2002年09月30日(月)  名古屋初日(後編)
ようやくウィークリーマンションに到着。
ぷりさんには運転させっぱなしで非常に恐縮。
交代してあげたかったけど僕はミッション車が運転できない。
もちろん3車線の道路も運転できない。
 
8階の部屋の鍵を開ける。
「うわぁ。何にもないねぇ」とぷりさんの第一声。
「うへぇ。何にもないや」と僕の第一声。とにかくこの部屋には何もない。
小さなベッドと小さなテーブル小さなテレビと妙に臭いバスルーム。
 
とりあえず部屋の収納を開けて何かないか確かめる。
この部屋は何もないくせに収納が多すぎる。10個ほどある収納の引き戸を開ける。
そしてやはり何もない。トイレのティッシュペーパーさえ設置していない。
 
「買い物、行こっか」
 
ぷりさんは本当に優しい。東急ハンズに行って日用品を購入する。
東急ハンズの横には名古屋テレビ塔がそびえ立つ。
せっかく名古屋に来たので昇ってみる。
展望エレベーターの前に立っている従業員の話が一言も聞き取れなかったので驚いた。
名古屋テレビ塔は日本で初めての集約電波鉄塔らしくしきりに「日本初」ということをアピールしていた。
 
しかし名古屋の夜景の壮観さには純粋に感動した。
七色の夜景を演出する「セントラルブリッジ」や遠くに見えるツインタワーや東山スカイタワー、そして名古屋城。
 
発せられる数々の光がここが名古屋だということをアピールしていた。
帰り道、テレビ塔の下の露天に寄って「ベビーカステラ」を買う。
鹿児島の露天じゃベビーカステラなんて売っていない。なんだかとても懐かしくて優しい味がした。
 
居酒屋に寄って夕食を摂る。
あっという間に過ぎてしまった1日だったけど、ぷりさんとはいろんな話をした。
とても純粋で、綺麗で、素朴な感じから時折覗く強い意志と動じがたい魅力。
 
ぷり彼さんとも一年前会ったけど、ぷり彼さんはこんな魅力溢れる女性と知り合えて幸せだなと思った。
お2人さん。いつまでも仲良くしてして下さいね。
2002年09月29日(日)  名古屋初日(前編)
飛行機の出発が約40分遅れて名古屋に到着。
空港ロビーには待ち侘びて立っているぷりさん。約1年振りの再会。
 
「ごめんなさい。遅れたのは僕のせいじゃないんだけど」
微妙に男らしさの欠片もないことを言う。
「はははっ。ご苦労様」
可愛い笑顔で応じるぷりさん。
 
約1年前のオフ会のときはあまり話ができなかったけど
今日はゆっくり話ができる。ぷりさんの車に荷物を載せる。
 
「私、名古屋の道あんまりわからないの」
ぷりさんは少し不安気な声で言う。
「大丈夫、僕が案内してあげるよ!」
実は僕は名古屋が日本列島の何処に位置するのかさえ定かではない。
 
ぷりさんの不安通り名古屋の道は複雑だ。
まぁ僕は何処の道を通ったって複雑に感じてしまうけど。
しかしぷりさんの車のミッションさばきは凄い。
僕はミッション車を運転する女性の助手席に乗るのは初めてで、しきりに「ほほぅ。ほほぅ」と関心してしまった。
 
昼食を摂ってお買い物へ。
名古屋駅に隣接するすごい大きな百貨店(名前は忘れた)ですごいケーキ展が開催されていて
すごい人だかりで、すごい並んですごいケーキを買う人がいっぱいいた。
あんなにすごい並んでまですごいケーキは食べようとは思わない。
ぷりさんはすごいいい香りのするお茶を買った。
僕は東急ハンズでノートを買った。勉強のために名古屋に来たのに僕はノートさえもまだ買っていなかった。
 
その後、ものすごくいい加減で不親切な地図を元に僕が泊ることになっているウィークリーマンションを探す。
運転しながら必死に地図と道路を交互に見つけるぷりさんに対して
僕はあっけらかんとしたもの。「あぁ、きっとこっちで合ってるよ」
なんていい加減なことばかり言って緊迫した夜の道を走る。目指すは「伊東ビル」
 
細い道を通って急な坂を登って一方通行に入りそうになってなぜか突然目の前に大仏が見えたりして
ようやく小さな小さな「伊東ビル」を発見。
 
「すいません。先日予約した者なんですけど……」
「あ、あぁ、ヨシミさんね。はい、これマンションのカギね」
「えっと、マンションの場所は……」
「はい、これ地図。赤い丸のトコに向かって下さい」
「えっと、支払いは……」
「支払いねぇ。ちょっと僕じゃよくわかんないや」
 
ものすごくいい加減な応対をされて支払いもしないままマンションに向かった。
2002年09月28日(土)  名古屋工賃。
現在午後11時を少しまわったところ。
明日の今頃は名古屋のウィークリーマンションのベランダでタバコを吸っているはず。
 
つい先ほどまで友人たちと酒を飲んでいて、ポーカーをして約1万円すられて
タバコを買うお金までなくなってしまって友人のハイライトを黙って取って吸っていたら
気分が悪くなって吐きたくなって
 
「ちょっと吐いてくる」
 
とトイレに向かうふりして店を出て駐車場に向かって車に乗って飲酒運転で帰ってきた。
店の勘定は払ってないけど約1万円もすられたんだし、後の連中が払ってくれると思う。
どうして今日の生ビールはあんなに不味かったんだろう。
 
というわけで午後11時過ぎ。僕はトイレで一回吐いてシャワーを浴びて今こうやってパソコンの前に座っている。
目の周りは真っ赤で他の部分は真っ青で。
鏡を見たら中国の猿のお面みたいになっている。
 
明日から通信大学のスクーリングで名古屋に向かう。5泊6日。
友人から「絶対名古屋こうちん買って来て!」って言われたけど
僕は「名古屋こうちん」なんて知らないので買ってこない。名古屋は「ういろう」と「みそカツ」しか知らない。
 
だけど鹿児島といえば「桜島」とか「西郷隆盛」とか思われるように
名古屋の人も「ういろう」と「みそカツ」ひとくくりにされて
それは、ちょっと、偏見だよ。まだ名古屋には素晴らしいものがいっぱいあるんだ。
と思っているのかもしれない。「名古屋こうちん」だってきっと素晴らしいものであるに違いない。
言葉の響きからして鉄製の銅像みたいな置物のような気がする。それじゃきっと素晴らしくない。
 
こういう燃えるゴミにも燃えないゴミにも出せない古タイヤのような意味のないことばかり考えているけど
実は明日からの旅の準備を全くしていない。
夜の0時をまわったら突然部屋のドアが開いて
 
「旅の準備ならオマカセ!」
 
なんて腰にエプロンと頭にバンダナを巻いたダスキンを配達するおばさんのような人が現れて
あっという間に旅の準備をしてくれることを密かに願っている。
 
それにしても、僕は昔から旅の準備というものが苦手で
5泊6日だったら下着や靴下が何枚必要なのかとか何日にチェックアウトするのかとか
そういうことがよくわからない。
 
わからないからこうして準備もせずに0時にドアが開く瞬間を待っているのだ。
2002年09月27日(金)  エビバーガー18歳。
僕は小さい頃から自立心というか金に対する執着心が強くて小学5年生から新聞配達をしていた。
小学生の間は自転車で配達するので範囲も限られていて、給料も5千円あればいい方だった。
しかし小学生で5千円といえば大金だったし、実際ビックリマンチョコが腐るほど買えた。
そして11歳にして小金持ちの僕は必然的に校内有数のビックリマンシールコレクターとなった。
11歳が浸る優越感には早朝5時からの1時間程の労働なんて苦ではなかった。
 
中学になり成長期真っ只中の僕は、成長し続ける身体を持て余すことなく配達の範囲を広げた。
そして給料が5千円から1万円にアップした。中学生で1万円の給料は大金だったし
当時僕は部活のテニスに夢中になっていて、本気で市内で1位になることを目指していた。
県内とか日本で1位になることは決して目指さない中途半端な目標だったけど
給料が1万円で日本一になるなんて無理だった。
当時の僕はお金によって価値観が構築されていた。なぜか1万円は市内1位が限度だった。
 
高校になり、原付免許をとってから配達範囲は広がり、給料は3万円になった。
雨の日も風の日も朝4時にヘルメットもかぶらずに思春期真っ只中の僕は読売新聞を配り続けた。
3万円の給料は、初めての恋人とのデートするには多すぎる値段だった。
僕達は原付バイクで少し高めのレストランで食事をして季節外れの海岸で的外れの永遠の愛を誓った。
 
高校3年になり、ロッテリアのバイトを始めた。
給料は5万円になり、店員は毎月ハンバーガー半額券がもらえた。
そしてそこの24歳のお姉さんに夢中になって爽々しく清々しい朝の労働を何のためらいもなく辞めた。
そしててりやきバーガーのように甘くて濃密な味のするフェロモンに魅せられて
その24歳のお姉さんに僕はエビバーガーのようにあっさりと食べられてしまった。
 
というわけで新聞配達のことを思い出すとそれに付随してなぜかこの当時24歳だったお姉さんを思い出す。
今では31歳になっているそのお姉さんは、結婚して、離婚して、子供が2人いて
昨日偶然近所のスーパーでばったり再会した。
再会した夜、僕はあっという間に18歳のエビバーガーに戻ってしまった。
2002年09月26日(木)  実験的休日。
部屋の時計を全て止めてみた。
 
昨日、寝る前に部屋の目覚まし時計と壁掛け時計を取って
ビデオのデジタル表示の時計を消して、腕時計を全て裏返しにして
キッチンの壁掛け時計とパソコンの上の置き時計を取った。
 
そして時間に縛られない休日が始まった。
 
朝、自分の意識によって目覚める。勿論時間はわからない。
頼りになるのは、睡眠の充足度。
昨夜は2時に寝て、おそらく7時間は眠ったような気がする。ということは現在午前9時。
「午前9時のような気がする」
この不確定な事実が意味するものは何だろう?
 
時計以外で午前9時を証明するものは何があるだろう。
テレビ?パソコン?そんなのは野暮だ。そういう問題じゃない。
 
窓を開ける。小雨が降っている灰色の空から得るものなんて何もない。
そういえば最近、窓を開けると冷たい風が吹き込むようになった。
もう夜は窓を開けて眠れない。タオルケット1枚じゃ眠れない。下着1枚じゃ眠れない。1人じゃ眠れない。
 
もし、世の中にカレンダーまで消えてしまったら
僕は季節をどのくらい正確に感じることができるだろうか。
時間さえろくに把握できないのに、月日の把握なんてできるのだろうか?
 
午後、友人が遊びに来て僕が今日時間を消して生きていることを話すと
「バッカじゃないの!?暇人!あなたはもっとしなくちゃならないことがいっぱいあるでしょ!
えとね、今5時よ5時!誰が何と言おうと午後の5時よ!わかった?
これはね、動じがたい事実なの。だれもこの時間から逃げられないのよ!」
 
と、あっさりとしかもすごい剣幕で話すので
僕の実験的休日はあっけなく終了の鐘が鳴り響いた。
 
僕の哲学的とかロマンテックとか哀愁とか心理学的とか精神論とか
日常で考えなければ考えなくても済む問題は
やっぱり自分の中だけで処理しないといけない問題であって
そんなもの暇潰しの取り越し苦労であって
 
やっぱり1人でいるより友人と一緒にいる方が楽しいと思った。
2002年09月25日(水)  セクシーな柿。
僕はこれまでの人生で年下より年上の女性の魅力に屈することが多い。
 
ある種の女性はお肌の曲がり角を曲がって数10メートル走ったところで
突然輝きを放つときがある。
これは一体どういうことなのか。なぜ輝きを放つのか。何処が輝くのか。
ファンデーションか?ファンデーションなのか?或いは、口紅なのか?化粧惑星なのか?
 
否。化粧で輝くなんて理由はあまりにも安直だし、単純だ。
化粧が与える影響なんて誰だってわかっている。
 
口紅は青紫のつぼみを真紅の果実に変化させて
眉書きは短いものを延長させて
ファンデーションはありとあらゆる染みを隠匿する。
しかしそれ以上の何物でもない。
シャワーを浴びて効果が切れる魔法なんて、実のところ、あまり意味がない。
 
しかし30代の女性は何故こうも魔性を帯びた魅力を発するのだろう。
秋だから?秋だからなのか?刀のように鋭い切れ味と、魚のような艶しい身のこなし。
秋で、刀で、魚。30代の女性は秋刀魚なのか?これは無理矢理のこじつけなのか?
 
否。30代の女性は秋刀魚ではない。エジソンは偉い人。そんなの常識。パッパパラリラ。
というわけで、季節も秋ということだし、30代の女性は「柿」で決定。
 
熟れた柿。ファンデーションが薄い皮だとすれば、真っ赤な果肉は真実の魅力。
その香りは男を惹き付けるフェロモンとなり、その種は20代にはない芯の強さが窺える。
僕はその薄い皮の切れ目から発せられる甘いフェロモンに魅了される。
 
こういう文章で不倫を肯定化してみました。
だって秋なんだもの。
 
それにしても今年限定のエスカーダのセクシーグラフィティという香水は
これぞ30代!という香りを発します。
その香りフェロモンの分泌を促がしそれが相乗効果となって男性の鼻腔を刺激し
その刺激された神経はやがて脳内に達し、テストステロンという男性ホルモンを分泌させ
下半身はもはや制御不能。
 
この香水、みんなイチゴの匂いがするっていうけど、僕は柿の匂いがします。
魅力溢れる30代の女性がこの香水をつけていたので、今日はこのような日記を書いてみました。
香りで気持ちを左右されるなんて僕の柿はまだ青いです。
2002年09月24日(火)  伝統の一戦6畳1間。
友人が遊びに来てプレステで野球ゲームをした。
友人は巨人ファンなので、巨人ファンというかニ岡ファンなので
テレビで今夜の試合が始まる前に、巨人の優勝を願ってゲームで勝って景気付けようという魂胆だ。
 
僕は阪神ファンなのでここで最後のプライドを見せておきたいところ。
阪神ファンといっても最近は野球にほとんど関心がなく、現在阪神が何位なのかさえわからない。
僕がワールドカップにうつつをぬかしている間に阪神は連敗したらしく
そこで僕のペナントレースはすでに終わっていた。
ワールドカップの間もプロ野球に関心を持っていれば阪神は必ず優勝していたと思う。
虎の神経はデリケートなのだ。
 
というわけで野球ゲーム。
僕は男なので直球しか投げてはいけないというルール。
友人は女なので変化球を投げてもいいというルール。おかしい。こういう女尊男否はいけない。
映画館やガソリンスタンドのレディースディに関しては別に何とも思わないけど
こういうゲームは平等のルールであってほしい。僕は意外と器が小さい男なのだ。
 
広沢の2打席連続ホームランというペナントレースではまずありえない点の取り方で2点先取したけど
それから先の巨人の攻撃に僕は苦しめられることになる。
まず大声を挙げる。叫ぶ。泣き叫ぶ。叩く。蹴る。蹴り上げる。僕のコントローラーを取り上げる。
重量打線というか実力行使の重量打撃に苦戦する。全然フェアじゃない。
 
そして松井、清原にホームランを打たれて3対2。
9回裏、代打八木の健闘空しくタイガース敗北。
勝って大喜び26歳独身女性。負けて悔しい26歳独身男性。
 
せめて、せめて、今日の試合で巨人が負けますように。
2002年09月23日(月)  過ぎ去りし寝息。
昔の彼女が職場の事務のお姉さんと部屋に遊びに来た。
数日前まで登場してきた彼女は数年前の恋人で
今日遊びに来た彼女は数ヶ月前の恋人(2002/05/11『コップ』参照)。
 
職場の事務のお姉さんと昔の恋人は友人で
僕たちはその事務のお姉さんを通じて今年の2月に知り合った。
そして事務のお姉さんの必死の応援虚しく今年の5月に別れた。
約3ヶ月の恋愛。
いろんな所に遊びに行って、いろんな食事を食べて、いろんな話をしたけど
それは3ヶ月で尽き果ててしまった。
3ヶ月という期間はあまりにも短過ぎて、愛を語り合うには長過ぎた。
 
そして僕たちは何事もなかった3ヶ月前の生活に戻った。
僕は白衣を着て彼女は教卓に立った。
そのようにして夏は過ぎて、朝の空気が冷え始めた9月の終わり
昔の彼女は昔の面影そのままに僕の前に現れた。
 
部屋に招きコーヒーを煎れ、3人で話をした。
事務のお姉さんは職場の愚痴を言って、彼女(小学校の教師)は学校の運動会の話をして
僕はいつものように2人の話に相槌を打っていた。
誰もあの3ヶ月の話をしなかった。
 
やがて事務のお姉さんは僕のパソコンの電源を入れてインターネットを始めて
彼女はしばらくソファーに座っていたけどやがて横になって寝息を立て出した。
その間僕はキッチンの掃除をした。
今日の休日はキッチンの掃除をしようと決めていたのだ。
テーブルを掃除して棚を整理してフローリングを拭いた。
 
彼女はそれから2時間後に眠りから覚めた。
事務のお姉さんは2時間もインターネットをしていて
僕は2時間もキッチンの掃除をしていた。その間に洗濯物もベランダに干した。
 
彼女はよくこのソファーで眠っていた。
そして時々夢遊病者のように目覚めてフラフラしながら僕の姿を探した。
僕が隣に座っているのを確かめると、右手で僕のシャツの裾を握り再び眠りについた。
 
そして今日もこのソファーで眠った。
しかしその横に僕が座ることはなかった。
事務のお姉さんが来ていたからかもしれないし、僕自身がもう戻れないことを知っていたからかもしれない。
 
どっちの理由にしろ彼女は眠り続けた。
 
午後3時の僕の部屋には、フローリングを拭く音と、キーボードの音と、昔の彼女の寝息だけが
複雑な三重奏となって静かに響き渡っていた。
2002年09月22日(日)  焼肉と脳細胞と具体的なハナクソ。
友人たちと焼肉を食べに行った。
「今日はご飯食べに行く約束だったじゃない」と友人から電話で言われたけど約束したようなしなかったような。
今度から「約束帳」でも作ろうと思っている。
昨日食事に行った友人からも言われたことだけど僕は人の話をちっとも聞いていない。
 
最近やけに忘れっぽい。20代も後半になると脳細胞の減少も加速するらしい。
脳内で役割をまっとうした死んだ脳細胞は毛細血管に入り、脳静脈洞を経て
目ヤニやハナクソとして体外に排泄されるらしい。
 
僕たちは呑気にハナクソをほじったりするけど、そのハナクソはかつて脳内で
あらゆる行動を支配し複雑にプログラムされていた脳細胞なのだ。
外的ハナクソと内的ハナクソの分類は大まかに上記の通りで
内的ハナクソは脳細胞の死骸であり、外的ハナクソはいわゆる一般的なハナクソである。
 
これっていつものでっち上げの嘘っ八なんだけど、
そんな事を考えながら焼肉屋に行ったってことです。
 
そういえば焼肉屋のレジのところってサービスでガムや飴が置いてあるんだけど
僕はあんまりそれが好きではありません。
「焼肉を食べた後はガムでも食べてお口をスッキリさせましょう!」
なんて意味でレジの横に置いてあるんだと思いますが、それって何か矛盾してるような気がするんです。
 
矛盾というか、焼肉屋の存在価値を自ら否定しているような気がするんです。
 
わかりやすく説明しましょう。
 
ソープランドの入口に「エイズ患者急増!」という張り紙。
ディズニーランドでユニバーサルスタジオジャパンを大々的に宣伝。
シャワーを浴びようとする彼女が「AV見ててもいいからね」ということ。
 
あと2つくらい具体的に説明したかったけど、これって全然具体的じゃないし
意味もよくわからないし、今は深夜1時だし、まだシャワーも浴びてないので、これで今日はおしまい。
 
無理して文章を書くと、こういう結果になってしまうという具体例。
2002年09月21日(土)  箱詰めの夜。
人の思考や行動を分析することが好きな女性と食事に行った。
世の中には少なからず他人を分析することを趣味とする女性がいる。
相手を自分の常識や思考の限度に合った型にはめ込もうとする。そして安心する。
 
僕は相手が生み出したその見えない「型」にはめ込まれることは嫌いではない。
その相手が準備した「型」という「箱」に一度入ってしまえば、その後はその「箱」の範囲内で
自由に行動すればいいのだ。その「箱」の中で行われる行動は相手の許容範囲内だから
(ある程度は)何をしても許される。
 
というわけで今夜も僕は彼女の箱に我が身を詰め込まれた。
 
「あなたはまず人の話をちっとも聞いていない」
「はぁ」
「話を聞いている振りして頭では全然別のことを考えてるの。わかる?」
「はぁ」
もはや「はぁ」しか言えない。
 
「そして仕事のこなし方もいい加減」
「ふむ」
「とりあえず身に降りかかってくる仕事を右へ左へ適当に捌いている感じ」
「なるほど」
「人はそれが仕事が早いとかテキパキしてるとか言うと思うけど、それは違うの。
感情がこもってないの。熱が感じられないの。なんていうんだろ。人間味が感じられないの」
 
これって優しい口調で罵倒されてるんじゃないかなと思ったけど、別に反論したって意味ないので
黙って彼女の熱弁を聞く振りをしながら頭では今度の休日の予定を考えていた。
 
「あと、あなたは人のことを表面的にしか接していない」
「はぁ」
「わかるでしょ私の言いたいこと。表面的っていうニュアンス。わかるでしょ」
ここで「わからない」と言っても結果は同じなので深く肯きながら「うん。わかる」と言う。
 
「人のことを深く考えないからその人に対する情報が少ない。
あなたと何度会っても少し初対面のような気がするのはそのせいなの。わかるでしょ」
彼女は「わかるでしょ」という言葉を語尾につけて、より一層「箱」を狭めてその「箱」に僕を詰め込もうとする。
 
「うん。わかるような気がする」
「わかるような気がする!?」
彼女は語気を荒げる。
 
「何にもわかってないじゃない。だって今日は……」
僕はそこで閃く。僕はいつまでも二の舞を踏む男じゃない。彼女はたしか10月生まれだったはずだ。
「今日は、キミの誕生日だろ」
「違うよ。明日だよ。そういう浅い考えが表面的ってことなの」
 
ちっ!!
2002年09月20日(金)  スイッチ。
昨夜、午前2時、僕はソファーに寝転び小説を読んでいた。
小説を読むのは休日前の深夜が一番適している。
明日のこととか、職場のこととか考えずに小説の世界に身を浸らせることができる。
風1つない静かな夜。時々アパートの下を自動車や救急車が通る音以外は何も聞こえない。
小説の世界だけに神経を集中させて静かにページを操る。
 
ドンドンドンドン!
 
突然アパートのドアを強くノックする音。
僕は驚いてソファーから身を起こす。ドアが壊れんばかりの強いノック。
 
ドンドンドンドン!
 
隣の部屋まで聞こえそうな音。4回、一呼吸、4回、続けて3回。
ドアの向こうの誰かは、明らかな怒りと憎悪を込めて僕の部屋のドアをノックしている。
足音を殺してキッチンを歩き、ドアの前に立つ。
ドアの向こうまで聞こえそうなほど心臓が高鳴る。微かに両足が震える。
誰だ?誰なんだ?何が、バレたんだ?その前に僕は何か悪い事でもしたんだろうか?
 
ドカッ!!
 
ドアの向こうの誰かがドアを強く蹴った。
僕のどこかのスイッチがOFFになってどこかのスイッチがONになった。
その瞬間僕はドアを開け、その「誰か」を追いかけながら大声で罵倒を浴びせた。
深夜2時にドアを強くノックされた挙句蹴られるなんて筋合いは、ない。
不安も危険も省みず僕はその「誰か」を捕まえた。
そして正面から膝関節を逆の方に思い切り蹴った。
 
アパートの廊下にうずくまる「誰か」は僕の見たことのない「誰か」だった。
風貌からして(ダボダボのTシャツとズボンと薄汚れたスニーカーと必要以上に染められた茶髪と悪趣味なピアス)
その「誰か」は10代後半か、高校生に見えなくもない少年だった。
 
僕は膝を蹴ったときとは対照的に、穏和に話し掛ける。お前は、誰だ。
「す・すいません……。部屋を、間違えました」
少年はまるで万引きが見つかってしまったかのように弱々しく話す。
「部屋を間違えたって、いったい何処に何をしに来たんだ」
僕はなおもうずくまっている少年に話し掛ける。
「ジュンが殴られたって聞いたから……」
 
ジュン?僕がジュンについて心当たりがないか考えているとき
突然僕の部屋から3つ隔てたドアが開いてこの少年と同じ歳くらいの風貌と表情をした少年が歩いてきた。
見たこともない少年だった。一緒のアパートにこんな少年が住んでいるなんて知らなかった。
2002年09月19日(木)  星の貝殻。
ツグミは6歳のとき獅子島の浜辺で星の形をした貝殻を集めている最中に
股裂ハゲタカに首根っこを掴まれてチゲ島にやってきました。
 
チゲ島に連れてこられてからツグミはいつも海辺に行って星の貝殻を探しました。
だけどチゲ島には星の貝殻は1つもありませんでした。
それでもツグミは毎日毎日星の貝殻を探しに海に出掛けました。
 
ある日、チョイルがツグミに話し掛けました。
「キミはどうして星の貝殻を探しているんだい?」
ツグミは言いました。
「おうちを思い出すの。おうちの近くの浜辺はね、いっぱい星の貝殻が取れたのよ」
「星の貝殻が取れたらどうするんだい?」
 
ツグミは青い空を見上げました。
「お父さんと、お母さんを思い出すの。ツグミはもう12歳になっちゃったから
もうお父さんとお母さんの顔は思い出せないの。だから星の貝殻を見つけて
最初におうちを思い出して、それからおうちで料理を作っているお母さんの顔を思い出して、
それからお仕事から帰ってくるお父さんの顔を思い出すの」
 
チョイルは言いました。
「おうちに、帰りたい?」
ツグミは星の貝殻のようなきらきら光る涙を浮かべて言いました。
「うん。帰りたい」
 
チョイルは元気な声で言いました。
「僕がツグミのお父さんとお母さんに手紙を出してあげる」
「ホント!?」
「うん。僕はツグミが大好きだから、嘘なんてつかないよ」
「でも、どうやって手紙を出すの?」
「股裂ハゲタカに手紙を渡すのさ。もう大きくなったから股裂ハゲタカはキミを運ぶ事はできないけど
手紙を届けるのは簡単さ。明日には獅子島のツグミのおうちに届くはずだよ」
「ありがとうチョイル!」
ツグミは獅子島まで届きそうな大きな声で泣きました。
 
その夜、チョイルはツグミのお父さんとお母さんに手紙を書きました。
 
『はじめまして。僕はチゲ島のチョイルといいます。
ツグミは6年前、股裂ハゲタカにさらわれてこの島にやってきました。
ツグミはいつも笑って毎日歌っていました。そして夜になると獅子島のお父さんとお母さんの話をしてくれました。
そしていつか星の貝殻がとれる浜辺近くの自分のおうちに帰りたいと言っていました。
だけどツグミはもう、死んでしまいました。僕はツグミの変わりにいつも泣いています。
ツグミのことはもう忘れて下さい。さようなら』
 
拉致事件の真相を書いてみました。
2002年09月18日(水)  八方塞。
現在隔月でコラムを掲載させてもらっている雑誌の〆切がいつもより早まってしまったので少し焦っている。
実をいうと、あと1週間しかない。
残り1週間で、テーマを決めて構成を考えて気の効いたオチを考えなければならない。
 
このサイトもそうなんだけど、僕が書く文章のテーマは「恋愛」が多くて
最初は楽しいだろうけど毎日3食ミスタードーナツを食べ続けるように
皆いずれうんざりするんじゃないかという危機感をいつも持ち続けている。
 
僕が他に書けるテーマといえば「精神医学」とか「社会福祉」とか「格闘技」とか
決して万人受けするような内容ではないので、読んでいる人たちも楽しくないだろうし
書いている本人も全然楽しくない。好んで社会福祉なんて語りたくない。
 
いや、物は試しで少し語ってみるのもいいだろう。
 
近代望まれている利用者本位の新しい福祉を実現する上では、これまでのような
半世紀にわたって続いてきた福祉経営の護送船団方式ともいえるような現行の
社会福祉法人制度の有り様について、改めて検証し、
問うべき時期にきているような気がするけどどうですかお客さん。
 
どうですかお客さん。聞くまでもなく駄目そうなので格闘技について語ってみたい。
 
僕は思うんだけど、魔界倶楽部に小原が加入すればいいと思うんです。
現にヒクソンと対戦する前の吉田の練習風景のVTRに小原が映っていたことを見逃したわけじゃありません。
そのVTRにはIWAの一宮が映っていたことは別にどうでもいいんです。偽造王なんてどうでもいいんです。
とにかく僕は小原が銭ゲバマシーンとして帰ってきてほしいのです。
かつての新日本の門番が外敵となって、オープンフィンガーグローブをまとってリングに立つのです。
復帰第一戦の相手は後藤でお願いしたいところですが、その点に関しては別にどうだっていいのです。
どうですかお客さん。
 
どうですかお客さん!
 
〆切が1週間を切ったというのに!
最近まともな恋愛をしてないのでまともな文章書けないよ!
 
彼女募集。年齢制限なし。主に夜間帯。
未経験者大歓迎。
2002年09月17日(火)  トイレと心は綺麗な方がいいに決まってる。
僕は練習の事などすっかり忘れていてアパートの近くのラーメン屋でラーメンセットを食べていて
餃子を2つ残してしまって店長に怒られていた。
 
「それ食べ終わるまで勘定は受け取らない」
なんて理不尽なことを言うので、まるで昼休みに1人教室に残された憐れな偏食家のように
うっすらと涙を浮かべながら老夫婦のように仲良く並んだ餃子を眺めていた。
 
携帯が鳴る。昨日修理に出したので17世紀初頭にトロ遺跡から発掘されたような時代遅れの携帯電話。
ポケットに入れるとまるでビスケットが勝手に増えてしまったように膨らんでしまう。
 
「先輩!今日バレーの練習っスよ!」
「あ、あぁ。そうだったそうだった今日は、練習だった」
「今何やってんスか!」
「ラーメン屋に、軟禁されてるんだ」
「ワケわかんねっスよ!みんな集まってるから早く来て下さい!」
 
というわけで残りの餃子を無理矢理口に詰め込んで、ラーメンの残りの汁で一気に食道まで流し込んで
「よくやった」と店長に意味のない励ましをされてラーメン屋を出て体育館に向かった。
 
体育館に着くと練習はもう始まっていて、僕は悠長にストレッチをしていたら突然腹部に激痛が走った。
 
「腹が、痛い。もう、駄目かもしれないので帰りたい」
「ワケわかんねっスよ!早く準備して下さいよ!」
「その前にトイレに行かせてくれ。トイレは、どこだ」
「外っスよ!知ってるくせに!」
 
この小学校の体育館のトイレは外にあっておまけに汲み取り式なので夜に1人で行くととても怖い。
あんな陰険で見たこともないような小さな虫が裸電球にたかっているトイレで用を足すなんて出るものも出なくなってしまう。
おまけにそのトイレの「トイレはきれいにしましょう」の張り紙に書いてある男の子の顔が
排泄物に生気を吸い込まれたような無気味な顔をしているのでより一層怖さを演出している。
 
張り紙を見ないようにトイレに座る。トイレの花子さんとか、そういうことを考えないように努める。
目を閉じて肛門に意識を集中させる。手探りでテッシュペーパーの位置を確かめる。
餃子のような排泄物を出した後、目を開ける。真っ暗。
 
「コノヤロー!電気消すなよ!コノヤロー!早く!早く!」
 
小学校の体育館のトイレで大人げない大声を挙げる26歳。
小学校の体育館のトイレで大人げないイタズラをする後輩24歳。
2002年09月16日(月)  飼い主に似ることについて。
昨日の朝、目覚めると固く冷たくなっている永眠したハムスターのように
突然、僕の携帯が命を絶った。
電源を入れても充電しても振っても叩いても反応しない。
 
僕の携帯は僕が寝ている間に、静かに、得体の知れない謎の機能か何かで自らの電源を落とした。
今考えてみると、僕は携帯のことについて何も知らなかった。
得体の知れない謎の機能と書いたけど、そういうのも満更嘘ではないと思う。
当たり前の事実が日常に組み込まれると、その当たり前の事実についての思考が止まってしまう。
日常ってそんなものだと思うし、平和ってこんなものだと思う。
  
僕は頻繁に着メロをダウンロードしたり待ち受け画面を変えたりメールを書いたりしないし
おまけに電話もあまりかけないし着信もあまり取らないので
きっと僕の携帯は、ずっと前から自分の存在価値に疑問を持っていたのだろう。
 
携帯に冷たくあたり過ぎたのかもしれない。
 
これからは出掛ける時に携帯も持っていくから
メールだってちゃんと返信するから
目覚まし時計機能ばかり使わないから
戻ってきてくれ。あの時刻しか表示されていない無機質な待ち受け画面をもう一度見せてくれ。
 
それにしても携帯の電源が切れている夜はとても静かだ。
大袈裟な表現かもしれないけど、世の中で1人取り残されたような気分がする。
今や時代は、携帯のアンテナとアンテナを通じて人間関係を保つ時代。
たった一つの家電の故障で、人間関係の終局も訪れかねない。
 
今日の朝、やはり携帯は止まったままだった。
朝陽に照らされた僕のauの携帯は、着せ替え機能以外の機能を全て失っていた。
 
近所のauショップに歩いて行く。
カウンターで僕の隣に座っていた男性はものすごく理不尽な理由でクレームをつけていた。
 
「彼女に消されたメールは戻ってこないのか。今は彼女は反省している。
東芝の新機種に変えて欲しい。この前の受け付けの女性と違う」
 
それは支離滅裂で荒唐無稽なクレームだった。auの店員って大変だ。
というわけで僕は極めて系統立った説明に終始しようと思う。
 
「すいません。昨日の朝から携帯が全然動かなくなったんですけど」
「はい、しばらくお待ち下さい」
店員の女性が僕の携帯を手に取り、電源ボタンを押す。
 
ピーー。
 
「はい、電源つきましたよ」
 
嘘やん。
2002年09月15日(日)  もしもシリーズ。
「もし私が浮気したらどうする?」
「もし私が他の男と結婚したらどうする?」
「もし私がいなくなったらどうする?」
「もし私が死んじゃったらどうする?」
 
世の中には、貴重な時間の中であらゆる可能性を考察し、意味のない問い掛けをする女性が少なからず存在する。
しかしこの「もし」の中には、願望が含まれていたり、反応を楽しもうとしたり、ある種の駆け引きの意味などが含まれていて
僕たちのような憐れな男性は、このような言葉をさらりと流すことなく、また、真剣に考えることなく
冷静に、その言葉の真意を汲み取らなければならない。
 
「もし私が浮気したらどうする?」
「じゃあ僕も他の女と浮気してやる!」
 
なんてその言葉に安易に便乗してはいけない。
敏感に反応して、本当に彼女が「もし浮気」しようものならと考えを巡らせて頭に血を昇らせたら彼女の意の壷だ。
「なに熱くなってんのよ」と馬鹿にされるのがオチである。
 
よってこういう状況の時は、逆に彼女の憐憫を誘うような発言が望ましい。
「もし私が浮気したらどうする?」
「まず晩御飯だね。これは、困る。せっかく2人で一緒にご飯食べようって
あの赤いテーブルを買ったのに、1人で食べるのは、少し寂しくなる」
 
こういう意味と理由と気持ちのこもったことを言うと、その質問を問い掛けた約7割の女性は、浮気をしなくなる。
残りの3割は、どういう理由であれ、何を言われたって、何を贈ったって浮気をするときはする。
恋愛に関する努力は往々にして無駄が多いのだ。
 
「もし世の中にあなたと私しかいなくなったらどうする?」
「ははっ。いくらなんでもそんな世の中にはならないよ」
 
いくら無駄が多くても、こういうことは言ってはいけない。
いかなる女性も少なからずロマンチックを求めるときがあるのだ。真っ向から否定しても何の意味もない。
 
「もし世の中にあなたと私しかいなくなったらどうする?」
「キミをずっと守っていく」
 
無難な線だけど、これも彼女の意の壺にはまるような気がして少し気がひける。
ロマンチックをロマンチックで返すっていうのも芸がない。
 
「もし世の中にあなたと私しかいなくなったらどうする?」
「どうするもこうするも明日からどう食べていくか考えるしかないじゃないか」
 
少し、現実に、戻しちゃえ。
2002年09月14日(土)  灰色の未来。
最近、出会う人すれちがう人目が合った人に所構わず「結婚しよう」と言っているので
結婚に関してはとうとう誰からも信用されなくなってきた。
 
最近よく電話で話をする女性にも、初めて会った時に「結婚しよう」と言って
相手も「はい、わかりました」なんて楽しそうに話に乗ってくれたけど
遂には呆れてしまう始末で「はいはいウソウソ」なんて言ってろくに相手にされない。
 
まず本当に結婚しようとする人は、無闇に「結婚しよう」なんて言わない。
それはいわば、多大なる勇気と、血の滲むようなに下積みと、絶え間ない努力と
果てることのない愛情と、全てを受け止めんばかりの寛容な心で発せられる切り札のような言葉なのだ。
その切り札を使うまでの過程こそ全てで、如何にロマンチックな舞台設定を施すことができるかが重要になる。
 
しかし僕のやっていることは、怪獣に出会った瞬間にスペシウム光線を出すウルトラマンのようなもので
そこに苦悩も危機も変身もドラマも生じない。あっけない幕切れと素っ気ない言葉で涙も感動も生じない。
 
印篭を振りかざしながら歩いている水戸黄門のようなもので、
そんなもの、ただの短絡的な馬鹿だ。
 
実際問題、遅かれ早かれ結婚する日は確実にやってくると思うけど、
このような誰もが呆れるような過程を歩いてきた僕に
どのようなシチュエーションで、どのような展開が生じて、一体誰が僕の求婚を受理してくれるかということを考えると、
なんだか目の前に映る風景が一瞬にして灰色になるようで、途端に憂鬱になる。
 
今年の12月、また1人友人が結婚する。
この友人が歩いてきた道は、まさしく勝利への過程だ。
その脂っぽい額の汗が証明する努力、その黒縁メガネに裏付けされた生真面目さ、
その使い古されたコンバースのシューズが表す忍耐力。
彼をとりまく一つ一つの物が紛れもない彼の勝利への道を後押しし、それを確信に変化させた。
 
まばゆいばかりの綺麗なお嫁さん。
彼女は、少し金遣いが荒いらしい。
 
人の不幸は蜜の味がしますように!
2002年09月13日(金)  すべすべまんじゅうガニ。
何ヶ月も前から職場の看護士の中で釣りがブームになっている。
皆、休日の度に朝3時とか4時に起きて川や磯や港に釣りに出掛ける。
勤務の日より3時間も4時間も早く起きるなんて信じられない。
信じられないので僕は釣りをしない。
 
先日、後輩が僕の元へ例の阿呆のような笑顔で掛け寄ってきた。
「先輩!昨日ですね、川ですべすべまんじゅうガニ捕まえたんです!」
「すべすべまんじゅうガニ?」
「そうっス!すべすべまんじゅうガニっス!」
「すべすべまんじゅうガニ?」
「そうっス!すべすべっス!」
 
そんな名前のカニなんているものか。と僕の一瞥でその場は終わってしまったが、
後輩はそれが悔しいらしく、今日再び一枚の紙を持って例の阿呆のような笑顔で掛け寄ってきた。
 
「先輩!これ見てください!」
「わ。すべすべまんじゅうガニって書いてある」
「でしょ!でしょ!ホントにいるんですよ。図書館で辞典借りてコピーしてきたんです!」
 
何もそこまでやる必要はないじゃないかと思ったけど、
後輩のささやかで健やかな苦労を無にしたくないので、素直に驚くことにした。
 
それにしてこのネーミングはいかがなものか。
パッチンエビ(2002/04/20(土)好色一代男『パッチンエビ』参照)といい、すべすべまんじゅうガニといい、
日本人は甲殻類のネーミングに関してひどくいい加減な気がする。
生まれ変わってすべすべまんじゅうガニになる可能性があるならば僕は輪廻転生なんて信じない。
 
「それにしても、このカニ、英語では何て言うんだろうね」
「ツルツルプッシーキャンサーっっス!」
 
きっと、こんないい加減なヤツが日本の甲殻類を駄目にしてるんだ。
2002年09月12日(木)  バンビとご飯。
ある女性と食事に行った。
最近食事に行った女性は彼氏がいたり旦那がいたり昔の彼女だったりと、
少なからず僕にとって問題のある相手ばかりだったけど、今回は、違う。
 
彼氏もいなければ勿論旦那もいない。
髪は黒くて睫毛が長い。足は細くてスカート短い。そんな相手は17歳。
 
そう。相手は高校生。
人生は何が起こるかわからないもので、ファミレスの向かいのテーブルには
眩いばかりの笑みを投げかける女子高生が座っている。
 
今回は問題のない相手と文頭に書いたばかりだけど、
やっぱり未成年と2人きりでファミレスで食事するのは、なんというか、
一般的にというか、人道的にというか、倫理的に問題がある。
今夜は、9時には帰そうと決める。
 
この女子高生は僕の妹の友人の妹で、将来看護婦になりたいらしい。
 
「お兄ちゃんに会いたいって人がいるの」
「イヤだ。初めての人に会うってのは、ストレスが生じるんだ」
「お願い。会ってやってよ」
「イヤだ。お前の願いは聞き入れられないね」
「そのコ、17歳なの」
「今回だけだぞ」
 
というわけで「私もついていこっか?」という妹の言葉はもはや頭には入らず
「写真は、ないのか」なんて馬鹿みたいなことを偉そうに妹に訊ねて
写真などあるわけもなく、26歳ともなると女子高生といえば膝からスカートの間の白い太腿くらいしか思う浮かばない貧相なイメージしかなく
珍しく待ち合わせ時間10分前に到着する有様で、浮かれ方だけは初めてのデートの日の男子高校生並みだった。
 
「はじめましてー」
「あ、はじめまして」
 
ここで僕は虚に突かれたような表情をしてしまった。
女子高生っていうくらいだから制服で来るかと思っていたら普通の私服。
日頃のイメージが貧相だと、状況に柔軟に対応できなくなる。
 
看護婦を目指すこのコはバンビのような眼差しで僕が今から発する看護に関する言葉を待っている。
料理が運ばれてくる間、僕は看護婦になる方法を説明する。
「えとね、今高校2年生でしょ。まず卒業したらね、看護専門学…」
「あ、ちょっと待って下さい」
女子高生は慌てて小さなバッグから何かを取り出す。
 
「あ、ごめんなさい。お願いします」
バッグから取り出したのはなんとペンシルとメモ帳。
 
か……可愛い!
2002年09月11日(水)  歪全部。
「歴史はシャワー中に作られる」
 
という格言を知ってますか?
シャワーを浴びてるときに限って大事な用件の電話があるのです。
 
「助けて!今すぐ来て!○○ビルの3階の奥の店にいるから!」
 
こんなの嘘に決まってるよ。これは、演技だ。騙されないぞ。
○○ビルの3階って最近できたバーのある場所じゃないか。
助けて!今すぐ来て!ってねぇ、ドラマじゃあるまいし。
 
それじゃあ何?クローゼットの奥に隠してある拳銃を取り出して
そのビルの3階に向かえばいいってわけ?
チンピラか何かわからないけど、おもむろにバーの扉を開けて
「てめぇ!何者だ!」
なんて因縁つけてくる白いスーツの下にアロハシャツを来たチンピラに
無言でバンバンバンって拳銃を発砲すれば万事OKなんですか?
 
キミを助けて、手を引っ張ってビルの階段を走って降りて
ビルとビルの間に隠れて、息を潜めながら追って来たチンピラが通り過ぎるのを待てばいいの?
 
「いったいどうしたっていうんだ」僕はキミに訊ねる。
「おとっつぁんを助けようと思ったら捕まっちゃったの」
 
おとっつぁんて。キミはいつの時代からタイムスリップしてきたんだ。
ここは江戸時代でも城下町でもなくてあのチンピラは悪代官でも越後屋でもないんだ。
平成のチンピラなんだ。白いスーツにアロハシャツ。
関係ない話だけど成人式で原色系のスーツを着る男はたいてい数年後に白いスーツとアロハシャツを着ることになるんだ。
 
話を戻そう。
 
僕はシャワーを浴びていた。そしてシャワーの途中に電話がなった。
留守電には「助けて!今すぐ来て!ビルの3階の奥の店にいるから!」
あえて古典的なセリフを発したキミの真意を考えた。
だから電話を掛け直した。
 
キミがもしその、例えばチンピラとか何かに絡まれて切迫した状況に置かれているとすれば
キミが電話に出る可能性は極めて少ないということになる。
 
案の定、キミへ電話は繋がらなかった。
キミが置かれた状況が冗談じゃ済まされないってことに気がついた。
慌てて服を着てアパートの階段を駆け下りる。
 
車に乗り込みもう一度電話を掛ける。
無感情な呼び出し音が3回鳴り、聞き覚えのない女性の声がする。
 
「おかけになった電話は、現在パケット通信中です」
 
呑気にメールかよ!
2002年09月10日(火)  だから僕は愛を語る。
僕は滅多にテレビを見ないし、新聞も取っていないし、
定期購読している雑誌といえばsmartというファッション雑誌と、週刊ゴングというプロレス雑誌だけなので
世間のニュースとか芸能に少し疎い面がある。
 
というわけで飲んでいる席で、世間のニュースの話題が出たらもうお手上げである。
小説ばかり読んでいるので作品や作家について話をしたいけど
酒の席でそういう話題はまず挙がらない。
カウンターの隅で肩を狭めて1人ブランデーを飲むのがオチである。
 
プロレスの話だったら1日中だってできる。3日3晩話し続けることだってできる。
だけど合コンでプロレスの話を持ち掛ける馬鹿な男はまずいない。
カウンターの隅で肩を狭めて1人「コブラツイストってカクテルが飲みたいのだが」なんて呟くのがオチである。
 
ファッションの話だったら、まぁ、人並みにはできると思う。
だけどファッションなんて所詮自己満足の結晶なので、人に薦めるのもよくないし
かといって人のファッションを参考にするのも、気がひけるので
カウンターの隅で肩を狭めて1人買ったばかりのアバハウスの6ポケットパンツを含み笑いしながら撫でるのがオチである。
 
趣味の話なんて言語道断で、
「僕ペットボトルのキャップの収集に命を掛けてます」とか「仮面ライダーの新作フィギアが欲しくて貯金してる最中です」
なんて胸を張って、もしくは、目を輝かせて言えるわけがない。
カウンターの隅で肩を狭めて「ねぇマスター。そのミネラルウォーターのキャップちょうだいよ」なんて遠慮深げに呟くのがオチである。
 
という理由で酒の席に座ると僕は無口になるのである。
話の聞き上手とかよく言われるけど、単に話下手なだけで、相手の話を聞くしか他がないのである。
だから、恋愛の話は助かる。
恋愛で生じる全ての問題に列記とした答えがあるわけでもないので
多少無責任なことを言っても、たいして問題は生じない。
そもそも恋愛の話なんて半分聞いて残りの半分はカクテルの中の氷と一緒に溶けちゃえばいいんだ。
 
恋愛然り、人の悩みを聞くときは、半分だけ真剣に聞けばいいと思う。
全てに首を突っ込むと、冷静な助言ができなくなる。
半分無責任に聞いてると、余裕ができて、いい加減な助言が、結構役に立ったりするのである。
 
というわけで今日は酒の席は恋愛話に限るという話をしたかったのです。
2002年09月09日(月)  重大発表。
結婚することにした。
 
いつまでも昔の彼女と過去の幻想に浸ったり、
看護婦さんや飲み屋のお姉ちゃんに結婚しようと迫ったり、
女友達と同棲ごっこをしたり、
懲りもせずに人妻と危ない橋を渡ったりするのは、もう、よそうと思った。
 
考えてみればもう26歳。考え方によってはもう年貢の納め時だ。
結婚することにした。
僕は今、短い人生の中の、限られた選択肢の1つに直面している。
 
結婚したら好きなことができなくなると思っていたけど
そういう偏った考え方もよそうと思う。
結婚生活を「逃避」の対象にしてはいけない。
結婚しても強い意志と絶え間ない忍耐力と不屈の精神で、目指しているものにきっと手が届くはずだ。
 
1人で生きてきたのが長過ぎて「彼女=パートナー」という概念が欠如していたんだ。
心強いパートナーを得たとき、事態はきっと好転するはずだ。
大きな夢に、一歩近づくはずだ。
 
「結婚」に臆病になっていた。神経質になっていた。敬遠していた。
本質を見ないで、周囲が吐き出す一般論に体ごと浸っていた。
 
形になんか拘らないで。
チャペルじゃなくても、結納なんてしなくても、
式場を埋め尽くさなくても、カクテルドレスなんて着なくても、
給料の3ヶ月分じゃなくても、気の効いたプロポーズの言葉じゃなくても、
そういう形じゃなくて本当に大切な形は、目に見えないものなんだ。
 
僕たちがかつて軽々しく使っていた「愛する」とか「求める」とか、そういう見えないものなんだ。
その言葉の本当の意味が理解できたとき、初めてその言葉に命が宿るんんだ。
 
「愛している。だから、結婚しよう」
 
僕はきっと幸せにする。そして僕もきっと幸せになる。
月並みな表現だけど、お互いを尊重しあい、手を繋いで、歩いていこう。
 
結婚することにした。結婚することにしたので
誰か、相手は、いませんか。
2002年09月08日(日)  意地。自尊心。禁句。過去。
「ねぇ、今度の休みは?」
 
先日返してもらった携帯電話から彼女の声。
携帯電話は予想通り昔の彼女が持っていた。
返してもらうときに
 
「随分有意義な生活を送ってるみたいね」
 
と嫌味を言われた。多分、メールを読まれたんだと思う。
自分のメールを勝手に読まれて怒らない人はいないと思うけど、僕は怒ろうとは思わなかった。
僕の今立っている場所の現状を、決して会話には出てこない生活を、
誰かから僕に届いたり、僕自身が誰かに書いたメールによって彼女が理解してくれればそれでいいと思った。
 
「ねぇ、今度の休みは?」
 
僕は彼女の言葉で我に返る。最近やけに頭がぼんやりする。
意味のないことや答えの見つからないことを考え過ぎかもしれない。
 
「明日と、木曜日」
「そうなんだ。じゃあ、次はどっちの休日に会える?」
 
この言葉で彼女は僕を試そうとしている。
明日と木曜日の休日。彼女が待っているのは「どっちの日も会いたい」という言葉だ。
僕たちのような関係(昔の彼氏と彼女)では「どっちとも会いたい」とか「ずっと一緒にいたい」とか
そういう言葉は無闇に使ってはいけない。
状況をわきまえた慎重な言葉に終始しなければ、たった一言で取り返しのつかないことになりかねないのだ。
 
「どっちでもいいよ」
「どっち?」
「明日でも木曜日でもいいよ」
「だからどっちがいいの?」
 
彼女は意志の決定を僕に委ねることによって、自分の優位を保とうとする。
明日会おうと言ったら、木曜日も会うことになるだろう。
 
 
 
                     ―――――●―――――
 
 
  
お互い、会いたくてたまらないのに
 
別れてしまってからも意地を張り合ってしまう。
 
だけど
 
「会いたくてたまらない」って言葉はもはやタブーと化しているから
 
僕たちは懸命に他の言葉を探そうとする。
 
かつて「愛してる」と安易に口にしていたように
 
安易に口にすることができて、相手の心を直接触れる言葉を
 
探そうとする。懸命に。彼女に悟られることなく。僕に悟られることなく。
 
そんなことはお互いわかっているのに
 
それでも平然を装って、悟られないように、悟られないように
 
過去を繰り返さないように。取り戻さないように。
2002年09月07日(土)  9月と海と、風のようなキスがもたらす後悔。
「海に行こうよ」
 
9月の海にはある種の哀愁が漂っていた。
そしてある種の哀愁を味わいたいカップルが集まっていた。
若いカップルは肩を寄せ合って、沈む夕陽を眺めていた。
 
昔の彼女と、夕暮れ時の9月の海に行った。
 
僕たちは若くもないし、カップルでもないので肩を寄せ合うこともなく
彼女は、僕たちが付き合っていた頃を
僕は、今夜の夕食と明日の仕事のことを考えていた。
6年も離れてしまってるから、もう目と目で会話なんてできなかった。
 
「海に行こうよ」と言い出したのは彼女の方だった。
仕事帰りに疲れた身体で9月の海を見に行きたいなんてまず僕は言わない。
彼女は里帰りをしている身で、僕はいつまでもこの場に残り、この場で仕事をしている身なのだ。
 
「昔、この海に遊びに来た時に私が空き瓶を踏んで足怪我しちゃったでしょ」
「うん?あ、あぁ……」
それは僕たちがまだ付き合い出して間もない8月のことだった。
僕は当時ミニ・クーパーに乗っていて、よくその小さな赤い車でドライブをした。
この海にも遊びに来た事があった。もう何年前だろう。確かに彼女はこの砂浜で怪我をしたのだ。
 
「あの時あなた血相を変えて、どっか飛んで行ったでしょ」
「……うん」数年前の8月の記憶が鮮明に蘇り、僕の顔は少し紅潮した。
 
「あなた突然消えてしばらくして走って戻って来たでしょ」
「いいよもう」僕はうつむいたまま言った。
「私、血流しながら待ってたのよ。そしたらあなた息を切らしながら『海水浴の責任者探して文句言ってきた』って。それだけ」
「……」
「私の右足から血は流れ続けてるの。もうこんな看護士とは別れてしまおうって思ったわ」
「……」
「……だけど3年も続いたのよね」
 
9月の夕暮れの海はとても涼しくて、散歩をする老人にも、肩を寄せ合うカップルにも、過去を遡る2人にも
その夕陽は平等にそれぞれの心を温かく照らし、その風は優しく包んだ。
 
「この話がしたかったのよ。ずっと」
過去の彼女は、現在の夕陽を眺めたまま呟いた。
 
もう後悔することが許されない場所に立っている2人は、数日の再会を楽しむこともなく
ただ癒えた傷を掘り返すだけで、その行為に何の意味付けもできず
 
6年前から何も変化しない漂う海を、沈み続ける夕陽を黙って眺め続け、
ただその意味のない時間を埋めるためだけの短いキスをした。
2002年09月06日(金)  ロトルアガーデン ツアー フォーレストウォークなど。
未だに携帯電話を携帯するという習慣が身に付かない僕は
今日も仕事が終わって部屋に戻ってから着信をチェックする。
 
このチェックというのも、部屋に戻って、コンポとパソコンの電源を入れて、顔を洗って、
部屋の窓を開けて、靴下を脱いで、Tシャツを脱いで、タバコに火をつけて、
ソファーに座って、3回目の煙を吐く頃に、「あ、携帯だ」と思う有様で、
このように携帯電話が僕の生活を占める割合はとても少ない。
 
携帯のチェックもいい加減なもので、留守電を入れている人にしか返信しない。
留守電に用件を入れない人は、留守電を入れるまでの用件じゃない人だ。
と思っている。
 
この日記に「なんで電話しないのよ!」というセリフが多く出てくるのもこのためで、
これには上記のような理由があるのだけど、これは僕のわがままなので言い訳はしない。
ただ「ゴメンなさい。あ、そういえばこの前のあの件どうなったの?」なんて言って
話題を上手く横に流すのである。
 
ところで、今日は、手元に、携帯がない。
 
いつもこんな調子だからいつ携帯を失くしたのかさえわからない。
思い出してみたいけど、ここ最近の携帯に関する記憶なんて皆無に等しい。
ホステスのお姉ちゃんから「たまには遊びに来てね」なんてメールが入っていたけど
それがいつだったかも定かではない。
 
まぁ、だけど今度友人に「なんで電話しないのよ!」なんて怒られても
今回は携帯を紛失したという列記とした理由があるので、その点は安心している。
携帯を失くして安心するなんて、なんだか矛盾している。
僕はこれから何十年経っても携帯依存症にはならない変な自信がある。
 
多分、昨日来た昔の彼女が持って帰ったのだろう。
彼女は、時々そのような破天荒なことをする。
僕の首筋に残るニュージーランドの地形のような2つ並んだキスマークだってそうだ。
別れて6年経った今でも、そういうことは変わっていないと思う。
 
その方が、ロマンティックで、いいじゃないか。
2002年09月05日(木)  長野県。
「おじゃましまーす」
 
突然玄関で声がした。午後3時。僕はベランダで洗濯物を干していた。
ベランダに立ったままドアの方を見ると、3日前に来た昔の彼女が立っていた。
 
「ねぇ、洗濯物干すの手伝ってよ」
「いやよ」
 
昔の彼女は昔の通りにはいかないわよと言わんばかりに僕の要求を一言で拒否して
僕の部屋に入ってエアコンのスイッチを入れた。
そして飽きもせずに再び昔のアルバムを引っ張り出して眺め出した。
 
「ねぇ、干すの手伝ってよ」
 
2回目の要求は完全に無視された。僕はそのまま黙って洗濯物を干し続けて
干し終わるとそのままベランダで煙草を一本吸って窓越しに彼女を見たら
ニコリと作ったような笑顔を見せて白い歯を見せて顔をしかめて「イーッ」と言った。
 
部屋に戻り「なんで来る前に電話しないの?」と訊ねたら
「いなけりゃいないで別にいいし」と言った。よくわからなかった。
 
彼女は部屋を見回して「どうして掃除しないの?」と訊ねた。
「してるよ!」と僕は言った。
僕の部屋は綺麗じゃないけど職場の倉庫みたいに汚くはない。
ただ小説とフィギアが若干多いだけで、後は極めて一般的な6畳1間だ。
 
彼女は昔から神経質で、暇さえあれば部屋の掃除をしていた。
髪の毛1本落ちると3本拾い上げた。
洋服のたたみ方に系統立った順序があった。
トイレの芳香剤が切れる前に新しい芳香剤と取り替えた。
セックスが終わる度に布団のシーツを変えた。
 
「じゃあ掃除手伝ってよ」
「いやよ」
 
昔の彼女は昔の通りにはいかないわよと言わんばかりに再び僕の要求を一言で拒否した。
過去は過去でしっかりと完結していた。女性はこのあたりの切り替え方が上手いと思う。
僕の過去はアルバムの中で今もこうやって生き続けているというのに。
 
と思いながら2時間過ぎた。
 
「またね」
彼女は15日までこちらにいるという。
彼女は県外に住んでいて滅多に帰ってこない。帰ってこないし電話もしない。
ただ時々こうやって突然部屋に来るのだ。
 
僕がこの彼女との過去をなかなか振り切れないのは、そういう理由があることと、
首の下、鎖骨の少し上に新しくできた長野県のような形をした
キスマークの所為でもあった。
2002年09月04日(水)  酔いどれ日記。
どのくらい堕落しているかというと、
居酒屋で生ビールジョッキ4杯、焼酎3杯飲んで、
もう、それでできあがっちゃって、呂律も回んないし、家に帰りたかったけど、
とにかくすぐにでも寝てしまいたかったので、東南アジアのお姉さんが短いスカートと短い文法を使う店に入って
 
カウンターに2千円置いて、「とりあえず眠らせて」と言ってソファーに横になって、
お姉さんはとても優しいから膝枕までしてもらって、2時間たっぷり眠って、
眠ってる最中に客の1人に怒鳴られたような気がするけど
とにかく眠くて起き上がる気にもなれず反論する意志もなく、お姉さんの太腿に顔を埋める始末で
 
結局その店では酒を一杯も飲まず、お姉さんの太腿の向こう側で
6月の紫陽花の葉のような怪しい湿り気を感じたけど
2時間眠って少しスッキリしたので、とりあえずトイレに行って一回吐いて
それでまたスッキリして、トイレの鏡に映る涙目の僕を見ながら
「あ、日記書いてないや」と思って
 
「ユックリシテイキナヨー」なんて言葉を背にしながら店を出て、
店を出るときにお姉さんが「ワタシのフルサトのオミヤゲアゲル」と言って
ドライマンゴーという代物を袋ごとくれたので、
夜の街を歩きながらドライマンゴーをクチャクチャ噛みながらタクシーを探して
 
アパートに着く前に「これあげます」と言ってドライマンゴーの残りを運転手さんに渡して
運転手さんも断ると思ったら「ありがとう」と笑顔でもらってくれて
マンゴーあげたから運賃サービスしてくれるのかなと思ったらそうでもなくて
しっかり1250円払って、いや、お釣りが切れてると言うので
1500円払ってあとの250円はいらないです。と言って、タクシーを降りてから
250円のお釣りもないのかよ!となんだか腹が立ってきて
 
アパートの階段を2段飛びで駆け上がったら、酔っていることを忘れて
階段の中ほどでつまずいて、左足のくるぶしを強打して
シャワーを浴びるときにくるぶしを見てみたら出血していて
またあの運転手に腹が立ってきて、ドライマンゴー返せ!って叫びたかったけど、
今はもう深夜だし、仮に昼間だとしても、そんなこと叫んだら隣人に白い目で見られそうなので
心の中でドライマンゴーアゲイン!なんて叫んで
 
こうやって素に戻って日記を書いてるけど、読み返すと、やっぱり文章がおかしいので寝る。
2002年09月03日(火)  星の降る夜。
明日のことは誰もわからないなんて言うけれど、必ずしもそうじゃないと思う。
明日死ぬかもしれないから今を精一杯生きようなんていうけれど、それは間違ってると思う。
 
統計学的にいうとね、いや自分なりの統計学的にいうとだけどね、
今まで26年生きてきた中でね、明日死ぬ確立は0%なんだ。当然なんだけど。
夕陽が沈んだら確実に朝陽が昇る。今のところそれは確実なんだ。
だから明日死ぬかもしれないなんて心配するのは取り越し苦労なんだよ。
そんな馬鹿なこと考えちゃいけない。
 
だけど、僕は眠れなくなった。心配で心配で仕方がないんだ。
新しい悩みの種は、僕の安眠を容易に妨げることに成功したんだ。参ったよ。
僕は明日、いや、こうやって話してる間にも、死んでしまうかもしれない。
 
ニュースで見たんだ。民家にね、隕石が落ちて、それはとても小さな石ころなんだけど、
何万光年もの彼方から、大気圏を通りぬけて松元さん(仮名)ちの木造2階建ての屋根を貫通したんだ。
「幸いにして住民には被害はありませんでした」なんて言ってたけど、本当に幸いだよ!
僕の言ってる意味がわかるかい?
 
僕が眠れなくなったのは、この隕石のせいなんだ。隕石が落ちてくる確立は誰にだって平等なんだ。
僕が寝ている間にアパートの屋根と3階の部屋と僕の心臓を貫通するかもしれないんだ。
そして一番厄介なのはそれは決して逃れられないということなんだ。
僕がいくら寝返りをうったところで隕石はそんなもの気にしない。
僕の寝返りなんて宇宙の法則に対して何の意味も持たないんだ。
 
僕の言ってる意味がわかるかい?わかるけど?それこそ取り越し苦労だって?
人間はあらゆる可能性を考えて生きていかなきゃならないんだ。
最初の言葉と矛盾してるって?
 
そういう細かいことを、気にしちゃあ、いけない。
2002年09月02日(月)  合言葉。
最後に会ったのはいつだっただろうと思い、昔の日記を読んでみたら
今年の1月に6年振りに再会したことが書いてあった(2002/01/14『成人――式。』)。
 
そして昨夜、再び彼女は僕の目の前に現れた。
電話もメールも、部屋のノックもせずに僕の目の前に現れた。
「こんばんは」
「やぁ、こんばんは」
僕たちは昨日も会って一緒に食事にでも行ったような口調で挨拶を交わす。
 
「ちょっと待ってて、お茶いれるから」
僕は彼女を部屋に入れ、キッチンで体勢を整える。
深呼吸をして、――とりあえず――パソコンの電源を切って――やむをえず――携帯の電源を切る。
 
「わぁ、かわいいー!」
部屋から突然彼女の声が聞こえる。彼女は昔のアルバムを引っ張り出して
若かりし僕たちの写真を見ていた。
「可愛いねぇ。やっぱり髪の毛短い方がいいかなぁ。ね?どう思う?写真と今の私とどっちが可愛い?」
 
昔からそうなんだけど、彼女は自分のことを可愛い可愛いと胸を張って言っていた。
確かにそう思うんだけど、そこが彼女の難点でもあった。
 
「この頃よりホッペがスイカみたいに膨らんで今の方が可愛いよ」
「もう、バカ!」
「僕は?若い頃と比べてどう?」
「あなたは……今も昔も足が短い」
「……」
 
昔からそうなんだけど、彼女は僕のことを足が短い足が短いと胸を張って言っていた。
確かにそう思うんだけど、そこが僕の難点でもあった。
 
「彼女できた?」
「できたけど別れた」
「で?」
「で?って?」
「彼女のこと本当に好きだったの?」
「……」
 
僕たちは3年も付き合ってきただけあって、僕のことは何でもお見通しだった。
前回の彼女は3ヶ月で別れてその前の彼女は2ヶ月で別れた。
そして山奥に佇む生ぬるい沼の中に沈んでいるような不倫をして、
月の出と共に燃え上がって朝陽と共に冷めてしまうような一夜の恋をして、
結局、また1人――もと通り――になった。
 
「あなたは結局、呆れる程の理解がある人じゃないと続かないのよ」
同じ部屋で同じソファーに座っている過去の彼女はアルバムをぼんやり眺めながら言う。
 
「ずば抜けた独占欲と?」
「並外れの忍耐力」
「そして?」彼女が僕の方に首を傾けて言う。
「桁外れの理解力」
 
それは6年前の僕たちの合言葉だった。
2002年09月01日(日)  両手。
日曜日は休診なので、平日あんなに人で埋まっている外来はとても静かで
日曜出勤の僕は、1人で薬を調合したり、診察室の掃除をしたり、事務の人と話したり
受け付けの椅子に意味もなく座ったりする。
 
お昼前、70歳くらいのお婆ちゃんが「どうしても眠れないので点滴をうって下さい」
と休診の外来に来た。
Drから指示をもらい、点滴の準備をする。
 
「困ったものです。まったく眠れないなんて」
お婆ちゃんはベッドに横になり溜息をつきながら言う。
「そうですよねぇ。眠れないと、体がきついですよねぇ」
僕はお婆ちゃんの血管を探りながら言う。点滴を刺して、しばらくお婆ちゃんと話をする。
今日は休診なので、僕はいつものように忙しくないのだ。
 
独り暮らしのこと、盆休みに孫が帰ってこなかったこと、もう何日も眠っていないこと、
お婆ちゃんは病室の天井を見上げながら、ゆっくりと話し始める。
 
僕は針を固定して「そうですね、そうですよね」と言いながら点滴の管をテープで固定する。
お婆ちゃんの手はとても細くて、血管が何本を浮き出ていて、少し震えていた。
 
僕はその右手をそっと握る。お婆ちゃんは話し続ける。
僕はその右手をそっと撫でる。お婆ちゃんは話し続ける。
僕はその右手をそっと両手で包む。お婆ちゃんはウトウトしはじめる。
 
それからしばらくしてお婆ちゃんは瞼を閉じて、寝息を立てる。
僕はその右手を両手で包んだまま、しばらくベッドの横に座り続ける。
 
点滴とか、睡眠薬とか、そういうのじゃなくて、
まだ上手く説明できないけど、
独り暮らしのお婆ちゃんが眠れなくなるのは、多分、こういう包み込む両手のような存在を
求めているんだと思う。

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