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和光大学・かわ道楽な日記
和光大学・かわ道楽
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2005年01月14日(金)
どんど焼(長文注意)

掲示板に書いているんですが、ここにも書いておこうと思います…。

 さいの神のお祭り・・・
 今日、2つの場所を巡りました。
 多くのおじ様方と交流をしました。また、もしかすると竜鼓座は、来年からもっと活躍の場を広げるのかもしれません。伝統芸能…面白い展開になってきました。

 名刺を作っていなかったのが運のつき…と思いました。しくじりました。
今後、各自でもいいので、是非作っておいたほうがいいと竜鼓座の現座長さんとも話しました。
○――――――●
 90歳におなりになるおじさんともお話をさせていただいたのですが、70歳と見まごうかと言わんばかりに若い若い…。お話好きの方であろう、私たちに付きっ切りでいろいろとお話していただきました。
☆お話の内容は・・・―――――
 7歳の頃からどんどに参加していて、戦時中はせず、それでも戦後からまたずっと続いているそうです。その後の話で、「岡上は珍しく男性の多い地域だ」ということまで。統計を見るのが好きなそうな。
 そのおじさんの話によると、おじさんの小さい頃は、子どもみんなで書初めを持ってきてさいの神の中に放り、書初めの紙の飛ぶ高さによってその年の飛躍する高さを比べていたそうです。40歳代の人もやっていたそうです。また、その飛んでいった自分の書初めは、自分で走りながら追いかけて取りに行っていたそうです。
 今回も自分で取りに行っている人がいましたが。とても高く飛んでいて、100メートル以上離れたところまで飛んで行っていました。驚きでした。その前にも高く飛んでいたものがあったのですが、その後にその紙のほうが遠くまで飛んでいたので皆さんの目はそちらに釘付けになりました。
●――――――○

 ところで、事前にどんど焼を「2箇所めぐる」と言っていたお陰で、次の場所まで歩いていくところを、消防車に乗せていただいてしまいました。
 2箇所目に行った後、Nさんがカメラをどこかで落としてしまっていたので、最初のどんどの現場に戻りました。一度通った所を帰ろうとしたのですが、途中、かなり暗くなっていたので少し迷ってしまいました。今までに何度も通ったことのある道に出たので、無事に辿り着くことができました。カメラは、カメラマンさんの地域の方・Tけちゃんさんが、「少し撮ってあるから君たちのものだろうと思って取って置いたよ。」と、ありがたいお言葉。皆さんやさしい方ばかりで…。
 あとは、いつものようにM野さんとお話したり、T海さんとお話したり、KじたKちゃんさんとお話したり…。初対面のY田さんと仲良くなったりしてきました。若いから・・・と笑われながらも、それが楽しいのもあり、火がくすぶってみなさんがお帰りになる頃までご一緒させていただきました。
竜鼓座の座長は後日、宮Nさん宅にお邪魔する相談もしていらっしゃたようです。

☆さいの神の作り方☆
〜地域差〜
小学校近くの谷戸で行っていたどんどのさいの神は太い竹を2本ほど使い、天辺までしっかり立っていました。「これが本来の作り方だ!」とおっしゃっている方もいました。(午後4時点火)本町会?
神社脇の広場(あまり広くなく、道路脇で行う)でのさいの神は西町会とあまり変わらない組み立て方でした。天辺が、たわんでいました。道路脇で行うということもあり、大きさは比較的小さめでした。消防の方が大活躍していらっしゃいました。焼いているときもずっと木々に水をかけて焼けないようにしていらっしゃいました。あと、支える紐も、そのままにせずに崩れ倒れないような対策も練られているようでした。(午後4時58分点火、予定では5時点火)

 どちらも、点火の時は、何事もなかったように急に点火でした。

 西町会では、みんなでまとめでみんなの分の餅を作ってあったのですが、他の町会では各自持参でした。持って行っていなかったので3人で嘆いていました。また、もちをさすための物は、樫、白樫等で作ってありました。もしかすると各人で持参だったので違う木を使っている方もいらっしゃったかもしれません。
 谷戸の方では、みかんやつまみをいただきました。こっちでは、呑むという空気がありましたが、神社の方はどうだったのか、私たちが帰る頃にはまだ呑むような空気はありませんでした。

 小学生は、授業等の終了後に走りながら帰ってきて参加したり、家に帰らずに参加している子もいました。生後まもなくの子も、お母さんに連れられてきていました。3歳くらいの子ももちを焼いて楽しそうでした。

    かずみ