2002年08月31日(土)  失敗作。
これまでの人生で、どれだけの失敗を経験してきたのだろう。
いったい幾つのミスを侵してきたのだろう。
いくつの誤りを、いくつの過ちを重ねてきたのだろう。
 
勿論、詳細な回数なんて数えられるわけがないけど、
それは田舎のお婆ちゃんちの近所の秀おじちゃんの家の近くの牛小屋の牛の数より
確実に多いと思う。糞にたかる蝿の数よりきっと多いよ。
 
とにかく僕は牛の糞にたかる蝿の数ほど小さなミスを積み重ねて
その結果として今の僕がいるわけで
ということは現在の僕は銀蝿に負けず劣らず愚かな存在だということになる。
 
ん?なんか違う。えっと、話を戻そう。やっぱりテレビ見ながら日記書くと駄目だね。
僕は「ウォーターボーイズ」はビデオでゆっくり見たいって言ったのに
友人は「テレビでやってるから今見ればいいじゃん」と言う。
まぁ、それはそうだけど、それはそうともいかないんだよ。
なんていうのかな、テレビで見るとCMが入っちゃうとか、何だかその映画の価値とか
うまく言えないけどそういうの。
だから僕は映画はビデオで見てナンボなんだ。
 
あー気が散る。テレビを、今すぐ、消してくれないか。
駄目?駄目かい。そうかい。お前が消えろ?そりゃそうだ。僕が消えればいいんだ。
ってここは僕の部屋!
 
えっと、テーマは小さなミスの積み重ねがもたらす現在の自分像ってことが今日のテーマなんだけど
キミはどう思う。えっ?何?聞こえないよ。何だって?うるさい?あ、ゴメン。テレビを見てたんだね。
キミはこれからもそうやって小さなミスを積み重ねて土曜ロードショーでも見てるがいいさ。
そんな間にも僕は刻一刻と物事の真実に近づいてるんだ。
 
小さなミスの積み重ねで現在の僕がいる。まぁ、そういうことだね。
今夜キミを部屋に呼んだことも、1つの小さなミスなんだ。
26歳の独身男が高校性のウォーターボーイズに負けちまったよ。寝る。
2002年08月30日(金)  26−19=1/3
「最近見ないね。何やってるの?」
行き着けのスナックのホステスのお姉ちゃんに久し振りに会った。
ホステスのお姉ちゃんといっても年齢は24歳で僕より年下だった。
本人は24歳と言っているけど、他のホステスからあの子は19歳だという真実を聞いた。
 
ホステスは時として、このようなしょうもない嘘をつく。
24歳の女の子が19歳とさばを読むのならまだしも、
19歳の女の子が24歳とさばを読む必然性はどこにあるんだろう。
 
ホステスを辞めて普通の19歳の女性になった彼女はラブホテルでバイトをしていると言った。
 
「大変よホントに。わざわざ台風の日に来るなっちゅうの」
「多分、こんな日は外で遊べないから、ラブホテルに行っちゃうんだよ」
「だったら自分の部屋でしろっちゅうの」
「自分の部屋じゃ、刺激とか、ないからでしょ」
「自分の部屋じゃ刺激がないからじゃなくて相手の男に刺激がないのよ」
 
彼女はまだ19歳なのに、時々大人びたことを言う。
「そうかもしれない」
そして僕は若い子にそんなことを言われるとすぐ尻込みしてしまう。
 
「シーツはクシャクシャのまま帰るし!ゴムはティッシュにくるまないまま帰るし!」
 
言い忘れたけど、今日僕はこの元ホステスの彼女とツタヤでばったり会った。
新作CDの棚の前で僕に向かって大声でそんなことを言うので
周りの人はきっと僕のことをシーツをクシャクシャにしてゴムは放り投げるような男だと思ったに違いない。
 
「で?時給とかスナックよりいいの?」
「いいわけないでしょ!時給なんて3分の1よ!他人のセックスの後始末がスナックの時給の3分の1なのよ!」
「他人のセックスの後始末って言葉、なんかイヤだなぁ」
「間違えてる!?私間違えてる!?何がイヤだっていうの!?」
「ほら、違う言葉に置き換えるとかさ」
「例えば!?言ってみなさいよ!」
「んー。愛の抜け殻とか」
「バカじゃないの!?」
「ゴメン。バカだったかもしれない。恥かしく、なってきた」
 
彼女は大声で笑う。19歳の女の子に大声で笑われるなんて。
 
「で、どうしてスナックやめちゃったの?」
「んー。よくわかんない」
「わかんないって?」
「んー。知らない人とね、仲良く話す振りするのが、なんだか怖くなっちゃったの」
「……」
「すごく怖いの」
 
彼女が本当に24歳だったら、よかった。
2002年08月29日(木)  決定の選択。委ねる人、委ねられる人。
「なんで予約しなかったのよ!」
彼女は電話口で叫ぶ。僕は休日で自分の部屋にいるから電話口でいくら大声で叫ばれたって構わないけど
彼女は職場で、しかも職場の電話で叫んでいるのだから叫ばれているこちらが冷や冷やする。
 
「あなたこの前だって予約してなくて店に入れなかったじゃない!」
僕はこんなに私的な不平不満を大声で叫ぶことができる職場環境が羨ましい。
「だってほら、この前は週末だったでしょ。だけど今日は平日でしょ。大丈夫だよきっと空いてるよ」
「あなたのその根拠のない自信はいったいどこから来るのよ!空から?空から?ねぇ!空から?」
「なんでそんなに空にこだわってるんだよ。空から自信なんて降りてきやしないよ。
僕はただ今日は平日だから予約しなくても席は空いてるだろうって憶測してるだけだよ」
「そういうのは希望的憶測っていうのよ!バカ!いい加減!」
僕は受話器から耳を離す。やけにイライラしている。
これで今夜の食事で彼女が小さなバッグを持ってトイレに行ったら確実に生理だ。
 
「わかったよ。ごめん。ごめんなさい。ごめんなさいね」
「心のこもってない謝り方がムカつく」
「はいわかりました。申し訳ありません。只今早急に予約を申し込みますので
どうか気を鎮めてください」
「今夜の食事は?」
「僕がご馳走しますので」
「よろしい」
「ちっ」
「(わっ!何よそれ!)」
 
僕は受話器を切る瞬間に相手に聞こえるように舌打ちをして電話を切る。
そんなに怒るんだったら自分で予約すればいいんだ。
 
「すいません。今夜空いてますか?」
「何名様でしょうか」
「2人なんですけど」
「少々お待ち下さいませ……。はい、空いております。テーブルとカウンター、どちらがよろしいでしょうか?」
「あ、どっちだっていいです」
「それではテーブルをご準備しておきます。お料理の方は単品とコース、どちらがよろしいでしょうか?」
「どっちだっていいです。僕が決めることじゃないですから」
「はぁ……。それではお待ちしております」
 
ホッと一息の時に吐くような溜息をついて彼女に電話をかける。
  
「予約できたよ」
「ありがとー!さすが頼りになるわね!」
「テーブルかカウンターか単品かコースかとか尋ねられたけどキミが決めることにしてよ」
「あっ!私今日座敷がいいー!」
 
ちっ。予約する店間違えた。
2002年08月28日(水)  少々遅めの誕生日プレゼントに兄の苦労を込めて。
彼氏と同棲している妹が僕の職場に来た。
 
「お兄ちゃん、部屋の鍵貸してよ」
妹は外来受付の窓から手を差し出す。小学校の頃、廊下で妹と擦れ違うととても恥かしかったものだが
職場に妹が来るというのも、少し恥かしい。
 
「どうしたんだよ急に」
「近くまで寄ったからアパート行ってみたら鍵閉まってるし」
「当たり前だろ。お前の都合のいい日に休みってわけじゃないんだ」
「わかってるわよ。だからこうして職場まで来てるんじゃない」
 
僕はロッカーへ部屋の鍵を取りに行く。そして気付く。7月26日が妹の誕生日だったことを。
 
「そういえば、誕生日おめでとう」
僕は外来受付の窓から手を伸ばして妹に部屋の鍵を渡す。
「遅いわよ。電話も、メールもくれないなんて」
僕は人の誕生日をなかなか覚えられない。例えそれが妹であっても。母の誕生日だって知らない有様だ。
 
「で?今日はいつまでいるの?」
「う〜ん。夕方には帰ろうかなって思ってる」
「わぁ。それは、残念だ。僕は7時まで仕事なんだ。誕生日プレゼントを、渡そうと思ってたのに」
「ホント!?」
僕はその時点でまだ誕生日プレゼントを買っていなかった。
 
仕事帰り妹に電話をする。
「今どこにいるの?」
「まだお兄ちゃんの部屋よ」
僕は苦い顔をする。妹はてっきり帰ってしまったと思っていた。
 
「そ・そうか。じゃ、今から帰るから」
と言って電話を切って、車のハンドルをアパートと反対の方向へ切る。
行き付けの雑貨屋に寄って、誕生日プレゼントを物色する。
妹は彼氏に夏物のバッグを買ってもらったと言っていたので、秋物のバッグを買った。
少々高めだったけど、彼氏には勝ったと思った。勝負する時点で間違えてると思うけど。
誕生日プレゼントのバッグを無理矢理自分のバッグに入れた。
 
「おかえりー!」
アパートに帰ると輝かんばかりの笑顔で妹が待っていた。
僕はなんでもない顔をしながら自分の部屋に行き、押し入れをわざとらしく大きな音をたてながら
開けたり閉めたりして、妹に聞こえるか聞こえないかの声で「あった」と呟き、
妹にバレないように自分のバッグに押し詰めてあった誕生日プレゼントを取り出した。
 
「はい、誕生日おめでとう。ようやく、渡すことができたよ」
「ありがとー!開けてもいーい?」
妹は輝かんばかりの笑顔でプレゼントを掲げる。
兄の苦労も知らずに。
2002年08月27日(火)  狼狽と驚愕と爆笑と道化。
昨夜11時。ドアをノックする音。「こんばんは」職場の後輩が立っていた。
 
「どうしたんだよ。こんな時間に」
「すいません。あいつが、入院したもんで」
 
僕が住んでいるアパートは産婦人科の近くに建っている。
後輩の子供がとうとう産まれるらしい。
 
「こういう時ってどうしていいかわかんなくて先輩のとこに来ちゃいました」
後輩は部屋の隅で小さくなりながら言う。
「どうしたらいいって・・・。陣痛は?」
「あ、まだないです。だけどずっと傍にいるってのも、何か、落ち着かなくって」
 
「こういう時に男が落ち着かなくてどうする!」
僕は先輩らしく威厳に満ちた声で言う。後輩の肩が一瞬縮まる。
「いいか、こういう時はとにかく落ち着くんだ。まずは呼吸から。ふっ、ふっ、はぁ〜」
「ふっ、ふっ、はぁ〜。ってラマーズ法かよ!」
後輩は肩を落とす。先輩になんて相談するんじゃなかったと思っているに違いない。
 
「あっ!そういえばね、僕ってすごいんだよ。今日発見したんだけどね、
ちょっと見ててよ。ふが・・・あ・・・ふ・・・が・・・」
「わぁ!先輩すごいや!こぶしが丸ごと口の中に入ってるや!香取慎吾みたいだよ!
ってそんなこと今やんなくてもいいじゃないですか!」
「な?すごいだろ?」
「全然すごくないですよ!今そんなことやる意味がないですよ」
「僕の口と同じくらいキミの奥さんの子宮が広がるってことだよ」
「先輩ひどいや!」
 
ひどいも何も僕だってこういう状況の時にどう対応したらいいのかわからないのだ。
 
「僕、病院に帰ります」
「そうするといいよ。奥さんの手を握り続けるんだ。声を掛け続けるんだ。
奥さんは来たるべき陣痛に恐怖を感じているはずだから、キミはその恐怖に打ち克つように援助するんだ。
何でもないことで気を紛らわせるんだ。僕がさっきまでキミにやってきたような事を」
「は、はい。わかりました。よくわかんないけど。ありがとうございました」
 
 
 
 
 
>AM10:36 
>先輩!生まれました\(^O^)/男の子です!
>昨日はありがとうございました!先輩のおかげ(?)で落ち着きを取り戻すことができました!
 
後輩からのメールが届いているとも知らず、
今日の午前10時36分の僕は、ナースステーションで口の中にこぶしを入れて
看護婦さんたちを驚愕と爆笑の渦に巻き込んでいた。
2002年08月26日(月)  純粋なる気持ちと無垢なる想い。
あー、もう。世界中の全ての人々が幸せでありますように!
 
今日、僕がこんなに上機嫌なのは、久々にデートに誘われたからであります。
自分の幸せの尺度を通さないと他人の幸せなんて考えられない器の小さい僕ですが
まぁ、人間ってそういうものだと思います。
ナイチンゲール?あれは、伝記だよ。
 
というわけでデートの話。今回のデートはいつもの調子とちょっと違う。
公式な手段を踏んだ上でのデートなのだ。
 
公式な手段とは?
・呆れるほどのメールのやりとり
・排他的な趣味の共通
・待ち合わせは午後3時
・僕はポロシャツ、君ワンピース
 
非公式な手段とは?
・酒の勢い
・性欲の興奮
・やけっぱち
・水風船
 
とまぁそんなとこだろう。
とにかく今回は、堂々と胸を張ってポプラ並木を歩けるってわけだ。
ポプラ並木?イメージだよイメージ。公式なデートのイメージだよ。
ちなみに非公式なデートのイメージは桃色輝くネオン街。なんてね。
 
今回、僕がいたく気に入っているところは、待ち合わせが午後3時ということなんです。
午後3時にアルコールはまず飲まない。
僕がアルコールを飲んでしまうと好きでもないのに「キミが好きだ」と言ってしまうし
欲しくもないのに「キミが欲しい」と言ってしまうし、
ワインを飲みながら「キミのロゼ色の唇に酔ってみたいよ」なんて言ってしまう。
最後のセリフは嘘。
 
そういうわけでひどく上機嫌な僕は修学旅行を今か今かと待ちわびる小学生のようにウキウキしているのです。
新しいパンツ買ったりなんかしてね。呆れるほどの新しいパンツ。
 
デートのお相手は、CMで間抜けな顔して「抜けちゃう抜けちゃう抜けちゃうの」って歌いながら
ワキ毛を剃る女性に似ている24歳。もちろん独身。
 
花に例えるならば残暑に咲き誇るヒマワリ。
星に例えるならば獅子座流星群のような眩い煌めき。
宝石に例えるならばロマン輝くエステールのプラチナダイヤモンド。
魚に例えるならば今が旬の秋刀魚のような流線型。
 
僕が三枚にさばいてやるんだ。
2002年08月25日(日)  丸書いてチョン。
所用で福岡に行っていて、今日帰ってきた。呪いをかけられたのでとても疲れている。
 
帰りの電車はとても込んでいて、自由席は相席せざるを得ず、
僕の隣には5歳くらいの女の子が座っていた。後ろの席にはそのお母さんと妹が座っていた。
 
この女の子、歳の割にとても大人しくて、窓から景色を眺めようとせず、
かといって後ろの席のお母さんに身を乗り出して話そうともせず、ずっと一点を見つめているだけだった。
 
「テレホン…カード…は…、…にて…はんばい…して…おります…
おとくな…かいすうけん…も…、…しております」
 
突然女の子は独り言を始める。一点を凝視しながらしきりに何か言っている。
僕はその視線の先を探る。数メートル前方に「JR九州」の張り紙。
この女の子はその張り紙に書いてある小さな字を読んでいたのだ。
あまりにも小さいので僕には読めない。
 
僕は再び小説に目を落とす。女の子の独り言はまだ続いている。
窓の景色なんて最初から存在しないみたいに、周囲の張り紙の文字という文字をひたすら読んでいる。
 
「おおかみと…きりんさんは…ながいから…いっぱい…まほうつかいは…
まほうつかいのおばあさ、おばあちゃんは…とっても…」
 
僕は耳を澄ます。この子は、何を言っているんだ。
そんなこと、どこに書いてあるんだ。再び女の子の視線の先を探る。何もない。
僕は再び小説に目を落として考える。何を言っているんだ。狼?キリン?魔法使い?
 
僕は小説を読むふりをしながらしきりに女の子が言っていたことを整理しようとする。
先述の単語に該当しそうな童話を探したり、童謡を考えたりする。
だけど狼やキリンや魔法使いが一緒に出てくる物語も歌も浮かんでこなかった。
これはこの女の子の創作だ。と思ったその時、
 
女の子は隣の席で僕の方をずっと見上げていて
――僕はその創作のことを考えていたのでどのくらい見上げていたのかわからなかったけど――
僕と目が合って、ニコリと笑ってみたけど、女の子は笑い返しもせず、
ずっと張り紙を見るような目つきで僕をしばらく見つめていて
 
僕に向かって、指で大きな円を書いて、その円の中心にちょんと点を書く仕草をして
それからやっとニコリと笑って、また前を向いた。
 
というわけで今日僕はとても疲れている。旅の疲れじゃなくて
多分、あの少女の呪いか何かなんだろう。
2002年08月24日(土)  音。空気。臭い。それも親密な方向で検討。
「しっ!静かにして!テレビの音も、全部消して!」
 
彼女は突然そう叫ぶ。午前1時。空き巣でも、侵入したのだろうか。
僕はソファーの上で座り直し、両手を膝の上に乗せ、息を呑み、全神経を耳に傾ける。
遠い道路でトラックが走る音。自転車をこぐ音。
もっと耳を澄ます。雲が流れる音。月の光の音。星と星が重なり合う音。
 
プッ。
 
「ははっ。やっと出た。ごめんね。窓開ける?」
 
てめぇ。人前で、屁をするとは、何事だ。
恥ずかしさなど臆面も見せず、それどころか屁をするという事実を予告してアピールするという卑劣な手段。
僕はこれでも男でキミはそれでも女なんだ。
 
「何よ。それじゃあ女は屁をしちゃいけないっていうの」
 
僕は逆ギレなんかに便乗しない。断言しよう。女は人前で屁をしちゃあいけない。
考えてみたまえ。僕たちは非常に微妙な時期なんだ。
独身の男性と女性が同じアパートで深夜1時までビールを飲んで話をしている。
この事実が立証する意味を考えてみるんだ。深夜2時にはお互いどうなっているかを考えてみるんだ。
 
「わー。イヤラシイ」
 
イヤラシイも何もあるもんか。僕はもうそんなことは考えてないよ。
さっきまでの親密な空気は一変して今夜の食事が消化された空気で充満してるじゃないか。
今夜のエビフライのことを考えながらセックスなんてできっこないよ。
 
「じゃあ、帰る」
 
えー。ちょっと待ってよ。時計を見なよ。午前1時。
イヤラシイこと考えている人たちが街中をウロウロしてる時間だよ。危ないよ。
 
「街中の方が安心だよ。空気も、綺麗だし」
 
空気も、って。汚したのはキミだろう。
僕は心の空気清浄機でせっせと親密な空気を作っていたんだ。
帰るだなんて、よしてくれ。僕はもうお酒も飲んでるし、運転はできないよ。
 
「じゃあ、布団敷いてよ」
 
何するの?
 
「親密な空気を作るのよ」
 
うほー。
2002年08月23日(金)  嘘の大火事。
友人の誕生パーティがあるのをすっかり忘れていて、僕はユカちゃんと食事に行っていた。
 
「もしもしっ!今どこにいるのよ!」
「あ、あぁ。ごめん。寝てた」
「嘘つかないでよ!メチャクチャ騒がしいじゃない!」
「あ、あぁ。ごめん。騒がしいとこで寝てた」
「どうしてそんなに嘘の上塗りなんてするのよ!」
「本当のこと言ったってどっちにしろ怒るでしょ」
「怒るわよ!もうみんな来てるのよ!だいたいあなたはいつも・・・」
 
ピッ。
 
「誰から?」
一緒に食事をしていたユカちゃんがパスタが絡まったフォークを口元で止め、ニヤニヤしながら言う。
「妹だよ。なんでもないよ」
僕は食後にって言ったのに食前に来てしまったコーヒーを飲みながらなんでもなさそうにそう言う。
「なんかスゴイ慌ててたみたいだったけど?」
ユカちゃんは時々悪いことをした子供に尋問する母親のようにとても意地悪になる。
「あ、あぁ。慌てるほどでもないよ。実家がね、火事なんだって」
そして僕はどの嘘をどのように上塗りしてきたかわからなくなる。
「まぁ、大変!」
ユカちゃんは笑いながら大袈裟に指を開いて口元を隠す表情をする。
 
「また電話鳴ってるわよ」
「あ、あぁ。本当だ。電話が、鳴ってるね」
「消しに行かなきゃ」
「電話を?」
「火事よ」
「ありがとう。またご飯でも食べに行こう」
 
ユカちゃんはとても優しい。何だってお見通しだ。
僕は車に乗った途端に慌て出して誕生パーティの場所へ急ぐ。
 
「お待たせ」
「ああーっ!!遅いよー!!何やってたのよー!!」
「実家がね、火事だったんだ」
 
ねぇ、知ってる?
世の中のね、7割は虚偽で成り立ってるんだって。
2002年08月22日(木)  白鳥に乗ったシンデレラ。
数日前、近所のスーパーで高校の同級生の女の子と久々会って、
僕の買い物かごには惣菜とインスタントラーメンとコーヒーと菓子パンが入っていて
彼女の買い物かごにはレタスとトマトと台所洗剤と豚のコマ切れとかんぱちの刺身が入っていた。
 
「え?結婚したの?」
「うん。知らなかった?」
 
買い物かごを見て結婚していると判断したわけではない。
その小さな眼鏡とは少し不釣り合いなマタニティドレス。
8ヶ月も小さな命を宿しているその腹部は、彼女の幸せを象徴していた。
そしてインスタントラーメンが入らない日がない買い物かごは、僕の相変わらずの現状を象徴していた。
 
「彼女とはうまくいってるの?」
幸福の妊婦は僕に辛い質問を投げかける。
「え?いつの?誰のこと?」
僕の受け答えはいつだってしどろもどろだ。
「ははっ。去年の今頃付き合ってた彼女のことよ。去年の祭りで会ったじゃない」
「あ、あぁ。別れちゃったよ。夏が終わって飽きが来た。みたいな」
「ははっ。バカねぇ」
僕は、自分の不幸を笑い話に変換できる術を持っている。
 
「で、今は彼女はいないってこと?」
「今も、彼女はいないんだ」
「あ、ちょうど良かった!紹介しよっか?」
 
誰も僕がひどい男だとは知らずに、女の子を紹介しようとする。
そして1度紹介した人は、2度と僕に紹介しなくなる。
僕と付き合った女性は、最後におもりを付けられて「不信」の海に沈められてしまうんだ。
 
「ごめん。紹介は、いいよ。僕は運命的な出会いがしたいんだ。
買い物帰りにアパートへの道をトボトボ歩いていると白鳥に乗った餅肌の女の子が空から落っこちてくるんだ」
「・・・で?」
「で?って突っ込んでくれないんだね。まぁ、いいや。
でね、その傷ついた白鳥と女の子をアパートに連れて帰って泊めてやるんだ。
そして朝起きたら白鳥は毛布の中で鳩になっていて、女の子はガラスの靴を残して消えてしまってるんだ」
「なんだか滅茶苦茶だけど、要するに魔法が溶けちゃったってわけね」
「お、話がわかるねぇ」
「だって昔と全然変わってないもん」
彼女は大きなお腹を揺さぶりながら言う。
 
「だけどそんなことばっかり考えてるといつまでも結婚できないわよ」
「わかってるよ!」
 
柄にもなく、本気で怒ってしまった。
2002年08月21日(水)  ポーカーフェイス。
駆け引きっていうのは、要するに、思わせ振りの応酬なんだよ。
もしかしたら相手に彼氏がいるかもしれない。もしかしたら私のこと何とも思ってないのかもしれない。
予測が新たな憶測を呼び、不安が新たな恐怖を生み、脱出不可能な蟻地獄にはまっていくんだ。
 
それが恋が駆け引きなんだ。それを醍醐味としている一部の人たちはそれに全力を注ぐんだ。
誰がハートのエースを持っていて、誰がジョーカーを隠しているか。そういうことを。
 
僕もどちらかというと、その駆け引きの部分を好む人間なんだ。
トランプのゲームもね、長くやっていると相手が持っているカードがわかるんだ。
角が少し折れてるのはスペードのエース。表面に小さな傷が付いているのはダイヤのジャックという具合にね。
 
トランプはね、カードだけの勝負じゃない。
セックスと同じで一番重要なのは、表情。相手の表情から気持ちを汲み取るんだ。
これは本気だ。これは演技だ。ん?これは演技のような気もするな。
とにかく手持ちのカードと自分の表情の双方の力が必要なんだよ。
 
で、恋の駆け引きで一番大切な表情はなんだと思う?ん?ポーカーフェイス?
私は何とも思っちゃいないわよ。って表情?
それは間違ってるよ。ポーカーフェイスって誰でもそう簡単にできる表情じゃないんだ。
勿論あくびのように自然に出てくるものでもない。
例え自分がそう思ってても左の眉毛はピクリと動くし、まばたきも少し多くなるんだ。
今まで見せてた白い歯だって途端に見えなくなる。
 
一番大切なのは何だと思う?ふふふ。何だと思う?へへへ。何だと思・・・ってそんなに急かすなよ。
こんなことでそんなにイライラしちゃあ、だめだ。駆け引きなんて、できないよ。
駆け引きにはね、時に大雨の日に新聞配達をするような忍耐も必要なんだ。
 
一番大切なのは、笑顔!
 
銀歯なんて気にしないでヘラヘラ笑っとけばいいんだ。
どんなときも、どんなときも、僕が僕らしくある為に。なんてね。
隙を見せない笑顔を作るんだ。まず!笑顔!表情筋を駆使して壁を作ること!
 
僕の言ってる意味、わかる?へへへ。わかんないでしょ。
キミもこれから僕みたいに毎回毎回ジョーカーを引き続けてたらわかってくるよ。
笑わずには、いられなくなるんだ。

白い前歯を見せて、銀歯の詰まった奥歯はいつだってギリギリと噛み締めてるんだ。
2002年08月20日(火)  卑怯な女、狼を被り、今夜も僕を舐め回す。
彼女は卑怯な女だ。
往々にして卑怯な女は要領が良い。彼女も例外ではない。
 
時に卑怯な女は、草原の片隅に突如として現れるアゲハ蝶のように大胆で
スズメ蜂が巣ごとかかっても敵わないような強力な毒を持つ。
 
流行に敏感なその唇の色は季節と共に変化し、
肌はエステで輝き、爪はサロンで磨かれ、思考回路は江國香織に占領され、
麦藁帽子と清楚なワンピースの下には黒いブラジャーをまとっている。 
  
彼女は自分の物差し以外では物事を考えようとしない。
いつも自分の目線で物事を考え、目線の範囲から脱落するものは、無関係を意味する。
 
卑怯な女は、酒を好む。無意味な激情を曝け出す。突然の慟哭で脅かす。
10分ごとに受信されるメールも、
メールの内容の幼稚な表現も、
端を切ったように、連続して書かれている無理な要請も、
卑怯な女のなせる業。憐れな男が落ちる術。
 
落とされるとわかりきっていた落とし穴に口笛吹きながら踏みいれる男は
穴に落下した瞬間に大きな勘違いをする。
この女は、オレのものになった。
  
きっと彼女は、そんな状況を甲高く笑っているに違いない。
僕が真っ暗な落とし穴に落ちてしまって、不安どころか満足感に浸りながら
楽観的な心境と状況の中で、彼女にメールを送っている頃、
 
その卑怯な女は、今夜焼肉を食べて明日の朝と昼ご飯を抜くことと、
今夜は冷し中華にして明日の朝はトースト食べてお昼にパスタ食べるのと
どっちがダイエットに効果的なのかしらということばかり考えているんだ!
落とし穴へ手を差し伸べるのは、塩カルビを食べ終わってからにしようとか!そういうことを!
 
僕は返信されるメールを待ち続ける。
僕という「存在」と「塩カルビ」が同じ天秤にかけられているということを知らずに。
 
僕は落とし穴から差し込む淡い月の光を見上げ続ける。
いつか彼女が、救出のはしごを降ろしてくれることを信じて
そのはしごが僕の「存在」を支えきれずに途中で折れてしまうことを知らずに。
 
途中で折れたはしごを見てもなお落とし穴の下から「愛してる!」と叫ぶ自分を信じて。
地上では、卑怯な女と、塩カルビが食べ頃になっているということを知らずに。
 
卑怯な女の、猫の呪いは永遠に解くことができない。
卑怯な女の、化けの皮は永遠に剥がれない。
 
卑怯な猫は、狼の皮をかぶり、今夜も僕を舐め回す。
2002年08月19日(月)  卑怯な男、羊を被り、今夜も私を喰い殺す。
彼は卑怯な男だ。
往々にして卑怯な男は愛想が良い。彼も例外ではない。
 
時に卑怯な男は、米粒に般若新経を書く職人のように繊細で
時刻表を丸暗記している鉄道マニアのように正確な記憶力を持つ。
 
誰よりも早く私の髪型の変化に気付き、
誕生日の午前0時にバースデーメールを送り、
服も指輪も靴のサイズまでいつまで経っても憶えている。
 
彼は彼自身の物差しで相手を見ようとしない。
いつでも相手の女性の目線で、相手の物差しで物事を測ろうとする。
相手の女性は、それを、価値観の相似と勘違いする。
卑怯な男は自分の価値観なんて持ち合わせていないのに。
 
卑怯な男は、駆け引きを好む。無意味な同情を誘う。煩悩を植え付ける。
いつまで経っても返信されないメールも、
メールの最後に書いてある意味深な言葉も、
端を切ったように、連続して書かれている愛の言葉も、
卑怯な男のなせる業。憐れな女が落ちる術。
 
落とされるとわかりきっていた落とし穴に自ら足を踏みいれた女は
穴に落下したときに擦り剥いた膝の傷を愛惜しそうに撫でる。自らの陶酔で傷を癒す。
 
きっと彼は、そんな状況をせせら笑っているに違いない。
私が真っ暗な落とし穴に落ちてしまって、不安で、だけど嬉しくて、だけど不安の方が少し多いような
複雑な心境と状況の中で、彼へメールを送っている頃、
 
その卑怯な男は、部屋のエアコンを28度にして、扇風機を弱にすると、
エアコン23度の時よりも電気代が少し浮くんじゃないかということばかり考えているんだ!
落とし穴へ手を差し伸べるのは、「笑っていいとも」が終わってからにしようとか!そういうことを!
 
私は返信されるメールを待ち続ける。
私という「存在」と「笑っていいとも」が同じ天秤にかけられているということを知らずに。
 
私は落とし穴から差し込む眩しい光を見上げ続ける。
いつか彼が、救出の紐を降ろしてくれることを信じて
その紐が私の「存在」を支えきれずに途中で切れてしまうことを知らずに。
 
途中で切れた紐を見てもなお騙されていると信じようとしない自分を信じて。
地上では、卑怯な男と、タモリがせせら笑っているということを知らずに。
 
卑怯な男の、狐の尻尾は永遠に見ることができない。
卑怯な男の、化けの皮は永遠に剥がれない。
 
卑怯な狼は、羊の皮をかぶり、今夜も私を喰い殺す。
2002年08月18日(日)  日曜午後憂鬱症候群。
昨日の夜から飲んでいて、今日の午前5時に帰ってきて、シャワーを浴びて
うっすらと明るくなってきた空を見ながらベランダで洗濯物を干して、
大きなあくびを2回して煙草を吸って
3回目のあくびの直後に鈍器で後頭部を突然殴られたような睡眠が訪れた。
 
今日は友人と昼食に行く予定があったので、その友人から昼前に電話がくるだろうと思い、
目覚し時計のセットもせずに枕に顔を埋ずめていた。
 
ふと目が覚める。手探りでリモコンを探しテレビをつける。
テレビでは24時間テレビをやっていたので、今の時間なんてわからない。
憐れな芸能人が足を引きずって走っている。ゴールのテープの向こうには強制的な感動が待っている。
僕は24時間テレビが、嫌いだ。
 
ビデオの時計を見る。目をこすってもう一度見る。確認の為に壁掛け時計を見る。
午後6時。
慌てて友人に電話を掛ける。
 
「おはよー」
「おはよーって!今何時だと思ってるんだよ!」
「あー。今まで寝てたからわかんないやー」
「寝てた!?いや、僕も今まで寝てたんだけど、今日が間違いなく日曜日だったら『料理バンザイ』をやってる時間だよ!」
「あー。料理バンザイってもう終わってるでしょ」
「知らないよ!とにかくもう6時なんだ。サザエさんとかチビまる子ちゃんが始まってる憂鬱な夕暮れ時だよ!」
 
友人も朝まで飲んでいたらしい。
というわけで僕たちは午後7時に、遅めの「昼食」を食べに行くことになった。
 
「ごちそうさまー」
そして友人に貸しがあるので僕がおごることになった。
24時間テレビと同じくらい、義理と人情は、嫌いだ。
 
帰りに僕のアパートに寄って「あるある大辞典」を見た。
時々胡散臭いことも言っているけど、全てが胡散臭い24時間テレビよりは好きだ。
 
友人はろくにテレビも見ずに、僕の昔のアルバムを見ていて
昔の彼女の写真を引っ張りだしては、写真を自分の顔に当てて僕の方を見て
「ねぇー。マー君。捨てないでー。別れないでー」
などと言っていた。
 
「あるある大辞典」が面白かったので、ずっと無視していた。
2002年08月17日(土)  生理を語ろう!
「ねぇ、生理中ってどうして体重がちょっと増えるのかしら」
 
知らんよ。僕は。話をする相手を間違えてるよ。
じゃあ、どうしてお風呂上りってチンチンが10cmくらい伸びてるのかしら。
 
「ホント!?」
 
嘘だよ。嘘に決まってるじゃん。風呂上りって伸びても3cmが限界だよ。
 
「ホ・ホント!?」
 
嘘だよ。伸びないよ。伸びる意味がないよ。むしろ伸ばしたいくらいだよ。
これでわかったでしょ。男と女。僕たちは互いに知らないことが多すぎるんだ。
だから僕に生理が云々なんて話、しないでくれ。
 
「生理ってさ、不治の病みたいなものなのかしら」
 
だからわからんよ。キミは僕を、からかっているのか。
しかも不治の病じゃないよそれは。恋愛と一緒で然るべき時になったら必ず終焉が訪れるんだ。
前者は失恋といって、後者は閉経というんだ。看護学校で、習ったんだ。
 
「私ね、生理が始まる3日前くらいから手足がむくんでるような気がするの」
 
そんなこと聞いてないよ。もう、生理の話は、よそう。
ちなみにそれは月経前緊張症っていうんだよ。看護学校で、習ったんだ。
 
「生理ってさ、不治の病みたいなものなのかしら」
 
キミの一番悪い癖は、人の話をちっとも聞いていないということだ。
さっき失恋と閉経の話をしたばっかりじゃないか。
 
「閉経って、何?」
 
帰ってくれ。もう、キミとは話したくないよ。
これじゃ僕の方が生理に執着してるみたいじゃないか。
閉経って不治の病なんだよ!こんなこと言ってもキミはちっとも聞いてちゃくれないから
僕はもう、いい加減なことばかり言ってやるんだ。
 
「じゃぁ、どうして生理前ってイライラするのかしら」
 
何でもかんでも生理の所為に、するんじゃない。
キミはいつだって冬の訪れを恐れる熊みたいにイライラしてるじゃないか。
僕はキミに対していつだって夏の訪れを待ち続けるセミの幼虫みたいに丸くなってる有様だよ。
もう、よそう、この話は。これは同性の友達に相談するべき種類の話なんだ。
 
「あ、そういえばすっかり忘れてたんだけど、あの時から生理が来なくなっちゃったの」
 
マジかよ!なんでそういう事を忘れてたなんて言えるんだよ!要点は最初に言ってくれよ!
参ったなこりゃ。違うよ。脂で顔がテカってるんじゃないよ。
これは、冷や汗っていうんだ。
2002年08月16日(金)  見たこともない花が咲くでしょう。
時々、無性にラーメンが食べたくなるように、無性に結婚したくなる時がある。
 
無性に結婚したいといったって、所詮ラーメンの衝動と似たようなものなので
それは暫くすると、台風一過後の電線にぶら下ったどこかのベランダから飛ばされたTシャツのように
小さな憐れみだけを残して消え去ってしまうのである。
 
だけど、食器を洗ったり、家賃を振り込んだり、光熱費が引き落とされたり、ベランダで洗濯物を干しているとき、
ふいに、結婚がしたくなってしまう。
 
別に家事が嫌いなわけではなくて、ただ、そういうものの、雰囲気に、
食器にしたって家賃にしたって光熱費にしたって洗濯物にしたって
そういうもの一つ一つに孤独の影が潜んでいると、どうも参ってしまう。
 
ただ、それを現実的なものとして考えると、どうも滅入ってしまう。
僕を取り巻く今の状況で、今の心境で、今吸っている空気の中で、
結婚なんて遠い夢物語だ。僕が結婚する頃にはタイムマシンだってできてるよ。
 
案ずるより産むが易しで、結婚してしまうと、結構楽しい生活が送れるのかもしれない。
「お前は考え過ぎだよ」なんて結婚した友人からよく言われるけど、
その通り考え過ぎかもしれない。僕は往々にして、物事を考え過ぎてしまう癖があるんだ。
 
1つの物事に枝を付けて、その枝に葉っぱを付けて、花を咲かせて、根を張って、
水をかけて、光を与えて、大きく繁らせて、冬になるとあっという間に枯れてしまうんだ。
 
結局、僕は弱虫で、いつも何かに怯えている。結婚生活だって、例外じゃない。
いつまでも自分に自信の持てない僕は、世の中を上目遣いで眺めながらビクビクしている。
 
部屋のドアを開けるともう夕食は出来上がっていて、僕の奥さんが笑顔で話し掛けるんです。
 
「あなたお風呂にする?食事にする?それとも別れましょうか?」
2002年08月15日(木)  恋愛一人称。
「私を離さないで」
「私だけをずっと見ていて」 
「私以外の人に恋なんてしないでね」
 
恋愛をしていると必ず1つは女性から言われるであろうこのセリフ。
男性は、こういうことを言われて浮き足立ってはいけません。
こういう時にこそ男の第五感を研ぎ澄まし、猜疑の眼を光らせらければならないのです。
 
そもそも「私を〜」「私だけを〜」「私以外の〜」なんてやたら1人称を使う言葉はあまり信用できません。
それは自分のことだけを考えている証拠であり、恋愛の主導権を握ろうとしている宣言でもあるのです。
 
「私だけをずっと見ていて」
などという言葉には、「私の背中をずっと見ていて」「私をずっと追いかけていて」
という意味が暗喩されているのです。
そういう女性は、その背中に、傍目も触れず、ぴったりと彼氏が追いてきている状況を確認し、安心して
当の自分は、一番前でよそ見をしているのです。時にはつまみ食いだってするでしょう。
 
ここで上記のセリフを2人称で表してみましょう。
 
「アナタを離さない」
「アナタだけをずっと見ている」 
「アナタ以外の人に恋なんてしない」
 
ほら。わかりましたか?そういうことなんです。
言い方1つで、そこに置かれた立場も、熱意も、時にはアィディンティティーだって変えてしまうのです。
 
時には「私を〜」「私だけを〜」と1人称を用いて相手の関心を寄せることは悪いことではないのかもしれません。
恋愛とは、確認作業の連続で成り立っているのだから。
しかし、やたらワタシワタシと連発するのは、少々、うんざりしてしまいます。
 
「私のジュース取ってよ」
「私のバッグ取ってよ」
「私の携帯取ってよ」
 
自分で取れよ。
2002年08月14日(水)  シュークリーム半分食べた。
昨日は朝から仕事だったので、隣に寝ていた子をどうにか起こして
何も悪いことはしていないんだけど、とりあえず謝って、8時には部屋を出れるかと聞いたら
「無理よ。すっぴんで外を歩けっていうの?」と言うので、
僕もそりゃそうだと思い(というのも昨夜の印象と随分違ってたからだ)
部屋の鍵を渡して、鍵の隠し場所を教えて、そこに置いて帰るようにと言って、
冷蔵庫にシュークリームとヨーグルトがあるから、それを食べてもいいと言って
携帯電話が見つからなかったけど、そのまま仕事に行った。
 
昨日今日知りあったばかりの子と一夜を共にすると、例外なく目覚めると他人行儀になる。
昨夜はあんなに仲が良くて、冗談を言ったり、手を繋いだりしていたんだけど、
朝になると、まるで昨夜のことは夢だったみたいに思えてくる。
 
同じ病室で、隣のベッドで寝ている入院患者みたいに、朝になると、その女性は他人になる。
それは昨日は酔っ払っていたからかもしれないし、朝になるとすっぴんになるからかもしれない。
 
とにかく夜と朝は、僕を、僕たちを取り巻く空気が一変する。
好意も親密感も運命も、僕たちが寝てしまっているうちに全部消え去ってしまって
その様々な感情は朝になると焦燥感と罪悪感に姿を変えて僕たちの目の前に現れる。
 
今日仕事から帰るとテーブルに携帯電話が置いてあった。
置き手紙も探してみたけど、テーブルの上には携帯電話と、灰皿と、
灰皿の中で何本も揉み消されたヴァージニアスリムだけが置いてあった。
 
そして置き手紙の変わりに携帯にメールが入っていた。
 
>おかえりなさい。お仕事お疲れさま。昨日はとっても楽しかったよ。また遊ぼうね。
ケイタイはなぜか私のバッグの中に入ってたよ。ヨーグルトとシュークリームありがとう。
シュークリームは半分しか食べなかったので、半分はまだ冷蔵庫に入ってるよ。
今度は21日が休みです。20日の夜、飲みに行かない?それじゃまたね。
 
仕事帰りの午後7時は、朝の焦燥感と罪悪感は消え去っているけど、
その変わりにいつもの疲労と厭世感が体中を支配しているので、メールを流し読みして
ソファーに放り投げて、コンビニの弁当を食べながら
 
いつものベニヤ板でできたような好意と親密感と運命を感じることができる夜が訪れるのを待つことにした。
2002年08月13日(火)  入道雲。
僕が住んでいるアパートは、ピラミッド最深部にある王様の部屋のように風通しが悪く
愛媛の段々畑のように日当たりが良いので、朝の訪れは地獄の訪れと同等のもので
 
カプセルホテル顔負けのサウナと化した6畳1間は、
扇風機からクジラの溜息のような生温かい風が送られ、
窓からは小3の頃の担任だった近藤先生の説教のようなミンミンゼミの声が聞こえ、
8月の日差しを思いきり吸いこんだ淡いグリーンの布団は
オープニングでQ太郎を包む雲のように、必要以上にフカフカしすぎていて、
 
かといってソファーは赤点のテストを発見した母の頬骨のように固く、
携帯電話は、どこ行った?
 
いつだって朝になると僕の携帯電話は姿を消す。理由なんて知らない。
 
ふいに右頭頂部を刺激する鈍痛。これは、脳血管の収縮、筋肉の緊張、昨夜の償い、
この鈍痛は、紛れもない二日酔い。
携帯電話は、どこ行った?
 
いつだって朝になると僕の携帯電話は姿を消す。隣に寝てる子なんて知らない。
誰だ、この子は?嘘。僕はこの子を知っている。
手を繋いでアパートの階段を昇ったところまで覚えている。
僕は死ぬ前のフラミンゴのように酔っ払っていて、ドアの鍵の差し込み口になかなか鍵が刺せず
この子がドアを開けてくれたんだ。後は覚えていない。
 
覚えているのは、歴史は夜に作られるってこと。
 
8月13日の午前7時30分。阿呆みたいに暑くて、馬鹿みたいに悲しい。
携帯電話は、どこ行った?
隣に寝ているこの子は誰だ?嘘。僕はこの子を知っている。歴史を作った夜が明けた。
 
ベランダの窓を明けてタバコに火をつける。
肺まで深く吸いこんだマイルドセブンの煙は、その日の午後、入道雲になりました。
2002年08月12日(月)  不安と煙とプールの水と。
キミはいつだって、食事を終えフォークを下ろした途端、トイレから戻ってきた途端、
タバコを揉み消した途端、鏡を見て眉を書き終えた途端、手を繋いで、それから不意に手を離した途端、
そう、いつだって、それはキミの思考回路に仕組まれたプログラムと思われるほど、
いつだって、確実に、同じトーンで、一字一句狂わず、同じ表情で、僕に問い掛ける。
 
「ねぇ、私のどこがいいの?私のどこが好きなの?」
 
知らんがな。何言うとんねん。
そして僕はいつも心の中でなぜか関西弁でそう応える。
 
ここで「キミの全てが好きなんだ」なんて言ったらまず駄目だ。
女性はそんな答えなんて今シーズンのタイガースが優勝できると思うくらい期待していない。
かといって巨人がこのまま独走するだなんて当たり前の答えなんてのも勿論期待していない。
多分、こう尋ねた時の女性って答えなんてこれっぽっちも期待していないのかもしれない。
 
「キミが小さな可愛い子供見た時ってさ、左目の水晶体がやけに綺麗に輝くでしょ。僕はそこが好きなんだ」
 
なんて言って煙に巻いちゃえばいいんだ。彼女の頭に?マークでもつけてやればいいんだ。
理由がないと安心できないなんて、馬鹿げてるよ。
僕はキミが好きになったから、好きなんだ。それ以上でもそれ以下でもない。
 
キミは不安な要素がないと、自ら不安の要因を作り出して、その中に身を投げるんだ。
不安の中に安心を見出そうとしているんだ。
「ねぇ、本当にどこが好きなの?私何もできないし、私より綺麗な人いっぱいいるじゃん」
 
何もできない。私より綺麗な人がいっぱいいる。
まぁ、こういうことだよ。そういうことが自ら生み出した不安の種なんだ。
彼氏がいない時なんてそういうこと全然考えないでしょ。
むしろ「私のほうがあのコより可愛いと思うし何でもできるわ」なんて思ってるでしょ。
でも彼氏ができた途端、弱気になっちゃって。読売ジャイアンツ首位転落だよまったく。
 
だから僕は煙に巻き続けるんだ。
 
「キミは嘘ついた時、鎖骨が少し陥没するんだよ。そんな素直なところが好きなんだ」
 
キミを守る為に。
 
だから僕はなんでもないような顔をするんだ。
 
「キミは2時間目のプールの時間が終わって4時間目の社会の時間くらいに
ふいに僕の耳から出てきた温かいプールの水のような存在なんだ」
 
キミとずっと一緒にいる為に。
2002年08月11日(日)  打ち上げ花火的結婚。
昨夜は職場の栄養士さんと、とあるホテルの最上階ビアホールに行った。
芸能人がテレビで自分のペットを紹介するくらい屋上から見える夜景なんて興味ないけど
栄養士さんには興味津々。窓際のカウンターで短いスカートから見える脚を組んだりしてもうビールどころじゃない。
なんて書いちゃったけど、そんなに興味津々なわけでもない。
 
ただ昨日の昼間、栄養管理室に行ったとき、僕が
「あぁ、暑い。ビールでも、飲みたいなぁ。栄養管理室には、ビール置いてないのですか?」
なんて馬鹿なこと言ったものだから、栄養士さんが
「じゃあ、今夜ビアホールにでも行かない?」
と言ったので
「あ、あぁ、いいですよ」
といつもの如く、僕の口からは断りの言葉なんて出てくるわけでもなく、
 
今夜は昨日レンタルした「オーシャンズ11」でも見ようかと思ったけど、今更そんな理由で断ったって
「じゃあ何よ、私とビアホールに行くのとジュリア・ロバーツとどっちが大事なのよ!」
なんて言うに決まってる。
女性は時々、こういう風にとても不可解な理屈を持って、男に圧力を掛ける。
 
というわけでビアホール。どこかで打ち上がっている花火が見えた。
「わぁ綺麗!」
花火自体はどこかの町内会がやっているような、たいして立派な花火じゃなかったけど
屋上ビアホールで花火が見えるというのは格別だった。
 
「あなたはねぇ、私ずっと前から思ってたんだけどねぇ、ほら、誰にでも愛想いいでしょ、
それがね、私にはわかるのよ。ほら、裏で何考えてるかわかんない人・・・ほら・・・」
「偽善者ですか?」
「そう偽善者!あなたは偽善者なのよ。みんなそれに騙されるのよ。私は、騙されはしないわよ云々」
 
栄養士さんはアルコールが入ると、いつも僕が偽善者だという話をする。
偽善者という言葉が気に入ってるはずなのに、いつも偽善者という言葉を忘れる。
僕は偽善者偽善者と言われて飲むお酒なんて美味しいわけないのだけど
栄養士さんはとても美味しそうにビールを飲んでいるので
「うへぇ。こりゃ、きついや。自己嫌悪に陥っちゃうよ」
なんて言いながら我慢している。
 
そしていつも最後はお互い30まで独身だったら結婚しようと約束をする。
僕は28まで独身だったら結婚しようと約束している友人がいるけど
その友人が先に結婚したら、この偽善者を嫌う栄養士さんと結婚するんだ。
2002年08月10日(土)  蜘蛛の糸とおっぱいの関連性についての考察。
休日に部屋にいたって電気代上がるだけだし、
かといって平日の昼間から遊んでくれる友達なんているわけないし、
仮に遊んでくれたとしても、どうせ僕の部屋でプレステしたり新作ビデオ観たりするんだから
結局、夏なのに、空には灼熱の太陽が輝いているというのに、電気代は雪ダルマ式に加算されていくのです。
 
というわけで、別に痛くなんてないけど、近所の歯医者に行った。
3ヶ月に1回は歯石とタバコのヤニを取りに行くのです。
歯医者はエアコンは効いてるし、あの甲高い機械音がその涼しさに相乗効果を与えるのです。
 
そこの歯医者は、歯が痛む人は全員ゴルフ好きだと勘違いしているのか待合室にある雑誌は全てゴルフの雑誌。
長い待ち時間の中でゴルフ雑誌に囲まれるというのは、ある意味診察台に座っていることよりも辛い。
せめて1冊でも他の雑誌があれば。贅沢なんて言わないから。せめて女性セブンでもあれば。
 
しかしこの苦痛の時間を過ぎれば至福の時間がやってくる。
いつも物静かな歯科衛生士のお姉さん。最初のあいさつくらいで後は全くといっていいほど話をしない。
だけど僕はお姉さんに魅了される。
治療中に僕の頭頂部を刺激するお姉さんの大きな胸の仄かな圧力に魅了される。
 
この先の人生、どこでどんな辛い場面に遭遇しても、そのお姉さんの仄かな胸の圧力が頭頂部を刺激すれば
難なく乗り越えられそうな、そんな感触。
 
それは診察台という地獄の中で痛みに悶え苦しんでいる僕に天国から差し伸べられた蜘蛛の糸。
歯科衛生士という名のお釈迦様。おっぱいという名の蓮の華。
僕という地獄の罪人は、タバコのヤニという浮世の汚れを浄化して
蜘蛛の糸を両手でしっかりと握りしめ、貴女の元へ。貴女の胸の中へ。
 
「はい、お疲れ様でした。あんまり吸いすぎないように」
 
エアコンよりも甲高い機械音よりもゴルフ雑誌よりも
歯科衛生士さんの僕を突き放すような素っ気無い声の方が冷ややかだと感じた夏の午後。
2002年08月09日(金)  鉄人レース。
いまが峠の暑さにじっと耐えている昨今、
ユカちゃんは東京に行ってるし、気の合った飲み屋のお姉さんは最近攻めあぐねてるし、
パートのOLさんは既婚者だったし、市役所の亮子ちゃんはあれっきりばったりだしで、
最近なんだか上手くいかないなぁ。と思うときもあるけれど
 
一番いけないのは僕の真剣味が欠如していることに他ならないのであって
ちゃんとした恋愛がしたければ、それなりに、ほら、髪も切ってさ、休日もちゃんと髭を剃ってさ、
電話もマメにかけたりさ、メールもそれなりに長く書いたりさ、あ、充電が、切れてたんだねとか
誰にもわかるような嘘ついたりしないでさ、
もっと背筋を伸ばして!ほら!同じテーブルに女性が座ってるのに隣のテーブルの女性見て鼻の下伸ばさない!
 
えっと、彼女と別れてどのくらい経つんだろう。4ヶ月?3ヶ月?まぁいいや。
始まりがあって終わりがあって、その終わりは新たな始まりを呼ぶんだ。
信号は青があって、やがて黄色になって、真っ赤な顔してちょっと止まれだ。
 
今日こうやって何かを危惧しているような文章を書いているのは、
僕はこれから先、全うな恋愛ができないんじゃないかということなんです。
僕が言う全うな恋愛とは、長い長いの道のりを走って、時には歩いて、時には逆走して、時には水分補給して。
そして42.195キロくらい先には「結婚」と書かれた白いテープがあるんです。
 
その白いテープがゴールの印だと思ったら「おめでとう!」なんて声を掛けてくれる人は誰もいなくて
そこにあるのは自転車だけ。
 
そこで僕は灼熱の太陽を見上げて大声で叫ぶのです。
「トライアスロンかよ!」ってね。
で、渋々自転車にまたがって嫌々ペダルをこぎ始める。
だけどマラソンの時とは違って、自転車に乗ると意外と風が心地良いんですよ。
自転車レース最高!ですよサイクリングヤッホー!ですよ。もう全力でペダルこいじゃうんだから!
そしてやっぱり何十キロか走ると白いテープが見えてくるわけですよ。
 
そこで僕は灼熱の太陽と目前に広がる海を見つめて大声で叫ぶのです。
「遠泳あんの忘れてた!」ってね。
あんなに全力でペダルこいじゃったから、泳ぐ余力なんて残ってないのですよ。
 
で、太平洋の真ん中辺りで沈んでしまうんですね。
最期に海面に残ったその右腕で太陽をもぎ取るような仕草なんてしちゃってさ。
2002年08月08日(木)  あらよ出前一丁。
職場の近くの定食屋はとてもいい加減で、みんな嫌っているけど
僕は時々、昼休みにそこに出前を注文する。
 
「唐揚げ定食できますか?」
「あー。無理だねぇ。鶏肉が、切れてんだ」
「じゃあトンカツ定食できますか?」
「あー。できるだけ頑張ってみるよ」
 
できるだけ頑張ってみる。定食屋が客の注文に対してできるだけ頑張ってみるとは。
そもそも定食屋で鶏肉が切れている時点ですでにおかしい。
けれども僕は料理に対して微塵の努力も情熱も感じられないそこの定食屋のいい加減さが好きだ。
 
「12時15分にお願いします」
「はいはいわかってるよ」
 
定食屋のおじちゃんはいつもそう言うけど、時間通りに出前が来た事なんて一度だってない。
だいたい15分から20分は確実に遅れる。時々味噌汁だって忘れてしまうことだってある。
そういうときも「あー。味噌汁忘れちまった」と言ってそれでおしまいである。
謝るとか、料金をサービスするとか、そういう心遣いがこれっぽっちもないのだ。
 
「はいよー。お待たせー」
おじちゃんはいつも自転車でやってくる。今日のように出前が僕1人の場合は
自転車のカゴに料理を乗せてやってくる。ガタガタさせてやってくる。
トンカツに添えてあるキャベツもケチャップスパゲティも唐揚げもぐしゃぐしゃになってしまう。
 
ここでおかしいと気付かなければいけないことは
トンカツ定食に唐揚げが一個添えられているということである。
「あー。無理だねぇ。鶏肉が、切れてんだ」
確実に注文する時の会話と矛盾している。僕はいつもその矛盾を指摘したい気持ちでいっぱいなんだけど
なんだかすごい形相と理屈でこねられて、あっという間に丸め込まれそうなので我慢している。
 
まぁ、そういう一癖も二癖もある料理人の作る料理というのは
決して凡人には作り出すことのできない妙味とか
先祖代々受け継がれてきたどこにも真似できない秘伝のタレとか使ってそうだけど
この定食屋に限っては、そういうことは、まずない。
 
トンカツでも唐揚げでも適当にさばいて油でジューはいできあがり。って感じだ。
 
けれども僕はこの定食屋を愛している。
このおじさんみたいにいい加減に歳を取ってみたいといつも心の底のこれまた底あたりで祈っている。
2002年08月07日(水)  投げやりな夏休み。
久々に仕事で疲れた。ああもうやってられねぇやと思った。
なんでも僕に仕事を押し付けたら文句1つ言わずに責任持ってしてくれるなんて思ったら大正解だよ。
いや、今日は最後まで責任持ってやり遂げなかったんだけどね。
今回の仕事は、ちょっと僕に荷が重すぎた。僕1人でするなんて最初から無理だったんだ。
 
エアコンの効きが悪いナースステーションで、ミンミン蝉の声を聞きながら
書類とにらめっこしてたら突然、あ、もういいや。と思った。
白衣を脱いで海に行きたくなった。
 
20年前の8月7日ってきっと近所の海で朝から晩まで泳いでいたんだ。
20年後の8月7日に何度読んでも訳のわからない書類の処理をしているなんて想像もせずに朝から晩まで泳いでいたんだ。
これからもずっと夏休みは決まった時期に決まったプロセスを得て訪れるものだと信じていたんだ。
 
あの頃に帰りたい。クラゲに刺されて近所のお婆ちゃんにキンカンを塗ってもらった頃に帰りたい。
あのお婆ちゃん、もう死んじゃっただろうなぁ。
僕が小学生だった頃からお婆ちゃんだったもんなぁ。
中学の頃に僕たちが引っ越す時もお婆ちゃんだったもんなぁ。
 
「あ、その仕事もう終わらせてくれた?」
終わるかっての。意味わかんねっての。僕は海に行きたいんだ。
院内感染対策委員会が発足して委員長が僕でいいんかい?っての。暑いよ。海に行きたいんだ。
 
「あー。終わんないです。婦長さんこのマニュアル読んでみました?
院内感染サ−ベイランスシステムって何ですか?インフルエンザ菌ブランハメラ菌なんて聞いたことありますか?
あー。訳わかんないです。専門外です。そもそも前任の対策委員会の人は何してるんですか?」
「さっき弁当食べてたわよ。ちょっと聞いてよ。あの人ね、タッパーにね、カレー入れてきたのよ。
具がね、カボチャとジャガイモなの。おかしいでしょ。『うちの嫁はカレーに肉なんて入れてくれない』
って嘆いてたわよ。ね。おかしいでしょ」
「笑えないですよ。おかしくないですよ。そんなことより手伝って下さいよ」
「でね、サラダに青じそドレッシングかけてその上にマヨネーズかけてるのよ」
「あー。海行きてぇ」
 
こんな調子じゃ誰だって投げやりになっちゃうよ。
2002年08月06日(火)  第1印象。
友人が、綺麗な友人を連れて僕の部屋にやってきた。
僕はパンツ一枚で、なぜかキッチンに腹這いになって寝そべっていて、
突然部屋のドアを開けられたものだから「ひゃっ!」と友人はとても驚いた声を出して
僕も同じくらい驚いて、慌てて部屋へ戻って服を着た。
 
「死んでるのかと思った」
「死んでしまうところだった」
「何してたの?」
「キッチンの床の冷たさを全身で感じていた」
「バカじゃないの」
「こんなに暑ければ頭も狂うよ」
 
正直言って恥かしかった。
  
「あ、紹介するね。友達の亮子ちゃん」
「はじめまして」
 
人との出会いは、第1印象で大部分が決定してしまうというけれど、
きっと亮子ちゃんの僕に対するそれは最悪なものに違いなかった。
 
「暑い日はいつもあんな風にしてキッチンに寝そべっているんですか?」
ほらみろ。ろくな印象を持たれちゃいない。
「違うよ。実は理由があるんだ。キッチンの床に耳をつけてね、下の階の部屋の会話を
盗み聞きしていたんだ。多分、麻薬の取引を、してるんだと思う」
「ふぅ〜ん」
ほらみろ!ほんの冗談で言ったつもりなのに
亮子ちゃんはツッコミなんて入れてくれないで真に受けちゃったじゃないか!
 
亮子ちゃんがトイレに行った途端、僕は小声で友人に話し掛ける。
「おい!なんだよあの綺麗な姉ちゃんは!」
「あー。あなたに紹介しようと思って」
「急に来るなよ!電話しろよ!」
「電話出ないじゃん」
「パンツ一枚の時は出るって決めてるんだ」
「あー。それと亮子ちゃん市役所に務めてる公務員なんだから。そんな冗談なんて通じないわよ」
「おい、偏見だよそれは。公務員に冗談が通じないって聞いたことないよ。わかる気がするけど。
ああぁ。公務員かぁ。それじゃああれだ、僕は亮子ちゃんから住基ネットの情報に
『キッチンに寝そべる悪癖あり』なんて書かれちまうんだ。まいったよ。気が滅入っちゃうよ」
 
「住基ネットがどうしたんですかぁ?」
亮子ちゃんがトイレから帰ってきた。
「ああ、亮子ちゃん。なんでもないよ。トイレ綺麗だったでしょ」
友人がすかさず僕の肩をつつく。
「バカじゃないのあんた。女の子にトイレが綺麗だったかなんて聞くのよしてよ」
 
「こんなに暑ければ頭も狂うよ」
 
それにしても亮子ちゃん綺麗だったなぁ。
もうパンツ一枚でキッチンに寝そべるのはよそうと思った。
2002年08月05日(月)  血痕。
クール宅急便で小包が届いた。
中身を開けた。小説が3冊入っていた。
フランスの現代作家、ジャン=フィリップ・トゥーサンの「浴室」と「ムッシュー」と「カメラ」
僕は「ムッシュー」と「ためらい」は読んだことがある。
 
その冷たくなった小説を手に取り、パラパラとめくると「ムッシュー」のページに短い手紙が挟まれていた。
 
『あなたが厄介なのは、素直な心と、歪んだ心が同居しているという点です。誕生日おめでとう』
 
僕は部屋の真ん中にしばらくしゃがみ込んだまま
クール宅急便とジャン=フィリップ・トゥーサンと短い手紙の関連性について考えてみた。
その女性からの強烈なメッセージかもしれないし、例の、小悪魔みたいな含笑を持って行われた悪戯かもしれない。
結局、納得がいく答えには結び付けられなかった。
 
手紙が他の小説にも挟んであるんじゃないかと思い、ページをめくってみたけど見つからなかった。
 
『あなたが厄介なのは、素直な心と、歪んだ心が同居しているという点です。誕生日おめでとう』
 
僕を厄介と思っているその女性のことを、僕はよく知っている。
 
「結婚しよう」
「うん。結婚してね。いつするの?」
「明日にでもしよう」
「うん。明日にでもしてね」
 
こういうことが平気で言えた時代。「結婚」が非現実的で冗談で済まされた時代。
ウエディングドレスを着ることだけが「結婚」と思っていた時代。
結婚式が「結婚」だと思っていた時代。
僕は学生で、彼女も学生だった。苦労なんてしたことがなかったしする予定さえなかった。
 
僕たちは別れた。至極当然な理由で別れた。
物理的な要因は、至極当然な理由だった。愛の距離はkm単位で測られると思っていた。
 
そして時が経ち、
隔てられた愛の距離を経て、それは冷凍保存された3冊の小説の形をして僕の目の前に現れた。
 
突然逢いたくなって、来月、名古屋行きの飛行機のチケットを買った。
2002年08月04日(日)  第八回 新女の宴。
いったい今日の最高気温は何度なんだ。
そしてこの午後4時半の暑さはいったい何なんだ。
これが当たり前の夏なのか。それとも異常気象なのか。どっちでもいいや。
 
僕は午後4時半の街の雑踏に巻き込まれていた。
溶け込んでいたという表現が適切かもしれない。いや、溶けていたんだ。
3日間続けて煮込んだカレーのジャガイモのようにトロトロに溶けていた。
雑踏の中の1人熟カレー状態。僕はアスファルトの上で踊るジャガイモ。もう駄目だ。
 
午後5時。ふらついた足取りで目に止まったカフェへ続く階段を上がる。
待ち合わせは午後7時20分。あと2時間20分。まだ溶けてしまわなければいいが。
今夜は4月の花見以来の『新女の宴』。
いわゆる、仲がいいサイトの管理人や、サイトを訪れる人達が集まるオフ会。
 
『歪み冷奴』と『NWM(新女会)』という2つのサイトの管理人である僕は、
8月の午後の紫外線に屈せずに、7時20分に待ち合わせ場所に立っていたい。
このままでは立っていられない。嘘。これは言い訳。ただ喉が乾いただけなんだね。
 
「・・・ジーマ1つ」
 
葉月の夕暮れに照らされ続けた僕は、あっけなくビールを注文する。
駄目だ。こういうのって駄目だ。飲み会の前に一杯やるって奴はろくでなしだ。
駄目だ駄目だああ美味し。
 
ビールで体を冷やして、そのカフェで小1時間程粘って、残り時間は待ち合わせ場所近くの
ゲームセンターで適当に時間を潰す。
そして同じく適当に時間を潰していたDJ.Y.N氏に遭遇する。
 
アコマン☆と++R++さんとはなびさんと会って、オフ会が行われる場所へ向かう。
席についた頃、MIU嬢とひなたさんととめさんが続々と集まる。
夏のジャガイモからヒマワリのように輝きを取り戻した僕は、まぁ、いつも決まって上機嫌なんだけど
より一層上機嫌となっていつもの如く口からでまかせインチキ話のオンパレード。
アコマン☆やMIU嬢などは、僕のインチキ話に騙されることもなく淡々とツッコミを入れてくれるけど
初対面のはなびさんは、きっと驚いただろうなぁ。驚いたらごめんなさい。
 
決して適当でいい加減な奴だなんて思わないで下さいね。
実は、歪んだ冷たい奴なんです。略して歪み冷奴。お粗末。
2002年08月03日(土)  なんで、ホタルすぐ死んでしまうん?
とうとう長年愛用した14型のテレビとお別れをして、中古車1台平気で買えるくらいの
プラズマテレビを36回払いのローンで買った。利率2.9%。
6畳1間のアパートには少々不釣合いな富豪の象徴。36回払いの富豪の象徴って何なんだ。
畳1枚程の大きさのテレビを買ったって、天気予報は明日も雨だし阪神は相変わらず勝ったり負けたり。
僕がプラズマテレビを買って驚いているのはせいぜい隣の部屋の住人くらいだろう。
うちのアパートはとても壁が薄いんだ。
 
そもそも富豪の象徴がプラズマテレビだなんて馬鹿げている。
分厚い説明書をしばし眺める。
 
・高精細・高輝度・高コントラスト大画面を実況を実現、HDプログレッシブパネル
・フルスペックBSデジタルハイビジョンチューナー内蔵
・デジタルハイビジョンをより美しく、デジタル高画質化回路搭載
・ワイド画面にふさわしい、高音質スピーカーシステム
・その他の特徴
 
なんて誇らしげに書いてあるけど、さっぱり意味がわからない。
多分「その他の特徴」のところに優越感の浸り方とか有頂天の真髄について詳しく書かれているのだろう。
 
ああ、もう、嘘をつくのは、よそう。
 
買い替えたテレビはソニーの21型。いわゆる普通の大きさで普通の画面のテレビ。
「39000円を今だけ36000円!」と、今だけにしてはあんまり値引きしてないなぁという微妙な値段で購入した。
僕の今後5年間の保証なんて誰もしてくれないのでテレビだけでも5年間の長期保証をつけてみた。
 
早速、ツタヤに行って「千と千尋の神隠し」をレンタルして珍しくジブリに浸った。
浸ったというのは、2度続けて見たということ。
序盤のハクがくれたおにぎりを千が食べる場面で2回とも泣いた。
千って健気なんだよ。節子がおにぎり食べるシーンを思い出した。
僕はすぐ泣いてしまうんだ。毎年「火垂るの墓」がテレビで放映される度に飽きもせず泣いてしまうんだ。
 
そういう時に流す涙ってフルスペックBSデジタルハイビジョンより美しいって思うんだけどなあ。
2002年08月02日(金)  大舞台。
ショックな事があったので、今日はショックな事を書きます。
むやみに涙を流したくない人は、今すぐ「月間男心」でもクリックするといいです。
 
元はと言えば、やはり僕が悪いんだと思う。
僕の欠点は、相手のことについてあまり訊ねないことなんだ。
相手の女性の年齢とか、苗字とか、仕事とか。
聞くのはせいぜい趣味くらいで、趣味さえ合えば万事OKだと思っている。
まぁ今までの経験からして万事OKじゃないということぐらいわかっているんだけど。
 
兎に角、年齢とか、苗字とか、仕事とか、好きな食べ物とか、愛用しているナプキンの種類とか
そんなものは僕には全然関係ない事柄なんだ。
別に年齢と付き合っている訳じゃないし、苗字を好んでいる訳でもないし、ウィスパーが大好きな訳じゃない。
 
だから僕はいつものように訊ねなかった。
彼女の年齢が28歳だということも、パートのOLだということも、サラサーティを愛用しているということも知らなかった。
そして、ここから述べることが今回の最大であり絶望でありショックだったことなんだ。
 
僕たちはもう、随分仲が良かった。
周りの誰が見ても僕が苗字も年齢も知らないことを除いては関係が日増しに進展していることは明らかだった。
長電話もしたし、一緒に食事にも行ったし、酔った勢いで部屋に誘ったりもした。
いや、それは断られたんだけどね。それが問題なんだ。
いや、問題と言っても、生理中だったとかサラサーティが残り1個とかそんな生々しい問題じゃないんだ。
もっと切実で深刻で決定的な問題だったんだ。
 
僕が部屋に誘ってから、彼女は何かを考えているようだった。
何かと葛藤しているような、何かを憂慮しているような、そう、何かを天秤にかけているような。
そして僕は、そのかけられた天秤の向こう側に負けてしまったんだ。負けて当然だよ!
 
「あのね・・・実は、私、え・・・と、今、別居してるんだけどね・・・旦那がいるの」
 
僕の慎ましい人生の舞台に再び既婚者登場!
一番大切な事をいい気分になってバーを出た後に告白するなんてひどいよ。
そんな波乱ばかり呼ぶ人生の舞台なんて僕は必要としてないんだよ。
そんな舞台に立たなきゃならない役者だったら僕は自らその役を降板しちゃうよ!
2002年08月01日(木)  職場の給料のこと。
職場の給料の事か飲み屋のお姉ちゃんとの一悶着の事かどっち書こうか迷ったけど、今日は職場の給料の事を書きます。
あのコからのメールのことも書きたいけど、大切に扱いたい問題なので
ゆっくりとした時間のときに書こうと思います。
飲み屋のお姉ちゃんの事なんてもう知らない!
 
1000円でラストまで飲んでいいと酔った頭でも嘘って騙されない嘘に騙されてしまった件は置いといて、
というか置いておけない。絶対言った。1000円でいいって言った。
だって僕たち常連だよ?僕と飲み仲間2名。あいつのはしゃぎっぷりを見た?
 
「オレたちはこの店とここのお姉ちゃん達を愛している!」
 
って言ったんだよ。ソファーに立って。靴のまま。もしかしてあれがいけなかったのかい。
甘い話には罠があるっていうけど、常連を騙すことは、ないじゃないか。
 
「ママに店の女の子とプライベートで会ってるって言ってもいいの?」
 
お・おい!おい!よしてくれよ。詐欺の次は脅迫かよ!
確かに会ったよ。会ったけれど、ホントに何もしてないよ。いや、そういう問題じゃなくて
ただ食事に行っただけなんだ。何もしてないんじゃなくてハンバーグステーキを食べたんだ。
その後は何にもしていない。なんだか、気が滅入っちゃったんだ。
 
で、いくらなんだよ。18000円?高けぇなおい。一人6000円かよ。
延長が1時間1000円で2時間延長したからだって?
わかんないよ。そんな難しいこと言われてもわかんないよ。
ブランデーイッキされた頭でそんなこと言われてもわかんないよ。勘違いだって?違うよこれは歴とした詐欺だよ。
 
あ、ママご馳走様でした。また来るね。バイバーイ。ペッ。もう来ないよこんな店。
もう絶対来るもんか。あと2週間は来ないんだから。
 
それにしてもミサキちゃんとはまたご飯食べに行きたいなぁ。だけど本名が妙子だもんなぁ。驚いちゃうよ。
 
あーあ。なんだかつまんなくなっちゃった。次の店行こうよ。
僕は次の店のお姉ちゃん達を愛することに決めたんだ。
 
それと今日は職場の給料について書くことを、忘れてたんだ。

-->
翌日 / 目次 / 先日