2004年08月31日(火)  深夜のノックは何の音。
 
看護師の仕事をしていると、幽霊と遭遇することもそう珍しいことではない。と、いや珍しいんだけど、皆無ということはなく、コンスタントにそういう話を聞いたり体験したりする。
 
先日の夜勤。午前2時。ナースステーションで看護師さんとヘルパーサンと僕の3人で、たしか24時間テレビでジャニーズがパーソナリティをすることの意義についてとかなんとか、とにかくどうでもいいことを話していたときのこと。
 
コンコンコン。
 
と、ノック。眠れない患者さんでも来たのかしら。とナースステーションのドアを開けても誰もいない。
 
「誰もいないですよ」
「出たね」
「出たよ」
「僕ちょっとその辺見てきます」
「誰もいないと思うけどね」
「うん。誰もいないよ」
 
と、看護師さんたち怪奇現象に対してちょークール。そこで動揺しなくて誰もいないよなぁなんて思いながら病棟を巡視する僕もクールといえばクールなんだろうけど、とにかく医療従事者はこのようなことに対してちっとも動じない。
 
しかし、今回の件。怪奇現象にしてはあまりにもノックの音が大きすぎた。こう、なんていうんだろ。仮に幽霊とかそういうやつの仕業だった場合、もっと控え目なノックをするのではないだろうか。
 
しかし今回のノックはあからさまに人為的なノックというか、人為的にしては強すぎるノック、いわゆる借金取りがマンションのドアをノックするような怒りさえこもっていそうなノックであったため、その怖さは一層際立ち、幽霊が出るような職場で仕事なんかできないなんて泣き事を吐いていたら給料がもらえないというちょークールというかちょー現実的な思考によって、僕たち医療従事者はそういうものをなかったかのようにしてしまうのである。
 
2004年08月30日(月)  「キレイ」と彼女に言うことについて。
 
とにかく女性に対しては以心伝心などと思わずに、言葉で気持ちを伝えなければならない。と昔何かの本でいらぬ知識をつけてしまった僕は、恋人に「素キだ」「相してる」「気令だよ」「今日も川井いね」「酢的だよ」などと、スキだの愛してるだの綺麗だの可愛いだのそのまま言葉にするには恥ずかしいので、「好き」を「素キ」にするなど、頭の中で漢字変換を故意に間違えて、恋人に伝えている。
 
しかし恋人は僕の口から発せられた言葉を耳から聞いて何の疑いもなく「スキ」という発音を勝手に「好き」に変換させて頬を赤らめたり抱きついてきたりするのだが、僕は「素キ」と意味のわからないことを言っただけであって、そんな意味不明の言葉に心躍らせる恋人は少し可愛そうだと思ったりする。
 
なんて酷いことを書いてしまったが、これもただの照れ隠しで言っただけであって、ちゃんと恋人が綺麗だと思ったときは「綺麗だね」と言うようにしている。しかしそこで恋人、「私のどこが綺麗なの?」と、早速ここで男と女のすれ違いが始まるわけである。
 
というのも、僕は彼女の全体的な雰囲気をもってして「綺麗」と表現したわけであって、なぜか女性はそういう曖昧な表現はなかなか納得してくれない。「どこが綺麗なの」と、その表現に具体性を求めるのである。
 
男にとっては、折角彼女を誉めたのに、その誉め言葉の詳細を求める女性の姿勢に度々煩わしく思ってしまうが、それでも明日が休日だったり、今夜「HEY!HEY!HEY!」があったり、晩ご飯がカレーだったりするなど多少心に余裕や楽しみがあったりするときは、その瞳が綺麗、その唇が素敵、その鼻筋が美しいなどと彼女の具体性に付き合ったりするのであって、今夜の東京フレンドパークのゲストがパッとしない芸能人の日だったらとっくに喧嘩している。
 
2004年08月29日(日)  聖書と排泄。
 
僕が住んでいる部屋は1K。約6畳のフローリングの室内にキッチンがついており、その他、ベッド、パソコン、テーブル、本棚、電子レンジ、衣装ケースその他諸々などを配置すると、行動範囲が畳1つ分のスペースもなく、部屋の真ん中に座っているだけで、ほとんどの日常における必要な行動が事足りてしまうという、善いのか悪いのかよくわからないことになっている。
 
トイレ。トイレも狭い。ユニットバスであるうちのトイレからは、なぜか都会の街並みが見渡せる。どういう部屋の仕組みになっているか、ちょっと説明が面倒臭いので省略するが、とにかくウンコしながらそこから見える窓からマンション5階からの街並みを見渡せるのだ。池袋のシャンシャインビルや、新宿の高層ビル群を眺めながら排泄するのはなかなか快感であり馬鹿らしくもある。
 
トイレの傍らには聖書が置いてある。キリスト教ではないのだが、多少なりとも文学を志す者にとって、聖書くらいは必要不可欠であろうと、どこからきた根拠かわからないが、とにかく聖書だけは読んどこうと思うわけで、それでもあまり興味がないので暇な時間ができてもなかなか読む気にはなれず、聖書を買ったはいいが、部屋の隅へ隅へ追いやられていき、長い月日を経て辿りついた場所がエルサレムではなくトイレだった。
 
その狭いトイレで排泄しながら聖書を読んで神への冒涜にビビりながら時々都会の喧騒を眺めてタバコを吸って灰皿がないので洗面所へ手を伸ばして水で消火して、それから歯を磨いてモンダミンでぐちゅぐちゅぺっとするこの過程は全て尻を出したまま行っているのであって、部屋も狭いがトイレも狭い。しかし僕はこのトイレのスペースだけで結構生きていけるんじゃないかと思ったりもする。
 
2004年08月28日(土)  諸手を広げて。
 
僕の彼女はかなりの速読家で、部屋の本棚から1冊借りていった本の感想をその日の夜のうちにメールで送ってくる。だから3日会えないときは3冊借りていき、僕は3つの読書感想文を読むことになる。
 
僕はかなりの遅読家で、文庫本1冊完読するのに1週間ほどかかってしまう。それは読書に費やす時間の差もあろうが、それでも最低1日1時間は読書の時間を取っている。なのになぜ僕と彼女に同じ本1冊でもこれほどまでに差が存在するのか。
 
僕の遅読の理由は、同じ行を繰り返し読んでしまったり、前のページに戻ったり、前の前のページに戻ったり、第4章を読み終わって第2章を読み返してしまうなど、誰か傍らで僕の読書風景を覗いていたら、電車を3分待つだけでイライラするような短気な人であれば、僕の文庫本を横からひったくり、真っ二つに引き裂いて僕の手を引いて夜の歓楽街へ連れていき、ビールでも飲んでとりあえず浮世の杞憂は忘れろと言われるのは明白である。
 
しかし幸い僕の傍らには短気な人は存在せず、彼女のような部屋を掃除していなくても洗濯物をたたんでいなくても「もう」の一言でそれらの煩わしい行為を代行してくれる人がいるだけなので、僕は今日もこうやって自分のペースで読書を嗜むことができる。
 
それにしても彼女の読書のスピードは尋常ではない。僕達は遠距離恋愛だからまだいいものの、これが近くに住んでいようものならば、僕の本棚の本は全て彼女の知識の胃袋に吸い込まれ、消化されていくことだろう。だから彼女が今度この部屋に来るまでに、僕は更に読書の数を重ねなければならない。
 
しかし僕の本棚は既に小説で埋め尽くされており、新しい本棚が欲しいのだが、まるで僕の知識の限界を示すようにその本棚を置くスペースが僕の部屋にはない。それに対して彼女は貪欲である。その知識の泉は枯れることを知らない。そうやって彼女はどんどん僕に近付いてくる。そして僕は諸手を広げて近付いてくる彼女を迎えようとしている。しかしその広げた諸手は、彼女に対して降参の意を示しているようにも見える。
 
2004年08月27日(金)  不幸な日常生活。
 
歯医者に通っているのですが。受付兼歯科助手のお姉さんの口調が「はーい、どこが痛いのー? 言ってごらーん」などと、ひどくサディスティックな感じなので、治療中も何だか「お仕置き」を受けているみたいで、あぁもう許してくださいみたいな感じでひどく興奮することはなく、何だ患者にその口調はと単にムカつくばかりで、でも美人だったら許してあげようと思うけど、顔の半分はマスクで覆われているので美人かどうかも定かではない。
 
その女王様チックな歯科助手はさておき、ここの歯科医師、ブサイクなのは定かだが、その腕の程は定かではない。素人目から判断するのはアレだけど、ちょっと下手なような気がする。
 
というのは何度治療に行っても痛みは治まらず、30分に1回の割合で歯の痛みを思い出し、あぁ痛いなぁ。どうして痛みが治まらないんだろう。どうして痛みが治まらないんですかと歯科医師に訊ねても「あぁ、まだ痛いですか」と、それだけで、その後は「ふぅーん……なるほど」とか自分の脳内で問答を始めてちっとも患者に優しくない。
 
でも僕は優しいので、奥歯に銀歯を詰めた時「はいカチカチしてー。高くないですかー」「ちょっと高いです」と、歯の噛み合わせの問答の時、「はいまだ高いですかー」と3度訊ねられたら、その時点でまだ噛み合わせが悪くても「大丈夫です」とつい言ってしまい、なんだか口の中に異物が入ってる気がするー。何食べても美味しくなーい。と不幸な日常生活を送る羽目になってしまい、今まさに不幸な日常生活を送っている。
 
2004年08月26日(木)  ご趣味はセックス。
 
「ご趣味は、何ですか」
 
と訊ねられると僕は困る。そういう聞いてどうなるでもないようなことは訊ねないでいただきたいと生命保険の営業マンに対して煙草を取り出しながら言う。
 
するとこの営業マン、何をすくみあがったか保険の契約に関することまでろくに説明もせず、やがて呂律まで回らなくなり、こめかみから妙な汗が噴き出し、「きょ、今日は暑いですね」と、妙な発汗の原因はこの気象状態によってであって、私が狼狽しているからではないということをアピール。
 
契約について何の説明もしてくれないので、「もういいですか。家に帰ってオリンピックのハンドボール予選を見たいんですけど」と、あなたはハンドボールの予選に劣る存在であると暗に説明し、「それではパンフレットだけでも」とパンフレットを手渡され、それではパンフレットだけでもと保険会社を去る。
 
とまぁ、今回の件も例外ではなく、僕が未だ生命保険に加入していないのは、僕を担当する社員がなぜか体育服に着替えるのが一番遅くて見たくもないパンツを頑なに見せないような鈍臭い人間ばかりで、自分の体裁だけに捕らわれてお客様は神様ですとでも思っているのか、神様を目の前にするとあわわあわわと泡吹くばかりで何も言えない。
 
僕も僕で、そろそろ生命保険に入ろうかなぁと対した決意もなく保険会社に赴くものだから、保険内容の説明を受けている間に世の中の不条理についてや足の爪が伸びていることについてや今日のズボンと靴のバランスが微妙に合っていないことについて考え出し、やがてそればかりに捕らわれなんだかイヤだなぁ。まるで僕は死ぬことを前提にここに来ているみたいじゃないか。馬鹿らしくなってきました。
 
月5千円払って入院日額1万円ってお得なのか損なのか。まぁ営業マンに聞いたら絶対得ですって言うのはわかってるんだけど聞いてみようかな。どうしようかな。帰り新宿に寄ってみよ。と支離滅裂なことを考え出し、生きるってなんなんだ。保障ってなんなんだと本質的なことを考え、やばい、このままじゃ哲学モードに入ってしまう。なんか楽しいこと考えよう。と、彼女の手料理を食べたときのことやセックスしたときのことを思い出そうとした矢先、「ご趣味は、何ですか」と訊ねられたので、セックスですと答えようと思ったけど、趣味ってほどでもなかった。
 
2004年08月25日(水)  今日からブロガー。
 
「今日学校だったんだってね」
「うん。出校日みたいなものよ」
「へぇ。で、何するの?」
「んー。特に何もしないんだけど、ディスカッションとか……」
「ディスカッション!」
「何よいきなり」
「討論と言わずにディスカッションって言うところが、なんつーか気取ってるっつーか」
「気取ってないわよ」
「ブルジョア気取ってるっつーか」
「ブルジョア関係ないでしょ。で、あなたは何してたの?」
 
「ん? 僕? 僕は、トラックバック」
「意味もわかんないくせに格好つけないでよ」
「みんなとにかくブロガーなんだってさ。HTMLでサイト作るのってもうテツ&トモ級にダサいんだってさ」
「訴えられるわよ」
「でもブログって面白そうだよね」
「どこが?」
「えっと、みんなやってるところが」
「何? みんなキムタク好きだから私も好きみたいなノリ」
 
「とにかく僕はブログを作るよ」
「ご自由にどうぞ」
「今作ってる最中だから電話切るね」
「頑張って下さい」
 
……
 
「もしもし」
「何よ。さっきの電話切ってからカップラーメンすらできない時間に」
「やめた」
「ブログ?」
「いや、部屋の掃除」
「この短時間にブログ作るの諦めて尚更部屋の掃除始めてそれすらもやめたっていうの?」
「タイムイズマネーだよ」
「使い方間違ってるわよ」
「ブログはHTMLの知識はいりませんっていう謳い文句に誘われて早速作ろうとしたらスタイルシートがどうのこうのって書いてあって」
「うんうん」
「これじゃあ3千円ポッキリなのは入店料で、飲み物は別ですっていう歌舞伎町のぼったくりバーと一緒じゃないか」
「彼女にそんな比喩表現使わないでよ」
 
「しかしあれだね。ブログって何でもない日常をとりあえず書きましたこの映画見て泣きました仕事疲れた雨降ってきて傘忘れた休みだけど何もすることがなかったなんて垂れ流しで書いてもなんとか体裁が保たれるもんなんだね」
「そういうこと書くとまたいやがらせのメールくるわよ」
「そのなんでもない日常になんでもない日常を送ってる人がコメント残したりするんだよね」
「ブログ失敗したからって負け惜しみ言うのやめなさい」
「えーん」
 
2004年08月24日(火)  二つの別れ。
 
学生である彼女は夏休みを利用して、東京にあるもう一つの家、説明しづらいが、おそらくお金持ちなのであろう。とにかくそのマンションにひどく偉い仕事をしている父親と滞在している。僕達は遠距離恋愛をしているが、この一ヶ月は遠距離ではない。電車で2本も乗り換えたら裕に遊びに来れる距離に二人は存在する。
 
8月24日。彼女が東京に来て、もう半分以上が過ぎた。
 
「今日どこ行く?」
「ナンジャタウン!」
「次は?」
「花やしき!」
「あ、それからアキバに行きたいな。デジカメ欲しいんだよ」
「アキバはやだ!」
 
と、彼女のわがままは愛嬌というオブラートに包まれ、それをキレイに飲み込んでしまう僕の心境は一言で表すと「幸福」であり、もはや彼女の全ての行為を許せるという、神の領域に踏みこんでしまったような感じまで覚えてしまったりする。
 
「ナンジャタウンってどんなとこ?」
「とにかくナンジャーって思うような楽しいところよ!」
 
彼女の言うことはちっとも面白くないけれど、それさえも愛嬌というオブラートに包まれて万事オッケーになってしまう。僕達は池袋駅のカフェで待ち合わせをして、手を繋いでサンシャインビルに向かっていた。
 
「ちょっと待って。お母さんから電話」
 
そういって彼女は街の喧騒が届きにくい場所を選び、携帯を両手で包むような格好で話をしていた。今日の天気と一緒で、彼女の表情もみるみるうちに曇っていった。そして静かに携帯をたたみ、うつむきながら再び僕の手を握った。
 
「今から帰らなくちゃいけない」
「そうなんだ。しょうがない。また明後日休みだしね、ナンジャタウンは明後日にしよう」
「違う」
「ん? 何が?」
「香川」
「ん?」
「香川に帰らなくちゃいけないの」
 
突然の祖父の死。その圧倒的な現実は、遠距離恋愛の再会の楽しみや、手を繋ぐ幸福、顔を寄せる喜びを、容易に陵駕した。
 
2004年08月23日(月)  4割の猜疑心。
 
僕は彼女の携帯を見ない。これは僕の歪んだ信念に基づいている。彼女がシャワーを浴びている。テーブルの上にエメラルドグリーンの携帯が置いてある。シャワーが彼女の肌を跳ね返す音が聞こえる。視線を携帯へちらと移す。僕は見てはいけないものを見てしまったかのように慌てて視線をテレビへ戻す。歪んだ信念。
 
恋人の携帯には、相手の人生を脅かす悪魔が潜んでいる。
 
好奇心に駆られてちらと覗こうとしたが最後。その悪魔は想像を絶する現実を背中に抱えて襲ってくる。聞いたこともない男の名前に変えて。言ったこともない耳も腐るような口説き文句に化けて。
 
「恋愛を続けるコツはね、6割の信頼と4割の猜疑心を持つことが大切なんだ」
「ひどい人」
 
そう言って彼女は僕の首筋にかじりつく。4割の猜疑心。「僕はこれでも4割に抑えようと努力してるんだよ」10割の猜疑心。これでは恋愛が成り立たない。3割の猜疑心。これでは同じベッドに入っても落ち着かない。4割。妥当な線だと思う。信頼を上まらず、それでいてしっかりと存在感を示す。
 
多少の危機感。結婚なんてものは猜疑心による危機感が除々に失われていくから往々にして崩壊するのだ。
 
4割の猜疑心。僕はその4割の全てを携帯電話に委ねている。そこには何かがある。砂上の楼閣が崩れ落ちるように、僕達の関係をいとも簡単に崩壊させる何かが眠っている。はずである。恋人の携帯を開いたが最後、そこから立ち昇る黒い煙は嫉妬・絶望・憤怒というどうしようもない感情を僕に植えつけるだろう。彼女がシャワーからあがってくる。バスタオルで髪を拭きながら僕に微笑みかける。
 
「シャンプー切れかかってたわよ」
「あ、そういえば電話あったよ」
「あら、そう……メールね」
「……」
「お母さんからだったわ」
 
2004年08月22日(日)  御深会開催告知。
 
謹啓
 
立秋とは名ばかり、いまだ暑さが続いておりますが、皆様には益々ご壮健にお過ごしのことと存じます。
私もついぞ先月、東京に引越し致しまして、可燃ごみの日に不燃ごみを平気な顔をして出すなど、相も変わらず皆様に迷惑をお掛けしている次第ですが、私なりにつつがなく暮らしております云々。
 
そして本日、当マンションの六畳洋間におきまして、和やかなうちにも厳粛に、御深会の告知が滞りな執り行われましたことを、ご報告申し上げます云々。
 
銀婚式といいますと、結婚されてから二十五年目の御祝いということでございます。ひとくちに二十五年と申しますが、これは四半世紀で御座いまして、今回の告知となんら関係も御座いません云々。
 
つきましてはささやかな御深の宴を催したく存じます。洋風料理店の窓から都の喧騒を眺めながら昼食を嗜み、御互いの親睦を深め、ついぞや結婚などと、このレストオランで僕たちは初めて出逢ったのだね。そうですわ。などと、夢物語を語り合いましょう云々。
 
決して独身主義とか、心に決めた人がいるとかいうのではありません。従いまして、いつか伯父上に私のほうからよき伴侶のお世話を御願いすることになるかとも存じますが、これも今回の告知となんら関係が御座いません云々。
 
何れにせよ暑さ続きに身体の弱っておりますこととて、これからの残暑はひとしおこたえるようでございます。どうぞくれぐれもご自愛下さいますよう、お願い致します云々。
 
ご多忙中のところ誠に恐縮で御座いますが、宜しくご来臨賜りますようご案内申し上げる次第です云々。
 
敬具 
 
日時:平成十六年九月五日(日) 午後二時より午後四時迄
場所:都内某所(詳細は返信メールにてご参照下さい)
 
2004年08月21日(土)  NHKのオリンピックの歌。
 
「いくつもの日々を越えて〜♪」
「あら」
「ふふ〜んふ〜ふ〜ん♪」
「歌詞わかんないなら歌わなければいいじゃない」
「しかしこの歌、一日一回は耳にするね」
「その割には歌詞覚えてないじゃない」
「彼氏を馬鹿にするもんじゃない」
「歌えてないって言っただけじゃない」
 
「いくつもの日々を越えて〜♪」
「あら」
「はふ〜んほ〜ひ〜ん♪」
「わからない箇所はとりあえず「は行」なのね」
「うるさいよ。このお料理金メダル」
「何よ。変な口調で褒めないでよ」
 
「いくつもの日々を越えて〜♪」
「あら」
「駆け足へと〜♪」
「歌詞飛ばしてるし最後も多分間違ってる」
「うるさいよ。この炊事洗濯予選落ち」
「キーッ」
 
「いくつもの日々を越えて〜♪」
「あら」
「ゆっくり〜ゆっくり〜下ってく〜♪」
「もうゆずだったら何でもいいのね」
「うるさいよ。駐車場のネコはアクビをしながら今日も一日を過ごしてゆくというのに」
「何も変わらない〜♪ えっと、続きなんだっけ」
「もう結構昔の歌だからね。ゆずによほど思い入れがないと忘れちゃうかもね」
「あなた覚えてるの?」
「もちろん」
「じゃあ歌ってみてよ」
 
「何も変わらなっあっあっあーい♪ 栄光の架け橋へと〜♪」
「私絶対あなたに弄ばれてるわ」
 

2004年08月20日(金)  おじさんとあるいた。
 
「何の用だい」
 
この病院にこんな場所があったのかと、呆然と立ち尽くしている僕に「おじさん」は古い腕時計から目を離さぬまま再び同じ質問をした。
 
「あ、いや、えっと、病棟のトイレの水漏れが……」
「またかい」
「ええ」
「わかった。そのうち行くよ。しかし看護師さん、ここにはどうやって来た」
「ヘルパーさんに教えてもらいました」
「この病院に勤めてどのくらいになる」
「えっと、まだ1年経ってません」
「そうか、よし。時間あるかい?」
「ええ……多少なら」
「ちょっとついてきなさい」
 
僕は緩慢な動作で歩きだしたおじさんの後をついていった。日頃、仕事で歩いているような階段や廊下ではなく、おじさんの歩く道は裏口だったり非常階段だったりした。ここでおじさんと別れたら、病棟はおろか、この病院からも出ることは不可能だろう。しばらく歩くと、僕の腰の高さほどの小さな木の扉に突き当たり、おじさんはあらゆる形をした鍵束の中から小さな錆びた鍵を取り出し、その木の扉を開けた。
 
「ここ、来たことあるかい」
「いえ、病院のどのあたりに位置するかさえわかりません」
「そうだろうな」
 
小さな空が広がっていた。物干し竿にはくたびれたTシャツが3枚干されていた。いくつものガスボンベが地面に横たわり、小さな茂みの中には、束になった古新聞が捨てられていた。現在は使われていないと思われる古井戸があり、ブロック塀に沿って置いてある朽ち果てた病院用のベッドには、2本の脚を失った事務机が積まれていた。
 
「ここは、俺の場所なんだ」
「おじさんの?」
「そう、俺の場所」
 
その小さな庭は、病院の中とは明らかに異質な何かがあった。それは懐かしいような恐ろしいような。小さな麦わら帽子をかぶり、薄汚れたYシャツを着たおじさんは、「研究室」から出るような緩慢な動作で、古井戸に片足を踏み入れ、腕時計を分解する時のように僕に顔を向けないまま呟いた。
 
「自分の場所っていうのは、願わくば、誰にも知られない方がいい。それは自分のためでもあるし、相手のためでもあるんだ」
 
おじさんは、古井戸に入っていった。その井戸は底が存在するのかしないのか、おじさんが着地する音はいつまで経っても聞こえなかった。自分の場所。僕はその井戸を覗くことができず、いつまでもそこに立ち尽くしていた。
 
2004年08月19日(木)  おじさんをさがした。
 
今日見かけたと看護婦さんが言っていたので、休んでいるわけではないのだが、病院中、どこを探してもおじさんは見つからなかった。
 
「あぁ、研究室じゃないの?」
「研究室?」
 
仕事帰り、一緒によく飲みに行くヘルパーさんが何でもなさそうな口調で言った。しかし口元には意味ありげな笑みが浮かんでいる。
 
「案内するよ」
 
ヘルパーさんはそう言って、迷路のような病院の階段を昇ったり降りたりしながら「研究所」へ向かった。自分の病棟へ帰れないんじゃないかと心配になるくらい歩いて、ようやく朽ちたような鉄の扉の前で止まった。
 
「ここだよ。それじゃあ」
「え? もう帰るんですか?」
「オムツ交換の時間なんだ」
「あぁ。わかりました。ありがとうございます」
 
鉄の扉の前に一人残された僕は、「研究室」をノックするか少し躊躇して、その気持ちがそのまま表に出たような控え目なノックをした。
 
「やぁ看護師さん。何の用だい」
 
そこは研究室だった。研究室に存在するような物は何一つなかったけれど、2畳ほどしかない空間の天井には鉄のパイプが張り巡らされ、鉄骨が剥き出しになった壁には帚やモップ、竹の筒や針金などが吊るされ、豆電球一つの灯りに細かい埃が揺らぎ、空気は淀み、非常灯が部屋中をほのかに赤く染めていた。そして、そこに「おじさん」がうずくまっていた。小さな光を頼りに、古い腕時計を分解していた。
 
2004年08月18日(水)  おじさんをさがしていた。
 
この職場はとにかくでかいので、僕は未だにどこの階にどんな病棟があって、どんな構造になっているのかということを把握できていない。医者の数も多ければ看護師はその10倍は存在する。ホームヘルパーや薬剤師や検査技師や心理士やソーシャルワーカーや事務員や調理師や掃除のおばちゃん、それに何百人という患者さん。そして。
 
僕は「おじさん」を探していた。病棟のトイレの床が漏れているので婦長さんにその旨を伝えたら「おじさん」に言ってみればよいと言われた。
 
「ほら、あのおじさんよ」
「……おじさん? あぁ」
 
その会話だけで「おじさん」という存在は僕の意識上に浮かんできた。皆がおじさんと言えば、この病院ではあのおじさんしかいない。僕はおじさんを探すことにした。
 
まずは看護婦さん。
「あのおじさんを探してるんですけど」
「あぁ、イソギリさん? んー。わかんないわ」
 
ヘルパーさん。
「あのおじさんを探してるんですけど」
「あぁ、カツラギさん? どこだろうねぇ」
 
患者さん。
「あのおじさんを探してるんですけど」
「あぁ、シガラミさん? その辺にいるんじゃないの」
 
おじさんは人によってはイソギリさんだったりカツラギさんだったりシガラミさんだったりする。ただ聞き取りにくい名前なのかもしれないし、誰もおじさんの名前を知らないのかもしれない。
 
いつも小さな帽子をかぶって薄汚れたYシャツを着て、腰の部分にトンカチやらノコギリやらドライバーなどをぶらさげているおじさん。病院の庭で花に水をやっている時もあれば、靴箱の前で何をするでもなくずっと立ち尽くしていることもある。
 
僕は病院中を駆け巡っておじさんを探した。白衣の下のTシャツが汗で背中に張り付いていた。いつもどこかで会っているはずなのに、どこを探してもいないおじさん。食堂の端で、いつもテレビから目を逸らさずに昼食を摂っているおじさん。
 
僕はもうトイレの水漏れを直してもらおうという目的を忘れて、ただおじさんを探していた。
 
2004年08月17日(火)  いつものように。
 
職場で総婦長さんにばったり会って、というのは少し嘘で、廊下を歩いていたら角から総婦長さんが出てきて、まだその距離8メートルくらい。あぁやだなぁ。総婦長さんが歩いてるなぁ。会ったらまた何か言われるんだろうなぁ。よってゆっくり歩く牛歩のように。このペースで歩けばあっちの廊下を歩いてる総婦長さんとは入れ違いになるはずで、入れ違いになった瞬間に心持ち歩速を上げればいいわけで、総婦長さんの姿が見えなくなったら全力で病棟に帰ればいいわけで、って総婦長さん立ち止まって待っているー!
 
というわけで、あからさまにUターンできない僕はそのまま総婦長さんの立っている方向へ。やだなぁ。今日は何言われるんだろうなぁ。と、ここで初めて気付いた振り。あ、総婦長さん、こんにちわ。
 
「こんにちわ」
「ごきげんよう」
「ちょっと待ちなさい」
「えっと、仕事中なんですけど」
「当たり前じゃない」
「婦長さんに呼ばれてるんですけど」
「私は婦長さんより偉いのです」
「ごもっとも」
 
「ヨシミさん、職場の近くに引っ越したそうじゃない」
「えぇ。でもどうしてそれを」
「婦長さんに聞きましたよ」
「婦長さんは誰にでも言ってしまう」
「引っ越したということは、この職場に長くいるということですよね」
「いえ、長くいるというわけではなくて、ただその便宜性を追求した結果というか」
「屁理屈はよろしい」
「えぇー」
 
「ヨシミさんを開放病棟の看護師長にする話が出てるんです」
「ちょっと待って下さい。まだここに来て1年も経っていないんです」
「でも他の病院で主任の経験がおありでしょう?」
「おありですが」
「だったら安心して任せられます。ただ……」
「ただ?」
 
「ここにゆっくり腰を落ち着けるにはそろそろ家庭を」
「あ、えっと、あ! おーい! 栄養士のお姉さーん」
「はい栄養士のお姉さんですけど」
「僕は先日この栄養士のお姉さんに求婚して断られたのです」
「それは本当ですかヤマシタさん」
「本当に断ったよねヤマシタさん」
「すいません。求婚もされてないし私ゴトウです」
「そうだったねゴトウさん」
「名前も知らない人に求婚してはいけません!」
「そこの部分を怒るのですね」
 
と、かなりディフォルメされた内容だが、上記のような問答があって、病棟に帰って婦長さんにまた結婚の話されましたといつものように伝えると「それだったら私の娘がね」と、婦長さんもまたいつものように娘とのお見合い話を持ち出すので、ようやくそこで僕は心のシャッターを閉ざす。
 
2004年08月16日(月)  コットン100。
 
最近何してますかってオリンピックばかり見ているのだが、卓球の愛ちゃんが可愛いので、卓球の愛ちゃんが可愛いと彼女に言ったら、じゃあ卓球ばっかり見てたらいいじゃないと、いつものように嫉妬による不機嫌。それを意識的にコントロールしようとする僕は最低の人間で、「サー!」とか「ピャー!」とか電話口で愛ちゃんの掛け声の真似をしていると、もういい! と言って電話を切る彼女。
 
30分後に「愛ちゃん勝ったね」と電話をすれば、じゃあ愛ちゃんと結婚刷ればいいじゃない! と、結婚の話なんて一言もしていないのに、しかも愛ちゃんはまだ15歳で法的に結婚できる年齢ではないので、僕は愛ちゃんとは結婚しないよ。むしろ対戦相手のミャウ・ミャウと結婚するよ。彼女なんだか愛嬌のある顔してるよね。スポーツ選手らしからぬ時計とかピアスとかしてるしね。ミャウ・ミャウと結婚してしまうよ僕は。
 
と、会話の途中で既に二度目の電話を切っている彼女は、ミャウ・ミャウと結婚しようとする僕の話を聞いておらず、それはただの独り言で、独り言だからミャウ・ミャウと結婚する気なんてさらさらなくて、さらっさらーのサラサーティでコットン100。
 
2004年08月15日(日)  矛盾した決定権。
 
「新しい灰皿が欲しいんだけど」と、東急ハンズにて。「ダメ! 買ったら別れるからね」と、大の嫌煙家の彼女。しかし彼女と別れた理由が「灰皿を買ったから」なんて馬鹿な話はあるはずがないので、彼女の脅迫は軽くスルー。
 
適当に灰皿を手に取ってこれにしよっと決めると、「絶対買っちゃダメー!」と、東急ハンズ中に響かんばかりの絶叫。さすがに絶叫されながらも無理矢理買おうとは思わないので、ヘンなの。と頭を傾げ、他の買い物の続きを始める。
 
買い物終わってレストラン。「へへへー」と先ほどから妙な笑いばかり浮かべている彼女にどうしたのか、具合でも悪いのか、脳の血管が詰まる前兆ではないかしら、と訊ねたら、それでもなお「へへへー」と目尻に皺を浮かべ気色が悪い。其処に病院があったので帰りに寄ってみようかと彼女の空笑を眺めながら考えていたところ、「はい、あげる」
 
小さな紙袋。開けてみていい? と訊ね、開けなければ駄目です。と、彼女が言う「駄目」という言葉は、この恋愛に於いてどれだけ決定権を持っているのか。煙草吸っちゃ駄目。はいわかりました。灰皿買っちゃ駄目。了解しました。部屋を掃除しなきゃ駄目。承知しました。紙袋開けなきゃ駄目。御意。
 
そこには小さな灰皿が入っていた。
 
「私が駄目って言った理由、わかったでしょ」と、先ほどの気色悪い笑みは照れ笑いに変わっている。「ありがとう。キミが東急ハンズで灰皿の購入を阻止したのはこういう理由があったのだね。大切に使うよ。1本1本心を込めて喫煙するよ」
 
「煙草吸っちゃダメ!」
 
これからも彼女の矛盾した決定権に、僕は惑わされ続ける。
 
2004年08月14日(土)  恋愛金メダル。
 
「なっ……!」
「何その絵に描いたような絶句は」
「お、お、おい、ちょっと見てみろ」
「何よ。テレビで何かやってんの?」
「な、何なんだ。日本代表選手のTシャツのデザインは……」
「あぁ、この花柄のやつね。ユニクロがデザインしたんだって」
「これは、お洒落なのか?」
「可愛いじゃない」
 
「これじゃあ赤ん坊の布オムツじゃないか」
「そんなひどいこと言っちゃダメよ」
「じゃあ小学生の女の子が来てるシミーズじゃないか」
「確かにそう見えるけれども」
「ヤワラちゃんまで着てるじゃないか」
「個人名出しちゃダメよ」
「福原愛ちゃんは着てないじゃないか」
「着て欲しいんだ」
 
「しかし福原愛ちゃんはあれだね。安達祐実と一緒の人生を辿るね」
「なんとなくわかるような気がする」
「一生子役だよこいつは」
「女優じゃないけどね」
「一生モラトリアムだよこいつは」
「そんなこと言わないの」
 
「誰か何か言えばいいのに」
「何を」
「布オムツTシャツ」
「まぁ。非国民的ネーミング」
「ユニクロがデザインしたっていうけどね、じゃあ著名な人がデザインしたら何でも許されるのか」
「社会とはそういうものよ」
 
「なんだその大人びた諦念は。僕より7つも年下のくせに」
「7つ年上のくせにあなたが子供っぽいだけよ」
「なんだとこんにゃろ」
「痛っ。だからそうやって怒ると脇腹のお肉つまむとことか」
「こんにゃろ」
「痛っ。ねぇ、わかって。デコピンだからって大人びてるってわけじゃないのよ」
 
「わぁ。ほら見ろ。浜口京子だって布オムツTシャツ着てるよ」
「個人名はやめて」
「気合だーっ。って花柄着られて言われてもな」
「何あなた生理? そのイライラの理由は何?」
「気合だーっ。ヤワラちゃんスマイルで一本だーっ。あ、技ありでいいや」
「あ、なんか壊れてる」
 
「ちなみに僕的タイ記録なんだよね」
「何が?」
「半年付き合った状態の愛してる気持ち」
「あらありがとう。新記録目指しましょ」
「金メダル?」
「うん。金メダル」
「笑いの金メダル?」
「笑いはいらないでしょ」
 
「キミは僕の中の日本代表選手だよ」
「言ってる意味が全然わからないわ」
「でも花柄のTシャツだけはよしてほしいな」
「大丈夫。頼まれたって着ないわよ」
「でも身に付けてるじゃん」
「花柄の?」
「ブラジャー」
「パンティーもね」
「愛してるよ」
「私も愛してる。ていうか何この恋愛」
 
2004年08月13日(金)  金は時なり。
 
09:30 夜勤終了。白衣をクリーニングに出す。
10:00 這這の体で帰宅。溜まった洗濯物に愕然。
10:30 掃除、洗濯。シンクの食器までは洗う気になれない。
11:00 洗濯物と布団を干す。煙草が切れる。
 
12:00 コンビニに行き、煙草と昼飯を購入。フライデー立ち読み。
13:00 シャワーを浴びる。歯を磨く。
14:00 就寝。彼女に「おやすみ」とメール。返信なし。
 
22:00 起床。特にやることがない。彼女にメール。返信なし。
23:00 ビール2本飲んだ後就寝。冷房から除湿へ変更。
 
02:30 起床。テレビでサッカーやってる。日本負ける。
04:00 朝のニュースが始まる。日本負けたと伝える。知ってる。
06:00 彼女に電話。「こんな時間に電話しないで」と怒られる。
07:30 就寝。時間の概念が欠如している。
 
13:00 起床。今日も夜勤。読書。洗濯物を取り入れる。
14:00 彼女に電話。出ないのでメール。返信なし。
14:30 シャワーを浴びる。歯を磨く。
15:00 自転車で出勤。大きな溜息。
15:10 モスバーガーで休憩。読書。大きな溜息。
16:00 職場に到着。白衣に着替える。
17:00 申し送り。夜勤の開始。
 
と、毎日不規則を絵に描いたような生活。自分でもいつ寝ていつ起きているのかわからない。今の職場は夜勤が多いけど、多ければ多いほど給料がいっぱい貰えるので頑張ってる。でも使う時間がない。
 
2004年08月12日(木)  宣告。
*めけめけ@DC【一番痛いテキストを斬れ!】優勝作品。
 
 
風呂上り、僕は首にタオルを巻いたまま冷蔵庫を開け缶ビールを取り、リビングで普遍的且つ通俗的な風呂上りの男性を演出している最中、彼女は奥の部屋のソファーに横になり、バラエティー番組を見ながら携帯片手に粗雑的且つ低俗的な会話をしていた。
 
彼女が電話を始めると1時間は終わらない。立て板に水の如く、だらだらと滞りなくその能弁は続く。僕は奥の部屋へは行かず、リビングのテーブルに腰掛け、缶ビール片手に無意味で無価値な会話に聞くともなく耳を澄ませる。
 
「そうなんだー。私もビックリしてるもーん」
 
この歳の女性は何にだって驚く。何に対しても驚愕することで感受性が豊かだということをアピールしている。
 
「えー。それってチョームカつかない? ふざけんなーみたいな」
 
僕は彼女が田舎から東京へ出てきて変な言葉に感化されてしまったことがチョームカつく。
 
「ワハハ。サイテー。なにそれー。バレバレー」
 
笑。最低。何其れ。露見。彼女の言葉を意味もなく文字にしてみる。
全くもって無意味! 不可解! ビール超うめぇ!
 
「ほんとバレバレだよねー。指定着メロとか設定しちゃったりして」
 
いったい何の話をしているんだ。脈絡の無い会話は、聞いていて楽しくもあり、不安でもある。
 
「うん。私も彼氏の着メロ指定にしてるよー」
 
「えとねー。大きなのっぽの古……古……」
 
「そうそう古時計!」
 
どういう種類の記憶の欠如なんだ。どこでどう言葉を区切って学習してるんだ。
 
「だけどさー、ホントに好きなのー? なんか勢いっぽくない? そういうの」
 
どうやら恋愛に関する話らしい。イラク情勢の進展よりも隣のカップルの進展具合が気になるらしい。
 
「だって1回だけでしょー。1回寝ただけでわかるわけないじゃん」
 
寝ただけって。まぁ。赤面。今時の若いコは、なんて。
 
「私、彼氏といっぱいエッチしてるけど、まだ何考えてるかわかんないとこあるもん。そんな1回だけじゃわかんないよー」
 
何を言っているんだ。赤面。何突っ込んだ会話してんだ。少し、ドキドキしてきました。
 
「えー? 先週のバレンタイン? うん。会えなかったの。彼氏仕事終わるの遅くってー」
 
ドキドキ。
 
「えー。そうなんだー。どうりでー」
 
何を納得してるんだ。何が道理なんだ。やっぱりバレンタインは彼女と過ごすべきだよなぁ。あの時はどうしても断れなくて会えなかったんだもんなぁ。しょうがないよなぁ。
 
「ウソ! 手作り? すごーい。私コンビニのチョコだったぁ。やっぱ3年も付き合うとね、何もかもコンビニで済ませちゃうの」
 
そう言ってソファーに寝転びながら彼女はリビングの僕の方を見る。僕が苦い顔をしているのはビールのせいだけじゃなく、
 
「最近なんて晩ご飯もコンビニで済ませちゃう」
 
こういう現実に基づいている。
 
「で、これからどうすんの?」
 
彼女は足で起用にリモコンを寄せてテレビのチャンネルを替えながら話を続ける。3年付き合って、コンビニのチョコと晩ご飯。そして下らない長電話にビールを飲んで耐える日常。これからどうすんの? 僕だったら、別れのセリフを考える。キミへの愛は情緒ではなくて、幻想だった。とかね。
 
「へぇ、諦めないんだぁ。こういう時の女って強くて怖いもんねぇ。だけど私も諦めないかな。また1からやり直しとか面倒臭いしね」
 
妥協なのか。僕は妥協の産物なのか。なんだか面倒臭いから僕でいいってことなのか。
 
「ちょっと待っててね。彼氏に聞いてくるー」
 
そう言って彼女は奥の部屋から僕を呼ぶ。そして「ねぇ、これからどうすんの?」と先ほど電話先の相手に投げ掛けた同じ質問をする。彼女が僕の方へ伸ばした腕の先には、僕の、携帯。
 
「おいっ! これっ! 俺の……!」
「うん。あなたのよ。あなたがシャワー浴びてるとき携帯鳴って『ミカン』ってワケわかんない名前が表示されたから電話取ってみたの」
「か、勝手に電話とるなよ!」
「だってミカンとお話してみたかったし」
「なっ……!」
「だけどミカンじゃなかったの。あなたの彼女って名乗る女だったわ。結構話が合っちゃって」
 
彼女はその憎悪を込めた瞳を除いては、無邪気に笑っていた。そして言い訳の許されない最後の宣告をした。
 
「で、これからどうすんの?」
 
2004年08月11日(水)  上手なホテルの使い方。
*隔月でコラムを連載している鹿児島の情報誌『CROWD』特集「美味しいホテルの使いかた」の作品です。
 
皆さんアニョ! 元気ですかアニョ! 今日は「世界のヒルトン」の中のヒルトンと言われている北京ヒルトンホテルのスィートルームから原稿を書いている吉見マサノヴですアニョ! なぜ財産や収入が少なく、生活が苦しい、いわゆる貧乏なフリーライターである僕が特一級といわれる北京ヒルトンホテルに滞在しているかと申すと、CROWDの今回の特集が「ホテル」だということで、ちょっと待って、ホテルって何? 何語? モーテルじゃないの? 僕モーテルしか行った事ないよ。ちっちゃな車庫に車止めてさ、自分でシャッター閉めてさ、部屋の中にいかがわしい自動販売機があってさ、テレビつけるとやっぱりいかがわしいビデオばかり流れててさ、お風呂なんてね、光る奴でボコボコ出るんだよ。水中照明付きブロアバスっての? 二人のバスタイムを素敵に演出してくれます。なんて素敵も何もみんなやること一緒なんだけどね。新しい割にはちょっと臭うシーツにくるまれてさ。モーテル特集か。俄然張り切っちゃいます。と原稿の依頼を快諾したところ、見事に見解の相違が生じ、ホテルを一から学んできなさいと出版社から優しい叱責。千二百元をカードで支払い、紳士なベルボーイに部屋まで案内され、生来の貧乏症である僕は部屋の隅で小さくなって、この原稿を書いています。人間は一畳あれば生きていけるんだアニョ。
 
先程からアニョ、アニョと申しておりますが、何も今年の流行語大賞などを狙っているわけではなく、北京ヒルトンホテルの格調高いボーイ、宿泊客、厨房のオバサンに至るまで、皆、語尾にアニョをつけているので、なんてエレガンス且つ上品な響きなんだろう。真似したろ。これはきっとあれだな。「アニョハセヨ」を現地の人々が優雅に略してるんだな。と、ここでトイレから出てきたブーツに蒸された臭いいまだ取れやらぬ彼女が一言。「アニョハセヨって韓国じゃないの?」「そうだよ。えっ? 北京って韓国じゃないの?」「バカね。あなたは本当にバカね。北京はロシアの県庁所在地よ」と、世界の歴史、政治事情をちっとも知らない僕はいい加減なことを書きまくりですが、失礼しました。北京のヒルトンホテルではなく池袋のルミネンホテルからこんにちは。吉見マサノヴですアニョ!
 
CROWDの方からあれだけ「ラブホテルの特集ではありません!(笑)」と念を押されたにも関わらず、こうやって池袋のラブホテルで、「木綿のハンカチーフ」を口ずさみながら鏡の前で化粧を落としている彼女の傍ら、小さなテーブルにノートパソコンを広げ、原稿を書いているのは訳がありまして、僕たちも付き合いはじめからホテルといったらラブホテルではなく、一流とまではいかないけどそれなりの値段のホテルで、ディナーをたしなんだり、都会の夜景を見ながらそっと肩に手をまわしたり、カクテルの向こうに映る彼女の瞳に酔ったりもしていましたが、ロマンチックな演出と経済的状況がどうしても兼ね合わず、時間が経つにつれ、恋愛の最終的、短絡的な結果を示す場所であるラブホテルにいつの間にか収まっている次第ですが、それ以前に、ホテルマナーというものがどうしても身に付かず、学習という能力を義務教育終了と同時に放棄した僕は一般のホテルであまりにマナーに気を取られ、肝心の料理や店の雰囲気を覚えていないという初めてのバイトの日のような状況に陥るのです。
 
例えば席に着くなり煙草を吸う。これは正式なディナーではメイン料理が終わり、デザートが運ばれるまでは控えるべきなのだが、マナーより習慣が勝ってしまう。デザートを食べ終わるなり欧米でもっとも嫌われる行為であるげっぷを臆面もなく披露する。サービスマンに用があるときは静かに手を上げず、唐揚げ定食でも注文するような勢いで大声で呼ぶ。室内でルームサービスを取ったとき、ワゴンのまま食事をするべきだが、ベッドの上で貪り、スープやコーヒーでシーツを汚す。食後は食器の上にナプキンもかけず、廊下へ出そうともしない。ホテルは部屋を一歩出ると公共の道路と同じだが、部屋の浴衣やスリッパで廊下を徘徊するという修学旅行生のような失態をする。
 
以上のような理由で、利用するならラブホテル、ちょっと贅沢するならホテルのお昼のバイキングというホテルライフを送っている次第ですが、とにかくホテルは大勢の人が集まるので、僕のように人に不快な思いをさせないことが一番です。お互い気持ちよく過ごすために心配りのマナーを忘れずに。ラブホテルでこんなこと書くと少し語弊があるなァ。
 
* * * * *
 
吉見マサノヴ。1976年生まれ27歳。鹿児島県出身、東京都在住。看護師兼フリーライター。行きつけのメトロポリタンホテルの喫茶店のコーヒーの値段に驚く毎日。本人が運営しているwebサイトの人気コンテンツ【恋愛歪言】が「ネオブックオーディション2004」の優秀賞を受賞し、この夏、書籍化が決定する。最近ハマっていることは、印税でヒルトンホテルのスィートルームに一ヶ月滞在するという取らぬ狸の皮算用を繰り返すこと。
 
2004年08月10日(火)  世界の中心で痔と叫ぶ。
 
彼女と近所の商店街を歩いていたら、愛を語るのもそこそこに尻が痛みだしたので、これは痔だ。痔の痛みがどのようなものかわからないが、肛門が痛い。日本人の3人に1人は痔だというが、僕もその33%の人間の仲間入りを果たしてしまった。非常に遺憾です。やるせないです。彼女の笑顔はこんなに美しいのに僕は痔になってしまったよ。
 
と、部屋に帰り、早速鏡の前に立ち、ズボンを降ろし尻を観察する。
 
「……ねぇ。……何やってるの?」
「何ってケツ見てんだよ」
「どうして?」
「え? だってケツ痛いんだもん。とうとう痔になってしまったよ僕は」
「そういう問題じゃなくて、私はあなたの何?」
「何って彼女じゃん」
「どうして彼女の前でいきなり鏡に向かってお尻突き出してるの?」
「だから痔になってしまったんだよ僕は。不幸の33%になってしまったの」
 
彼女は唖然として僕の姿を眺めていたが、僕はそんなことはお構いなく、自分の尻、主に肛門周囲を仔細に観察する。しかし不自然に体を捻らなければ、なかなか肛門を観察することはできない。ちょっと彼女に見てもらおうと思ったけど、彼女はポカンと口を開けたまま身体が硬直しているようなので、仕方なく自分であっち向いたりこっち向いたりしてなんとか自分の肛門を眺めようとしたけど、あと少しのところで見えない。
 
「ねぇ、ちょっと僕の世界の中心を見てくれよ」
「そんなもの見て愛は叫べないわよ」
「やはりいくら純粋なキミでも痔持ちの男は愛せないか……」
「そういう意味じゃなくて」
「ほんなぁいけな意味よ」
「急に鹿児島弁で喋らないでよ」
「わかったよ。自分で見るよ……ってあった。これだ」
 
尻の割れ目が作る渓谷の底の部分に小さなおできができていた。おでき。痔じゃなかった。痔じゃなかったよ。まだキミに愛してもらう資格を取り戻したよ。痔じゃなかったよ。おでき。すごく化膿してるけど今夜は夜勤だし職場に行って化膿止めの軟膏でも塗ったら明日からまたキミと手を繋いで商店街を歩けるよ。しかし今はガニ股歩行。
  
2004年08月09日(月)  助けて下さい!
 
「泣きながら、一気に読みました」とあの帯に書いていたようなことを言うような奴は、オグ マンディーノの「十二番目の天使」をやはり泣きながら読むような奴で、涙に涙するというか、恋をしても恋に恋をするというか、そういう種類の人間で、僕はそういう人達と仲良くなることはできないし、そういう作品を評価しようとも思わない。
 
『世界の中心で愛を叫ぶ』
 
彼女と映画館の行列に並んでいた。彼女が一緒に見ましょうと言ったから、あまり乗り気ではなかったけど、彼女が言うのならばエニシングオッケー。二つ返事で首を振る。そして僕は行列に並んでいた。
 
この作品、上映してから結構経っているというのに、なぜこんなにも人が多いのだ。この前見た「トロイ」なんて映画は、平日だったという理由もあるだろうけど、6人くらいしか見てなかったというのに。皆「泣きながら一気に読みました」ってタイプなんだろうか。気が滅入る。キミもあの作品を泣きながら一気に読んだのか。
 
「私、あの本は嫌いよ。嫌いじゃないけど、好きでもない」
「じゃあ何で映画見ようって言いだすんだ。僕は『誰も知らない』が見たいんだよ」
「本は駄目だけどね、ドラマが好きなの。えとね、ドラマの内容はね……」
 
と、行列の真ん中でドラマの内容を話し出したので、半分だけ聞いて半分は僕の前に立っている女の子のTシャツから透けるブルーのブラジャーを眺めていて、やがてそれも飽きたので、「そうそう、この映画って最後宇宙人に殺されちゃうんでしょ」「アキってヒロインが核爆弾のボタン押しちゃうんだよな」「たしか痔で入院してるんだよね」と、泣きながら一気に読んだ人達に聞こえるような声でデタラメなことを話し出したら、彼女の表情がわかりやすいくらいに変化して、それから僕と話してくれなくなった。
 
さて、映画の内容。原作と若干内容が違うが、起承転結の「転」が抜けているようなストーリーは概ね同じ。最初からエンディングみたいな。そして合計4回、上映中に彼女からハンカチを借りた。僕はすぐ泣く。物語の展開ではなく、その一場面一場面で涙を流す。最後のエンディングロールでも涙を流す。歌しか流れてないのに。彼女は席を立ち帰る準備をしているというのに、僕の涙は止まらない。泣きながら心の中で「助けて下さい!」と叫んでいた。
 
2004年08月08日(日)  男無列。
 
最近日記の更新が滞っているのは、仕事が忙しいからでも彼女が来ているからでもなく、単に書く気がしないからであって、4年間も毎日書いてればこういう時期だってあるよと本人すごく楽観的。気が向いたときに3日分くらいずつまとめて書いている。
 
彼女は僕が日記を更新しないことが気に入らないらしく、ことあるごとに「日記書けーっ」と僕に言ってきて非常に煙たいけれども、そんな素振りはチラとも見せず、がっと抱き締め「そのうち書くから。そのうち書くから」と頭を撫でながら慰めるのだけど、「じゃあ今書いてよ」と僕を突き放し、もう一度抱き締めようとするともう一度突き放され、彼女をベッドに残し、しょうがなくパソコンに向かうのだけど、書く気がしないプラス書こうとする僕の姿をじっと見つめている彼女の視線に気が散るばかりで、
 
「ちょっとあんまり見ないでよ。気が散るんだよ。あ、今日お昼何食べる? またオムレツ? いいよ。オムレツ食べに行こう。あ、そういえばオムレツの言葉の由来って知ってる。オムレツってね、明治時代に日本でできた食べ物なんだよ。調理されたその姿があまりにも可愛らしくて封建制度が消えて間もない日本では、男児がこのような食べ物を食べるとは言語道断。でも女性には大人気。どの店どの店もオムレツを出すと女性の行列ができる。しかし男児は焼肉やどんぶりなど、豪快な食べ物を食べるべきだ。というわけで、男の行列は決してできない。よって男無列(オムレツ)って名前がついたんだよってうっそー」
 
とデタラメを言って再度彼女がいるベッドに潜り込もうとするのだが、三たび突き返され、ようやくここで諦めの境地に達した僕は、書く気が起こらない日記をこうやって彼女の監視の元、だらだらと書いているのであります。
 
2004年08月07日(土)  ブラよろ。
 
新しい部屋に引っ越してから、パソコンのディスプレイがやたら眩しいのであまりパソコンに向かう気になれない。だから最近は小説ばかり読んでいる。あと漫画も読んでいる。
 
僕の部屋の本棚には漫画が一冊も並んでいない。というのは嘘で2冊並んでいて、松本大洋の「鉄コン筋クリート」もう漫画なんて何年も買っていないし、読んでいない。
 
そんな僕が漫画を買った。「ブラックジャックによろしく」現在9巻が発売されていて、その最新刊が「精神科編」というわけで、これは買うしかない。一般の人たちが漫画によって精神科をどのように受け止めるか、そしてどのように表現されているか見てみたい。というわけでそんなに読みたければ9巻を買えばいいのだけど、昔から本棚に並ぶ漫画の本の3巻くらいから平気で読み始める神経を僕は持ち合わせていないので、9巻を読みたいと思いつつも、律儀に1巻から買い揃えているのであります。
 
読んだ人にはわかると思うけど、この主人公、少しイライラします。優柔不断のイライラではなく、熱血のイライラ。真っ当なモノの考え方では医療の世界には適応できません。あらゆる矛盾や不条理を受容してこそ、この世界で生きていけるのです。でもこの作品は、その矛盾や不条理に徹底して立ち向かおうとしています。近くにいると、ちょっと困ったちゃんの人物です。
 
と、まだまだ感想を書きたいけど、ディスプレイがやたら眩しいので終わり。明日6巻を買いに行きます。
 
2004年08月06日(金)  大怪獣デブラス。
 
小学校の頃の親友の山下竜一の現在の消息も気になるところだが、それと同じくらいにマーク・パンサーの消息も気になりだしたので、マーク・パンサーの公式サイトを検索してアクセスしたはいいが、どこが入り口なのかわからず断念。このまま僕の中で80年代はデーブ・スペクター。90年代はマーク・パンサーという訳のわからないカテゴリーに収まってしまうのだろうか。
 
なーんて山下竜一。高校卒業後、大阪の料亭に就職したまでは知っている。一度、ファミコンソフトの『大怪獣デブラス』の攻略法を教えてくれと電話があった。しかし時代はプレステの時代。
 
なぜお前は今頃ファミコンなどをやっているのだという僕の問いに竜一は答えず、「お前なら知ってると思ったのに。いいよ、自分でデブラスやっつけるよ」と、かなり追い込まれた人間が発するような危うい口調で電話を切ったきり、音信普通になった。
 
おそらくあの後、大怪獣デブラスに食べられたのだろうと推測。小学校の頃、竜一の椅子に画鋲を仕掛けて、まんまと臀部に押画鋲が刺さった竜一は泣きながら家に帰り、父と母にその詳細を報告。あ、お姉さんにもチクったんだった。
 
僕は竜一の家で竜一の父母にこっぴどく叱られ、化学実験室で竜一の姉ちゃんにシメられた。竜一はデブラスに食われるべき人間だったと思う。
 
2004年08月05日(木)  歯痛と不幸と配分について。
 
歯が痛い。深夜に激しい痛みで覚醒し、1時間ほどベッドの上でのたうちまわっていたら、それを見かねた神様が天井を突き抜けて降りてきて、「なんというか、幸福の配分みたいなやつを間違ってしまったので、今その痛みでバランス取ってるところ」と、ひとこと言って消えてしまった。
 
幸福の配分。人生の3割が良いことで悪いことが7割。私たちはその3割の為に生きている。というようなことが書いた本を読んだことがあるが、僕は少し幸福を使い過ぎてしまったのだろうか。と、やはりベッドの上で悶絶しながら考えたけど、決してそういうことはない。
 
僕の人生、18歳〜22歳までの4年間、僕は誰にも負けないくらい不幸な思いをしてきた。これは自信を持って言える。確実にあの時代は不幸だった。その境遇が小説の物語になるくらい不幸だった。将来に何の希望も見出せないくらい不幸だったけど、あの頃常に考えていたことは、周囲がそんなに僕を不幸にさせるのなら、自分の力でどうにかしてやる。金とか、家族とか、難しい制度とか、そういうやつをまとめて僕がどうにかしてやると考えていた。
 
その結果、今の生活を手に入れた。決して幸福ではないけど、今のこのささやかな生活は、誰にも頼らずに自分の力だけで築き上げてきたものだと信じている。「あなたはそういうけど、あなたを支えてくれていた人はきっといるはずよ」昔僕にそう言った人を冷たくあしらったことがある。
 
今の僕のおおまかな人格はあの4年間で形成されたといっても過言ではない。誰にも負けない不幸。僕はそれを経験してきた。人生の7割の悪いことのうち、4割くらいはあの4年間に凝縮されていたと思う。だけどこの歯の痛みは、不幸の1割が消費されてもいいくらい酷い。よって、この痛みを乗り越えたとき、僕の人生にはあと2割の不幸しか残っていないということになる。
 
そう思うと、この耐え難い痛みも、どうにか乗り越えられるような気がする。ということはない。
 
2004年08月04日(水)  *やくそくごと。
 
1.うそをつかない事。
2.私にしてほしくない事は自分でもしてはいけない。
3.無断で、外出・外泊はしてはいけない。
4.ちゃんと相談にのる事。
5.夜勤の時は、でんわする事。(何時でも良い。)
6.部屋の中は、常にきれいにしておく事。(ゴミはためないで捨てる事。)
7.彼女と女友達との区別をちゃんとつける事。
*以上7つのやくそく守って下さい。
 
昔の手紙を読んでいたら、こんなことが書いた手紙を見つけた。7つのやくそく。どんないきさつがあって、僕は当時の彼女とこんな約束をしたのだろうか。
 
と、考える振りをしているが、浮気をしたであろうことは容易に判断できる。おそらく夜勤のバイト(当時まだ学生だったので夜勤のバイトをしていた)と言って嘘をついて「女友達」の所へでも行っていたのだろう。
 
6番目の「部屋の中は、常にきれいにしておく事」は、浮気には全く関係ないが、浮気したことが発覚して脆弱になっている僕に、ついでにこれも言っとこうみたいな感じで言ったのだろう。彼女は綺麗好き、いや、綺麗好きではなく異常といってもよいくらいの潔癖症で、髪の毛が一本落ちていただけでもヒステリックな声を挙げる女性だった。
 
この彼女によって、僕は常に部屋を整理しなければいけないという当然のことを覚えたのかもしれない。当時、彼女が部屋に来ると今日はどこが整理できていないか怒られるのが怖かった。今は東京の小さな部屋で一人で暮らしているけど、それでもまだ当時の彼女が部屋に突然やって来るのではないかと潜在的に恐れてるのかもしれない。
 
2.私にしてほしくない事は自分でもしてはいけない。
 
昨日の日記で書いた看護観と全く正反対のことを書かれているということは、私生活の自分と白衣を着た自分は決定的な違いがあるということを理解することができる。
 
*以上7つのやくそく守って下さい。
 
2004年08月03日(火)  看護と自分と対象と。
 
引越しの荷造り作業の時、過去に様々な人から貰った手紙がまとめてごっそりと出てきたので時間を忘れて過去の追憶に浸っていたらエンタの神様が始まったので中断したということは時間を忘れてはいなかったということ。
 
* * * * *
 
先生へ
おはようございます。
元気ですか? 私はかぜぎみです。ひいてます。
私は先生といると楽しいです。
私の誕生日プレゼント決まりましたか? なんでもいいです。
どうですか?
うれしいです。
まじょのじょうけんは、おもしろいです。ビデオを見たりします。
仕事一生懸がんばろうね。
コナンのビデオうたばんとんねるずのみなさんときおのなりゆきのビデオです。
コナン君のビデオが面白いです。
たのしいです。
じゃあバイバイ。ニックネームは、私のあだ名です。
そう読んで下さいね。
私の手紙を読んでね。なんかいも読んでね。
一緒にあそんでくれてありがとううれしかったよ。
先生も私に手紙を書いておくってね。
私に手紙をおくるときはふうとうにじゅうしょとなまえをかいてね。
ふうとうのうしろにのりをはってね。もちろん手紙を入れてね。
忘れずにね。
 
* * * * *
 
学生時代、知的障害者施設の実習に行っていたとき、最終日にある少女。といっても年齢は僕とたいして変わらなかったと思うけど、彼女はいつも僕にぴったりとひっついて手を強く握って片時も離れなかった。
 
僕たちの実習グループは女性5人、男1人のグループだったので、男性の実習生が珍しかったのかもしれないし、ただ僕が周囲に甘すぎたのかもしれない。
 
「ヨシミくんは甘いんだから」
 
前の職場でも今の職場でも言われることは同じ。患者さんに甘い僕は時々そうやって看護婦さん達に皮肉を言われる。でも、自分では、その、「甘い」だなんて思っていない。医療もサービスを求められる昨今、この「甘さ」こそが、何かのカギを握っているような気がする。
 
看護とは何ですか? と問われたとき、僕はいつも同じことを言う。
 
「簡単なことです。自分がしてもらいたいことを、相手にしてあげることです」
 
ただそれだけ。よって、自分に甘いから患者さんにも甘くなってしまうのかもしれないけど、自分に厳しいから対象にも厳しくするのは、医療という現場では間違っている価値観であって、僕はこの世界に入ってもう何年も、患者さんを自分に置換して接してきた。僕だったらこうやって欲しい僕だったらこう声を掛けてもらいたい。
 
私は先生といると楽しいです。
一緒にあそんでくれてありがとううれしかったよ。
 
僕だったらこうやって欲しかったから、僕だったらこう声を掛けてもらいたかったから。「ヨシミくんは甘いんだから」と後ろで嘲笑されながら、後ろで笑っている人たちの前で、僕は本当の笑顔を浮かべている。
 
この仕事を選んで、本当に良かったと思う。
 
2004年08月02日(月)  こういうのも恋愛! ってうつむき加減で。
 
彼女は先月二十歳になったばかりで、大人といえば大人。子供といえばまだ子供なんですが、キミは子供だと言うと、子供じゃないもん。馬鹿にしないでよ。と怒ります。ブラジャー1枚で。
 
なんというか彼女の可愛いところはここにありまして、その節操がないというか、恥じらいがあるにはあるのだけど、部屋の中ではブラジャー1枚で平気でウロウロして、その振舞いが非常に自然にこなしているということにあって、「ちょっとTシャツくらい着なよ。窓の外から誰が見てるかわかんないんだから」と言うと、「大丈夫よ。私なんて見る人なんていないわよ」と何の解決にもならないことを言って平然としているのであります。
 
そんなジーパンを履いてブラジャー1枚で部屋をウロウロしている彼女を見ていると、その姿に悩殺されないわけはないのですが、その姿は、ブラジャーのCMのように、下着というエロっぽさを感じさせず、自然な姿という、こういうのなんて言うんだろうな。やはり着こなしが上手いというか、そんなものを感じさせるのです。
 
というわけで、彼女はブラジャー1枚、僕はボクサーパンツ1枚という「夏のカップル!」という形容がぴったりの格好で、プレステの「もじぴったん」という何とも幼稚なゲームをやって遠距離恋愛での貴重な時間を費やしている次第でございますが、「次のゲームで負けたらティッシュ取りに行く」とか「次負けたら歯ブラシに歯磨き粉つけて持ってくる」とか「先に風呂入る」とか、億劫な行動は全てゲームの勝敗によって解決しようとするなんとも情けないことばかりやっている始末でございまして、これぞ恋愛! なんて胸を張って言えるわけじゃないけど、こういうのも恋愛! って多少うつむき加減に言うことはできたりもします。
 
2004年08月01日(日)  マゾな幸福。
 
彼女は気管支が炎症しやすいという体質上、彼女の前で喫煙することは御法度でありまして、御法度以前に、彼女のハートをゲッチュするが為に、過去に「キミの前では煙草は吸わないよ。もうやめたっていいよ。タバコうざいよ。死ねよJT」みたいなことを言ってしまい、人間というものは常に欲に支配されているというか、彼女のハートをゲッチュしてしまったら、同時にタバコもゲッチュしたくなったけど、「ひどいっ! あれは嘘だったのね! 口から出任せだったのね!」なんて言われてしまうので、そりゃそうだ。そりゃひどい。これじゃあ結婚詐欺みたいじゃないかと思うところあって、今も彼女の前では禁煙を続けているのであります。
 
しかし彼女と一緒にいればいるほど、禁煙の時間も増えていくわけであって、例えば朝彼女と会って、その日一緒に過ごして、夜は僕の部屋に泊まって、次の日の夕方帰るという状況が発生した場合、いや、既に先日発生したのですが、もう何時間禁煙してるのか数えるのも面倒臭いほど禁煙しているのであって、禁断症状として、まず代理行為。割り箸を折って、それをタバコに見立てて喫煙する振りをする。詮索行為。夜中に目覚めてフラフラと彼女が隠したタバコの所在を詮索するなどという、末期的な症状が出ているにも関らず、彼女はそんな僕に冷ややかな視線を投げ掛けるのです。冷ややかすぎてうちの部屋はエアコンいらずです。
 
なんといっても禁煙の副作用は、とにかく腹が減る。煙の変わりに食べ物を口に入れたくなる。寝る前にビールばかりを飲んでいて、日本に核戦争が勃発することより僕がビール腹になることを恐れている彼女は、間食の類はNG。ビールのおつまみにポテトチップスNG。タバコ吸えないんだからキミの乳首吸わせてよ。と、そういうあからさまなエロもNGというわけで、欲望八方塞がり。なーんにもできない。でも幸せ。欲望を抑制される幸せ。マゾヒスティックな幸福みたいなやつを毎日感じているわけであります。
 

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