2011年02月28日(月)  まさかのピカソ。
 
アンリ・ルソーという画家が好きで、現在、箱根のポーラ美術館でアンリ・ルソー展が開催されていて行きたいけど妻もそんな興味ないだろうし一人で行くのもあれだしと思っていたら、箱根にやたら詳しい部下の男性看護師が案内してあげますと言うので日帰りで箱根に行くことに。しかしまあ折角箱根に行くんだから温泉にもゆっくり浸かりたいよねなんて提案すると、だったら仕事帰りに行って一泊しましょうということになり急遽箱根一泊旅行となった。
 
仕事帰り、新宿から午後7時半のロマンスカーに乗って宿に着いたのが午後11時。酒飲んで温泉入って酒飲んで就寝前にモンハンして午前3時就寝6時半起床。朝風呂に入って朝飯食って美術館行って念願のアンリ・ルソーの絵画を目の当たりにして感動したが、それよりもパブロ・ビカソの「母子像」という母が赤子を抱いている絵を見て大きなショックを受ける。
 
絵から伝わる生命の力強さにしばらくその場から動けなくなった。力強く描かれた陰影。母の太くて繊細な手。赤子の太くてはかない腕。母の慈悲に満ちた視線。赤子の絶対の愛を委ねる視線。母の髪の毛の質感。赤子の頬の立体感。涙が出そうになった。
 
帰りに「母子像」のポストカードを購入したが、ポストカードでは本物を目の前にしたダイナミックさは残念ながら感じなかった。またあの絵を見にポーラ美術館へ行きたい。あとゆっくり温泉も浸かりたい。宿の温泉の効能にうちみ、神経痛などありきたりなことが書かれていたが、最後に「特効」という部分があり、商売繁盛と書いてあった。これにはそれなりのダイナミックさを感じた。
 
2011年02月27日(日)  肉々してきた。
 
家族で埼玉県日高市にある「サイボクハム」という総合施設に行った。
 
何の総合施設なのかというと、肉の加工工場があって豚肉や手作りのハム・ソーセージの直売店や野菜の直売店があり、レストラン、フードコートやカフェテリア、小さなアスレチックや豚が飼い放されている広場やパークゴルフ場、そして天然温泉施設と遊べる所が満載。
 
フードコートでメガ豚セット(1500円)というものを購入。ベーコンステーキ、レバーステーキ、トンテキ、フランクフルト、網焼きソーセージに豚足と異常なボリューム感。しかも全て厚切り。スペアリブ(400円)、もつ煮(300円)も購入したため見た目だけで満腹になる始末。
 
私は一度でいいから厚切りのベーコンステーキを好きなだけ食べてみたいという夢があったが、厚切りのベーコンステーキを好きなだけという量はたった3切れだけだったという現実に愕然。4切れ目には手を伸ばせなかった。
 
結局、妻と御ハナと3人でメガ豚セットを1つ食べたが半分以上残して持ち帰りにして夕食に出てゲッソリするレベルのボリューム。しかも加工工場の直営店の試食が充実しすぎていてバイキングレベル。メガ豚セットなんて食べなくても少食な我が家はこれで満腹になれたであろう。
 
散々食べて思い切り遊んで。天然温泉で一風呂浴びて帰りたかったが御ココがまだ小さいためここは我慢。東京から高速乗って1時間程度で行けるオススメの家族で休日スポットです。
 
2011年02月26日(土)  うちのあれがこれで。
 
電車で私の前に立っていたサラリーマンが自分の妻のことを「うちの嫁」と言っていて違和感を感じたので、私の隣に座っていた部下に「君だったら結婚したら何って呼ぶ?」と訊ねたら、「俺はずっと名前で呼び続けたいと思います」と相変わらず頓珍漢なことを言うので「そういうことじゃなくて他人に対する自分の妻の呼称のことだよ。例えば私は”うちの奥さん”と呼んでるけどね」と、噛み砕いて説明すると、「あ、そういうことですか。だったら”うちのかあちゃん”と呼びたいです」と、一気に三丁目の夕日の世界に突入。聞いてみるとその部下の父親が「うちのかあちゃん」と呼称していてその言葉に潜む仲むつまじさが良いのだという。ふーんと返答して昨今のスイーツ男子という馬鹿げたカテゴリについて議論を始めた。
 
2011年02月25日(金)  東京グラフィティと浮腫。
 
本日発売の東京グラフィティ(#078)の特集「人生で一番大切なこと」に私が掲載されている。様々なジャンルで活躍する人達が人生で一番大切なことを自分で撮った写真付きで語っているのだが、様々なジャンルの中、私が掲載されているページは「人気ブロガー」というページであった。個性的な面々のなか、私の文章も大分個性的なので機会があれば一読して頂きたい。
 
顔写真は美容院に行った時に美容師さんに撮ってもらったのだが、髪型は美容師さんにセットしてもらったなりの自分では絶対にできないイケてるヘアスタイルなのだが、顔が浮腫んでいて残念な表情になっている。
 
浮腫んでいる理由はその日の午前3時頃まで酒を飲みながら職場のスタッフをモンハンをやっていたためで、本当にモンハンはやりすぎると私生活も仕事も家庭も全て狂わされるとても恐ろしいものであるとまとまりのない文章を書き続ける人気ブロガー、まさかの白衣姿の写真も掲載しています。
 
2011年02月24日(木)  いってきます。ありがとう。
 
御ココが産まれて約4ヶ月。遂に本日夜勤業務に復帰する。
 
夜勤業務に復帰するということは一日に渡り御ココの状態が安定しているということで、元気に泣き、元気に笑う。今ではつい当たり前のことのように受け取りがちだが、このことは本当に心から喜ばしいことであって、私にとって夜勤の復帰とは、御ココの手術中に病院の外に出て、空を仰いで願った御ココの健康をほぼ手中にしたことといっても過言ではない。
 
今でもスムーズに自力での排便はできない。午前中に浣腸、夜にブジーといって肛門に指を入れて直腸の縫合部の狭窄を防ぐ処置を毎日行っている。それでも調子が良いときは1、2回自力で排便をすることができる。
 
先日、御ココの健診で医師に「手術をしたとは思えないくらい順調な発達をしています」と言われて夫婦で喜びを分かち合った。首もしっかりと据わり、最近は寝返りをするような仕草もとり始めた。
 
本日、夜勤業務に復帰する。私も妻も御ハナも職場のスタッフも、全ての者が御ココに対し状態の安定を認めてくれたようで、夜に「いってきます」と家を出て、自転車をこぎながらあの時願った空に「ありがとう」と呟いた。
 
2011年02月23日(水)  夢は追うもの食べるもの。
 
一度でいいからホールケーキを丸ごと食べたいなんて夢をたまに聞くが、たかだか三千円か五千円、夢だ夢だ言ってないで買って食ってみればいいと思う。お金の問題じゃない。叶える夢を現実的なものとしながら一向に行動しないことが気に入らないのだ。努力もしないで欲求ばかり発するのは見苦しいと思わんのかね。
 
「だって食べちゃったら夢が終わっちゃうじゃないですか」
 
と、ナースは言う。私の話に耳を貸すのも面倒臭いといった風で、白衣に付いた消毒液の染みを気にしている。夢は叶えるためにあるものじゃないのか。
 
「夢はですね、追うためにあるんですよ。ケーキ食べちゃったら次の夢を叶えなくちゃいけないじゃないですか。私、夕張メロンも一人で丸ごと食べてみたいんですけど、それも叶えちゃったらまた探さなきゃいけない。だからケーキ1ホールも夕張メロン1個も食べたい食べたいって言っている時が一番幸せなんです」
 
え? いつから結婚の話になった?
 
「ヨシミさんを訴えたいって夢は早々に叶いそうです」
 
2011年02月22日(火)  イビキは善。

現在、「いびきマスカット」という先日購入したいびき防止マスクが当ブログの検索キーワードの上位となっているためレビューを書きたいと思うが、就寝中いつの間にかマスクを外しているので効果は不明であり、妻に聞いてみても同様の感想を述べるのみでマスクを装着している間は効果があるのかもしれないが、マスクを外す動作は就寝中に無意識で行われるため、正確な効果を知るのであれば両手を縛らなければならず、就寝前に両手を縛ってくれと妻に頼むわけにもいかず結果敗北。
 
業を煮やした妻が私のイビキを携帯に録音していてしきりにこれを聞けと言ってくるが、イビキ防止対策が絶望的な今、自らのイビキを聞いたとしても絶望しか残らないため聞かない。聞けない。他にも手首に巻くタイプのイビキ防止グッズがあり、イビキの音を完治すると手首に微量の電流が流れて寝返りを促すらしく怖い。そんなもので寝付ける自信がない。むしろイビキは善であるという新しい価値観を啓蒙するほうが容易なように思える。
 
2011年02月21日(月)  男ですいません。
 
現在、ジョージアのポイントプログラムで20pt貯めるとPS3の懸賞にチャレンジできるのだが、これまで3回挑戦して悉く外れている。たかが3回のチャレンジだが60本ものジョージアを飲んでいるということになる。塵も積もれば山となるのは血糖値で生活習慣病に気を付けなければいけないお年頃なので、いっそのことジョージアポイントは諦めて実費でPS3を買った方が心身共に衛生上好ましいと思うが、そんな本気でPS3が欲しいわけでもなく、あったらあったで嬉しいだろうなァという中途半端な気持ちが携帯電話の裏側にジョージアポイントシールをペタペタ貼るというみっともない行いを誘発しているということに気付いていても尚。
 
2011年02月20日(日)  手を繋いで。
 
私のipod touchは職場に行くと電子カルテとしても使用できるというハイテク機器というか職場がハイテク環境で、家でも職場でも終始携帯している。
 
職場で電子カルテとして使用しながらgmail経由で私用のメールチェックもできる。PCと携帯のメールは全てgmailに転送するように設定しているのだ。メールで添付された写真を保存し、仕事で辛いときなどに御ハナや御ココの写真も見ることができる。
 
「なんで?」
 
妻は言う。私は説明する。私の携帯アドレスに写真を送るとipod touchでもメールを読めるように設定してあるんだ。ちなみに携帯に届いたメールはipod touchでもパソコンでも読めるようにしてあるので、家で御ハナや御ココの写真を撮った時には携帯アドレスに送っていいよ。
 
「ケータイに……メールすると……アイポッドに……写真が……パソコンでも……」
 
妻は目を閉じながら復唱して何だか沸騰寸前である。たとえ妻が時代に取り残されても、私がずっと手を繋いでいるから大丈夫。
 
2011年02月19日(土)  サルと羞恥心。
 
先日のパーティでもそうだが、私は立食パーティが苦手だ。というよりあのオードブルというものが苦手なのかもしれない。
 
司会者などが「それではどうぞご自由にお召し上がり下さい」といった号令で一斉に皿に盛りに行くという行動が恥ずかしくてしょうがないのだ。
 
バイキングは大丈夫。でも立食パーティのオードブルは恥ずかしい。こっ恥ずかしい。
 
この羞恥心を私なりに分析したところ、バイキングは「食べる」という明確な目的がある反面、オードブルは「別に食べなくてもいい」という意味もあって、別に食べなくてもいいものをわざわざ食べるのはよほど腹が減っていて、パーティが始まった後の挨拶やスピーチの時間も空腹を耐えていて、「それではどうぞお召し上がり下さい」の号令で猿のように料理に群がって貪ってあの人はサルのようだと思われるのが恥ずかしいのだ。
 
結局、先日のパーティでは何も食べることができずひたすらサルの如くワインを飲んでいた。
 
2011年02月18日(金)  たまにはペンを置いて。
 
電子書籍を出版させてもらっているIT企業のパーティに参加。作家は名札をつけることになっているのだが私の作家名は吉見マサノヴ。今回初めて気付いたのだがこの名前、名札にすると結構恥ずかしい。恥ずかしいなりにインパクトがあるのか今回いろんな作家さんと話をすることができ、それぞれ書くことのこだわりの部分が全く異なることに驚いた。それが個性というものかもしれない。
 
この業界、一見華やかそうに見えるけれど本当に一見、ひたすら華やかで、いろんな会社の社長や著名人、女優など、渋谷に行くことは年に数回しかないのだけど、これぞ渋谷で開催されるIT企業のパーティといった感じで、毎日病院で仕事して夜は原稿書くという生活を続けているけど、こういった刺激も時には必要だと感じた。
 
会場で意気投合したファッション関係のすごい人とIT企業の社員数名とで2次会。やはりパーティで話し込んだどこかのプロモーションの社長さんが2次会は歌舞伎町で行いましょうと宣言し、ここから新宿移動して2次会して明日も仕事だけど果たして終電で帰れるのだろうかとヘラヘラしながら危惧していたところ、その社長さん突然仕事が入り撤退。キャバ嬢から社長になって本を書いている女性も2次会の参加表明をしていたがいつの間にかいなくなっており、この業界は本当になんだか良くわからなくて面白い。しかもこのパーティ参加者の平均年齢が35歳程度という若さ。たまにはペンを置いて真剣に町に出ようと思った。
 
2011年02月17日(木)  部下と混浴。
 
モンハンやってる人いますかーと職場で声掛けたところ、一気に8人集まったのでモンハン部結成。仕事が終わって所定の場所に集まり「あ、捕獲玉忘れたかも」「ハチミツってどこにあるんですか?」「いけね。ホットドリンク飲んじゃったよ」と、傍から見れば意味不明の言語を撒き散らす集団であって、意味不明の言語を発する以外は無言でPSPに集中するカルト集団であってモンハンをしない人には全く理解できない状況なのだがそんなことは全く気にならない。
 
このフィールドには上司も部下もない。ただ強い者が脚光を浴び賞賛を受ける。そんなシビアなモンハンの世界では狩りに行く前に温泉に入り体力とスタミナを上げるという一連の作業があるのだが、そこは混浴であってゲームの世界であれど部下のナースと一緒に温泉に入るとなんだかテンションが上がるので「テンション上がるよね」と温泉に浸かりながら部下のナースに言ったところセクハラで訴えると言い出したのでモンハン部長訴訟の危機。でもまた来週開催予定。
 
2011年02月16日(水)  心外無念。
 
病院の看護師長クラスが集い、とある大学で会議。男性は私を含め2名。私の席は後ろの方で会場が見渡せる場所。
 
粛々と会議が進む中、それぞれの病院の師長に意見を求める際、別段面白くもない軽いジョークを飛ばす師長のコメントに「ワッハッハ」と男性の笑い声。別の師長のコメントでもおべっかを使うような「ワッハッハ」との笑い。男性は私を含め2名。もう一人は遥か前方に座っている。
 
男の笑い声は私の後ろから聞こえてくる。男性は私を含め2名。その笑い声に振り返らない師長達はきっと私が笑っていると思っているに違いなく、笑っているのは会議の途中から参加した大学の講師らしき男性。
 
師長たちはその男性が会議に参加したことを認識していないため私が笑っていると思っているのであろう。笑いのハードルが低く、さらにこうしたおべんちゃらな笑いで今の地位を獲得した調子の良い男と思われているに違いなくただただ心外。ひたすら無念。
 
2011年02月15日(火)  フォンダンショコライフ。
 
バレンタインの夜。遅く帰った食卓の上に、妻と御ハナ手作りのフォンダン・ショコラ。家族が描かれた似顔絵とリボンがついた大きな箱。中にはPORTERのビジネスバッグ。今まで使っていたものが古くなっていたのを妻は知っていたのだ。
 
フォンダン・ショコラを頬張ると瞬く間に口の中でとろけた。寝室で寝てる家族3人にキスをして妻の耳元で「ありがとう」と囁いたけど、少し顔をしかめただけで熟睡している。
 
フォンダン・ショコラのような甘い生活。幸せのピークはこれからも続く。
 
2011年02月14日(月)  萌えサービス。
 
バレンタインデー。ナース2人が私のもとへやってきてチョコをくれた。礼を述べ仕事の続きに取り掛かろうと再びパソコンに向かうと、傍らで「ほら、早く、あれ、あれ」「ええー。どうしよ」「ほら早く」と、二人で小声で言い合っているので仕事に集中できない。ナースの方向へ振り返って「何かするの?」と訊ねたと同時に、顔を赤らめたナースが近寄り、私の白衣の袖をすっと触った。
 
「なにこれ」
「サービスです」
「え?」
「……萌えサービスです」
「は?」
「萌えサービスです」
 
二人で小声で言い合って顔を赤らめて意を決して白衣の端をそっと触って慌てて手を引っ込める一連の流れが萌えサービスというのなら、それはそれは高度なテクニックであって独身時代であったら容易に胸を撃たれていたであろう。
 
2011年02月13日(日)  カルタナーニャ。
 
バーニャカウダっていつから一般的な言葉になった?
 
先日妻が蓋がシリコン製の鍋を購入してバーニャカウダなる蒸し鍋を作ってエバラのバーニャカウダ味蒸し鍋のタレにつけて食べたら涙が出るほど美味くて毎日バーニャカウダでもいいくらい感動したのだがバーニャカウダっていつから一般的な言葉になった?
 
「えとさ、昨日うちで蒸し鍋食べたんだよ。なんていうんだっけ。カルタナーニャみたいな名前のやつ」
「バーニャカウダね」
 
と、職場のナースが即答するほどいつの間にかバーニャカウダは社会に浸透している。私は妻が作ってくれるまでバーニャカウダなんて全然知らなかった。エバラのバーニャカウダ味蒸し鍋のタレなんて温野菜に合いすぎるタレがあるなんて、世の中はまだまだ私の知らない素晴らしいことがいくつも隠れていると思うとテンション上がる。
 
そんなテンションでエバラのバーニャカウダ味蒸し鍋のタレを買いだめしようと近所のスーパーに行ったら売り切れていた。執念で近所とはいえないスーパー2件まわったけどやはり売り切れていた。悪意すら感じる。辛そうで辛くない少し辛いラー油と同じパターンだ。ということはバーニャカウダが流行っているのはごく最近の出来事? 珍しく流行の先端を走ってるってこと?
 
2011年02月12日(土)  なりたくないとなければいけないの話。
 
「ヨシミさんと話すと気分が楽になります」と、毎日いろんな患者さんから言われるので、手前味噌だが患者さんが私と話すと気分が楽になることは確かな事実であって、それが病気の経過に良い方向に働くことは確かなのだが、部下のナースは「ヨシミさんと話すとイライラする」と言う者もいる。
 
同じヨシミで似たようなことを話しているのに片や安心、片やイライラ。この違いは何なのであろうと考察したところ、私は常軌を逸した楽観思考であって、病者は概ね思考がネガティブに傾いているので極端な楽観的思考を与えた場合、悲観的な部分を底上げすることができる。そしてその底上げの幅が大きければ大きいほど得られる安心感の度合いも大きくなる。
 
しかし看護師という職業は基本的に悲観的でなければならない。なぜならあらゆる病気、あらゆる異常、あらゆる事故を想定して患者に接しなければならないから。あらゆる悲観的事項を想定して早期に発見することによって未然に症状を予防することができる。
 
もはや職業倫理とさえいえる看護師として形成された人格は矯正することが難しい。だから私は部下の個性を変えずにシステムを変える。職場で楽観主義でいこう! なんて叫んでも意味がないし不謹慎である。だから静かにシステムを変える。皆が働きやすいように。患者さんにもナースにも負担が掛からないように。
 
患者さんは、悲観的に「なりたくない」
 
看護師は、悲観的で「なければいけない」
 
だから楽観的思考を与えた場合、患者さんは安心するし、看護師は拒絶する。職場で皆がイライラしない世界を作るにはまずこのポイントを抑えることが大切。あとナースには美容院に行ったら「美容院に行ったの?」と直球で褒めずに、「何だか今日は感じが違うね」と、遠回りに言うことがなぜか効果的。
 
2011年02月11日(金)  かぼちゃの馬車はかぼちゃのままで。
 
インフルエンザが治って既に1週間以上経過するが咳が止まらない。御ハナが寝る前に絵本を読んであげたのだが咳が止まらなくてやむなく中断。シンデレラが継母に苛められている場面で終わるという後味の悪い状況で御ハナ就寝。その後咳止め薬であるアネトンZを飲んだら強い眠気に襲われて原稿が書けない。でもモンハンはできる。なぜなら頭を使わないから。だからモンハン下手くそなんですよヨシミさん頭使わないからと職場のスタッフに言われた。来週は部下のナースとモンハン。上司の威厳を示すため、カッチョイイ防具を揃えようと素材集めに必死。
 
2011年02月10日(木)  爪弾くは好い加減な調べ。
 
ハートキャッチプリキュアが先月末に最終回を迎え、今月よりスイートプリキュアが始まったお陰で御ハナに新作玩具を買い与えたい欲求に駆られるが妻の冷たい視線と懐の寂しさで断念。まずはUFOキャッチャーのぬいぐるみとかガチャガチャを頑張ろうと想う。
 
今回のスイートプリキュアは前作ハートキャッチプリキュアと同様、2人のプリキュアから始まった。キュアメロディとキュアリズム。このアニメは徐々に仲間が増えていく形式なので、あと二人か三人か出てくると思うが、そのプリキュアの名前の予想を御ハナに訊ねても「キュアオッパイ!」「キュアオチンチン!」など下劣なことしか言わないので妻と予想することにした。いずれにせよ今回のテーマは音楽である。
 
「メロディとリズムだから次にくるのはキュアハーモニーね」
「ハーモニーって言葉は技の名前で使われるような気がするんだよね」
「じゃあキュアコードとか?」
「うーん。なんかパッとしないね。多分キュアポップとかくると思う」
「元気キャラね。黄色の」
「そうそう。おてんばでセミロング」
「その次はキュアロックとか」
「ないない。でもあるとしたら赤色でロックって名前なのにパンクの衣装してそう」
「必殺技の名前は?」
「題名のない音楽会!」
「次の番組始まってるっつの」
 
2011年02月09日(水)  母親らしく美しく。
 
御ハナの保育参観。妻は保育参観の前に行われる保護者会から出席し、私は御ココを抱え保護者会が終わる頃から参加。
 
先日首がすわったばかりの御ココは、興味津々な様子でキョロキョロしながら園児を眺めている。
 
4月から妻は復職し、御ココも保育園に行くこととなっている。しかし御ハナが通う保育園は御ココを預けることのできる月齢が足りないため、4月から2つの保育園を送り迎えしなければならない。御ハナの保育園はマンションから徒歩5分。御ココの保育園は自転車で20分。長い人生で4人も家族がいれば時にこうした苦難は当然のように訪れる。気にしていては身が持たぬ。
 
ホールで運動をする御ハナは、両親と妹の前でいい格好を見せようと張り切っている。いつの間にか自分の名前の字がわかるようになったしスキップもできるようになった。「どんどん大きくなるね」傍らで呟いた妻が御ハナを眺める表情は、嬉しそうで寂しそうで、とても母親らしく、美しかった。
 
2011年02月08日(火)  はじめての一石二鳥。
 
御ココの首がすわった。つい先日までうつ伏せに寝かせると、もはや成す術なしとでも言いたげな表情を浮かべ、がっくりと顔を床につけているだけだったが、この二、三日でうつ伏せの姿勢から顔をしっかり上げるようになり私の驚きの表情に微笑み返すという余裕も出てきた。
 
時に御ココは石川啄木並みに我が手をぢっと眺めている。ミルクを飲めど飲めど我がお腹、満にならざり。ぢっと手を見ている。
 
これは生後3ヶ月頃の赤子特有の「ハンドリガード」という行為で、自分の手を見つめることによって自分の体に手がある。強いては自分には体があると認識しはじめる行為であって、この小さな手の動きの認識からここに世界があると自覚し、時に触れ、時に感じ、時にもがきながらこの世界を生きていく切っ掛けとなる崇高な行為だというのに、御ココは右手を挙げて、その右手を認識しながらちょうど口の部分にベビー服の二の腕の部分が当たり、その服をちゅっぱちゅっぱおしゃぶりをしている。
 
ハンドリガードしながら服の部分をおしゃぶりするというこの一石二鳥精神はまさに我が娘。生まれて初めて身についた知恵が既に一石二鳥。この知恵こそがこの世界を生き抜く術なのである。
 
2011年02月07日(月)  ハレカブル。
 
今月末にとある雑誌のとある特集に私と作品が掲載されるのだが、プロフィールの顔写真が二日酔いで顔が腫れていてひどいことになっている。プロフィール用に写真を撮ってその中でも一番ましな顔の腫れ方をしている写真を送ったつもりだったが、間違った画像ファイルを添付してしまい、おおむね腫れかぶっている写真を送っていたことに気付いた。しかも今回は全国誌である。大抵私は午前中は酒の影響で顔も性格も腫れかぶっているので何か大切な事は夜に行うよう努めることにした。
 
2011年02月06日(日)  夜は静かに命を懸けて。
 
アマゾンから「100%保証のいびき防止マスク いびきマスカット」が届いたので早速使用してみた。
 
素材はスーパーソフトゲルといってグミのような触感。マスクのような形をしており口の周囲にぴったりと密着し、イビキの原因である口呼吸を抑制するというもの。
 
耳ヒモを両耳に掛けて、マスク下部のベルトを引いてアゴに掛けてマスクを固定するのだが、いずれもスーパーソフトゲルでできているので耳ヒモはなんとか固定できるのだが、アゴの固定がすぐに外れて苛々する。何度も何度も掛けなおしているうちに就寝。
 
深夜に2回ほど目が覚めて、その度にマスクが外れているのでアゴに固定して煩わしいことこの上なかったがこれも家族のため。このマスクの効果がなくても数日後にはイビキ防止用口閉じテープという、単純に口をテープで留めて口呼吸を抑制するという暴力的極まりないグッズも届く。下手すると死ぬかもしれん。これは命を懸けた戦いなのである。
 
翌朝妻にイビキどうだったと確認してみると、そんなことよりもうちょっと早く起きてよとまさかの苦言を呈された。100%保証のいびき防止マスクいびきマスカット。なぜいびきマスカットなのかネーミングの理由がわからぬが、私はこれからも妻の苦言にぶら下がって生きていく。
 
2011年02月05日(土)  食傷と弛緩。
 
鹿児島で購入した家が完済したため銀行の抵当権末梢の手続きと確定申告で必要な書類を取りに管轄の法務局出張所へ。
 
ここの忘年会は一体どんな感じなんだと想像できないようなどんよりとした雰囲気で何だか全員仕事をしたくないような表情をしている。私の職場は例え仕事をしたくなくても仕事をしたくない表情ができないほどとても忙しい。よってこの倦怠感に似た雰囲気は一人一人の食傷と弛緩から発生されていると思われる。いけない兆候だ。この場では発展などありえない。
 
公務員OBとか天下りの人達もいるだろうからそもそも発展など望んでいないだろうし例外なく決められた手順で所定の書類を発行するという業務に発展など求めてはいけない。合理化すら求めてはいけない。窓口の高圧的な高齢の職員が端末を利用して「鹿児島県」という文字を探し出すのに3分ほど要した。
 
一番若そうな男性職員が自分の父親ほどもありそうな他の職員に張り切った声で「代わりますよ!」「代わりますよ!」と連呼していて悉く無視され我が事のように悲しくなった。
 
2011年02月04日(金)  ハイテクマスク。
 
私の横で寝ている御ハナが夜中に一人シクシク泣いていたという。気付いた妻が「どうしたの?」と訊ねると、「パパのイビキがうるさいの」と、パパを起こせばいいものの我慢してシクシク泣いていたということがいじらしく、そんな娘を不憫に思ったのか妻は私の顔を発作的にパチンと張り手をして私は目覚めた。イビキで家族が眠れない。由々しき事態である。
 
私は昔から熟眠感というものがなく、何時間寝ても朝は一向に起きることができないため、これは全てイビキの所為だと思っている。イビキさえかかなくなったら私は健全な睡眠を得て健全な生活を送ることができると思っている。
 
これは本腰を入れて考えなければいかんと「イビキ アマゾン」と、本当に治す気があるのか疑わしいような検索をして、アマゾンで「100%保証のいびき防止マスク いびきマスカット」という絶望的に怪しげなアイテムを購入。
 
「アゴにつけるハイテクマスク」と書いてある。ハイテク! 本当にハイテクな物は自らハイテクとは言わない。それでも私の小遣いの範囲内で購入できるイビキ対策グッズはこのハイテクマスクくらいしかなかったのだ。
 
小さな家族を守る為、昼は伊達直人ばりに一生懸命働き、夜はハイテクマスクに変身し悪夢と戦う。娘の涙はもう見たくない!
 
2011年02月03日(木)  御ハナお姉ちゃん御ココを守る。
 
節分。御ハナが一年で一番恐れる恐怖のイベントである。私が鬼の面をかぶり平和な家族の夜を急襲する。去年御ハナはあれだけ事前に「鬼は外!」というフレーズを練習したにも関わらず、私が扮した鬼相手に「オニ! オ、オニ! オニハ! オニ!」としか言えず、しまいには豆を入れていた容器ごとぶちまける醜態を晒してしまったのだが今年は愛すべき妹、御ココがいる。「ハナね、鬼が来てもココちゃん守るの」と張り切っている。
 
「ウガーッ!」という叫び声と共に鬼の面をかぶり今年も御ハナを強襲する。いつ強襲されてもいいようには豆を入れた容器を常に手に届く範囲に置いていた周到さは御ハナらしい。涙を溜めながら「鬼は外! 鬼は外! 鬼は外! あ、福は内!」と、果敢に鬼に向かって豆を投げる。何度も豆を当てられて敵わないと思った鬼は「赤ちゃんを食べるぞー!」と、ベビーラックで寝ている御ココに狙いを定める。御ハナは一段と語気を強め、「鬼は外! 鬼は外!」と、御ココの前に立ちふさがり豆を投げ続ける。既に半泣きである。
 
「やられたー! またくるー!」と、節分の時の鬼の正式なフレーズがイマイチわからない私は両手を挙げて撤退。リビングから離れた暗い和室で鬼の面を取りながら今日も御ハナの成長を噛み締めたのでした。
 
2011年02月02日(水)  ファンシーでファンキー。
 
今度雑誌に載る原稿に文章に合った写真が必要で、どうしても鳥かごの写真が欲しくて、締め切りも近いしダメもとで職場のスタッフに鳥かご持ってないか聞いてまわろうと思いついた時に私の横のテーブルで昼食を摂っていたナースに「ねえ、鳥かご持ってない?」と訊ねたところ、「持ってますよ」と即答。鳥かごの形をしたライトを持っているという。そんなファンシーなナースに鳥かごを借りて締め切り日に写真を提出。イメージ通りの写真ができた。
 
そんなファンシーなナース。最近モンハンを購入したらしく、全くの初心者で操作もろくにできないと言いながら何だかんだ頑張ってる様子は仕事と一緒。彼女は仕事に自信がないない言いながら人並み以上に仕事ができるようになった。だからそのうちモンハンも慣れてくるよ。で、武器は何使ってんの? 「笛です……」顔を赤らめて言う。
 
初心者で笛を使うなんて「プロレス初めてなので技教えて下さい」で、どんな技したいの? 「ウラカン・ラナ・インベルティダです」と言っているようなもので難易度が高すぎる。そんなファンシーでファンキーな彼女を我が職場のモンハン部は全力で応援したいと思っています。
 
2011年02月01日(火)  御ハナ、パパを保育園に預ける。
 
毎朝御ハナを保育園に送り、教室の前で御ハナが「せんせい、おはようございます」と挨拶した後、私が保母さんに「それじゃあお願いしまーす」と言って保育園を出るのだが、今日は御ハナは先生に朝の挨拶をせず、「それじゃあおねがいしまーす!」と、私の台詞を真似て保育園を出ようとしたため、ちょ、ちょっ、御ハナさん待ってと御ハナを呼び止め、特に理由も聞かずいつものように保母さんに預けたのだが、夕食時に「どうして今日はそれじゃあお願いしまーすって先生に言ったの?」と御ハナに訊ねると、「うんとね、お仕事に行こうと思ったの」と言った。
 
御ハナはあまり物をねだることはないのだが、時に「○○が欲しい!」と言い始めた時には「パパとママがいっぱいお仕事してお金貰ったら買ってあげるからね」と言っている。数日前から御ハナはどうしてもプリキュアのおもちゃが欲しかったのだ。
 
パパとママにプリキュアのおもちゃが欲しいと言っても、いつものように仕事するから待っててと言われるばかりで一向に買ってもらえない。そればかりか遂にハートキャッチプリキュアが最終回を迎えてしまった。それだったら私が仕事に行けば自分のお金が貰えてパパとママにお伺いを立てることなくプリキュアのおもちゃが買えると思ったのであろう。御ハナは私を保育園に預けてお金を稼ぎに仕事に行こうとしたのだ。
 
あのまま御ハナを見送ったらどこに仕事に行っていたのであろう。それはそれで気になるが、その発想力はとてもとてもたくましい。
 

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