2010年05月31日(月)  十戒ビビンバ。
 
日曜の郊外のショッピングモールのフードコートの混雑振りにイライラする! ヨシミイライラする!
 
フードコートとは隣接する多様な飲食店のブース及びセルフサービス形式の食事のための共有スペースを提供する屋内型広場であり、家族連れやカップル、たまに見かける初々しいお洒落を決め込んでいるがなんとなく馴染んでおらず、それでいて己の悪っぷりを表現するため大声で笑ったり叫んだりするけどイマイチ釈然とせず、可愛い女の子達が通ると表情が強張り、通り過ぎた後にオマエ声掛けろよー! オマエがセーヨ! などと軟派を装うが、結局終日男のみの4人集団の中高生などが利用するというまさに老若男女が午前11時過ぎから大挙襲来する場所であって、席を確保することすら困難を極めるが、席を確保したとしても飲食物を買いに行くことも買って席へ戻ることも人波を掻き分けねばならず半端なく疲弊する。しかし石焼ビビンバを持つ者は違う。
 
石焼ビビンバは熱い。ラーメンだってカレーだって熱いだろうが、石焼ビビンバの熱さには敵わない。お盆の上に石焼鍋が乗っているのである。ビビンバが入っているから食品という体裁を保っているものの、あれはほぼ凶器である。
 
だから人は優先して避ける。やべ石焼ビビンバだ。あれに当たって火傷したら大変だ。俺が当たんなくたって俺の近くの奴が当たって結果俺に石焼当たるかもしれんからラーメンとかカレー持ってる奴より更に余裕を持って避けようという心理が働く。
 
石焼ビビンバを運ぶものは、熱いよ熱いよ石焼ビビンバが通るよー。耳近づけなきゃわかんないけど米がパチパチいってるよー。誰かに当たって転倒なんてしちゃったら大惨事になるよー。避けて避けてー。と、自然と鬼気迫る表情になる。
 
この二重の効果によって、石焼ビビンバを持つものはモーゼの十戒の如く、人波荒い海を二分させ、そこに光の道ができるのである。そして私は毎回、石焼ビビンバを運ぶ者を探し、その背後にぴたりとつき、何の苦も感じずに歩き続けるのである。そう、これこそが我が人生の姿。
 
2010年05月30日(日)  そうだ畏れないで。
 
仙台市が駅近くの区画整理事業地内に建てられるアンパンマンミュージアムの総工費数十億のうちの数億を出資することに、地域住民や議会から反発の声が挙がってるというニュースを聞いて、これは反発する者全てがアンパンマンの偉大さを全然わかってないからしょうがない。
 
アンパンマンは老若男女に人気があるわけではない。ある一時の人生のステージに立つ者のみにその偉大さが発揮されるのである。ある一時の人生のステージとは、2〜4歳の子供、またはその親である。
 
子供たちは週替わりで出てくる個性的なキャラクターに興味を持ち、親達は子供がブラウン管に目を輝かせている30分間に風呂を炊き飯を作る。そしてたまに子供と一緒にアンパンマンを見てみると、ガチで住民やアンパンマンを殺害しようとするバイキンマンの無慈悲な姿勢や、ドキンちゃんが垣間見せる扇情性、名犬チーズの悲しき道化など、愛と勇気だけを頼りに生きていかなければいけない私達も考えさせられる場面が多く、非常に魅力に溢れた作品なのである。
 
しかし仙台市は反対する。なぜなら2〜4歳の子供を持たない人達はそもそもアンパンマンに興味がないから。かつて2〜4歳だった子供を持つ親はすでにアンパンマンに興味がないから。現在2〜4歳の子供を持つ親はミュージアムが建設される頃には子供が大きくなってるので意味がないから。
 
そして結婚したばかりの夫婦はアンパンマンの偉大さを積極的に知ろうとしないから。結婚していない若い二人はアンパンマンワールドより二人の世界に没頭し、結ばれてもいないどこかの誰かはまだ見ぬ君に思いを馳せる。だから君は飛ぶんだ何処までも。
 
2010年05月29日(土)  ハエってなぁに愛ってなぁに。
 
職場の部下のほとんどが横浜銀蝿を知らないというショックを先日味わったばかりだが、今日御ハナがトコトコと私のもとへやって来て、「ねえパパ、ハエってなぁに?」と、我が子は銀蝿はおろかハエすら知らないことに驚いた。
 
「ハエってねー、ブーンってねー、ハチさんみたいにねー」同時に自らの説明の陳腐さに愕然。「愛ってなに?」なんてやつもどこにだって溢れているから皆、的を得ているような全くの見当違いのような説明をしたり聞いたり。だいたい身近にあり過ぎて論ずるに及ばないものほど説明をすることが難しい。
 
「パパは悪い事ばっかりしてるからオチンチンついてるんだよね」
 
よって肯定しても間違いではない。
 
2010年05月28日(金)  悲しみは湯葉のように。
 
私は齢三十四になるこの歳まで、
 
温かい牛乳のことをミルクと呼んでいました。
 
先日妻に「その牛乳、ミルクにして」と言った時に発覚したことでございます。穴があったら入りたいほどの勘違いを露呈してしまったのですが、どうしてでしょう。やっぱり温かい牛乳は、今でも私の中でミルクとして表面に薄い膜を張っているのであります。
 
2010年05月27日(木)  虚しき加点。
 
私の職場では定期的に上司が部下全員を評価をしたり悩みを聞いたりする面談をしなくてはならず、ちょうど今がその面談の時期で、ここのところ毎日部下と面談をしているのだけど、私は基本的に「〜な短所があるけど、それにも勝る〜な長所がある」という加点主義で人を見るため、結果的に全ての部下を褒めている。減点主義の人は「〜な長所はあるけれど、〜な短所もあるので気をつけなさい」という言い方をするので、結果としてつまらない面談になってしまう。
 
というわけで私の面談の大部分は相手を褒めているのであって、相手はほとんど女性の看護師なわけだから、概ね口説いていることとあまり変わりない。
 
お世辞ではなく本当に褒めたり感謝を伝えたりしているので、看護師さん達は本当に嬉しそうで、しかしその嬉しさを正直に表出するわけにはいかず、なんとも照れてるような怒ってるような反応をする。
 
そんな反応を見てふと思い付いたのだが、私はこうやって相手を本当に嬉しくさせている。ということは私は「人を心から嬉しくさせる」スキルを持っている数少ない逸材だともいえる。ということは、「毎日仕事頑張ってるね」「この前のプロジェクトいい感じに進んでるね」なんつってこのスキルを自分自身に使用すればエンドレス嬉しいんじゃないか。エンドレス照れ臭いんじゃないかという仮説を立てて、上司の立場を用い心の中で自分自身を褒め続けたのだけど、ただただ虚しくなるばかりでした。僕を褒める人は誰もいないのです。 
 
2010年05月26日(水)  好きこそものの。
 
御ハナは携帯の待ち受け画面を変えることが好きで、携帯が数秒でも御ハナの手に渡ると、一心にキーを押し続け待ち受け画面を変更する。
 
しかしなぜ3歳児がこうも器用に待ち受け画面を変えられるのだろうと御ハナの動作を観察していたら、理由は意外とシンプルで、僕の携帯はセンターキーを5回連続で押したらデータフォルダの先頭にある画像が待ち受け画面として登録することが可能だということを知った。
 
センターキー1回目でメニュー画面、2回目でデータフォルダにアクセス、3回目でデータフォルダ内「全データ表示」、4回目でデータフォルダ内の先頭画像を表示、5回目で(待ち受け)登録ボタンという具合である。
 
僕の携帯はメルマガなどの画像が自動的にデータフォルダに蓄積されるという迷惑な仕様のため、もう1週間ほど「好きを仕事にして生活を充実させるお仕事」というコピーの下にパチンコを打っている女性がピースサインをしている待ち受け画像である。元に戻したってどうせ御ハナがまた変更するだろうし、しかし携帯を開けるたびに好きな仕事がパチンコって、となんともいえない脱力感に襲われる日々。
 
2010年05月25日(火)  ふくナビ。
 
それにしても最近のカーナビってのはめまぐるしい発展を遂げており、私の車のナビには音声認識システムが内蔵されており、例えば「自宅」と声を出して言うと自宅までのルートを検索してくれる機能であり、「ガソリンスタンド」と言うと、「ふくおかけん、ですね」ちげーよガソリンスタンド! 「ふくしまけん、ですね」と、トンチンカンなことばかり言うので、だったらコンビニでいいやコンビニ! と言うと、「ふくい、ですか?」と、なぜそんなに「ふく」に捕らわれておる。しかも最後のふくいはさすがに自信がなくなったのか逆質問までされる始末。後部座席の妻は「あなたの滑舌が悪いからよ」と爆笑している。ムー……。ガソリンスタンド!
 
「リンガーハット、ですね」
 
あ、ちょっと賢くなった。
 
2010年05月24日(月)  2番目のジンクス。
スーパーなどのレジに長蛇の列の渋滞回避のために、「お次のお客様どうぞ」なんつって新設されたレジに誘導を始めたりするが、2番目に並んでいた場合、現在のレジで待つか新設された隣のレジに行くか瞬時に判断しなければならないので困る。
 
あのシチュエーションは、3番目に並んでいる客に最も有利に働くのであって、新設レジに移る距離も2番目の客より短く、かといって4番目の客に気を遣う必要もなく、現在清算中の客の生産状況ならびに2番目の客のカゴの中身などをアセスメントして余裕を持った状況判断が可能だが、2番目は「お次のお客様」の権利を有しているが、あとちょっとで前の客終わるし、でも3番目の客が俺より早く清算が終わったらなんかムカつくしと、3番目の客は時間との戦いであるのに対し、2番目の客は良心との戦いであり精神的に疲弊するということを妻に告げたら「ふぅん」との弁。
 
2010年05月23日(日)  小遣いアウトレット。

自動車を購入して初のドライブ。栃木県佐野市にある佐野プレミアム・アウトレットに行ってきたのだが、言葉に騙されてはいけないと感じたのは、アウトレットというと激安というイメージがあるのだが、このようなアウトレットモールに並ぶ店はブランドショップが多く、2万円のポロシャツを1万円で売っているという意味でのアウトレットで、2万円が1万円ってそりゃ半額といえば半額だけどポロシャツ1枚で俺の小遣いの1/3が飛ぶので怖い。
 
2010年05月22日(土)  俺の肩身。
 
御ハナが「保育園でね、かけっこしてヘキったの」と、疲れたというところをヘキったと言い、これは嫌気がさす、たじろぐなどの意味を持つ辟易を略し、私の娘は賢いので辟ったと言ったのであろうねと妻に言うと、「かけっこしてセキ出たのって言ってるじゃん」と、毎度の正当かつクールな切り替えしに俺の肩身がまた縮む。
 
2010年05月21日(金)  頓痴気リミッター。
 
長年密かに悩み続けていたのだが、私は人の話を聞いていると途中から相手が何を言っているのか全くわからなくなることが多く、結果として相手の要求にあべこべな対応をしてしまい、いい加減という評価をもらうことが多かったのだが、三日三晩続いた先日のおたふくの40度近い高熱で脳味噌が逆に活性化されたのか、ここ数年なんとなく頭の一部を覆っていたモヤのようなものが晴れ、人が言っていることが最初から最後までよく理解できるようになって本当に嬉しい。覚醒アンダースタンディング、脳内リミッターカットである。しかしこの現象はただ単にここ数年酷使を続けた脳味噌にオーバーヒートしないよう頓痴気なキャラクタを演じて自己破壊を防衛していただけで、一週間休んで一時的に本当の自分に戻れただけであと数日も働けば再び頓痴気上司と成り果てるのであろう。
 
2010年05月20日(木)  そうですね、そんな感じで。
 
服屋でパンツを購入し裾上げを依頼し数十分後に取りに行ったところ、店員が裾上げの部分を見せて「お仕上がりはこんな感じになります。よろしいでしょうか」と笑顔で言ったのだが服飾に関しては素人の俺に「こんな感じ」と言ったって何もわからないのでハイとしか返答できなかった自分を悔やむ。
 
だいたいあれは「ハイ」と言うことが前提の問答なので全く意味がない。「ちょ、ここ波縫いじゃなくてまつり縫いにしてくれなきゃ」なんてクレームを言う者は皆無であろう。
 
先日、流行性耳下腺炎を罹患した時に薬局で、こちらは解熱剤になります、これは抗生物質になりますなんて処方薬の説明を受け、高熱で脳味噌が茹で上がっているものだからまともな返事すらできず、ただもうろうと頷いていると、薬剤師は何となく言葉に窮し、会話の締めで「それでは効き目の方は、そうですね、様子を見ながらお願いします」と、全く意味のない言葉を発し、40度の高熱の状況でその意味のない言葉ばかりが反芻され、知らない者との会話の80%は無意味なものなんじゃないかと絶望した日から1週間経ち今日も僕は元気です。
 
2010年05月19日(水)  ノンシャラン。
 
先日購入した車が納車される。自家用車を所持するのは実に7年振り。田舎では生活必需品だったが、東京では電車と自転車で普通に生きていける。都会では渋滞やら維持費やらで自動車はデメリットが多く、全く魅力がない代物なのだが子供が二人いると自転車での移動は親子共に負担が大きい。途端に渋滞中でも子供がゆっくり昼寝ができる。都度レンタカーを借りることに比べれば維持費の方が軽いと、全ての物事は軸さえ変えればどうにでもなる。どうにでもなるからいろんな軸を持っている人は全てのことが比較的どうでもよくなる。
 
2010年05月18日(火)  糊口を凌ぐ。
 
調子が上がり切らない。1週間もろくな栄養を取らず外出もせずに病床に臥せていたのだからしょうがない。満身創痍の状況をまず自ら認めることが大切だ。職員とは健康な時からそうなのだが、患者さんと会話している時にすら、相手が何を言っているのかわからないほど満身創痍。相変わらず呂律もうまく回らない。極力病室から出ずにデスクワークに専念。生きるには働かなければいけないし、働くためには生きなければいけない。
 
2010年05月17日(月)  呂律がアパッシュ。
 
まるまる一週間お休みを頂き申し訳ありませんでしたと各部署を謝罪してまわるまわるうちに息が上がる。久し振りに他人と会話するからか鎮痛薬の乱用のせいか呂律が回らない。頭にモヤがかかったように上手く物事が考えられない。嗚呼、今日まで休めばよかったと、後悔しながらフラフラと久し振りの業務をこなし定時に上がり午後8時に就寝。
 
2010年05月16日(日)  単騎低迷。
 
頗る快調。はは。頭痛くない。頭痛くないよ。どんだけ動いても痛くない。完治だ完治。ヒーハー! と、リビングでジャンプし着地と同時に後頭部に剣山が突き刺さったような痛みに襲われ、どうかしてるぜ! と、頭を抱えてしゃがみ込む独りぼっちの昼間。
 
2010年05月15日(土)  スカウター壊れた。
 
発症し1週間経った。この1週間のうち3日間は40℃近い発熱が続いていたので、業務復帰後に支障が出ても脳の一部が溶けてしまった為という理由で乗り切っていこうと思うが、私の職場は3日休むと浦島太郎状態になるというハイスピードで展開する場所なので、そもそもの居場所がなくなっているのかもしれない。
 
今回、この職場で初めて7日間の休暇をもらったのだが、3日間の旅行に行っても「今頃職場大丈夫かな」と心配していた私が7日間も休むなんて病気にでもならなければ成し得ないことで、今回は職場の心配よりも日々変化する自身の予測不可能な身体の状態が心配で、言うなれば職場どころじゃなかったのであるが、逆にいうと今まで「職場どころじゃない」と思うことがなかったほど仕事人間であったため、今回の件は、喉元過ぎれば熱さを忘れる真骨頂ともいえる感想だが、今後の仕事の遣り方を見直す良い機会となったと思う。
 
この7日間で様々なスタッフや関係者に迷惑を掛けたと思うが、そんな中で私の同僚の台頭は非常に喜ばしいことだと思う。彼は同じ職業だが現在別のプロジェクトに携わっており周囲の期待度は高い。今まで曖昧を愛し、更に都合の悪いことは神秘のベールに包んできた私の手腕とは一線を画す、ハームレスな風貌に非常にシリアスな部分を併せ持った、一番「化ける」可能性が高い男であり、すでに進化を始めており私のスカウターは壊れた。そして壊れたままのスカウターを提げて月曜から仕事へ復帰する。「僕はね、ここにいない方がいいんだよ。みんなを駄目にする力がハンパないからね」という私の口癖が実証される日は近いのかもしれない。
 
2010年05月14日(金)  思想レベル静寂スルー。
 
昨日までの腫れが嘘のように朝起きたら腫れが退いていた。右頬はややしこりのようなものが残っているが完治に近い。顎は相変わらずタプタプだが明日、明後日にも消失するであろう。睾丸は……知らん。そんなもの全然知らん。知らん知らん。
 
「ねぇ、睾丸どうなの?」
「知らない」
「え?」
「知らない」
「知らないって何?」
 
「あえてスルーしてるの。ほら、そんな大きな声でコーガンコーガン言ってたらさ、神様が”いけね、忘れてた”みたいに気付くかもしれないじゃん。だから静かにしてる。神様は考えてることすら拾ってしまうかもしれないから思想レベルで静かにしてる」
「あら、今度は頭は大丈夫かしら」
 
と、妻は亭主ご乱心を気にしているがいたってノーマル。しかしあのひどい頭痛の時は、寝ていると激しく痛い。座ると気持ち痛くなくなるが激しく痛いことは痛い。歩くと振動で痛みが増す。起立するとどうだろう……あんま痛くない! というわけで、家の中で壁によりかかり何もせずに1時間立ち尽くすという行為を繰り返していた時は、さすがに自分でご乱心するのではないかとヒヤヒヤしたものだがもう大丈夫。
 
睾丸炎は耳下腺腫脹後4〜10日くらいに多いとされており、まだリスクは残っているが思想レベルで静寂を保つ術を持った僕は神をも騙す。と同時に神へ祈る。早く仕事行きたい。もういい加減仕事行きたい。
 
2010年05月13日(木)  バルーンファイト。
 
痛みの峠は越したような気がする。頬の腫れも幾分か引いてきたような気もするが、ここまで書いてちょっと気になったので洗面所で自分の顔を確かめてきたが、軽減どころか腫脹は左頬まで侵食を始めガッツリ二重顎。首もパンパンである。まるで自分の体にサイズ違いの自分の顔を貼り付けたような不恰好な体と成り果てている。こんなんじゃ妻は私の姿を見る度に落胆するであろう。
 
腫れが引いてきたように感じるのは、あの激しい頭痛と共に腫れからくる疼痛が引いてきたためで、昼間の38℃を境に徐々に解熱しており、鏡さえ見なければ健常人と何ら変わりないような錯覚さえしてしまうが、ここ数日の栄養不良で異様に疲れやすく、食器洗いがやっとで洗濯すらすることができない。腫れは喉まで侵食しているため声もほとんど出ない。
 
今朝、おたふくと不眠による寝起きのダブルパンチで顔面が約2倍に膨れ上がった状態で、寝ているよりも座っている方が頭痛が幾分か楽なのでリビングで絶望に打ちひしがれながら何をするでもなく座っていたら、御ハナが隣に座り、「ハナね、パパ元気になったら一緒に水族館行くの」と、朝食のパンをちぎって渡してくれて涙がこぼれ、この愛の涙を境に頭痛が徐々に引いていき熱も下がり夜になり、ああビール飲みたいなァと、久々に飲酒への欲求が沸き始めた自らの感情を嬉しく思う。
 
妻はいつも慎重な人なので、「発症してから4・5日後に睾丸炎が起きるっていうから安静にしなきゃダメよ」と、釘を刺すけれど、発症してから約80時間ぶっ続けの割れるような頭痛から解放されたことを今は素直に喜びたい。そして早く元気になって仕事行きたい。いろんな人に迷惑掛けてるので心からお詫びしたい。水族館にも行きたい。ビールも飲みたい。大きな口開けて焼肉食べたい。大きな口開けて大きな声で笑いたい。
 
2010年05月12日(水)  惨苦の黎明。
 
右頬から顎下、首にかけて泥水が入っているかのように腫れあがり寝返りがうてず辛い。起き上がるとそれを追いかけるかのように激しい頭痛が襲ってくるので怖い。座ると無の境地。何も考えられない。数分掛けて立ち上がり、窓越しに外を眺める朝の4時。まだ何も始まっちゃいない。何も良くなっちゃいない。あと何日続くのだろう。喉まで腫れてあまり息ができない。
 
2010年05月11日(火)  寝ても醒めてもゾンビ。
 
寝ても醒めても辛い。顔の腫れは昨日に比べて更に悪化。健常時と比較して1.7倍ほどに腫れ上がり、腫脹した右耳下腺からもう一個新しい顔が出てくるんじゃないかというほど腫れており、その腫脹は顎下まで広がり今やもう完全に二重顎。歩くと腫れた部分がタプンタプン揺れるような感じで、きっとオッパイというものはこういうものなのだろうなと、高熱で常に頭がもうろうとしている為、まともなことすら考えられない。
 
それよりも何よりも頭痛である。成人のおたふく風邪は、24時間割れるような頭痛との戦いといっても過言ではないのではないか。痛ったくてしょうがいない。
 
この頭痛という症状は全ての行動を無にさせるすさまじいもので、どうせ1週間も休むんだったらと密かに画策していたゲームプレイはおろか、読書もTVですら集中できず、かといって割れるような頭痛でそうそう眠気も来るわけではなく、耳下腺の腫脹が口の中まで侵食し、常に半分口を開けた状態を強いられ、40℃近い発熱で「あー、うー」と室内を目的もなく徘徊するまさにゾンビと成り果て、生きたいのか死にたいのか不明瞭なゾンビの性質さながら、眠りたいのに眠れない、起きたいのに起きるの怖いといった生命を脅かすジレンマに苛まれ、ただただ1日が過ぎていくのを待つ日々。
 
2010年05月10日(月)  ミスターストイック。
 
昨日診察した病院へ受診。朝7時から受付開始、9時から診察開始ということで一刻も早くこの苦しみから逃れたいので7時丁度に受付を済ませ、一旦家に戻り9時に再び病院に行くというこの一連の行動を39.7℃という脅威の発熱でもって行い待合室で限りなく気絶に近い爆睡。
 
午前10時に覚醒し、名前呼んだけど返答なかったから後回しにしますホワイトボードに私の名前が書いてあり、ああ、私の名前が書いてある……と、ぼんやり考えるだけで体が動かず、40℃近い発熱、軽い脱水、全身倦怠感、顔面腫脹と、自らの症状を鑑みるに、これは救急医療の範疇であって、何も馬鹿正直に40℃近い熱で7時に受付し9時に診察を待つという手続きを取らなくとも119番プッシュして家から病院まで直行すれば幾分も楽であろうと思うのだけれど、
 
私の本業も救急医療に携わっており、世の中には「たかがこの程度の症状で」といった救急要請で溢れており、体温が40℃、顔面積が1.5倍になったとしても、まだ自力で通院できるレベルだと言い聞かせ待合室で気絶するという、自らに非常にストイックで、その気絶とストイックさで診察を後回しにされた所為で病院を出たのが午後12時であった。
 
医師より最低1週間出勤停止の旨が書かれた診断書を渡され、這々の体で帰宅し、再び気絶したように爆睡。というか気絶。
 
2010年05月09日(日)  パンクパンパン。
 
発熱による悪寒戦慄で暑いのか寒いのかよくわからない状態で夜間ほとんど眠れず、午前4時に覚醒した割りには頭が良く冴えており、熱を測ってみたところ38.7℃あったがパソコンを起動させて溜まった日記を書くなどして朝が来るのを待った。洗面所に行き鏡を見たら家族が世間体を気にし、外出他、他人との接触を禁ずるほど右頬が腫脹しており驚愕。
 
これは完全におたふく風邪だなぁと右頬をさすりながら、そういえばお母さん言ってたなぁ「あんたは小さい頃おたふくしたようなしてないような感じだったからまぁ気を付けなさい」って。どんだけ曖昧で好い加減なんだ。まぁその血を確実に引き継いではいるんだけどね。
 
成人で流行性耳下腺炎に罹ると、子供とはまた違う厄介な合併症のリスクがあるらしく、今まさに戦々恐々としているのが睾丸炎であって、発熱、頭痛、悪心、精巣(睾丸)の激痛・腫れ、陰嚢の発赤などが主症状で極端な場合は痛くて歩けないらしく、しかも合併するケースが約35%とイチローの打率並みに高い。
 
潜伏期が2週間なので子供からの感染によるものと合点がいくが、もしかしたら単にウィルス性ではない反復性耳下腺炎の可能性だって数%は残されているはずである。近所の総合病院に電話をして事情を説明したところ日曜なので通常診察はやっていないので救急外来で診察となりますと、どっちだっていいのでありがたい。自転車で救急外来へ向かおうとした矢先、前のタイヤがパンクしており困った。熱は未だ38℃以上ある。歩いて行ったらのたれ死ぬかもしれん。よって病院の行き道にある自転車屋に寄り、「すいません。パンク修理お願いします」と、ちょっ待てパンクも何もお前の顔パンパンじゃねぇかという、店員の驚愕の表情は一生の思い出。
 
パンク修理を終え、救急外来受診したが日曜は採血検査ができないらしく、痛み止めや抗炎症剤の処方のみで明日再受診となった。耳下腺が腫れて痛いので、ろくに食べることもできない。バナナ1本を30分以上かけてボソボソと食う。
 
2010年05月08日(土)  発症確定。
 
近隣に住むスタッフが集まり餃子パーティをするので是非ご家族で来て下さいと事務スタッフよりお誘いを受け、酒とつまみを大量に購入し妻と御ハナを連れてうちから徒歩15分程度のスタッフの家に遊びに行き、新入職者含め10名で餃子を作り酒を飲み、御ハナも真剣に餃子を作り、皆で笑い合い、幸せを具現化したようなパーティの最中、餃子を頬張ると右側の唾液腺がヒリヒリするという違和感を感じており、まあ餃子の中のニンニクが効き過ぎているんだろうと楽観しながら酒を飲み続け、なんとなく右耳の下、耳下腺の部分を触ったところ少し腫れており、「あ」と、独り言を呟き、もう一度耳下腺を触って「あ」とまた呟いて妻に「あのさ、おたふく風邪うつったかもしれない」と告白し、「ふぅん」といつもの素っ気無い返事をされたのだけど、妻は素っ気無い返事をするほど物事を真剣に考えている人であり、このパーティの場を維持させるために大きなリアクションを取らず、僕もこれ以上おたふくかもしれんおたふくかもしれんと狼狽したところで状況は何も変わらないため、御ハナも眠くなってきたところでそろそろおいとまします。ありがとうまた呼んでねと、御ハナをおんぶしながら妻と手を繋いで家に帰り熱を測ったところ38.0℃であった。成人でのおたふく発症確定! これからいろいろ厄介なことになりそうである。
 
2010年05月07日(金)  次回散髪日。
 
部下の看護師が新人に「退院療養計画書」の書き方を教えており、「退院療養計画書」とは退院後に必要な保健、医療又は福祉サービスや退院後の療養で注意すべきこと、次回の外来受診日などを記載し患者に渡すものであるが、指導するにあたり患者名に私の本名を記載し、療養で注意すべきことの欄に「タバコとアルコールは禁止です」「看護師さんをもっと優しく取り扱って下さい」とあり、次回外来受診日のところを「次回散髪日5月7日」と書いてあり、しかもその練習用の退院療養計画書を私に見せるために書いていたわけではなく、私はたまたまシュレッダーボックスに入っていたものを確認しただけで、部下の看護師と新人との間でヨシミは髪を切った方がよいというやりとりがあったことに少なからずショックを受けすぐに散髪に行きました。
 
2010年05月06日(木)  ありがとう。困っています。
 
自分で言うのも何だがこの日記は非常に中毒性が高く、いつまでもだらだら読んでしまう特徴があり、私も昔の日記を数十分ノンストップで読み続けることがあり非生産的この上ないのだが、私を実際に知っているからこそ2000年から始まった日記を読破する傾向があり、職場でもこの日記を3名読破していて、2000年から今までの日記を読むなんてそれなりの小説を何冊も読める分量だと思うけど、読み続けてもらうのは本当に喜ばしいことである。そして2005年12月の彼女との別れを綴った日記「私の枯葉」シリーズを読み皆一様に本気で非難し、ヨシミはやっぱり根っこからひどい奴だという烙印を押し、読者が増えるたびに職場で窮地に追い込まれてしまい困っているといえば困っている。
 
2010年05月05日(水)  3歳児防衛機制。
 
御ハナと公園を散歩していたら散歩中の犬が御ハナに近寄り、御ハナの顔をペロッと舐め、御ハナは突然の出来事に顔面蒼白となり、しばらく固まっていた。そして犬が遠ざかってからボソッと独り言を呟いた。
 
「……アタシ、食べ物じゃないんですけど……」
 
なんという強がり! なんというプライド! 怒りによって自尊心を守ろうとするという高等手段! しかも言い回しが実に私の子供らしく、犬に舐められたら「私は犬に舐められて恐怖を感じた」という旨を伝えればよいところ、更に一歩踏み込んで「私は食べ物ではない。よって私を舐めたあの犬の真意が皆目見当がつかない」と、非常に成熟した心理的防衛機制である「ユーモア」を駆使し僕を見上げるため、帰りにアンパンマンチョコを買ってあげないわけにはいかなくなった。
 
2010年05月04日(火)  区役所怖い。
 
先日、印鑑証明を発行するために区役所に行ったのだが、いつも区役所に充満する静かなる狂気のようなものを感じてしまって怖い。この狂気は怒りを根源としているような気がしてならない。怒声が聞こえるわけでも皆の表情が固いわけでもない。ではあの殺気だった雰囲気を醸し出す正体は何であろうか。突然背中をナイフで刺されてしまうような感覚。
 
あれは多分、それぞれの人生から発せられる不安によるものだろう。区役所に用があるということは、引越しであったり結婚であったり介護であったりと、自らの人生の何らかの転機を迎えることが多く、期待と不安、期待と絶望、絶望と不安など、全てにおいて陽性的な感情があるわけではなく、往々にしてあの場にいる人達は何らかの不安を抱えていると考えられる。そして気が小さい私は人の不幸も私の不幸のように捉えてしまい、誰か突然立ち上がって奇声を挙げてしまうのではないかと待合室の隅で戦々恐々としているのです。
 
2010年05月03日(月)  職業的タメ語。
 
先日、車を購入した関係で車庫証明を取るために警察に行き所定の手続きを終え、交付が来週の平日だったため、仕事の関係上取りに行くことができないので、もしかして交付だけだったら土曜日も大丈夫じゃないかしらとダメもとで「土曜日取りにきてはダメですか?」と、警察に訊ねたところ、「ダメーーーー。平日だけなんだよね」と返答されてひどく傷付き、警察署内だったので誰にも悟られぬよう静かに憤慨した。
 
別に犯罪を犯したわけでもあるまい、何を持って私はこの警察官に「ダメーーーー」と、やたら語尾を伸ばされたタメ語を使われなきゃいけないのだ。私は職業柄、病院の外来に待っている患者さんを見ると、何の疾患なんだろうとつい医療職視点で人を見てしまうが、警察なんてのはこの口調が表すように全て犯罪者を見るような視点で対応しているのであろう、「あっちで住所書いてきてね」「あそこでお金払ってまたこっち来て」と、どれだけ高尚な職業だか知らんが、というか私は職業柄、非常に会話口調が穏やかで柔らかいので、往々に表面的な感覚でしか人間性を把握できない人達にナメられた口調で対応されてしまうのだが、表面的な感覚というのは第六感ともいえるのであって、警察の車庫証明の受付であっても警察官。第六感は必要だと思うので今後とも頑張って職業的タメ語を使い続けてほしい。
 
2010年05月02日(日)  今日のハズレジ。
 
今日も今日とてマックに並んでいた。今日のハズレジは食べ応えジャンクマンの巻。
 
私の前には30代半ばとおぼしき男性。メニューを眺めながらうんうん唸っており、やべ、またハズレジだ。と、小さな溜息を吐き、今日はどんな物語が展開されるのだろうと男性の動向を見守っていると、敢然とメニューから顔を上げ、「クォーターパウンダー・チーズとビッグマック、どっちが食べ応えありますか!」と、チョー主観的な質問を若き女性店員にぶつけたため、どのような目糞鼻糞的回答をするのであろうと期待しながら「えー、えっと、えっと、そう……ですね」と当惑した表情を浮かべながら、先程まで男性が眺めていたメニューに顔を落とし、敢然と顔を上げてこう述べた。
 
「そうですね。真ん中にパンが一枚入っている分、お腹いっぱい感はビッグマックの方が上じゃないでしょうか」
 
と、私は社会の縮図をそこに見たような気がして、そんな縮図なんてどうでもいいから早くハンバーガー食わせろと思った。女性店員はどっちが食べ応えあるか考えているうちに、「食べ応え」という単語を忘れてしまい、「お腹いっぱい感」というi'm lovin' it(それ最高)な表現方法で、客の主観的な質問に、真ん中にパンが一枚入ってるからその分お腹いっぱいだろうという女性店員の主観で返答するというチープな主観返し。まさしくその場限りのジャンクな問答を目の当たりにし心が痺れた。
 
正確な答えが気になったので家に帰って調べたところ、クォーターパウンダー・チーズは556kcalで、真ん中に一枚パンが入っているビッグマックは555kcalであり、この1kcal差の現実を目の当たりにし、更に心が痺れた。
 
2010年05月01日(土)  てらてら。
 
てりやきマックバーガーが大好きな理由は、味はともかく愛着を持っているのであって、若い頃、数年間マクドナルドでバイト経験があり、てりやきマックバーガーが一番簡単で作りやすくてバンズ焼いてレタスとマヨネーズ乗せて、パテ焼いててりやきソースにつけてサンドして終わり。簡単なのに美味い。美味いが最後まで綺麗に食べることができない。決まってレタスやマヨネーズが飛び出して包み袋の中で概念崩壊を起こす。しかも概念崩壊を認めたくがない余り、まだ一口で食べるには多すぎる量を一気に頬張ろうとするものだからテリヤキソースやマヨネーズが口の周囲に付着し人格が崩壊しそうになり、慌てて口を拭こうとするが、マックのナプキンは紙ナプキンなので水分が含まれておらず、いつまでたってもテリヤキソースやマヨネーズが皮膚から拭い去れた気がせずにいつまでもてらてらてらてらてりやきまっく。
 

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