2003年11月30日(日)  突然便意を催したとき。
 
皆さんは街を歩いてるときにウンコしたくなったらどうしますか? 我慢しますか。彼氏と繋いでいる手を離して臀部を押さえますか。トイレに一目散ですか。どこのトイレに行きますか。駅ですか。あの汚い駅のトイレで排泄しますか。デパートに入りますか。公園探して公衆トイレ入ってホームレスに覗かれますか。
 
知ってる人は知ってると思うけど知らない人は知らない人もいるので、突然の便意を気分良く解消できる方法を教えてあげます。
 
パチンコ屋に入るのです。
 
皆さんパチンコしますか。僕はしません。半年に1回くらいは行きますけど、どうもあの人生いつかは確立変動が来ると信じている人たちの影のかかった顔が並んでいるのがどうも耐えられないのです。だけど僕は突然ウンコをしたくなった。騒音とめでたいアナウンスと死んだ魚のような目をした客を余所目にトイレへ一直線。
 
「突然の便意はパチンコ屋のトイレで解消しろ」
 
27年間の人生の中で学んだ数少ない教訓の一つです。公園や駅のトイレでもデパートでもない、便意はパチンコ屋のトイレで解消するのです。だって綺麗なんだもん。
 
先月池袋で突然の便意を催し、メトロポリタンホテルのトイレを拝借したことがあり、そのトイレのサービスの細かさに驚愕したが、街中、しょっちゅうメトロポリタンホテル並みのホテルがあるとは限らない。その点、パチンコ屋は結構ある。パチンコ玉を投げればどこかのパチンコ屋に当たる。
 
まず、どこも決まってウォシュレットが常備してある。便座とかすげぇ暖かい。洗浄の強さが3段階に調節でき、おまけに温風で尻を乾燥までしてくれるウォシュレットである。ビデもカパカパになるであろう。灰皿もある。喫煙しながら排泄できるなんて街中に点在する様々なトイレを探してもそうあるものではない。
 
『三尺玉タイムショック+スーパービンゴ(プラス1)』
『機種イベントGOGO祭』
『3R+新海だしな祭魚群大漁発生!!』
 
などとパチンコする人以外には何を言っているのかまったくわからないトイレの壁の貼り紙さえ我慢すれば、そこはもう街中に隠れた一種のオアシスである。
 
2003年11月29日(土)  痛く生きてもイイじゃない。
 
帰宅途中の電車の中で文庫本をうっかり読み終わってしまうと何をしてよいのかわからなくなり、とりあえず周囲にある文字を目で追う。季節柄、大学や専門学校の入学案内の広告が多い。
 
『未来を見つめるキャンパスで、知性を高め、感性を磨く』
 
ありきたりのフレーズである。知性を高め感性を磨くなんてひどく漠然的であり、今の若い者はこんな陳腐なキャッチコピーになんて誰も目を留めない。
 
『母の献立には理由があった』
 
とある栄養大学のコピー。母の献立だけではなく誰の献立にもそれなりの理由があると思うが、今回は私の母の献立の理由に焦点を当てて考えてくださいということだろう。私の母というのは誰の母なのかわからないが、おそらくこのコの母親もこの栄養大学を卒業したのだろう。美味い料理ばかり作っているのだろう。しかしいまいちパンチが足りない。僕だったらこう書く。
 
『母の献立には理由があった。 ※永久就職率99%!!』
 
永久就職なんてしてしまえば不況も倒産もブラウン管の向こうの物語になるのである。
 
『冬の向こうに、春がある』
 
とある予備校のコピー。阿呆のように当然のことを言っている。『コタツに足を入れると、暖かい』『腕時計の針が、時計回りに回る』と言っていることと同様である。春が過ぎたら夏が来る。夏が過ぎたら思い出が残る。思い出を胸に秋を迎え、重い空を見上げると冬が降りてきてコタツに足を入れると、暖かい。
 
『叫びたいほど、泣きたいほど、痛く生きてもイイじゃない』
 
埼玉のとある大学のコピー。イイじゃないときた。ぜんぜんよくない。なぜそんな人の不幸に無責任且つ楽観的なんだこの大学は。じゃあテメェが痛く生きてみろよと言いたくなる。この言葉が受験を目指す学生にどのような影響力を持っているかわからない。そもそも痛く生きるって意味もよくわからない。痔の薬だったら面白いね。
 
『叫びたいほど、泣きたいほど、痛く生きてもイイじゃない』
 
つーか治せよ。治しておくれよと言いたくなる。
結婚相談所だとどうなるだろう。
 
『叫びたいほど、泣きたいほど、痛く生きてもイイじゃない』
 
余計なお世話だと言いたくなるではないか。このコピーは大学としてのコピーには不適切ではないだろうか。僕だったらこう書く。
 
『叫びたいほど、泣きたいほど、痛く生きてもイイじゃない ※就職率18%!!』
 
痛いだろうなぁ。
 
 
2003年11月28日(金)  婦長さん。
 
うちの病棟の婦長さんはとても真面目で親切で毎日忙しそうなので、何か仕事を手伝いたいけれど、婦長さんのお仕事はとても忙しそうで、僕も病棟の仕事で忙しいので手伝いたいなぁと思うばかり。
 
昼休み、休憩室で二人きりになりました。気まずい空気。それというのも今まで婦長さんとは仕事上の話しかしかたことがないのです。だけどこの「昼休み」を演出するために、仕事以外の面白い話とかトリビアな話をしたいのだけれど、婦長さんと新米看護師。見えない壁が、そこにある。
 
婦長さんが同じテーブルに座る。狭い休憩室。無口な二人。婦長さん立ち上がって一言。
 
「たまにはコーヒーでも飲もうかしら……飲まないけど」
 
僕はこの一言で貴重な昼休みはおろか午後の仕事まで犠牲にしてしまった。意味がわからない。そのセリフの真意がわからない。あれはギャグだったのか。それとも「飲もうかしら……飲まないけど」の間に何かしらの葛藤が生じた真っ当な反応だったのか。もしギャグだったら僕はやはり笑うべきだった。葛藤が生じていたら何かしらのケアを施すべきだった。
 
だのに。だのだのに。僕ときたら「はぁ。そうすか……」なんていう不甲斐ない反応。あぁ自分自身がいやになる……ならないけど。
 
2003年11月27日(木)  矢継ぎ早。
 
新宿。とあるオフィスビル18階。応接室に通される。フカフカのソファー。フカフカフカのソファー。
 
「少々お待ち下さい」「あ、まだですね、もう少しお待ち下さい申し訳ありません」「あ、あ、今参りますので。申し訳ありませんたて込んでおりまして」「あ、あぁぁっ、茶を、お茶を、お茶をば、こぼしてしまいました。拭き、拭きますので、今すぐに、たった今すぐに」
 
兎に角、矢継ぎ早に焦燥狼狽する受け付けの女性に苦笑いしながら僕は「契約者」を待つ。今日は、来年夏に発売される原稿の契約日。彼女の小言と締切りに板ばさみにされながら最初の原稿があがったのが9月。今回も同じ出版社からオファーが来て意気揚々と印鑑持参。
 
「それじゃあここに印鑑押して戴いて、正式な契約となります」
 
素人に毛が生えたような文章しか書けない僕がかなり満足するギャランティ。一発契約更新です。
 
「どうだった?」
 
近くのカフェで待っていた彼女に不敵に微笑む。
 
「クリスマスも正月も原稿用紙に捧げることになった」
「ふぅん」
 
最近彼女はこういうことに慣れっこになった。看護師としての顔、ライターとしての顔、そして恋をしている顔。
 
僕はいろんな顔を使い分ける。あのビルの受付嬢のように矢継ぎ早に変化する僕の表情を、彼女はいつも捉えている。
 
2003年11月26日(水)  そこにあるもの。
 
夜勤の朝、鏡に映るやつれた自分の顔を見ながら「あと3時間」と考える。あと3時間で仕事が終わる。午前6時。深夜の静寂は去り、次々に患者さん目覚める時間。
 
「あと3時間」
 
僕は鏡に映る自分に言い聞かせるように、同時に隣で入れ歯を磨いている患者さんに話し掛けるように呟いた。
 
「あと3時間だねぇ。若いんだから昼まで働きなよ」
「いや、無理です。腹が減って、たまらない」
「若いとすぐ腹が減るもんな。俺なんてミキサー食だから食事の時間がすごく憂鬱なんだ」
 
その老人はそうやっていつまでも愛惜しそうに入れ歯を磨き続けていた。
 
夕方5時から始まって朝9時に終わる勤務の中で、この朝の時間が一番疲れる時間。しわだらけのだらしない白衣、伸びかけた髭、日勤の仕事の準備。午前7時。あと2時間。あと2時間。
 
「屋上、行ってみて」
 
看護婦さんが今外から帰ってきたばかりのように鼻と頬を少し紅潮させて手をこすり合わせながら僕に話し掛ける。
 
「いやです。寒いから。腹が減って、たまらない」
「いいから行ってみて。綺麗だよ」
「何が綺麗なんですか」
「あなたが見たことないもの」
 
階段を登り、屋上に通じる鉄のドアを開ける。朝の空気が白衣超しに僕の肌を刺す。身震いをしながら屋上の中心まで歩き僕の見たことのない何かを探す。
 
「……あ」
 
朝の空気にさえかき消されてしまいそうな僕の声の先には、富士山が、見えた。
 
東京で富士山が見えるなんて知らなかった。最初、あれは富士山じゃなくて東京近辺の僕の知らない有名な山だと考えたけれど、あの堂々とした風貌は紛れもない富士山だった。
 
「……あぁ」
 
もう一度僕は曖昧な感嘆符を呟く。変な話だけど、富士山を見て初めて僕は、何も知らない土地に住んでいて、働いているんだと思った。
 
2003年11月25日(火)  夢日記。
 
昨日は彼女と一貫して無言の電話をして、ベッドの上でスマスマを見ながら眠ってしまって深夜に目覚めて、あれ、風呂入ったっけ・・・・・・あぁ、入った入った。と考えて再び眠ってしまって、電気もエアコンもパソコンもつけたまま眠ってしまって目覚めるとお昼休みはウキウキウォッチン。
 
14時間睡眠なんてとってしまったけど、僕にはやりたいことがいっぱいあって、まず日記。この日記。3日分溜まってる。あと原稿。次の原稿の構想を立てないと後で僕は必ず泣きを見る。あと彼女に謝らなくちゃね。
 
14時間睡眠の間、およそ9時間くらい恐ろしい夢を見続けていた。場所はどこかの歩行者天国。いきなり背後からジャーマンスープレックスで僕を投げ飛ばした青二才。全然痛くなくてスクッと起き上がった僕はその青二才を殴る蹴る。背後から青二才の友人金属バットで僕を殴打。僕の頭蓋骨破壊。タクシーに逃げ込む。
 
タクシーに乗ってる最中、なぜか旅館に財布を忘れたと叫び出す僕。降ろしてくれと運転手に懇願する僕。頑として降ろさない運転手。降ろす降ろさないの悶着をしていると前を走っていたベンツに激突。怒ったヤクザが車から降りてくる。
 
運転手射殺。僕逃げる。山の方へ逃げる。逃げている最中なぜか旅館に拳銃を忘れたと叫び出す僕。そのとき携帯が鳴り職場の調理兼事務室が火事だと。職場に調理兼事務室などあったのかと半信半疑で職場に向かう途中、3人のお婆さんが暮らしている窓開けっ放しの家があってそこを覗くと座布団が燃えている。
 
眠っているお婆さん3人を必死に起こすんだけど起きないので一人で座布団の炎を消す。職場に向かう。調理兼事務室はもう鎮火して集まった職員は調理兼事務室で宴会を開いている。
 
ビールを勧められたが旅館に財布と拳銃を忘れたことを思い出して旅館へ向かうが旅館は先程のヤクザたちに占領されている。しょうがないので再び逃げる。また山の方へ逃げる。ほんと必死。なぜか必死。温泉あった。
 
混浴の温泉あった。カップルじゃないと入れない。ここに逃げよう。受け付けで並んでいた中学生らしきカップルの男に「未成年はここには入れないんだよぅ。だから僕がこの女と温泉に入る」と無謀な脅しをかけてやはり中学生らしき女と温泉に入ってなぜかセックス。
 
セックスの最中にヤクザが入ってきて大声で叫び出して「私やっぱり彼氏と温泉に入っとけばよかった」なんて女が悠長なことを言い出すので、裸の女を抱きかかえてしつこいくらいにまた山に逃げ出す。後輩から電話「調理兼事務室が火事なんです」さっき鎮火しただろ! と怒る僕。怯える女。発砲するヤクザ。目覚めるとお昼休みはウキウキウォッチン。
 
2003年11月24日(月)  渓流近く。
 
先日、パソコンが壊れて、壊れたというか削除してはいけないファイルを削除してしまったようなので取り敢えず彼女に電話して泣き言を言ってシャワーを浴びて本棚の整理をしてからリカビリCDを挿入して再リカバリを試みた。
 
あっという間にパソコン直った。
 
このパソコン、もう3年以上使っている。そろそろ新しいパソコン欲しいなぁ思い立ったら吉日だよなぁ。と気付いたらビックカメラの店内に。
 
高いなぁ。どれも高いなぁ。欲しいなぁ。新しいパソコン欲しいなぁ。その前に暖かい扇風機欲しいなぁ。ハロゲンヒーターっていうのこれ? マイナスイオン発生器付きだってこれ?
 
「マイナスイオンには空気中のチリやホコリなどの汚れを中和させる力もあり、爽やかできれいな空気を作ります。森の中や渓流近くのようなさわやかな空気をお部屋にお届けします。」
 
必要ないなぁ。「渓流近く」ってどういう定義なんだろう。最近なんでもマイナスイオンだなぁ。マイナスイオンって水滴が弾くときに発生するやつでしょ。だから浴室はマイナスイオンが多いんだって。
 
だから浴室の空気中のチリやホコリはマイナスイオンによって中和されてるんだよ。だけど何? 何あれ。うちのユニットバスのトイレとシャワーの部分をさえぎるビニールのカーテン。何あれ。何カビとか生えてんの。シャワー浴びたあとカーテンにカビキラースプレーをかけることを心掛けてるけど、ちょっと油断するとすぐカビが生えてくる。何あれ。ムカつく。新しいパソコン欲しいなぁ。
 
2003年11月23日(日)  半年経とうとしています。
 
喧嘩ばかり。彼女が怒っている時、お腹をくすぐれば笑顔が出る。
 
その笑顔に便乗して冗談などを言うと、笑顔に便乗した冗談で彼女も笑顔。
 
笑顔に便乗した冗談で笑顔が出て僕は駄目押しのように下らないことを言う。笑顔に便乗した冗談で笑顔で駄目押し。
 
笑顔に便乗した冗談で笑顔で駄目押しされた彼女は呆れてしまう。笑顔に便乗した冗談で笑顔で駄目押して呆れる。
 
笑顔に便乗した冗談で笑顔で駄目押しして呆れられた僕は柳に風の如く鼻歌を唄う。笑顔に便乗した笑顔で駄目押して呆れて鼻歌。
 
笑顔に便乗した笑顔で駄目押して呆れて鼻歌を唄う僕に彼女は再び怒りだす。笑顔に便乗した笑顔で駄目押して呆れて鼻歌唄って怒り。
 
彼女が怒っている時、お腹をくすぐれば笑顔が出る。
 
その笑顔に便乗して冗談などを言うと、笑顔に便乗した冗談で彼女も笑顔。
 
付き合い始めて半年が経とうとしています。
 
2003年11月22日(土)  ハラニイチモツ。
 
「あなた私んちのトイレでウンコしたことある?」
「当たり前じゃないか人間だもの」
「あなたがトイレ使うようになってからトイレットペーパーの消耗が激しいのよねぇ」
 
なんて失礼なことばかり言う彼女と『Kill Bill』という映画を見に行きました。馬鹿馬鹿しさ全開でした。日本が舞台になっていますが日本にあって日本にあらず。タランティーノ監督から見た「ちょっと間違ってる日本」これがまたいい。拳銃なんて野暮なものは使わずに主人公も敵もみんな刀。あと鎖鎌みたいなやつ。
 
あんまり書いちゃうとネタバレが危惧されるので映画の話はここまでにします。見たい人は絶対見たほうがいいし見たくない人は見なくてもいい。そんな映画です。見たいと思っているあなたは明日にでもGOGO夕張です。
 
映画館を出た後、早速『Kill Bill』のサントラを買いに行きました。映画を見たらサントラも買いたくなる。そんな映画です。やっぱルーシー・リューよね。えぇ。やっぱりルーシー・リューよ。ヤッチマイナ! ハラニイチモツ! 映画に影響されてそんなことばっかり言ってる彼女です。
 
足りないところを補っていく。こういうことも恋愛の一つの機能であります。しかし僕たちは二人とも朝が弱い。明日は9時に起きるぜ! 私なんか8時に起きるわよ! 僕なんて7時からそこの公園をジョギングするんだぜ! 私なんて6時に味噌汁作るんだから! といういつもの問答をした後、腕枕ちょっと首痛いなんて小言を言われて眠りに就いて目覚めるとお昼休みはウキウキウォッチン。
 
私は8時から目覚めてたわよ。目覚まし止めたのは僕じゃないか。あなた止めてすぐ寝たじゃない私はそれから布団の中でずっと起きてたのよ。いや、僕も一回、いや三回くらい起こしたよ。あなた起こすだけですぐ寝ちゃうじゃない。三回も起こしたんだからそん時は起きてたんだよ。まぁいいわあなた私んちのトイレでウンコしたことある? 当たり前じゃないか人間だもの。あなたがトイレ使うようになってからトイレットペーパーの消耗が激しいのよねぇ。なんだとこの野郎!
 
午後1時。
 
2003年11月21日(金)  夜勤。深夜3時。
 
夜勤。深夜3時。ナースステーションから何をするでもなく、ぼんやりと病棟の廊下を眺めている。
 
廊下には徘徊する老人が2・3人。皆昼間は眠っていて夜に精神活動が活発になる人たち。眠剤で眠らせるには遅すぎる時間。部屋へ誘導してベッドに戻すことも無意味。だから僕はぼんやりと彼等を眺めている。
 
時々ナースステーションに入ってくる。僕を見るなり「皇居の方角はどっちかね?」「えっと、あっちかなぁ。いや、こっちだと思いますよ」患者さんは僕が指した方向へ振り向き「日本列島万歳!!」日本列島?
 
「飯はまだかね?」
「9時間前に食べたばっかりじゃないですか。あ、だけどいいこと教えてあげます。あと5時間でご飯がくるんですよ。あと5時間待つだけで今日は、えっと、ちょっと待って下さいね。あと5時間待つだけで、今日は・・・・・・朝から秋刀魚の塩焼きが食べれるんですよ」
「そうかね。今日は秋刀魚かね」
「そうです。秋刀魚です。あと5時間で」
 
そして患者さんは何事もなかったように徘徊の続きを始める。
 
僕はいつまでも小さな誘導灯しか灯っていない深夜3時の暗い廊下を眺めている。老人達は失ったものを探すようにいつまでも下を向きながら歩きつづけている。
 
2003年11月20日(木)  胸やけたい。
 
昨日の続き。前夜仕事帰りに飲みに行ったおじちゃん達は翌朝決まって「頭が痛い」だの「胃がもたれる」だの「胸やけがする」だの職場では仕事の愚痴を言えばいいものの、自分の身体に対する愚痴ばかりで、昼食になっても「あぁ俺は、俺は今日は食えないよ俺は。胸やけがひどいんだよ俺は」なんて言いながら休憩室のデスクの上にぐったりしている。
 
そこまで具合が悪くなるんだったらお酒の量を調整すればいいのに、やれビールだ、やれ酒だ、次は焼酎だ、秋刀魚も食いたいうどんも食うぞ俺は。なんて張り切ってるから翌朝身体はボロボロ。ちょっぴり可哀想です。
 
しかし僕は「胸やけがひどいんだ」という言葉にひどく憧れるのです。言ってみたいのです。だけど「胸やけ」という状態がいまいちよくわからないのです。胃もたれはわかる。食べ過ぎたり油物を摂り過ぎた翌日はよく胃がもたれるからね。だけど胸やけはよくわからない。胸がやけない。食べ過ぎても飲み過ぎても翌日胸がやけてしまったってことはこの27年間1度もない。なんだか酒を飲んだ翌日にひどく憂鬱そうな顔をしながら「あぁ俺は。俺は昼飯は食えないよ俺は。俺は胸やけがひどいんだ俺は」と言ってこそ、一丁前の大人になるような気がするのです。
 
午後になってもその苦痛に満ちた表情が消えない看護助手さんの後ろ姿を見つめながら「あぁ、格好いいなぁ。僕も胸がやけたいなぁ」と切に願っているのです。
 
2003年11月19日(水)  ピラミッド。
 
病院というものは、いや、病院だけではなく社会というものはどこもある程度はそうだと思うけど、ピラミッド構造で成り立っていて、病院というものは簡単にいうと、医者、総婦長、婦長、主任、看護師、准看護師、看護助手という具合に成り立っているのです。
 
僕は看護師で、その下に准看護師と看護助手がいるんだけど、年齢のピラミッド構造で表すとこの病棟では僕は最年少なのです。27歳にして最年少。でも病院のピラミッドでは上から4番目。ということは年下の人にも指示を出したりしないといけない。ここに僕の苦悩があるのです。
 
そんなこと言っても、まず僕は年上の人に指示を出すことができない。前の職場でも後輩にさえろくに指示を出せなかった僕が、両親と同じくらいの年齢の人に指示をだせるわけがない。
 
「ヨシミさんこれどうすればいいですか?」
 
なんてお父さんくらいの年齢の人から言われた場合、僕は答えに窮してしまい、「あ、あぁ、それ、それは、僕がやりますので」なんてしどろもどろに答えてしまう。
 
この病棟の人たちは実に飲み会が大好きで、好きで好きでたまらなくて僕も好きで好きでたまらない方なのでお父さんくらいの年齢の看護師さんや助手さんに「ヨシミさん、今日帰りに1杯どうですか?」なんて誘われると二つ返事でOKして、駅前のいつもの居酒屋で自衛隊派遣だの民主党が強いだの競馬がどうだの僕の興味のないことばかりを話すので興醒めしてしまうけど、そんな興味のない話でも傍らにビールがあれば話は別で随分楽しく聞くことができる。
 
で、お父さん達はすぐに酔っ払う。職場では看護助手さん。2倍くらい年下の僕に「ヨシミさん」と呼ぶ看護助手さんが酔うと一変。「おいヨシミ! 生頼んで来い」「あ、あぁ、すいませーん」「頼むよーヨシミちゃーん!」なんて居酒屋ピラミッドでは僕が一番下っ端であって、案外そういう時の方が僕の顔は生き生きしている。
 
2003年11月18日(火)  ファミマクラブ。
 
新しい原稿の依頼がきて、今年の大晦日も来年の正月も休日返上で執筆作業に没頭しないといけないけれど、モノを書けるという嬉しさ! 欣快の至りでございます。んが! 一番被害を被るのは誰でもない僕の彼女でございます。
 
んで! クリスマスは! クリスマスは短編小説のことなど忘れて、愛に没頭するつもりです。がぁ! 僕はフリーライターという以前に看護師でございます。前の職場で看護主任だったとしても今は新米看護師。クリスマス休みほしいんすけどー。なんて婦長さんに軽々しく言えない立場なのです。
 
だからクリスマスも大晦日もお正月も、結局仕事をしているのです。一番の被害者は彼女なのです。
 
会員の皆様には大変なご心配とご迷惑ををおかけしておりましたが、本日、ファミマ・クラブ会員情報流出に関して調査結果を発表させて頂きました。
 
調査の結果、ファミマ・クラブ会員約140万名のうち、昨年の10/17現在のパソコンのメールマガジン購読者会員情報(18万2780名)の全部または一部が流出したと判断致しました。
 
ファミリーマートを信頼し、ファミマ・クラブに登録いただいた会員の皆様の信頼を裏切る形となりましたことを深くお詫び申し上げます。
 
大変なことになった。大変なメールが届いた。僕の個人情報が流出してしまった。特異な性癖とかお湯沸かすの面倒臭くて水が入ったコップを電子レンジで温めていることとかバレてしまうかもしれない。
 
その前に僕いつファミマ・クラブに入会したの?
 
2003年11月17日(月)  無自覚な冷酷。
 
昨日山手線で新宿から池袋へ向かっているとき「線路上に人が入り込んだので現在確認しております」というアナウンスが流れ、10分程電車が止まった。今日の仕事帰り「人身事故が発生しましたのでダイヤが乱れております」というアナウンスが流れた。
 
東京はいつもだれかが飛び込み自殺を企んでいる。朝のニュースを見ていると毎日のように流れるテロップ。「○○線、人身事故の為上下線不通」コーヒーを飲みながら、あっ、また誰か死んだと思う。事故が起こった沿線が身近な沿線だと、自殺した人と不思議な繋がりを感じる。
 
いつも誰かがこの線路上で自らの命を絶とうとしている。今日は自殺の多い日月曜日。停まった電車の車内。乗客は一斉に携帯電話を取り出す。
 
「人身事故だってさ。ついてねぇよ」
「すいません。今日30分程遅れます」
「なんでこの沿線で死ぬんだよ」
「朝から事故とかありえないし」
 
誰一人として人が死んだことについて悲しもうとしない。自ら命を絶つ意味を考えようとはしない。一人の死は「人身事故」という概念に収められ、乗客はそれを嫌悪する。ここの人間の冷酷さ、そう、この無自覚な冷酷さが、この場所には漂っている。
 
2003年11月16日(日)  死体に触れた手で。
 
明日は早く起きようね起きようねといつもの問答の末眠りに落ちて目覚めると午前10時半。「僕は先に起きてたんだ」「私の方が先に起きたわよ」「僕はキミを起こしたけれど起きなかったんだ」「あなた私が起こしたら文句言ったじゃない」といつもの問答を始める休日の朝。今日は東京国際フォーラムで開催されている『人体の不思議展』に行ってきました。
 
展示されている人体は全て本物。かつて生きていた人たちばかり。しかもかなりリアル。プラストミック人体標本というものらしく、匂いもなく、手で触っても汚れる事なく、また弾力性に富み、じかに触れて観察でき、常温で半永久的に保存できる画期的な人体標本。
 
かつて生きていた人間が皮膚を剥がされ筋肉を露わにされたり、筋肉までもぎ取られ骨格だけになっていたり、内蔵をすっぽり抜かれていたり、縦に横に斜めに切断されていたり、いくらこの人たちの生前からの意志に基づく献体によって提供されたとしても、こんな扱いされるとは思っていなかっただろうな。
 
しかし不思議なことにこの人体標本、本当にリアルなのだがなぜか恐怖を感じない。なぜか。様々な標本を眺めながらずっと考えていた。皮膚を剥がされ頭部を切断されたこの人体標本は表情がなくひどく無機質な感じがするのだ。そこで僕は気付いた。
 
この死体にはストーリーがないのだ。ガラスケースに閉じ込められた死体に背景を感じないのだ。
 
例えばこの人体標本がマンションの階段の踊り場に転がっていたとする。怖い。なぜここで死んでるんだ。何があったんだ。殺されたのだろうか。いつ殺されたのだろうか。ほら。死体を見ていない。死体を見た人はその場で様々な思いを巡らすだろう。死体を見た人は実は物語を見ているのだ。
 
恐怖は対象そのものに感じるのではなく、その後ろに存在するものに感じるのだ。
 
会場の最後に「生の標本に触れてみよう」というとんでもないコーナーがあったが、見学者は躊躇せずペタペタとその死体の露わになった脳に骨に腸に肉に触れていた。そこに恐怖は微塵も存在しなかった。
 
「次どこ行く?」
「丸ビル近いから行ってみましょ」
 
会場を出たあと手を繋いで彼女と丸ビルに買い物に行った。
死体に触れた手で。
 
2003年11月15日(土)  もんそがんじゃ。
 
仕事帰り、彼女と月島に行ってもんじゃ焼きを食べに行きました。最近知ったことだが、うちの最寄駅の沿線上に月島もあるらしい。ということは電車1本でもんじゃ焼きを食べにいけるという特典が付いていたのです東上線は。いつの間にか有楽町線になってたりするんだけどね。
 
まず1件目。1軒目と書いたからには2軒目も存在するわけで、まず1軒目でもんじゃを1個食べて、次の店に行ってもう1個食べようじゃないかという企み。だって「元祖もんじゃ」「もんじゃ焼き元祖」と、どの店の看板も「元祖」を謳っているのでこの件について彼女に問いてみたところ、
 
「月島がもんじゃ焼きの元祖ってことよ。だからもんじゃ発祥地に店を構えているところはみんな元祖なの」
 
と尤もなことを言ったけれど、実のところよく意味がわからなかった。よくわからなかったので月島商店街を歩きながら「がんそもんじゃ がんそもんじゃ がんそもんじゃ」とリズムに合わせて口ずさんでやがて「もんそがんじゃ がんそもんじゃ もんそがんじゃ」と出鱈目なことを言い出したら「あなたちょっと離れて歩いて」と彼女が言ったのでしばらくの間離れて歩いた。
 
1軒目の店では「もちチーズ明太もんじゃ」と何が何だかわからないトッピングのもんじゃを注文して「焼き方わかりますか?」の店員の問いに彼女が「はいわかります」と答えて何もしないので僕も彼女に「焼き方わかりますか?」と店員と同じ問いをしたところ僕には「わかりません」と答えるので困ってしまい結局店員を呼んで焼いてもらった。
 
1軒目は彼女の好みのもんじゃを食べたので2軒目は僕に選ばせて下さい。えっと、この「ネギもんじゃ焼きに梅のトッピングお願いします」と言ったところバイトの学生らしき店員、「は?」と間抜けなお返事。
 
「梅もんじゃにネギのトッピングでいいですか?」
「いや、ネギもんじゃに梅のトッピングです」
「値段は一緒なんですけどね」
「じゃあ中身が違うんですか?」
「いや、値段も中身も一緒です」
「じゃあネギもんじゃに梅のトッピングでいいじゃないですか」
「あ、あぁ! そうか! そういうことか!」
 
と全く噛み合わない会話をして何がなんだかわからないままもんじゃを焼こうとすると彼女、彼女がいたくこの学生バイトマンを気に入ったらしく、
 
「さっきのあの人たち修学旅行生ですか?」
「1日どのくらい焼くんですか?」
「お客さん多いんですか?」
 
などと僕ソッチノケで質問責め。僕に言うことといったら「あのコかわいい〜」とそれだけ。店を出ると雨が降っていたのでローソンで傘を買ってあいあい傘して帰りました。
 
2003年11月14日(金)  教えておくれ冬の空。
 
何年か前の日記にも書いたような気がするけれど、未だ明確な回答を得られていないのでまた書きます北海道生搾りを飲みながらマイルドセブンライトをふかしながらふくらはぎを掻きながら。
 
冷房の22℃は涼しいのに、暖房の22℃は暖かいってどういうことなんだ。同じ22℃になぜ涼しい22℃と暖かい22℃があるんだ。これは愚問なのか? 何か恥ずかしいことを言っているのか? それでもいい。聞かぬは一生の恥だ。この謎が解けなければ死んでも死にきれない。
 
うちのエアコンは電子レンジと同時に起動すると一瞬でブレーカーが落ちる。なんかこれと関係があるのか。多分ないけど、じゃあどうすればいいんだ。教えておくれよコーンスープの適切なお湯の量を! 少なすぎるとなんか底に黄色い泥状物が溜まるし多すぎるとお湯の味しかしない。
 
あと玉子ご飯にかける醤油の量を教えておくれ冬の空。もうこれ以上何も望まないから教えておくれインスタントコーヒーの適量を。以上のことを教えてくれたら僕は抜本的な幸福を得ることができると思うんだ。ピラミッドとかアスカの地上絵の謎なんて大きすぎてどうせ誰もわかんないんだからせめて神様教えておくれ、米は何回といだら炊飯ジャーに入れていいんだ。クイックルワイパーの替え時も知りたい。
 
2003年11月13日(木)  1週間。
 
新しい職場で問題らしい問題といえば食堂で食べる昼食が実に少ない味気ない。病院食だからしょうがないんだけど僕は育ち盛りなんだしさ。精神的な育ち盛り。心の病をケアするってのは実に消耗が激しいのです。なんていうんだろ、自分の気持ちを素直に患者さんに伝えるっていうか、信頼関係を築くまでの過程というか、いつも笑顔でいることとか、結構辛いのですよ。だからお昼ご飯はいっぱい食べたい。休日など1日1食で事足りるのに職場にいると1時間に1回空腹を訴える。
 
うちの病棟は心のケアだけではなくて、痴呆老人のケアもするわけですが、出勤早々患者さんの顔を拭いたりオムツを変えたり幻覚幻視の世界に没頭したり、午後は暖かい日差しが差す病室で患者さんの爪を切ったりしていると、あぁこういう仕事っていいなぁとしみじみ感じてしまうのです。
 
実は出勤3日目で病室の受け持ち、しかも一番重症の患者さんがひしめく病室を1人で受け持つことになって、こういうことは他の病院ではまずありえなくて、どうしようどうしましょうできるわけないじゃん普通になんて思ってましたが、婦長さんの「あなたはプロだからできるでしょう?」と実にこの病院の新米看護師である僕を試すような発言! 目の色が変わる。ここで結果を出せば今後のこの病棟での活路が見出せる。7年間の看護経験を甘く見るんじゃないよと張り切って張り切って腹が減ったが食堂のご飯が実に少ない。
 
この病院に勤務して1週間経ったが、僕はもういっぱしの看護師になってます。心配御無用。病棟全ての患者さんの病状を把握しています。というと少し誇張した表現になってしまうが、だいたい把握してます。どんな仕事を任されてもこなしていける自信がありますがご飯が少ない。
 
2003年11月12日(水)  いい肉の日。
 
昨日、11月11日は昔付き合ってた彼女の誕生日であります。好色一代男を読み返してみると2000年の11月に付き合ってた彼女でした。もう3年経つのかぁ。1年近く付き合ったけど1度も喧嘩しなかったよなぁ。
 
現在。来るべく11月29日は現在の彼女の誕生日であります。
 
「ねぇ、覚えてる?」
「覚えてるよ明日6時に池袋駅の東口でしょ」
「違うよぉ。明日のティッシュ配りのバイトの話じゃなくって」
「え? 誰が? 僕がティッシュ配りするの?」
「えぇそうよ。クリスマスどっか旅行行きたいから少しでもお金貯めなくちゃ」
「わかったよ。じゃあ配るよ」
「私踊る」
「えっ、武富士?」
「私の誕生日よ」
「意味わかんないよ。11月29日でしょ」
「それどこの女の誕生日よ」
「えっ、キミの誕生日だよ。ちゃんと覚えてるよ『いい肉の日』って」
「なんで『いい肉の日』なのよ。私は『肉の日』よ」
「えっ、そうだったっけ? キミがあまりにも綺麗な肉だから『いい肉』って勘違いしちゃったみたい」
「いい肉って誉め言葉じゃないわよ」
 
というわけで僕は現在の彼女の誕生日を間違えて記憶していました。恥ずかしいやら情けないやら。今の彼女は喧嘩ばかりするけど、そうねぇ3日に1回の割合で喧嘩します。僕逆上します。皿とかコップとか投げてドメスティック且つバイオレンスな恋愛をしておりますが、彼女は非常に論理的な性格なので喧嘩も論理的に展開することに長けております。言葉では適わないので暴れる力に走るのです。ちぎっては投げちぎっては投げ。
 
ほんの数ヶ月前、彼女と別れたという内容の日記を書いて数日後には縁りを戻し、やってることが高校生とかわんない! とか思ったりしましたが戻ったものはしょうがない。戻ったなりにこれまでを反省し、妥協点を見出し、より一層愛を深める所存であります。
 
2003年11月11日(火)  泣きっ面に蜂。
 
今までテレビなんてろくに見もしなかったのだが「番組が表示されない」という現状に苛立ち、どうしてもテレビが見たくなってくる。
 
今日隣の部屋の女の子に会ってうちはテレビが見れないけどキミの部屋はどうかと訪ねたところ、私も聞こうと思ってました映らないのは私のテレビだけかと思ってましたと言うので変に安心して、大丈夫そのうち直るよなんて何の根拠もないことを言ったけれども直らない。どのチャンネルも砂嵐。
 
部屋にいても苛々は募るばかりツタヤに行ったビデオを借りた早速見ようと思った午後8時デッキの中にビデオが詰まった。
 
グゥギュルルゥゥゥ。と妙な音を立ててビデオの再生も早送りもできない。取り出すことさえできない。泣きっ面に蜂。デッキからは相変わらずグゥギュルルゥゥゥと人の不安をかき立てる音を鳴らしている。ビデオテープがダメになっちゃうかもしれない。
 
分解する。ビデオの分解も初めてだが、僕は今日、もう一つ貴重な初体験をしました。ビデオの分解作業中、デッキの深くて複雑な精密機械の部分を指で触れた瞬間、感電しました。指から首筋あたりまでギーーンてなりました。ギューーンてなりました。
 
感電した瞬間からこのビデオデッキが何か生き物のような気がしてきて、今にも噛み付かんばかりの電流を再び流しそうな気がして、分解したまま、本棚の前に置いている。コンセント抜いて修理すればいいのに、まだ繋がったまま。もうあの電流でやる気が失せました。分解したところで修理できる自信なんて最初からないくせに。
 
2003年11月10日(月)  テレビうつらない。
テレビが壊れた。正確にいうと壊れてない。多分このマンションのアンテナに何かしらの障害が生じたのであろう。どのチャンネルをまわしても砂嵐と不愉快な音。イライラしてくる。
 
いつも「次CMに入ったら風呂に入ろう」「っていうかこのコーナーが終わってから入ろう」「もうこのコーナーまで見たから最後まで見よう」などと自分で自分を欺きながら風呂に入ることを延々と先延ばししてるのに今日はテレビが見れないので早目に風呂に入った。いつもの日常のリズムと異なる状態に髪の毛を乾かす僕は途方に暮れ次にどんな行動を起こしたらよいのかわからなくなる。鼻糞とかほじる。
 
「そういう時間を私の為に使って」
 
と、いつか彼女は言った。いくら自堕落な僕も鼻糞をほじる時間を彼女の為に使おうとは思わない。「テレビが見れなくて早目に風呂に入って鼻糞をほじっている時間」と「彼女と過ごす時間」を並べて考えようとは思わない。ほじるときはほじる。やるときはやる。やらないときは勃たない。
 
畜生。大家に電話したろか。隣の部屋の女性に電話して番組が表示されているか確認したいけど多分バイトだし。イヤだなぁ。僕の部屋だけテレビが見れないのってイヤだなぁ。みんな見れないでほしいよなぁ。このマンションの住人全部。つーか日本人全部。みんな見れなかったら安心して小説でも読むんだけどなぁ。
 
大家に電話したいけれども。先月僕は鹿児島に行っていて、ついうっかり家賃の振込みを3日程遅れてしまってあぁいけねぇいけねぇとペロッとオチャメに舌を出しながら銀行に行かんといかんなぁ。などと考えていた矢先、携帯が鳴る。
 
「家賃の振込みが遅れてますので速やかに振り込んで下さい」
 
もう振り込む気ゼロ。勉強しようとした矢先、お母さんに「あんた宿題終わったの!」と言われることと同じ。自ら産出したある決意を第3者によって忠告された時ほど無力感に支配されることはない。もうヤダ。振込みたくない。自暴自棄になっちゃった。と思いながらも自らを奮い立たせ即日振込みを終了させたわけだが、そんな3日遅れたくらいでワーワー言う大家にテレビが表示されないと電話しようとするものなら、
 
「なんだいテレビテレビってうるさいねぇ。家賃振込むの遅れたくせに」
 
なんて思われそうで電話できない。怖いから。「そんなに文句言うのなら出ていきな」なんて言われたら僕はどこに行けばいいんだろう。彼女にマンションに行こうかしら。あぁ駄目だ駄目だ。
 
「あなたの寝相の悪さには驚くばかりだわ」とか「あなたのイビキの騒音で私寝不足だわ」とかいちいち人の睡眠に対して文句ばかり言うので、結局僕はどこに行っても小言を言われる。だから砂嵐を眺めながらハハハ、ヘヘヘなどと笑ってみたりする。寂しいなぁ。
2003年11月09日(日)  ワトソン君とプーチン君。
 
仕事帰りの電車の中、僕の前に立っていた女子高生3人組が世界の首都を答えるクイズというものをやっていた。
 
「アメリカは?」
「ニューヨークでしょ」
「違うよ、シカゴ? あの車造ってる工場があるとこ」
「デトロイト!」
「そうそうデトロイトっぽくない? シカゴかデトロイトだよ」
「正解はワトソンです」
「あー! そっかー! つーかアメリカの首都とか私たちに関係ないからー!」
 
なんて会話してる。アメリカの首都がワトソン! 答えがワトソンで収まってしまった! どうしようワシントンって教えてあげたい。今後この娘達はどこかで絶対恥をかく。シカゴやデトロイトならともかく、胸を張ってワトソンって答えて皆の笑い者になるかもしれない。もとい乗車率80%くらいのこの電車内の中で大声でワトソンと言ったこと自体、もう恥に晒されているわけだが。
 
「じゃあロシアは?」
「ロシアってあそこでしょ。雪降ってるソ連のことでしょ」
「そうそう」
「じゃあソ連じゃん」
「ばかー違うよーソ連って昔のロシアの名前でしょー。私知ってるよーこの前授業で習ったもーん。ロシアの首都はペレストロイカよ」
 
!!
 
「ペレストロイカー? なんか違うっぽくないー?」
「うん。全然間違い。正解はプーチンよ」
 
プーチン! なぜペレストロイカとかプーチンとかの名を知っていてモスクワを知らない! この娘達はギャグで言っているのだろうか本当の馬鹿なんだろうか考えるまでもなく答えは後者。だって
 
「ロシアの首都とか私たちに関係ないからー!」
 
ほらね。
 
2003年11月08日(土)  恋愛ジェネレーション19。
 
実はまとめて日記書いてます。4日分まとめ書きです。好色一代男は毎日その日その時の気分で書かなければ意味がないのに、4日分まとめて書くとは何と愚弄な行為であろうか。
 
忙しさを理由にパソコンには見向きもせず、長嶋ジャパン率いるドリームチームに感動しながらブラウン管にかじりついて、タバコを吸いながらビールを飲んでいる平日の夜。そこには忙しさの欠片もない。彼女に電話をすれば喧嘩する。仲直りしてまた喧嘩する。恋愛レボリューション27歳と恋愛24シュミレーション。
 
東京寒いかなと思って帰って来たら意外と寒くない。外出しても長袖Tシャツにジャケット1枚で1日過ごせる。職場は暖房が効いているので半袖の白衣でも大丈夫。しかも僕は最近めっきり精神的に強くなったので、今後僕の上に100人の女性が乗っても大丈夫。でもセックス嫌悪論を発表した僕に浮世の女性は僕の上に乗ることはおろか、振り向いてさえくれないだろう。
 
また自転車の空気を抜かれた。同一人物の犯行だと思うんだけどなぁ。僕が停めてた自転車の列は全て後ろタイヤの空気が抜かれていた。いやだなぁ犯罪都市って。不健全な精神っていやだなぁ。僕みたいにさ、朝6時に起きてさ、シャワー浴びてさ、今日の占いカウントダウン見てさ、今日の最下位の星座は獅子座のあなたですと言われたと同時に一気に凹むような奴は、世の中に従順な清らかな生き物だと思うのです僕は僕なりに僕らしく。
 
2003年11月07日(金)  白衣を着たバナナ営業マン。
  
というわけで看護師してます。まっとうに働いてます。こっちに引越してきてから、えっと、まず雇用保険を貰いながら廃人同様の生活をして、このままでは本当の廃人になってしまうと危惧し、バナナ工場で働いて、時給に見合わない就労環境に愕然とし、ほんの2・3日で身体を壊し、心は廃れ、バナナは腐れ、心機一転スーツをまとい、営業マンになるが、営業成績を上げれば上げるほど良心が触われ、一気にうつ状態になり、契約が切れたと同時にスーツを脱ぎ捨てる。
 
その短期間ながらも波乱万丈な人生の最中、同時にフリーライターとしての仕事も2・3抱えており、地方の雑誌のコラムや、なぜか占いコーナー、そしてゴーストライターとして、短編小説を1作書き上げました! でもね、ゴーストライターだから僕の名前は出ないの。今現在本屋に並んでいるどれかの小説は、僕が書いてます。ホントです。ゴーストライターは決して表に顔を出してはいけないので、どの作家の名で小説を書いてるかは秘密です。信用第一の世界なのです。
 
で、紆余曲折の末、看護師してます。やっぱり白衣が一番落ち着きます。バナナを乗せるよりも、お客さんに頭を下げるよるも、夜も寝ずにキーボードを叩いているよりも、患者さんと話をしているときが一番楽しいのです。フリーライターとしての活動は今後も続けていきます。僕は書くことでしか自分の存在を確認できないのです。なーんてね。
 
2003年11月06日(木)  貪る女。
 
空いている電車の中でたまに見かける車内で物を食う女。あれは一体何なんだ。男は電車の中でおもむろにクッキーや菓子パンやハンバーガーを取り出して食べたりなんかしない。車内で物を食うのは昔から女と決まっている。しかも若い女。花も恥じらうような若い女が周囲の冷たい視線も恥じずに車内でハンバーガーを食っている。あれは一体何なんだ。
 
この光景を見て見苦しいと思う僕はもう歳を取ってしまったのかもしれない。電車内で飲食。旅行中であれば車内で食う駅弁にも情緒を感じる。しかしあの女達ときたら遊んだ帰り学校の帰り仕事の帰りにブランド物のバッグの中から平気でフィレオフィッシュバーガーやフレンチクルーラーを取り出して人目もはばからず食べ始める。
 
食べるという形容を使うのも嫌です。あれは食べる、食する、摂取するなどの普遍的な言葉では形容できない。女達は電車内でハンバーガーを「貪って」いるのだ。むさぼる。ね、ピッタリでしょ。車内で携帯片手にハンバーガーを貪る女。
 
新着メールを問い合わせながらいつまで経っても届かないメールにイライラして次第に腹が減ってきて食物を貪りたくなってくる。実に自分のニーズに忠実じゃないか! 本能の赴くままに行動してるじゃないか! JRの車内で。猿が。猿女が。MDウォークマンのイヤホンからベース音を漏らしながら! 阿呆が。
 
キミ達はマズローの欲求段階について考察したことがあるのか! ないですか! ならいい。
 
2003年11月05日(水)  スタート切った。
   
真新しい白衣に身を包み、肩の力が抜けぬままナースステーションに入る。
 
「今日からこの病院に勤務することになったヨシミです。よろしくお願いします」
 
都内のとある病院。今日から僕はここで働くことになった。今まで主任と呼ばれていた僕もここでは全く関係ない。ゼロからのスタート。こっちに引っ越してきてからもう何度スタートをきったかわからないけど、これが正真正銘のスタートになるような気がする。
 
7年間の看護師としての経験は、仕事を覚えることに関していえば、決して損にはならない。新人を担当する看護婦に仕事の流れを教わりながら「ここはこうした方がいいかもしれない」と既に新しい仕事を自分なりにアレンジしようとしている。
 
だけど僕はこの病院のことは何も知らない。過去の誇りなど切り捨てて、新人らしく謙虚に振舞わなければいけない。新人は新人らしく。僕の演技の見せどころだ。
 
「あなたはきっとどこに行ってもその場所で適応できるわ」
 
以前の病院の婦長は僕の破れた白衣のズボンを縫いながらそう言った。簡単なことだ。適応したければ不必要なプライドを捨てればいいのだ。誰にも怒らず不平を言わず不満を飲み込み笑顔を振舞う。たったこれだけで新しい場所にも難なく適応できる。
 
「精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」
 
ナースステーションで深々と頭を下げる。ここではどんな出来事が、時には目の前に立ち塞がり、時には身を潜めて、待っているのだろうか。頭を下げた僕の口元はニヤリと微笑んでいる。
 
2003年11月04日(火)  回路。
世の中意味がわからないことだらけで。
 
進化するということはね、合理化するということなんだよ。太古から人は絶えず進化してきた。実に合理的にね。で、「必要じゃないもの」は失われていったんだ。非合理的なものをいつまでも抱えるなんて合理的じゃないからね。
 
でも中には失ったものの中で、結構大切なものがあったりする。
 
人情とか情緒とかね。
 
絶えず進化していく中で、僕は「それ」を失った。だから取り戻そうとする。だけどそれは、なんだか、どう頑張ってもニセモノなんだよ。真似をしているだけなんだよ。もう取り戻せない。
 
あの時に僕は、僕の中の重要な回路を一つ切った。苦悩を耐える為にそれしか方法がなかったんだ。あの時の選択は決して間違っていない。後で―――それは、今現在なんだけど―――後悔することになったとしても、僕は目の前に立ち塞がる苦悩に耐えることはできなかった。
 
そしてあの時の代償を背負って生きることになった僕がいる。
 
時々、頑張ってみて回線を繋げようとするけど、なかなかうまくいかない。どう頑張ってもそれはニセモノで、薄っぺらい。
 
どうしよう。どうしたらいいんだろう。ずっとこのままなんだろうか。
2003年11月03日(月)  終わって、始まる。
鹿児島最終日。午前中まで実習。午後から飛行機。また胸が痛くなる。
 
「行ってらっしゃい」「行ってきます」という挨拶で皆とお別れ。
「また帰ってきてね」「絶対帰ってきます」それは真実なのかそれとも。
 
空港まで送ってくれた後輩と先輩。
「先輩が帰ってきたらまた焼き肉食いに行きましょうよ」
「今度は釣りに連れて行くよ」
後部座席で窓から流れる景色をぼんやり眺めながら曖昧に頷く。
 
青い白衣を脱いだ時、4ヶ月前のあの思いが甦った。
 
「またどっか行っちゃうの?」
「うん。だけど、ほら、また帰ってくるよ」
「どこに何しに行ってるの?」
「うん。その理由がわかったら僕も楽なんだけどね」
「今度はいつ?」
「そうだね。またあなたが僕のことを忘れそうになったときに帰ってくるよ」
 
患者さんとの最後の会話。僕が言っていることは全てが嘘なのか。僕は誰に真実を語っているのだろうか。僕に真実はあるのだろうか。どこに、行こうとしているのだろうか。
 
東京に帰っても、僕を待っている人はいない。迷ってばかりで待たせてばかりの自分に彼女がとうとう愛想を尽かした。自分のことなんだけど、自分の力ではどうにもできないことばかりで、いろんなものに翻弄されて、それを操っているようで、操られて、表情一つ変えず、毎日毎日ゴメンと呟き、受話器を置いて、再びゴメンと独り言。
 
僕は幸せになれないし、勿論、誰も幸せにできない。
 
東京行きの飛行機は僕の今後の人生を象徴するようにひどく揺れた。勢いよく滑走路を走り、一気に上昇し、厚い厚い雲の中へ。その黒い雲の中は雨が降り稲妻が走っている。窓から見える黒い景色を眺めながら、膝に置いた手に力を入れる。
 
ひどく揺れる。この飛行機は本当にひどく揺れる。
 
僕を迎えているようで、お前には不似合いだと言っているような東京の夜景が見える。肩を落とし一人で搭乗口を出て、一人で手荷物受取り所へ。羽田空港の喧噪は僕の杞憂を紛らわせてくれる。
 
また何かが終わって何かが始まった。
 
終わってから、始まる。僕の人生はこのパターンが多すぎる。
 
「おかえり」
 
泣き出しそうな声で、僕はその女性に応えた。
 
「ただいま」
2003年11月02日(日)  暖かい扇風機について。
 
今年の冬こそ買おうと思っているのです。あの暖かい扇風機。あれなんていうんだろ。結構安いでしょ。2980円とかで買えちゃう。リモコン付きだとちょっと割高になるんだけどリモコンを使うような広い部屋じゃないしなぁ。
 
で、あれでどのくらい暖かくなるかってことなんですよ問題は。買った人に聞いてみると皆暖かいって言うんだけどね、なんか嘘臭くって。だってそうでしょ。あの扇風機の形した妙な機械が暖かいわけないでしょ。皆騙されたと思って買ってんだよ。で、騙される。全然暖かくない。だけど騙されたってことが悔しいから、
 
「ねぇ、あの暖かい扇風機使ってみてどう?」
「すげぇ暖かいよ。買って損はないよ!」
 
なんてことを言う。自分の自尊心を守る為に。実際どうなんだろう。僕は真実が知りたいのです。通信販売で毛布を購入したら到着までに1週間かかるんだって。1週間も何も寒いんだよ。まだ夏布団1枚なんだよ。だけど布団と毛布の色は統一したいから1週間我慢するの。暖かい扇風機使って我慢するの。だから僕に真実を教えて下さい。
 
だけどね、実際暖かくてもね、あの形はどうにかならないかしら。冬なのに扇風機の形。情緒もわびさびもないじゃないか。暖を取るか文化を取るか購入者の自尊心を尊重するか。購入までにいろんな問題をクリアしなくちゃいけないのです。
 
2003年11月01日(土)  2分で相手の涙を誘う。
11月になりました。鹿児島の滞在もあと3日となりました。実際は埼玉に帰ってきて3日経つけれど、日記上ではあと3日です。11月1日は何をしていたかというと、そうだ思い出した。講習に行ってたんだ。病院で行うレクレーションとグループワークの講習に行きました。看護婦さん2人と、看護士さんとソーシャルワーカーさんとお医者と。
 
知らない人とコンビを組んでレクレーションをするんです。僕の相手はどっかの病院の看護婦さん。とっても綺麗な子持ちのお姉さん。で、じゃんけんで負けた方が耳たぶもんだり、腰に手を回して肩にタッチしたり、顔と顔を近づけていないいないばぁしたり、説明になってないけどもう合コン状態。
 
「今までで一番感動した話を相手にして下さい」と講師の先生。
 
感動した話ねぇ。
 
「2分で相手を泣かせて下さい」
 
2分! でも大丈夫! キミを泣かせてみせるよ! えとね、もう3年くらい前の話なんだけどね、かくかくしかじかで……。
 
「えーん」
 
ほらね。この話を聞いたらみんな泣くんだ。

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