んでくるや
否や、パッと群れを大きく二つに分ける。
まるでその群れ自体が一つの意志をもった生物のようである。

この映画では、海の様々な場所にいる、様々な生物たちが懸命に生きて
いく様をカメラでとらえているのである。

大陸棚を離れ、外洋の海をひとりぽつねんと泳ぐマンタ、海ガメ。
極寒の地、北極や南極で寒さに耐えながら、何ヶ月もえさを探し続ける
シロクマや、群れで固まって猛烈な地吹雪を耐えながら、卵を温め続け
るコウテイペンギン。
そして深海の奥底で、まるで宇宙船のような不思議な光を放ち、えさを
つかまえたり、敵から逃げようとする生物たち。

風呂上りだし、途中で眠くなるかなー、とも思ったんだけど、そんな
事もなく。
ただ、その映像の迫力に圧倒され続けたのである。

そしてその迫力ある映像に合わせたベルリンフィルの演奏も素敵で
ございました。
DVD出たらもう1回見てみたいと思う作品である。



2004年09月03日(金) 不埒な癒し三昧〜ラクーア編〜

そんな訳で今週1週間はまったり強化週間として過ごしてしまった。
金曜日は、仕事が終わった後、どうしても温泉に入りたくなり、後楽園
のスパラクーアへ。
ここは、うちから最も近い天然温泉なのである。

都営三田線の水道橋駅で降り、上をジェットコースターが通り過ぎる
ビルの6階にその温泉はある。
ちなみに入浴料は2510円。入り口で、館内でドリンクなどの決算と
ロッカーの鍵になるリストバンドを受けとり、次に館内着を受けとる。
ちなみに8階にはヒーリングバーデという低温サウナ&リラックススペ
ースがあり、315円の追加料金で時間制限のない限り、いつまでもいら
れるのでオススメである。

私の場合、大抵は最初にヒーリングバーデに本を持ち込んで、寝そべっ
て本を読み、その後、オンドルみたいに床の暖かい所でTVを見ながら
ゴロゴロし、岩塩の低温サウナに入ってじっとりと汗をかく、という
ローテーションでまったりとする。

その後、下に降りると今度は温泉三昧、体を洗って汗を流した後は、
露天風呂やら冷温浴やら、お風呂に入りまくるのである。

ここの泉質は元海水をくみ上げているので、顔にかかるとちょっと
しょっぱい。
それがちょっとぬる目から熱目まで、様々な温度の浴槽にわかれている
ので、好みの温度を選べばよい。

ちなみに冷温浴とは冷たい水を体にかけたり、浴槽につかった後、
温かい浴槽につかるのを繰り返す事で、私の場合、ヘタレなので、肘
から先と膝から下にのみ冷水をかけることで代用している。
それでも、温かいお湯につかると、足の血行がよくなったり、自律神経
が休まる感じになるのである。

お風呂から上がった後は、お約束で体重計にのり、コーヒー牛乳を買い
ドライヤーで髪を乾かせば一丁上がりである。
ちなみに館内着、タオル石鹸類は全部貸してくれるので、身一つで
行けるのも魅力の一つなのだ。
やっぱり時には大きい風呂に入りたくなっちゃうんだよねー。

そして出るときに中で買ったドリンク代も含めて清算をすればよい。
ちなみに今回は約3000円。

という事で十分なリラックスをした後、今度は映画館へと向かうので
あった。という事で続く。



2004年09月01日(水) シュレック2

毎月1日は映画ファンサービスデー。といいつつ、この日に映画を見る
のは、実は久しぶり。
1本1000円で見られるこの日は、私にとっては通常料金を支払うのは
もったいない気もするが、ちょっと見てみたい映画を見に行く日なの
である。

という事で今回はシュレック2 。最近は気だるい毎日なので、重くなく
笑える作品がいいなー、と思い、忍者ハットリ君と悩んだあげくに、
こっちを選択。

ちなみに私、前作シュレックをまだ見てない。
だから冒頭から、なぜヒロインのフィオナ姫が怪物姿なのか、そして
シュレックとどうして結ばれたのか、という肝心の所を知らないので
ある(爆)。

でも断言しよう、そういう人間でもちゃんと楽しめる作品であることを。

この映画、一言でいえば、小ネタの集合体である。
イメージ的には芸人さんがいっぱい出てきて、話を進めるのか、と思っ
ていたらおいおい、ネタかよ、とツッコミを入れるのに近い。

その芸人さんの代わりに出てくるのが、ピノキオだったり、長靴をはい
た猫だったり、というわけである。
でも、ピノキオを使ったミッションインポシブルネタとか、人間になり
たいネタは、げらげら笑えたし、長靴をはいた猫も、まるで吉本新喜劇
の池乃めだかをほうふつとさせるべたっぷりでございました。

最近ミュージカルづいている自分としては、ミュージカルシーンも
楽しかったしね。

というわけで最近疲れ気味で気楽な笑いのほしい方にはオススメの映画でございます。


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