2002年09月29日(日)  『パニックルーム』→餃子スタジアム→出社の長い日曜日

ダンナの妹とダンナの弟嫁と遊ぶために早起きする。池袋のサンシャイン劇場で『パニックルーム』を鑑賞。隠し部屋の中と外だけでどうやってスリリングな展開になるのかと興味半分に観てみたら、最後までドキドキさせられた。悪党を仲間割れさせたり、別れた夫を呼び出したり、助けを呼ぶ方法もあの手この手あり、なるほどこうやって話を転がしていくのかと勉強になる。さすが。

同じくサンシャインの中にあるナンジャタウンにこの夏出現した話題の『池袋餃子スタジアム』でお昼。長い列は1時間待ちの大盛況。「園内食べ歩き」で買った餃子を食べながら列に並ぶ。揚げ餃子、焼き餃子、蒸し餃子、水餃子、パイ風餃子……2時間で8種類を制す。9月末まで開催中の「アイスクリーム博覧会」もひやかす。うなぎアイス、手羽先アイス、そばアイス……。無難に抹茶アイスどら焼きにする。

3時過ぎに出社。夕食は、なか卯の親子丼を買い出しに行く。帰宅すると11時過ぎ。長い日曜日だった。

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2002年09月28日(土)  料理の腕前

■大阪に住むダンナの弟夫妻が上京してきたので、ダンナの実家に集まった。義弟の嫁は結婚当時からの献立を日記につけている良妻。台所で義母を手伝えるようエプロンを持ってやってくるけなげさが義父母を感激させている。「エプロン持ってくるのが次男の嫁。タッパー持ってくるのが長男の嫁」とキャラクターづけがハッキリできているのをいいことに、「料理はタコ焼きとお好み焼きしかできません」と開き直っていたら、なんと今回、弟夫妻は電気タコ焼き機持参で現れ、相当レベルの高いタコ焼きを作ってくれた。東京出身の義弟と山口出身の嫁にタコ焼きでも差をつけられてしまったのだ。わたしのダメ妻ぶりは周知の事実なので今さらジタバタする必要もないのだが、「君も見習いなさいよ」と言うダンナの視線と「少しは頑張ってほしいわね」と本音を漏らす義母の手前、「まったくやってないわけじゃないんですよ」と主張せずにはおれなくなった。昼に作ったアサリのパスタをダンナがおいしいおいしいと喜んで平らげたのを思い出し、そのことを報告すると、「あら、やればできるじゃないの」と義母。わたしに甘い義父は「お、やるじゃないか」と目を細め、ダンナの妹は「へーえ」と意外そうな声を上げ、わたしの株は一時的に上がったかに思われた。だが、「え?あれ、マズかったよ。全然味しなかったし」とダンナの裏切りに遭い、ダメ妻返上計画は失敗に終わった。■「わたしにはおいしいって言っといて、家族の前ではマズいって言うの、二枚舌じゃない?」。家に帰ってダンナをなじると、逆に居直られた。「作ってくれたから悪いかなと思って、おいしいフリしてたけど、マズいかどうかなんて自分の舌でわからないの?」。ギャフン。

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2002年09月27日(金)  MONSTER FILMS

■前田監督に誘われて、MONSTER FILMS(モンスター・フィルムス)のオープニング・パーティーに顔を出す。「アオイの関係のパーティー」と聞いて、てっきり宮崎あおいちゃんかと思ったら、制作プロダクションの葵プロモーションのことだった。葵プロモーションと、同じく制作プロダクションのTYOの人達が初期メンバーとなって立ち上げた制作会社で、TYOのグループ会社らしい。葵プロもTYOも、わたしの勤めている広告代理店とはおつきあいが深い。行ってみると、パーティーには同僚やらCF制作でご一緒したプロデューサーやら見知った顔がたくさんいた。前田監督は映画を撮りながらCFの仕事もしている。一方、葵プロやTYOはCFだけでなく映画制作も手がけている。MONSTER FILMSもCFはもちろんショートフィルムなど映画をやっていく方針のようだ。■映画と広告は近いんだなあと偶然自分が置かれている二つの世界の共通項に感心していたら、前田監督に山本泰彦さんを紹介された。CF界では名の知れた演出家の方で名前は存じ上げていたが、『僕は勉強ができない』の監督さんでもあった。しかも「あなたの会社で一時期勤めていましたよ」。なんと先輩だった。山本さんの紹介でスタイリストの高橋靖子さん、キャスティングの百武恵美子さん、脚本家の藤田一朗さんとお話しする。脚本家の知り合いはほとんどいないので、ありがたい出会いだった。■映画と広告の両方に力を入れる会社が増えてきたら、映画界と広告界はもっと近くなるんだろうな。二つの世界の境界線があいまいになってくるのは、わたしにとってはうれしい傾向。

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2002年09月26日(木)  ジャンバラヤ

■このところ夜遅くまで残業することが多く、ampmのとれたて弁当をちょくちょく利用している。冷凍のお弁当をレンジでチンして出す仕組みだが、解凍時間が異なる食材が同時に食べ頃になるのは不思議。和風、洋風、中華とメニュー豊富なのがうれしい。今日はジャンバラヤを選ぶ。ジャンバラヤは思い出深い食べ物。学生時代にニューオーリンズを訪ねたとき、地元のクレオール料理の店で出会った。口にしたのも名前を聞いたのもはじめてだった。トマトと香辛料の絶妙な組み合わせにやみつきになり、ジャンバラヤミックスを買って帰り、何度も作った。名前の力強い響きが好きで、「気合いを入れる日の料理」と勝手に決めつけ、就職活動の頃はとくによく作った。会社の英語の試験の自由作文に「縁起を担ぎたい日にはジャンバラヤを食べる。今朝も食べたので、試験に合格するはずだ」と書いたら入社できた。ジャンバラヤミックスが底をついて以来、遠い存在になってしまっていたが、いつの間にかコンビニで買える身近な存在になっていたとは。感慨にふけりながら味わう。味はチキンライスに近かった。■小泉首相の北朝鮮訪問以来、食事どきの話題はもっぱら拉致問題。同僚たちはそれぞれ思うところがあり、雑誌や新聞やネットで仕入れた情報を分け合い、意見を言い合っている。朝鮮人学校が攻撃に遭い、休校が相次いでいるという話に心を痛める。国と個人がごちゃまぜになってしまっている。開けてしまったパンドラの箱の中身をどう整理していくのか、近くて遠い国との関係はこれからどうなっていくのか。最近は新聞をくまなく読み、考えさせられている。

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2001年09月26日(水)  パコダテ人ロケ4 キーワード:涙


2002年09月25日(水)  宮崎・日高屋の「バタどら」

最近、ドラえもんの気持ちがよくわかる。どら焼きにはまってしまったのだ。宮崎で出会ってしまった日高屋の『バタどら』をどっさりお土産に買って帰ったのだが、配りきる前に賞味機嫌が迫って来て冷凍庫に入れることに。一旦凍らせたものを人様にあげるのも悪いというのを言い訳に、せっせと一人で消費しているうちに、バタどらなしでは生きられなくなってしまった。

自然解凍して、バターだけが凍った状態でかぶりついたり、電子レンジであっためて、溶け出たバターに生地を浸しながら味わったり、いろんな食べ方を開発中。しかし、あと2個でついにバタどらが底をついてしまう。半分にして4回、いや4分の1ずつにして8回楽しむか、しばらくバタどら断ちして一気に思いを遂げるか、悩むところ。

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2001年09月25日(火)  『パコダテ人』ロケ3 キーワード:遭遇 


2002年09月24日(火)  アメリカ土産の「Targetスーパー」のカード

ピザハットの仕事で組んでいるデザイナーのチャチャキ君は、年に何度かアメリカへ行くたびにTargetのプラスティック製カードをお土産に持って帰ってくる。「Targetってスーパーがあってさ、レジのところにカードが山積みになっているんだよ」と言うそのカードは、店のトレードマークであるターゲット(標的)が遊び心いっぱいにデザインされていて、コレクション意欲をそそる顔つき。

「ねえねえ、裏にNO VALUE UNTIL PURCHASED(購入前は価値なし)って書いてあるけど、どういうこと?」と聞くと、知らないというのでtarget.comを訪ねてみたら、「カードは25$から千$までチャージできます」とある。どうやらこのカードはJRのSuicaのようにお金をデポジットして金券として使うものらしい。もっぱらギフト用に使われているようで、父の日や母の日、誕生日祝い、結婚祝いにどうぞとおススメしている。もちろんチャージされていないカードには金銭的価値はないのだけれど、カードそのものは無料なのだろうか。Suicaだって発行手数料に500円取っている。「何十枚も取って行っても何も言われなかったから、あれは取っていいはずだ」とチャチャキ君は言うけれど、さて真実は。

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2001年09月24日(月)  『パコダテ人』ロケ2 キーワード:対決 


2002年09月21日(土)  アタックナンバーハーフ

■レンタルビデオの返却期限が迫っていたので、『古畑任三郎』と『アタックナンバーハーフ』を立て続けに見る。いろんな人に薦められていた『アタック〜』は、膨らみきった期待以上に楽しめた。タイの映画は初めてで予想がつかなったけど、起伏に富んだストーリーもテーマ曲Saturday Nightのアレンジも素晴らしかった。台詞も生き生きしていた。パコダテ人にも通じる個性の話で、共感できる台詞がたくさんあった。個性派ぞろいの役者陣が演じるオカマ選手は、それぞれ魅力的で愛せるキャラクターになっていた。クレジットロールのオマケ映像を観て、再度唸らされる。キャスティングの妙に感心しているうちに、「彼女たちになりきった役者はすごい。いや、映画みたいな人生を生きている彼女たちがすごい」と感動がこみあげ、涙がじわり。実話物には弱い。

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2002年09月18日(水)  月刊ドラマ

■わたしにシナリオを書くスタイルを教えてくれたのが『公募ガイド』だとすると、実際にシナリオを書くお手本を示してくれたのが『月刊ドラマ』だった。掲載されたシナリオを見ながら「回想シーンの書き方」「人物の描写のし方」「時間経過の表し方」などを教わった。改行のし方、ト書きのリズム、台詞で状況を伝える方法、台詞を使わずに感情を表現する方法などを研究しながら、コンクールに応募するシナリオを見よう見まねで書いたのだった。だから、プロになったら公募ガイドと月刊ドラマに載れたらいいなあとひそかに思っていたのだが、公募ガイドに続いて月刊ドラマに登場する夢も現実となった。今日発売の10月号のライターズ・コーナーに寄稿文が掲載されている。諸先輩を差し置いて図々しく先頭を飾っているのは五十音順だからのようだ。写真入りとは聞いていなかったので、ページを開いて驚いた。『月刊シナリオ』に渡した写真がしっかり使われていた。それ以上にのけぞったのは、わたしが月刊ドラマを買いはじめた1997年、つまり5年前と同じ写真が使われている先輩方。どうやら写真はめったに更新されないらしい。わたしもしばらく年を取らない予定。

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2002年09月17日(火)  宮崎映画祭『パコダテ人』上映と手話

昔、手話を少しかじった。十代の頃だ。必修クラブで手話クラブに入った。アメリカの高校に留学したとき、地元住民向けのカルチャー講座でASL(American Sign Language)を取った。

留学先の高校は耳の不自由な生徒も一緒に授業を受けていて、簡単な日常会話はできるぐらいまで上達した。「英語は下手だが手話ができる日本人」と不思議がられた。日本に帰ってからは、手話を使う機会もなかったし、せっかく覚えた単語もフレーズもすっかり忘却の彼方に消えたものだと思っていた。

ところが、記憶は残っていた。

宮崎映画祭でのパコダテ人上映後のトークでわたしも登壇させてもらったのだが、手話通訳の方が二人後ろについて、会話を同時通訳していた。あおいちゃんと一沙ちゃんのお得意の楽屋トークが弾み、「通訳の人、訳すの大変ちゃいますか」と前田監督が声をかけた。「パコダテ語ってどうやって訳すんやろ?」という話になり、振り返って尋ねてみると、指で文字を作って見せてくれた。

日本語で「パ」、英語で「P」を表す形だった。

それを読み取った瞬間、記憶が一気に蘇った。パピプペポを思い出し、OPQRを思い出し、次々と引き出されるティッシュペーパーのように五十音とアルファベットが躍り出た。「あいうえお」と「aiueo」が同じだったり、日米で共通の文字も多い。体で覚えたことは、しっかりと体にしまわれるんだなあと驚いた。

子どもの頃から何十回と変わった(増えた)将来の夢のひとつに「手話通訳」があった。その夢は今のところ叶っていないが、「映画と手話がつながる」ことに気づけたのをいい機会に、おさらいしてみようかなと思っている。字幕で楽しんでくれた人たちに、自分の作品を自分の言葉で伝えられるように。



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2002年09月15日(日)  パコダテ人P面日記 宮崎映画祭1日目


宮崎牛で熱列歓迎
■10:10羽田発のJASで11:45宮崎着。羽田から函館までは511キロ、宮崎までは560キロ。宮崎のほうが遠いとは意外。空港の出口で一沙ちゃん、宮崎映画祭実行委員の女性二人(川添さん、上田さん)が出迎えてくれる。今回の追っかけの旅に誘ってくれたあおいママ&妹ちゃんと合流し、宿泊先のホテルメリージュへ。ここで前田監督と合流し、早速お昼。JAのやっているAPASという宮崎牛焼肉屋でごちそうになる。カルビ、ハラミ、塩牛タン。うまいぞ、宮崎牛。そして、忘れちゃいけないのが鶏。身がプリプリでおいしい。夢中で食べているところに、宮崎で「映画の生き字引」と呼ばれている石田さんが登場。春夏秋冬かわらないフィッシャーズベストが目印のこの人、映画好きが高じて自分で映画館をつくってしまった。宮崎キネマ館というその映画館はホテルに隣接するビルの2階にあった。100席のホールが2つ。映画祭の上映会場にもなっている。



運玉で開運祈願
■映画祭実行委員の方が宮崎を案内してくれると言う。いくつかの候補が挙がったが「宮崎の神話めぐりをしましょうか」ということで、車2台に分かれてまずは鵜戸神宮へ。運転は川添さん、助手席に上田さん、後部座席に前田監督とわたし。携帯が鳴る。羽田空港にいる小山さんから。隣で前田さんが「なんで僕にかけてこないんや」。その旨を伝えると、電話はブチッと切れ、前田さんの携帯が鳴った。「もしもし小山です。前田さんの性格を忘れてました!」。なんてストレートなリアクションだろうと車内は爆笑。「パコダテ人のみなさん仲がいいんですねー」と川添さん。■海沿いの気持ちいい道を走り、鵜戸神宮に到着。豊玉姫(神話に出てくる山幸彦の妻)が岩となって子どもを育てたという伝説のある「お乳岩」の滴り水でつくった「おちちいわ湯」を飲み、海食洞の中にある社殿にお参りする。大漁と安産に御利益があるらしい。ここでのハイライトは「運玉」。豊玉姫の玉がゆかりなのか、地元の小学生が作っているという5個100円の土の玉を眼下の岩めがけて投げる。囲み縄の中に入れば吉、その中央にある窪みに入れば大吉といったところか。みんな一斉に投げているので、どれが自分の玉だかよくわからないけれど、一応縄には入っていた気がする。


緑水の舞台(かも)
■神話めぐりの次なる目的地は、青島神社。川添さんと上田さんが空港まで小山さんとあおいちゃんを迎えに行ったので、石田さんの車で。海岸線を走りながら観光案内してもらう。丘の上にはなぜかモアイ像がずらり(かつてイースターのモアイが水害に遭ったときに援助をしたか何かで縁はあるらしい)。「以前あそこで野外映画上映会があったんですけど、雨で上映を途中で止めしちゃったんですよ」と石田さん。上映作品は異星人との接触を試みる『コンタクト』だったと聞いて、「コンパクトになってしまったんですね」と前田さん。■「ここが緑水のロケ地かも」と日高本線の伊比井駅へ案内される。改札のない無人駅。なーんもなさが、いい感じ。ここだったのかなー。


青島神社のご神木はパームツリー
■青島神社は青島の中央にある。山幸彦(ヒコホホデノミコト)が祭神で縁結びの神社らしい。昔は一般人は立入り禁止の聖域だったが、今は橋を渡って歩いて行ける。海岸線は波状岩。粘土質の岩なので、波に洗われてシマシマに削れたらしい。「鬼の洗濯板」とは、うまいネーミング。ここで後発組のあおいちゃん、小山さんと合流。■宮司さんが特別に神社を案内してくださる。亜熱帯植物がうっそうと茂る奥に鳥居が見えて、南国の神社の景色は面白い。「これが青島神社のご神木です」と紹介されたのはパームツリーだった。


長島監督も神話の人!?
■神社内にある日本初の神話館『日向神話館』も見せていただく。「山幸彦・海幸彦」をはじめ日向地方に伝わる神話が、等身大のろう人形でわかりやすく再現されている。母親の妹に育てられたナントカ彦が、その育ての親つまり叔母と結婚してしまったり、カミサマの世界も不思議。ここの入口で異彩を放っているのが、長島監督。腕の「毛」が植毛されているなどディテールにもこだわっていて、かなりのそっくりさん。胸毛も植毛されているという噂も聞いたが、確かめられなかった。宮崎キャンプの巨人軍と青島神社が縁深いとはいえ、神話館に野球監督とは!長島神話って言葉もあるからいいのかな。

宮崎いただきます!
■ホテルに戻り、小山さん、あおいママ&妹ちゃんと近くを散策。商店街をひやかして、バタどらが名物の和菓子屋『日高』へ。なんじゃこりゃ大福は日持ちがしないので持ち帰りをあきらめ、試食で満足。ここの試食はサイズが豪快。いろいろつまんでいたらおなかいっぱいになってしまった。「おまんじゅう食べたらお茶がほしいね」とホテルに戻ってお茶する。



8:30からの飲み会は『日高』のビルの2階にある『田舎屋』にて。めひかりの天ぷら、さつまあげ、たまごやき、地鶏、出るものどれもおいしく、歓声をあげて食べる。はじめて食べるチキン南蛮の味は想像以上。唐揚げとタルタルソース、どっちも好き。焼酎は『中々』『魔王』『野うさぎの走り』を小山さん、一沙ちゃんと分けあう。一沙ちゃんが焼酎にくわしくて、びっくり。「世の中は焼酎ブームなんだよ」と教えられる。仕上げはもちろん冷や汁。昨日、前田さんが撮り、一沙ちゃんと地元の子どもたちが出演した三分の短編が仕上がり、テレビモニターを持ち込んで試写をする。一沙ちゃんが出演しているNTTドコモ関西のCM、インターネット配信するシブヤプロジェクトの短編もあわせて見る。前田監督三部作。
■二次会はソファのお店。実行委員の人たちと記念撮影で和み、おしゃべりもはずむ。みなさん文化祭のノリで映画祭を楽しんでいるのがいい。ゲストを一生懸命楽しませながら自分たちも一緒に楽しんでいる感じ。急に押しかけてすいませんと言うと、「脚本の人も来てくれるって聞いて、みんなで楽しみにしてたんですよ」。来てよかったなー。ホテルの部屋で待ちうけていたウェルカムカードも心憎い演出。

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2002年09月14日(土)  旅支度

■明日から2泊3日で宮崎へパコダテ人追っかけの旅。夏の間しまっていたシッポにひさびさの出番到来、かなり薄汚れてみっともないのでアクロンで押し洗いする。水が真っ黒になったので、相当アカがたまっていた様子。ふんわり仕上げでほんのりいい香りがついて、よそいきの顔になった。■ついでにと、これまたみすぼらしいまでに手アカにまみれて黒くなっていたラッコの携帯電話カバーを洗うことにする。こちらはガンコな汚れなので、義母にもらった「リン酸棒」でゴシゴシ。洗剤が棒状になったようなもので、よく落ちる。黒かったラッコがもとの薄茶色に戻った。すすぎのとき、水の中で体を伸ばしたラッコがいかにも気持ち良さそうに泳いでいるように見えて、デジカメでパチリ。■明日は早起きしなくちゃという日に限って、夜更かしの誘惑にかられるのはなぜなのか。『グリーンマイル』の放映を見て、借りてきた『古畑任三郎』のビデオを見て、BSでチアリーダー選手権をやっているのに気づいて見入る。げ、あと4時間で目覚ましが鳴る!

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2002年09月12日(木)  広告マンになるには

■『広告マンになるには』という本でお世話になったぺりかん社編集部の塚本氏とはじめて会う。去年の秋に出した初版は売れ行き好調で、先日重版したとのこと。全133ページのうちわたしが書いたのは23ページ分。第2章「広告マンの世界」の中で「広告のできるまで そのドラマチックで目のまわる日々」という題で日記風に会社での日常を綴っている。この本を読んで、広告の世界に引き寄せられる学生がいたら面白いですねと話す。■夜、会社の上司と別の広告代理店へ移った先輩たちと飲む。ひさしぶりに熱い広告談義となった。営業からコピーライターに転身し、カンヌでの入賞も果たしたA先輩の言葉があまりにまっすぐでピュアで新鮮だった。「俺、今でもクリエイティブに惚れ込んでます」なんて臆面もなく言えるなんて、すごい。「すっげえアイデアのことを俺たちFBI(Fucking Big Idea)って呼ぶんだよ。でもFBIをカタチにするのはチームワークなんだよな。うん、一人じゃダメなんだ」と熱っぽく語る姿にひたすら圧倒された。自分はこれぐらいキラキラして広告つくっているっけ、いや全然及ばないなあと刺激を受けっぱなし。酔っぱらった足で終電に向かって走りながら、頭の中では先輩の言葉がぐるぐるしていた。「広告って楽しいよな。何でもできるよな」。

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2002年09月10日(火)  大槻ケンヂ本

■大槻ケンヂさんの『わたくしだから』を読んだ。題字の書体、一時期こういうのが流行ったなあと懐かしい。初版は1990年となっている。会社のフロア移転のとき、廊下に出されていた古本の中から掘り出した本だった。そのとき一緒に救出した大槻ケンヂさんの 『行きそで行かないとこに行こう』は通天閣のビリケンさんの謎に迫ったり、ヘンなオヤジのいるカレー屋に勝負を挑んだり、なんでもないような「お出かけ」ドキドキした「探険」に仕立てている面白い本だった。そうそうもう一冊あったっけと引っ張りだした『わたくしだから』もまた楽しめた。この人の文章の魅力は、物の見方、起こった出来事との距離の取り方にあるのかもしれない。人が聞けばブッ02ぶような過激な話をさらりと語り、超マイナーな本や人物の紹介を熱っぽく繰り広げる。その温度差が気持ちいい裏切りとなって、読んでいて痛快な気分になる。入社した頃「大槻ケンヂはすごい。視点がいいんだよな」と褒めちぎっていたクリエイティブ・ディレクターがいた。わたしが廊下で出会ったのは、彼が当時読んでいた本なのかもしれない。

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2002年09月06日(金)  ミナの誕生日

■麻布のRizという店で、元同僚のミナの誕生会。入れかわり立ちかわり20人ほどがお祝いにかけつける。「画像のっけていいよ」というので、のっけることにする。さすが美人は自信が違う。ミナのファンだというわたしのダンナに電話すると、「すぐ行く!」と10分でやってきた。わたしが電話しても「仕事中」という答えしか返ってこないのに、さすが美人は引力が違う。■パーティーに来ていたヒロコちゃんが「わたし、シッポあるの」と言い出して、大騒ぎ。『尾骨』(びこつ)が飛び出していて、「かなり出てきたなーと思ったら、お医者さんに行って引っ込めてもらうの」と言う。触らせてもらったら、ほんとに骨が出ていてビックリ。はじめてシッポ人間に出会ってしまった。「わたしが書いた『パコダテ人』ってシッポが生えてくる女の子の話なんだよ」と言うと、「ビデオ見るー!」とヒロコちゃん。他人事とは思えないかも。

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2002年09月04日(水)  暑い日の鍋

■機嫌がいいと鼻が鳴る元アイドルの同僚U嬢を囲む第3回はなおとめの会。場所はいつもと同じ三軒茶屋の伊勢屋。「わしら、ここの鍋が好きじゃー」と言うオヤジたちの声に応えて、特別に鍋を仕込んでいただく。残暑厳しいなかでの鍋もなかなかオツなもの。残業で遅れたわたしが到着したときには、かなり淋しくなっていたけれど、具沢山で野菜や魚のいいダシが出ていて、仕上げの雑炊は最高。手づくりのポテトコロッケもほくほくで、ここの料理はどれもほっとするおいしさ。お値段も庶民的で言うことなし。食べるのも忙しいけど、おしゃべりも休みなし。5人のオヤジたちと4人の「比較的若い」女性陣がほぼ同時にしゃべりまくるというゴキゲンな宴で、U嬢の鼻も鳴りっぱなしだった。

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2002年09月02日(月)  My pleasure!(よろこんで!)

■柳家小三治さんの『ま・く・ら』が思いのほか面白かった。電車の中で何度も吹き出し、まわりの乗客に怪しまれてしまった。事件を笑いに昇華出来る落語家と、彼を次々と巻き込む奇怪で愉快な事件。才能と状況の出会いが抱腹絶倒のエピソードの数々を生み出した。小三治さんは、物事を楽天的にとらえ、悲劇の中にも笑いの種を見出だす余裕を備えた人であるらしい。そうでなければ駐車場に住み着いたホームレスのことをあんなにユーモアたっぷりには話せないだろう。この人、アメリカでの短期語学留学にも果敢に挑戦している。その成果には自信がなさそうだが、海外や外国語に目を向けていることが。小三治さんのまくらを豊かにしていることは間違いないだろう。本の終盤に「アメリカでは最近、You are welcome.のかわりにMy pleasure.を使うことが多い」というくだりがあった。お礼を言われて「ユア・ウェルカム」と返すのも感じがいいが、「マイ・プレジャー」はそれ以上に気持ちのいい言葉だ。仕事でも頼まれ事でも「喜んで!」と思って引き受けることができたら、自分もまわりの人も幸せになれそうな気がする。柳家小三治さんは、My pleasure.の心で高座に上がっているのではないだろうかと勝手な想像をし、ひさしぶりに落語を聞きに行きたいなあ、できれば、この人の噺を聞いてみたいなあと思っている。

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