元オウム真理教教祖の麻原こと松本被告に第1審で死刑判決がでた。 以下は、東京新聞に載っていた、麻原被告の弁護団のコメントである。
「判決は検察の主張の上塗りにすぎない。これではなぜ事件が発生し たのかが分からない」
「判決は『オウム王国の野望』というが、その中身がない。松本サリ ン事件などの中心人物だった村井秀夫(元幹部、故人)の関与も薄か ったことにされるなど、事実認定がでたらめだ」
「救済や解脱を望んでいた人間が、なぜ犯行に陥ったのか、すごく大きな疑問が残っている」
弁護団は判決後、麻原被告と接見。「控訴するよ」と念押ししたが、 答えはないままだったという。渡辺団長は「麻原被告と意思疎通する 時間も休む時間もなかった。終わってホッとしている」と語った。
さて、この弁護側の行動に、一般人としての私は様々な疑問が残る。 彼らは、一体、何のために、誰のために弁護をしようとしているのか が、いまいち分からなかったからだ。
いや、だって、結審を遅らせるためかどうなのかは当の麻原被告に しかわからないけれど、本人は裁判で自分の主張をする事を全く 放棄しているのである。
つまり、日本の裁判制度がどうであろうと、私は一切自分が不利に なったとしても、検察側の言うとおりに致します、と判事に判断され たっておかしくはない行動をしている訳でしょ。
いや勿論、国選とはいえ、被告人の弁護人なんだから、被告人の人権 そのほか権利を守るための弁護人なんだろう。
特に世間的にもマスコミ的にも注目されている大きな事件だから、 例えばここで検察側の言い分を全て呑んでしまったとしたら、今後 弁護士側と検察側の力関係や、面子に関わると思ったのかもしれない。
でも、そこに麻原被告本人の意思がどうであるのかは全く読み取る事 が出来ないと思うのだ。 しかも、元々第1審後は、この国選弁護団は辞任することが決まって いたらしい。
うーん、結局自分たちはやれるだけのやったけれど、結果は芳しく なかったですから、その責任は取りますが、その責任は第1審のみに 限定させて下さい、という逃げの姿勢に見えるんだよなあ。 まあ、物言わぬ麻原被告の弁護人を6年以上も続けてきた精神的な 疲労や周囲からの非難は計り知れないものがあるとは思うけれど。
しかも国選弁護人だから、収入が増えるわけでもないし、せめて自分 達の面子のためには控訴しなければやってられない、って感じだった んだろうか。
でももう一つ、この一連の裁判に関して、個人的に疑問に思うのは、 果たして弁護人の一人が言うように、「救済や解脱を望んでいた 人間が、なぜ犯行に陥ったのか、すごく大きな疑問が残っている」 事をこの裁判で明らかにすることが本当に必要なんだろうか? という事である。
これは私の想像の域を出ないが、おそらく一般的な弁護と言うのは、 その事件が起こった物語を読み解く作業であると思う。
すなわち、まず犯行には動機があり、では犯人をその動機に向かわ せた原因、背景は一体何であったのか、そしてそこに情状酌量の余地 はないのか、という事を明らかにすることで、私たちはその事件が 起こった理由を理解する。
例えば、オウム真理教幹部で、医師の林郁夫受刑者の場合は、そんな 風に何故、オウム真理教に入信し、そして犯行に至ったのか、そして そのことを悔いているのかどうか、と言う形で、一般の私たちにも わかる物語として読み解くことが出来たからこそ、結審も早かったの ではないのかな、と思うのだ。
でも、この7年間の裁判の間、麻原彰晃は何も語っては来なかった。 でも、もしも彼が能弁に口を開き、事件に至る動機がつまびらかに されたとしても、それによって、遺族の気持ちが晴らされるとは 限らないかもしれない。 また、彼らを犯行に駆り立てた動機が白日のもとにさらされたと しても、その物語は私たちの社会通念上はとても理解しがたいもの かもしれない。
それは例えば、あの池田小の事件を起こした宅間受刑者にしたって 同様だろう。 もちろん、事件の全容を知ることにより、同じような事件が再び 起こる可能性を未然に防ぐことはできるかもしれない。
でも、そのためには今まで以上の膨大な時間がかかることのように 思うのだ。それを果たして裁判と言う場で行なわなければならない のだろうか。
以前、少女を誘拐、殺害し死体を損壊した宮崎勤に対して、中森明夫や 大塚英志といったオタク系論客の人たちが、彼を犯行に駆り立てた 物が何であったのか、その宮崎勤の物語を一般人にもわかりやすく 読み解こうとしたことがあった。
でも私個人の感想で言えば、宮崎勤が犯行を起こした理由は、その物語が 書かれた本を読んでも、結局は宮崎勤に共感し、理解することはできな かった。
事件の全容を明らかにすることよりは、実際に起きた犯行に関して 本人の自供がなければ周囲の証拠を反証して、その結果、この事件に 関しては、有罪である、もしくは無罪である、という形で、果たして その人が社会通念上、罪があるのかどうかを検証するために裁判制度 というのはあるんじゃないのかな、なんて思うのだ。
もしも弁護団がそういう姿勢で裁判に臨んでいれば、つまりその証拠 の妥当性という観点でこの裁判を戦っていれば、この裁判はもっと 早く結審することができたんじゃないだろうか。
東京新聞・麻原裁判特集
麻原公判が残した教訓
そんな訳でドラマ受難の理由を、勝手ながら考えてきた。 で、個人的にTVドラマの視聴率が振るわなくなってきている原因には もう一つ、理由が挙げられるんじゃないかなと思うのだ。
それは現代、視聴者の価値観がバラバラである、という事である。
今となっては大昔、一家にTVが一台しかなかった時代は、家族みんな でわいわいと盛り上がる番組が当然ながら人気を占め、視聴率も とっていたと思う。また、家族で共有される物語も、現代ほど複雑で はなかったからこそ、一つの物語で皆が盛り上がることができたんだ と思うのだ。
またTVが一家に一台から一人に一台になった時代。 それでもドラマはまだ力を持っていた。
なぜなら一人に一台となった分、今度は見る視聴者の世代に合わせた 番組を作りさえすれば(例えば20代女性とか)、20%位の視聴率は 簡単に稼ぐ事ができたんじゃないかと思う。
そして、現代。 一人に一台の時代から、今度は一人に複数のモニターがある時代に なった。 すなわち、TVだけでなく、インターネット画面、そして携帯電話の 画面が周りを取り囲む時代がやってきた。
その結果、どういうことが起こったか。 今まではある世代では共有されていた価値観や物語さえ、分解されて しまう時代がやってきたんだと思うのだ。
これはTVドラマにとっては、どういうことを意味するかといえば、 ある世代を意識したドラマ作りをしたとしても、必ずしもそのターゲ ット層が確実にその番組を見てくれるわけではないという事を指すと 思うのだ。
確実なターゲットとして見込めるのは、水戸黄門や渡鬼好きな年配層 か、その願望の掴みやすいオタク層になる。 だから、例えばTVアニメなんかはどんどんオタクよりの作品が登場し てきて、私なんかはさっぱりついていけなくなってしまった。
でも、例えば同年代で集まったときでも、昔だったら共通して見て そうなTV番組を挙げさえすれば話は盛り上がったのが、同じ価値観を 持っていない人同士では、例えばTVドラマの話題は上りにくくなった んじゃないかな、と思うのだ。
だって、そのTVドラマの物語が自分達と重なる部分があればこそ、 盛り上がるのに、そもそもその価値観自体が大きく異なったりする 訳だから。
だからそういった時代に家族みんなで楽しめて、大当たりするオリジ ナルで独創的なドラマを量産しなさい、という要求を出す事自体が 難しいんじゃないだろうか。
だからこそ、最近では漫画や小説を原作としたドラマや、リメイク物 が増えているのかもしれない。 これらは、それぞれ分野ではヒットした話題作であり、すなわち多く の人に支持されたという実績を持ち、作品自体に力がある。
TVドラマ化することでその作品を知らなかった人たちに見せれば やはりある一定の支持を得られるか、安定した視聴率は稼げるかも しれないって事なのかも。
だけどその一方で、例えば「白い巨搭」について、以前のTVシリーズ で里見助教授役を演じていた山本学が、「今ではこんなに大袈裟な 演技をしなければならないのか」と驚いていたように、視聴者に キャッチアップされやすい演技や演出に傾きやすいのかもしれない。
だって、ちょっとした瞬間にチャンネルを変えられてしまったり、 インターネットや携帯に目を奪われてしまう時代なんだから。
で、以上を踏まえた上で、結局私が何を言いたかったのかといえば、 ドラマの(というよりTVの)面白さを測る基準や数値として、視聴率 はあまり意味を成さないんじゃないかな、と思うのだ。
このことは二つのことを意味すると思う。
一つは、広告主が自社のCM枠を買うために、多額の番組制作費を出す 意味がなくなっていく、という意味とその結果、この先更に番組作り がしょぼくなっていく可能性がある、という事である。 というより、もうそういう時代になっているんだろうけれど。 そう考えると、あの日テレの視聴率買収事件は、最後のあがきと いうか時代の変わる一つの象徴みたいな事件だったのかも。
じゃあ、この先ドラマに未来はないのか?というとそんな事はないと 思う。 どんなにドラマ枠が少なくなろうといい作品を作ろうとする人がいる 限り、年に数本は良作が生み出されていくだろうし、その評判はイン ターネットなり口コミで広がっていくんだろうと思う。
例えば、「木更津キャッツアイ」は本放送の視聴率は芳しくは なかったが、その後DVD、レンタル共に人気を博した事で(ジャニーズ 事務所のバックアップがあったにせよ)映画化され、ロングラン上映 をされるにいたった。 でも、全国民で考えたら、この作品の事を知っている人は20%には 満たないかもしれない。
そんな風に良作のドラマは結局、DVDなりレンタルなどで「買う」時代 なんだろうなあ、と思うのである。 また、自分が偶々見たドラマが、自分にとっての良作であれば、 やっぱり毎週見るのを楽しみにすると思うし。 ドラマはそんな風に、偶然性を楽しむメディアに変わったのかも しれない。
| 2004年02月21日(土) |
ドラマがつまらないわけその2 |
と言うことで、この話題をもう少し引っ張ってみる。
以前に比べてTVドラマの視聴率は伸び悩んでいるらしい。 その理由の一つには、前回触れたような、まずキャスティングありき のドラマ作り、なんていうのも関係していると思う。
2年前の「空から降る一億の星」なんてその典型例なんだと思うし。
このドラマの場合、木村拓哉と明石家さんまというキャスティングを 押さえた所から出発して、しかも二人の多忙なスケジュール上、ひん ぱんに一緒のシーンが撮れないという理由で、犯人?とそれを追う 刑事という設定が決まったらしい。
また、この作品でドラマ初出演となった井川遥(彼女のキャスティン グは明石家さんまがゴリ押ししたとかいう噂はなかったっけか?)は 当初2、3回で姿を消すはずだったのが、その人気故に出演回数が増え た(その結果、井川遥の当時の下手な演技にバッシングが起こった) り、また、その事に対して木村拓哉が怒ったなんて噂もあった気が する。
これってまるで三谷幸喜の映画「ラジオの時間」そのまんま、 みたいな話である。
まあ、これが本当かどうかはわからないし、ここまで極端な例も そんなにはないと思うんだけど、キャストのスケジュールが確保でき るかどうかでその後の展開が左右される事が多ければ、ドラマとして はやっぱり面白みに欠けるのかもしれない。
ちなみに今週発売の週刊文春を読んでいたら、「プライド」も 似たような状態で大多Pチェックが入りまくりだそうな。 ま、入って面白くなった気はあまりしないんだけど。
そしてもう一つ、TVドラマの視聴率が伸び悩んでいる原因の一つ なんじゃないかな、と考えられる事がある。 と言うことで次回に続く。
| 2004年02月20日(金) |
ドラマがつまらないわけ |
と、いう事で話はなぜ最近のTVドラマはつまらないか、という話に うつっていく。
例えばキムタクはもう見飽きてたなんて意見もよく聞く。 でも、そりゃあそうだろう、なんて気もする。だって彼はこの10年間 毎年1本はドラマで主役をはってきたんだから。
トレンディドラマ成立以降、これだけの長い間に渡ってトップに君臨 してきたタレントは他にはいない。 W浅野だって、一線にいたのは5、6年だろうし、江口洋介にしたって 織田裕二にしたって、これ程の長期間出続けてはいないはずだ。
また、キムタクの演技は常に単調である、なんて話もよく聞く。 でも彼は彼なりに色々と頑張って役作りをしているような気もする。 だけど、見る側からはそうはあまり見えない理由のひとつは、見る側 に、もう既にキムタク演技、という固定観念がついてしまっているん じゃないだろうか。
例えば「バックトゥザフューチャー」のマイケルJフォックスが何を やっても同じに見えてしまったように、彼の場合は役を生きること よりもキムタクらしさを見る側(特に熱烈なファン)は求めていると したら、彼は結局、何をどう努力したとしても演技が単調である、と いう烙印を押され続けるのかもしれない。
同様に同じイメージを要求され続ける役者さんには田村正和と田中 邦衛がいる。でも、彼らの演技が飽きられず、支持されているのは、 モノマネされるほど、それが芸として昇華されていることだろう。
でも、キムタク芸は誰もが真似できるほど一般的ではないし、また もしも、彼が35や40過ぎになった時に、今までと変わらずにちょっと 反抗的な若者、という演技を続けていたらそれは笑うに笑えないし、 彼の芸域を狭めることになるのかもしれない。 そう考えると、彼も結構瀬戸際に立たされているのかも。
そしてもう一つ、キムタクに限らず最近のドラマをつまらなくして いる理由の一つは、ドラマのキャスティングにあると思う。 それは例えば、キムタク主演のドラマには、同世代でタメをはれる 共演者はいないという事である。
これは例えば、ちょっと上の世代や下の世代を考えてみるとわかる。 上の世代でいえば、例えば「白い巨塔」は唐沢寿明と江口洋介、また ちょっと前で言えば「踊る大捜査線」では織田裕二と柳葉敏郎という 風に二人が揃うだけで緊張感の生まれるキャスティングが成り立つ。
また下の世代で言えば、「ウォーターボーイズ」、「木更津キャッツ アイ」などやはり同世代の役者たちが微妙な力関係の中で競い合う からこそ、面白いドラマが生まれる可能性があると思うのだ。
でも、例えばキムタク世代でキムタクとタメを張る役者が競演する事 はめったにない。例えば福山雅治×キムタクといった組み合わせなら ば、そういう緊張感も生まれてくるかもしれない。 でも、残念ながら彼らが共演することはなかったし、これからも実現 する可能性は低いかもしれない。
ついでに言うと、キムタクと下の世代の主役級の役者との共演って いうのもあまりないんじゃないのかな。今回の坂口憲二はあてはまる かもしれないけれど、はっきりいって呑まれちゃっているし。 同じスマップのメンバー共演してもやはり難しい気がするし。
だから結局、キムタクドラマの場合は、キムタクのワントップで、 コスプレというかシチュエーションにこだわるか、田村正和とか、 明石家さんまとか、または堤真二や竹中直人などの上の世代の個性派 俳優との組み合わせ以外の使い道がないのかもしれない。
TV局的にはとりあえずキムタクを押さえられれば、視聴率は約束され たも同然、という安易なキャスティングをやめない限り、これからも ドラマはどんどん面白くなくなっていくし、またキムタクに代わって トップをはり続けられる人間が出てこない限り、キムタク天下は続き どんどんドラマ離れは進んでいくんじゃないかと思うのだ。
まあ、その影でも面白いドラマは年に数本はあると思うし、それを 楽しんでいけばいいんだろうけれど。
と、いう訳でドラマ「プライド」である。 あの事故があったかどうかに関係なく、徐々に視聴率は下がっている らしい。それでも20%は超えているんだろうから充分立派なものかも しれないが。
かくいう私も「プライド」を見ている内の一人である。最も、うちに 視聴率測定器がついている訳ではないので、私一人が見ようが見まい が視聴率に全く関係ないと思うんだけど。
で、2回ほど飛ばしながらも、見た感想は「つまんないなー」の一言 になる。 なんというのか、全体的に「薄っぺらい」印象があるのと、この先 どう考えても展開として盛り上がっていかないだろうなあ、って感じ が漂ってくるのである。そりゃあ、視聴率が下がってくるのもしょう がないだろう。 ちなみに火曜の草��剛のドラマが好印象なのは、この先の展開がどう なるんだろう?という期待感があるからなんじゃないかなと思うし。
で、今回やっぱりどうしても突っ込みたくなってしまったのは、 主人公ハルの女性観というか、恋愛観である。いや、メイビーとかで はなく。
結局マザコンなんじゃん。
いや、そりゃ小さい頃にお母さんに捨てられた、というトラウマがあ れば、自分の中での理想の女性像=理想の母親的存在になるのは、 わからなくもない。
んで、結局自分の理想=古きよき時代の女で、自分の弱い所もわかっ てくれて包み込んでくれる暖かい女性であり、今までハルがつきあっ てきた女性はその理想からかけ離れてたからこそ、恋愛にハマれず、 ゲーム感覚でつきあっていた。でもアキは違ってた、理想の女性だっ たんだー(どーん!)って事でしょ。
でも、これって果たして国民の20%がハマれる恋愛観なんだろうか?
もしもこれでアキの本命彼氏が戻ってきて、アキがそっちを選んじゃ ったら、ハルはストーカーになるか、心を閉ざして結局ゲーム感覚で しか人とつきあえないって話にならないだろうか?もちろん、そうは ならないんだろうけど(そういう展開も見てはみたいけど)。
で、結局この恋愛観って脚本家野島伸司の恋愛観を色濃く反映して いると思うんだよね。 今までの野島作品のヒロイン像って、母性本能あふれていて、主人公 が挫折をしたりおイタをしても暖かく包み込んでくれるキャラが多か ったと思うし。
例えば「ひとつ屋根の下」の小雪もそうだし「101回目のプロポーズ」 にしたって、結局はそういう事だと思うし。 昨年放送された「高校教師2」は結局、上戸彩と真野響子の母性対決 というか、主人公の取り合い合戦だったと思うし。
だから個人的には野島作品って相性が悪いというか、ちゃんと見た ことってほとんどないのかもしれない。
そういう野島的恋愛観をアップデートするために主人公キムタク、 ホッケーチーム、そして彼らの熱い友情というのをうわべだけトッピ ングすれば、こんなドラマが出来上がりましたって感じなのかも。
果たしてこのドラマに出て得した役者さんっているのかなあ? 大体、キムタクにしたってホッケーチームという設定さえなければ、 あんな事故も起こさずにすんだのにね。わざわざアイスホッケーチー ムにする必然性あったのかな?このドラマ。
別のドラマの山下智久の現役高校生で社交ダンスの先生と同様(見て ないが)最近ドラマの設定に無理がありすぎるように思うのだ。
と、いう事で次回に続く。
| 2004年02月18日(水) |
W杯1次予選・対オマーン戦 |
何かをする時、最後までハラハラさせる人というのがいる。 途中で危なっかしい橋を渡りながらも、最後は何とか無事着陸を果たす人。
ま、うちの親に言わせれば、私はそんな人間だと思うんだが。 今日のワールドカップ1次予選、対オマーン戦はまさしくそんな試合展開 だった。
なんとなーく、あのPKは外すような予感がしたんだよねえ。 逆に言えばあのGKは、よく集中してセーブしたって事で、それがW杯の 予選だと言うことなのかもしれないけれど。
ま、素人の私が偉そうに書くことでもないと思うが、危なっかしいなあと 思うところも多々あったし、日本の攻撃もよく攻めていたとは思うけど、 なかなか決定的なチャンスを活かす事ができなかったし。
やっぱり日本って相手に引かれちゃうとなかなか点は取れないんだなあ、と あのトルコ戦を思い出しそうになってしまった。 と、いう所で最後の最後に久保がゴールをゲット!
その前、俊輔が外したあたりから、声を出しまくっていた自分は思わず 椅子から立ち上がっちゃいましたわ。 いやー、よかったよかった。
たった1点のゴールが決まるかどうかでこれだけ気分が違うんだから、 サッカーはやっぱり麻薬的な魅力があるのかもしれない。
でも、今回の出場メンバーの何人かは、あのトルコ戦と被っているん だろうし、やっぱりそういった経験も今回の試合に活きているんじゃない だろうか。
あのトルコ戦で、日本の攻撃が淡白だったことに関して、村上龍がこんな 事を書いていた。
先日、トルシエの通訳のダバディに会う機会があったので聞いたんです。 「どうしてみんなで攻めなかったの?」と聞いたら、「そういう経験が必要。 あの時は全員で攻めなきゃいけなかったんだ、と肝に銘じる選手がいて、そ れを次のW杯で実践するという歴史が必要なんじゃないかな」と言っていた。
韓国は確かに、洪明甫なんて何度もW杯に出ている。94年のアメリカ大会 でドイツに0対3で負けている状態から2点返したり、98年のW杯ではオラ ンダにボコボコに負けたあとに監督が更迭されて、次の試合でベルギーと 引き分けたり……。そういった記憶が、洪明甫を中心にした選手たちの中 にあったからこそあんな攻撃ができたんじゃないかと思う。 「 啓蒙的なアナウンスメント第2集・岡田監督との対談」より。
そういう意味では、今回のこの苦しかった試合も、そして今後の予選でも 予想される苦戦も、今回のメンバーの糧になってくれればいいんじゃないか なあ、なんて思ったり。
逆に言えば、あのトルコ戦の時に涙を流して悔しがっていた戸田も海外組 なんだし、代表に復帰してほしかったりもするんだけど。
がんがれ日本代表。
| 2004年02月16日(月) |
ここが変だよワイドショー |
と、いうことで今回は芸能ニュースネタ。 もはや方々で語りつくされた話だとは思うんだけど、やっぱりどうしても ツッコミを入れたくなってしまったので、ここで入れてみる。 ちなみにワイドショーに対して全く愛はない。
その1。 いくら大ニュース?だからと言って、アメリカでは昼間ハプニングで流れた だけでも非難轟々だったジャ○ットジャ○ソンのち○びを、白昼堂々と 映像で流すワイドショーはいかがなものか。
彼の国では、演出意図を知らされてなくって、ハプニングで流してしまった 放送局がもしかしたら5億円くらいの罰金払わなきゃいけないのに、例えば スポーツ紙の1面に載ってたからってそれを堂々と流してしまうのは、教育 配慮的にはどうなのよ?と思ったのである。
まあ今回の騒動で一番の被害者は、今回のスーパーボールの勝者、ペイト リオッツだろう。だって、サッカーで言えばロスタイムに大逆転劇を繰り広 げるような、素人の私が見ても手に汗握るような好ゲームの末、手にした勝 利だったのに、多分今年のスーパーボールは、あのジャネットのスーパー ボールとして(少なくとも日本人には)記憶されてしまったんだろうから。
その2。 以前牛丼の時にも書いたことだけど、牛丼最後の日、そして最後の客を 延々と流すことになんか意味はあるんだろうか? っていうか、誰がその映像を喜んで見たいと思うんだろう? などと思ったりするのである。
あと、夕方のニュースで、例えばモスバーガーなどの新製品をニュースとし て紹介するのは、そのチェーン店からPRとしてなんか報酬でももらっている んだろうか?例えばニュースで取り上げてくれたら、そのキー局のCM本数 増やすとか。
この分だと、今度牛丼が再開した暁には、牛丼再開後最初の客、なんて いうのも流すんだろうなあ。 んで、店長とかが涙を流したら、いい画がとれたなんて喜ぶんだろうなあ。
その3。 俳優の木村さんが収録中(後?)誤って一般人に怪我をさせてしまった事件。 端的に書けばこういう事だろう。 撮影中でも事故は起こりうるし、事故を起こした当事者に対しては補償なり 謝罪なりはすべきであるし、当然したんだろうし。
ただ、この問題が微妙な問題をはらんでしまったのは、事故を起こした当事 者が、今をときめく某大型事務所の超人気俳優だったって事だろう。
その大型事務所が果たして本当に各局に圧力をかけたのかどうかは定か ではないし、実際どういう意図があって報道を控えたのかはわからない。 だけど、結果的にその報道は、事務所とフジテレビから正式発表がある まで行なわれなかった。つまり、腰が引けまくっていたのである。
普段、私たちは視聴者のみたい情報を追っかけているんです。だから あんな人に嫌われる仕事も敢えてしているんです、なんて事を普段嘯く ワイドショーは、嘘でした、ごめんなさいと1回は謝ってみてはいかが だろうか。
ついでに共同記者会見で、しかも外国人が同席している場所で、全然 関係ない事を聞くのもどうかと思うよ。この作品に対して興味ないなら 興味ないとはっきり言えばいいじゃん、なんて思うんだが。 それをそんな席でも敢えて聞いちゃいました、みたいに誇られてもねえ。
と、いうことで2月はちょっと仕事が暇で、偶々まとめて見たワイド ショーに対して違和感感じまくりの私は、当然彼らの想定する視聴者像 には含まれてはいないと思うんだが。
でもこんな変なワイドショーにハマれる人物像って言うのも相当変なん じゃないだろうか、なんていらぬ心配をしてしまったのである。 ああ、すっきりした(爆)。
たまには以前書いた日記のフォローなどをしてみる。
前々回書いた、私が吉野屋最後の牛丼を美味しく感じた理由について 関連する話が、私が巡回している Narinari.comにあったので、ここで ご紹介。
どうやら、お客の回転率が高いと、牛丼の味も美味しいらしい。 へー。 あと、まかないの話が出てたけれど、考えてみたら、ツユだく、ねぎ だくも、まかないメニューだったんだろうなあ。 吉野家って、まかないで食べられるのは、牛丼(並)のみ。 だから、毎日食べても飽きない工夫をしている内に生まれたオーダー だったのかも。
でも、赤羽駅(南口)構内の吉野家のレベルが高いとは。 以前、通勤に利用していた駅で、実際あそこで食べた事はなかった ので、ちょっともったいなかったかもしれない。
そして、もう一つ、日本代表戦について、あの後ビデオを見返して 見ていたら、8番小笠原が活躍していた事を発見。 やっぱり素人では、ボールを追っかけてしまうので、なかなかキー プレイヤーを見極めるのは難しいんだなあ、としみじみ。
でも、個人的に逆にTV画面ではわかりにくかったんだけど、実際の 競技場で目立ったのは、日本代表のパスミスの多さである。
で、その事に関して、現マリノスの岡田武史監督が、W杯後、こんな 事を言っていたのを思い出した。 引用するのは村上龍の対談本「啓蒙的なアナウンスメント第2集」より。
ヨーロッパでは、ディフェンスでもそうですけれど、器用にはでき なくとも、きちっと止めて蹴れる選手がいる。要するにサッカーなん だから、キックですよ。日本でうまいうまいといわれるのは、トラッ プだのフェイントだのでしょう。
マラドーナは、ドリブルがうまいといわれたけど、思ったところに 思ったボールを蹴れるし、プラティニだってそうだし、クライフ だってそう。彼らの共通点といったら、やっぱりキックなんですよ。 子供のころからキックをもっと重要視するようにならないと、日本 のサッカーはこれからもうひとつ上にいけない。札幌で得点王と なったウィルとかエメルソンを見ているけど、やっぱり抜群に キックがうまい。そのうえでの得点感覚なんですよ。
岡田監督は、TV番組などでも度々同様の発言を繰り返していたんだ けど、実際に見ると頷けるような。
も一つ、この前の試合に関して、東京新聞のスポーツ欄の中のコラム にこんな記事があったので、忘備録的に引用しておく。ちなみにコラ ムの作者は大住良之というサッカージャーナリスト。
味方がボールをもっても、前線で「アクション」を起こす選手がほと んどいない。(略)選手たちがリズムに乗ってプレーしている時には 次から次へと攻撃のイメージが生まれ、選手の動きが重なっていく。
しかし、いったんリズムが崩れると、とたんに互いの考えている事が わからなくなり、動きが止まる。その結果、相手ばかりが動き、日本 は受身に回ってしまうのだ。
DFラインでボールをつないでいる時にも、前線が動かないから出せ ない。そのうちに追い込まれ、致命的なミスが生じる。常にそうなる 危険性をもっているのが、現在の日本代表なのだ。
うん、確かにこの前の試合に関しては、FWを見ていても味方がボール を持った時に一気に前に飛び出す、みたいなアクションはあまり見ら れなかった気がする。
また、試合の後半には、攻めあぐねて日本代表がパスを回している 時間帯っていうのが目立ったし。アレックスの2点目の飛び出しは その膠着状態の打破の為、みたいなもんだったし。
やっぱり中田が常々言うように、もうちょっと選手同士の濃密な コミュニケーション、みたいな物が生まれてきた方がいいんじゃない かなあ、なんて思ったのである。
たまにはこういうblog的な展開もいいかもしれない。
| 2004年02月12日(木) |
日本代表VSイラク戦 |
今日は日本代表VSイラク戦を見に国立競技場まで行ってきた。 なんでわざわざ?見に行ったかというと、1週間前でも余裕でチケッ トが取れたからである。ちなみに当日券も5,000枚ほど用意できる ほど、チケットは余っていたらしい。
まあ、来週にW杯1次予選を控えていたり、先週、今週とA代表やU23 代表の試合が重なっていたり、そもそもこの時期にイラク相手の試合 ってどうなのよ?とか、様々な条件が重なっていたからじゃないかと 思う。
ちなみにこのイラク戦、イラク復興事業の記念の親善試合で、しかも 旅費その他は日本持ち、というめちゃくちゃ政治色の濃い試合だった らしい。
でも、逆にいえば代表戦を見に行く絶好のチャンス。しかも場所が 千駄ヶ谷とあっては見に行かなくては、ということで行ってきた訳だ。 国立競技場に行くのが10何年ぶり。しかもそこでサッカーを見るのは 20年ぶり位の久しぶりである。
入る前、一つだけ誤算だったのは、ボディチェックに予想以上の時間 を取られたことと、事前に買っていったペットボトルの中身を紙コッ プに移さないといけなかった事だろう。 おかげで会場に入ったのは、試合開始直前だった。
ちなみに見た席は、メインスタンドホーム側?のペナルティエリアの 真ん前。この席が結果的には大正解だった。 前半の坪井のミスから起こったイラクの決定的チャンス→楢崎の好 セーブも、後半のアレックスのセンタリング→柳沢のゴールシーン、 そしてアレックス→久保→アレックスのゴールシーンも目の前で見る ことができたのだ。
いや、もうこれだけでも見にきてよかったーって感じかもしれない。
試合自体はものすごーく大味と言うか、別にイラクがボールを支配 していた訳ではないのに、日本側のミスから決定的なチャンスを作 られ、しかもそのチャンスをイラク側が活かせない、という感じの 試合だった。 もしもまだ、フセイン政権だったら、得点できなかったあの選手は 拷問されていたに違いない。
日本側は、途中で福西が入ってから、福西−藤田のラインが攻撃の 起点になったような感じだったけど、全体的には攻めあぐねている ような印象だった。
そんな中、個人的にはFW二人の動きに注目して見ていたんだけど、 柳沢が意外と?動きまくっているのには驚いた。FWというよりは 指令塔的な立場でプレイをしている感じだった。 この辺はTVで見ているだけではわからなかった部分かもしれない。
そして後半、中村俊輔が出てきたのには、正直驚いた。帰ってきて いる事自体、知らなかったし。 そして、もう一つ驚いたのは、俊輔が入ってきてから、日本代表の チームが有機的な動きに変化したことだった。
俊輔がボールを持った瞬間、この先何が起こるんだろうという期待感 が生まれてくる感じなのである。 俊輔が入ってくる前まで、久保はいまいち機能していない感じだった のが、俊輔が入った途端、久保にちゃんとボールが行くようになって いったし。 それに生で見てみると、中村俊輔の動きが一番柔らかい感じなのだ。 なんかよく動きそうという感じというか。周りの空気が俊輔の周りだ け、なんか違う感じなんである。 いやー、いいものを見させていただきました。
やっぱり生で見て初めて感じることも素人としては多いんだなあと 思ったし。この素直な感動を味わうために、また競技場に足を運んで みたいと思ったんである。 で、現在は試合のビデオを見ながらこの日記を書いている。 自分が生で見た試合を、ビデオで見直して見るのも結構面白いものだ。
どうやら吉野家の牛丼最後の日が2月11日になったようで。 だからと言うわけではないのだが、今日、久々に牛丼を食べてきた。
私は普段、あまり吉野家の牛丼は食べない。 学生時代に、思う存分食べてしまったというのもあるし、よほど食べる所に 困った時にしか行かないのであるが、明日以降、しばらくは食べられない、 と言われては、やっぱり食べに行きたくなる。要はミーハーなんである。
で、久々に食べる吉野家の牛丼は、久々だからか、やはり美味しかった。 いつの日か、牛丼復活の日には、やはり食べて、久々で美味しい、と思う んだろうか。
さて、でも今回の牛丼騒動、何がびっくりするかというと、アメリカのBSE 騒ぎ=吉野家他牛丼チェーン店問題に集約されてしまった事だろう。
確かに牛丼を唯一の商品にして、しかもその仕入先の殆どをアメリカに頼 り、その結果、牛丼がしばらく世間から消えてしまうことは、寂しいこと であるには違いない。
でも、果たしてそれは牛丼最後の日、という形で報道各局がこぞって追っか けなきゃいけないほどのニュースバリューを持っているんだろうか?と思う とちょっと疑問に思うのである。
あと、吉野家の牛丼以降の新メニューが、280円の牛丼に対して割高な事 に関しても、わざわざアナウンスしなきゃいけないニュースなんだろうか と思うのだ。
あの牛丼280円は、アメリカで大量に仕入れた格安の牛肉を、何ミリかの 厚さにこだわって加工し、徹底的なマニュアルによる作業の効率化に よって達成された価格なんだから、代替商品が割高になるのは避けられ ない事だと思うのに。 どうせだったら、その辺の裏側も含めて報道すりゃいいのに、なんて 思ってしまうのだ。
冒頭にも書いたとおりに、私はあまり牛丼は食べない。 だから、なくなってしまうと聞くと寂しくは思うが、そんなに困りはしない。
でも、同じくアメリカ産牛肉を使っているだろうと思われる、私が時々行く 外食チェーンから、牛肉商品がなくなったら、ちょっと困ってしまう。
新宿ねぎしの牛タン、ふらんす亭のステーキ、ハードロックカフェ他のハン バーガー…ってあんまりいいものを食べていない気もするが。 私が知りたいのは、牛丼よりはそういう情報だったりするんだが。
まあ外食で食べられなくなったら、自分で作ればいいだけの話なんだけど。
あと、牛丼に関しては、吉野家は1号店の築地店と、東京競馬場、大井競馬 場などの各種競馬場では、2月11日以降も牛丼は販売されるらしいし、 神戸らんぷ亭では、引き続き牛丼の販売を続けるらしい。
神戸らんぷ亭の牛丼は、個人的には吉野家と同じくらい好きな味なので、 全然OKだったりする。
| 2004年02月07日(土) |
「ロードオブザリング 王の帰還」 |
そんなわけで久々のネタは「ロードオブザリング」の完結篇である。 見たのは六本木ヒルズにあるヴァージンシネマ。
ちなみになんでこの日に見に行ったかと言えば、友達がチケットを もらい、ご相伴に預かることができたから。
で、ヴァージンシネマ。今まで行ってみたかった映画館で、しかも 六本木ヒルズには度々行っているにも関わらず、今まで縁がなかった 映画館だった。
どうせだったら野郎同士で行くよりは、かわいい女の子をエスコート したい所であるが、贅沢は言ってられないのである。
でもヴァージンシネマ、やっぱりデート向きの映画館であると思う。 その理由の一つは、ネットで座席指定券が取れること。 今回みたいな超人気の作品の場合は、下手に並ばずに済むと言うのは デートに最適かもしれない。
そしてもう一つの理由は、映画館入り口にある、ポップコーンの容器 がやたらでかい事。一人じゃとても食いきれないくらいでかいのだ。 それのどこがデート向きじゃい、と思われるかもしれないが、実は 重要なんじゃないかな、と思うのだ。
だって、一つの大きなポップコーンの容器を二人の中間に置いて、 映画を見ながら食べる所を想像してみよう。 映画を見ながらもポップコーンを探る二人の手がやがてぶつかって… なんていいじゃないっすか。
これが男二人で一つのポップコーンを食べつつ、手が当たった所を 考えてみたら、なーんかやな感じがすると思いません?
しかも、ポップコーンは塩味と、キャラメル味の2種類があって、 ハーフアンドハーフなんていうのもできたりする。 彼女や、まだステディな関係にはなっていない女性を映画に誘いたい んであれば、是非、話題づくりも兼ねて、あのでかいポップコーンを 頼むことをお勧めしたい。
ちなみに、私はポップコーンはあまり好きではないので、実際にする かどうかは微妙なんだが。
と、話が大幅にそれてしまった。「王の帰還」の話である。 一言で言うなら、「やっと長い旅が終わった」である。
3時間20分(予告編を入れると3時間40分を超える)にも渡る 本編を見終わった後の感想はやはり、「いや〜、本当に終わって よかった〜」だろう。
なんせ第1作から考えれば足掛け2年間も待たされているのである。 でも、その終わりは、本当に長い旅が終わったような、清々しい感じ がすると思う。
2年間の間、尻すぼみにならず、ずーっとテンションを維持し続け、 しかも終幕に向けて盛り上げていったスタッフおよびキャストに、 スタンディングオベーションをしてあげたくなってしまうクオリティ の映画になっていると思う。
個人的に書きたいことは色々あるが、本編の見ることを本当に楽しみ にしている人も大勢いると思うので、ここでは一切のネタばれをする ことをよしておく。
前2作を見た人は是非とも期待をして劇場に足を運び、まだ見たこと がない、と言う人は是非とも各作品3時間位ある前2作を見てから、 この作品を見ることをお勧めする。
個人的には、次回この3部作を見るのは、当分先にして、また新たな 感動を楽しみたいかな。 あ、でも、今回の映画のデータを使ったと言われる、ゲーム版は ちょっとやってみたくなったかも。
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