2002年02月28日(木)  ヘンな弟よっくん

6つも年下のくせに、わたしを呼び捨てにする男がいる。弟だ。義弟(こちらは大学の応援団の後輩でもあるので、礼儀正しさも気合いが入っている)ではなく実弟のほうである。9年前に高校を卒業したが、いまだに学生をやっている。長らく家族の関心事だった「いつになったら(大学に)入るんやろ」は、今は「いつになったら出るんやろ」へと移り変わっているのだが、その一方で「あの子は天才かもしらへん」と密かに思っていたりする。

弟が小学校低学年のとき、図工の授業でステンドグラスに取り組んだ彼は、「火星人しゅう撃か?」というおよそ子どもらしくない文字を切り抜き、「真面目にやれ」と先生に叱られた。そのとき「文字をアートにするとは斬新や」「ピカソも生きてるうちは評価されんかった」と両親はささやきあった。弟が高校生のとき、彼の部屋に置かれた『ソフィーの選択 読書感想カード』(出版社あてに出す葉書)には「1500円は高い」と書いてあった。かと思うと、「すごいことを発明した」と、電気ポットで煮込みカレーを作りだしたりする。天才なのかアホなのかよくわからないが、変人であることは確かだ。

その弟をひさしぶりに電話でつかまえ、「パコダテ人の宣伝して」と言うと、「どんな映画かもわからんものを無責任に人に薦められへん」。「お姉ちゃんの書いた映画がヒットしたら嬉しいやろ?」と言うと、「人の喜びを自分の喜びにする趣味はない。ごめんやけど」と謝った上で「雅子って自分が作ったものはみんなが好きになってくれると思ってない?」と核心を突いてくる。「それって変やで」と言う弟に、「そっちこそ変や。さめすぎや」と反論し、変人対決になる。

「よっくん(わたしは敬意を込めて君づけで呼ぶ)、料理にポテトチップス入れるやろ?」「オムレツにカラムーチョ入れると激ウマなんや。それより雅子、親子丼作るとき、いきなり鳥肉に唐揚げ粉つけたなあ」。それは確かに変だ。よっくんは言う。「世の中みんな雅子みたいにおめでたくないんや。こういう奴のほうが多いぐらいや」。同じ家で育って、こうも対照的に育つのは面白い。人をケチョンケチョンにけなしておいて、電話を切る直前、「たまには電話してや」とよっくん。ほんとにわけがわからない。しかし、こういうヤツこそ、とんでもないことをしでかすのではないのかとやはり期待してしまう姉である。


2002年02月27日(水)  世の中は狭い。いや、世界が広くなったのだ。

窪島誠一郎さんの言葉に、やられっぱなし。『信濃デッサン館日記』を読んでいると、思わずうなってしまう発見がそこかしこにある。サンフランシスコを訪れた窪島氏は、次々と信州人に会い、中には共通の知人でつながっている人もいた偶然に「世の中は狭い」と驚くのだが、その後に「いや信州は広いというべきか」と続ける。鮮やかな視点の変換。

そうか、最近やたらと世の中狭いなあと感じるようになったが、それは世間が狭くなったのではなくて、わたしの世界が広くなったということなのだと膝を打つ。顔見知りが増えると、友達の友達や知り合いの知り合いに遭遇する確率は高くなる。年は取ってみるものだ。とすると、まだまだ世界は広くなるのかな。


2002年02月26日(火)  数珠つなぎOB訪問

■数年前、就職活動雑誌の座談会に出席した。広告業界に興味を持つ学生二人の質問に、広告代理店社員でバリバリ働くお兄さんお姉さんが答える企画だった。そこで会った学生君から数日後、OB訪問希望のメールが届いた。なんでも「仕事の話をする今井さんがとにかく楽しそうだったので、もっと知りたくなった」のだとか。前向きで爽やかで、かわいがられる素質十分の男の子だった。わたしの会社への就職はかなわなかったが、「すごくいい会社に出会えました」と、文具会社への就職を知らせてくれた。商品開発もするので、アイデア出しを楽しみにしているとメールに書いてあった。会社名を聞くのを忘れたが、文具店に行くと、このどこかに彼が関わった商品が並んでいるのかなと思ってしまう。■去年の就職活動シーズンに、別々のルートで二人の女の子に会って欲しいと頼まれた。ちょうど忙しい時期で、同じような話をするわけだしと思い、二人一緒に会うことにした。どちらもわたしの会社とは別の会社で、広告業界で働く夢をつかんだ。一期一会がほとんどのOB訪問だが、会ったほうとしては「あの子どうなったかなあ」と気になるものだ。「就職決まりました」の報告はうれしい。そのときの女の子の一人から、しばらくして「同じゼミに御社への就職が決まった男の子がいるのですが、会っていただけますか」とメールが来た。現場の社員に一人も会わないうちに内定をもらってしまったので、職場の雰囲気などを聞きたいと言う。やってきた男の子はわたしの話を聞くと、「安心しました」と言って帰って行った。そして、今日、さきの女の子が今度は同じクラブの男の子を送りこんできた。長身で甘い物とカメラが好きな子だった。「自分がどんな仕事につきたいのか、今ひとつわかんないですよね」と言う彼に、「いろんな会社の人に会っているうちに、見つかるかもしれないよ」とか「どんな会社に入っても、必ずそこで学べることはあるよ」などと話した。OB訪問というより人生相談みたいだ。学生の頃は就職した先は一本道だと思っていたけれど、脇道にそれたり二本の道を行ったりきたり電車を乗り換えたりする可能性だってある。あの頃それを知っていたら、もっと楽だっただろうなと思う。


2002年02月25日(月)  信濃デッサン館

■昨日の夜から窪島誠一郎さんの『信濃デッサン館日記』(講談社文庫)を読んでいる。先日、義父と話していて画家の村山槐多(かいた)の名前が出たので「その人のことが書かれた本を読みました」と言うと、「窪島君のじゃないかな」と奥の部屋から持ってきたのが、この本だった。わたしが読んだもの(夭折画家たちの人生に光を当てた『わが愛する夭折画家たち 講談社現代新書』)とは別の本だったので、借りて読みだしたのだが、これが実に面白い。「火の玉のように燃え尽きた早死にの絵描きたちの燃焼力やいちずさ」に魅かれ、彼らのデッサンばかりを集めた美術館を作ろうと思い立った窪島氏は、多くの人の手あつい力添えを受け、夢を形にした。「小さな過疎地の美術館だけれども、全国でこんなに幸福なあたたかい境遇にある美術館も少なかろう」と誇り、経済の工面から生まれた連帯感とそれぞれが抱いた完成への情熱が「貧しい掘ったて小屋美術館に一流のハクをつけた」と言う。■『パコダテ人』完成までの道のりと重ね、読んでしまう。15秒CMで使い果たすような低予算であれだけの作品が仕上がったのは奇跡に近い。広告関係者は誰も信じないだろう。たくさんの人の時間や場所や物や気持ちをいただき、お借りし、お礼を言うべき人々に逆に「ありがとう」と温かい言葉をかけられる幸せな作品である。何億という予算をかけた大作の派手さはないけれど、注がれた愛の総量だったら負けないと胸を張れるし、それは観る人にも伝わるはずだと思う。だが、北海道先行公開5か所のうち4か所で予定日より早く上映が終了するとの知らせ。聞こえてくる評判に気を良くしていただけに、面食らう。わかってもらえるというのは甘えなのか、それとも時間が足りないだけなのか。信濃デッサン館日記の続きを読みながら考えてみる。


2002年02月24日(日)  PPK

■この週末の宿題は「風の絨毯シノプシス」と「ドラマの企画」。昨日頭の中で思い巡らせていたことを一気にワープロに打ちこんでいく。そこへ、一日中仕事に出ているものと思っていたダンナがひょっこり帰ってきてしまう。怪しい空想料理ならいくらでも思いつくが、冷蔵庫は空っぽである。気分転換も兼ねて、パスタ屋『こむぎこ』まで歩いて遅めのランチ。近所の人に愛されている小さなお店で、三時前という中途半端な時間にもかかわらず満席。パスタ二種類を分け合い、食後に「まだ食うか!」と呆れられつつバナナジュースに手を出す。隣のテーブルが頼んだ物が欲しくなる性格。ビアマグみたいな巨大なグラスになみなみと注がれたバナナジュースのてっぺんに、テニスボールみたいにデカいバニラアイスが乗っかっている。「ジュースを崩さずにどうやってアイスを食べようかねえ」と無邪気に格闘をはじめる。楽しい。おいしい。「これはバナナジュース王だ!」と宣言すると、「そんなに言うほど飲み比べてないくせに」とダンナは冷めている。そんなんで人生楽しいのか。■NHKのど自慢、今日は長野県佐久市から。トップバッター『春一番』を歌うお姉さん三人の背中に『P』『P』『K』の文字。会場にも『PPKの里』の横断幕。何の頭文字だろう。お姉さんたちは市役所職員で、お年寄りの健康を見守る保健関係の部署にいるらしい。「Pはパトロールか?」などと考えていたら、意表をついて「ピンピンコロリ」の略だった。ピンピン元気に長生きして、長患いしないでコロリ。こんな大胆な標語を掲げる佐久市は、高齢者の寝たきり率が全国平均の半分なんだとか。■パコダテ人のHP『パコダテ人ピロパ』に行ってみると、日曜なのに珍しくにぎわっていて、「パコダテ語を流行らせよう」などと盛り上がっている。パコパコ好調。


2002年02月23日(土)  連想ゲーム

■会社近くのデリが去年開いたレストラン『RISO』で友人たちと食事会。メンバーは、わたしの書いたものにビシッと的確な一言をくれるご意見番の元同僚アサミちゃんと公務員のダンナのトビちゃん。CMプロデューサーのヤマシタさんと、その大学時代のゼミ仲間でファッションメーカー勤務のタムラさん、フリーコピーライターのコウジモトさん。化粧品の広告を一緒に作ってた元同僚のユミちゃん。そして、うちのダンナというなんとなく接点のある8人。夕方6時半から4時間余り、よく食べてよく飲んでよくしゃべる。「ニュースステーションのビョークのインタビューは良かった」「ダンサーインザダークは感動した」「ビューティフルライフも良かった」「それを言うならライフイズビューティフルでしょ」「そういや北川江吏子が次の月9書くんだって」「キムタムとさんまでしょ」「今季のドラマ見てます?」「恋のチカラって仲畑広告が舞台なの?」「タグボートって聞いたけど」「公務員なら恋するトップレディーを見るべきですよ」「大河ドラマは?」「竜馬は出てこない?」「時代が違う!」「三谷さんの彦馬が行くは見た?」といった具合に、連想ゲーム状態で話が飛ぶ飛ぶ。レーザーで鼻を焼いてきたばかりのユミちゃんと先週からビービーいいだしたうちのダンナの花粉症コンビが鼻をかんでいる間に、スキー旅行の話から可愛いペンションの話になったかと思うと、松たかこ主演の嵐が丘の話題になる。こういう会話からわたしは刺激をもらい、ネタを拾っている。


2002年02月22日(金)  生みっぱなしじゃなくて

■『風の絨毯』プロデューサー二人と打ち合わせ。場所は赤坂の行列ができるパスタ屋。パコダテ人で親しくなった小山さんとランチの約束をしていて、「すぐ近くの店に上司がいるので、ご紹介していいですか」と言われ、一緒に食事をしたのがきっかけで、風の絨毯の話が舞い込んだ。ここから始まったんだなあと不思議な気持ち。イランでの撮影に立ち合ってきた報告を聞き、今後のスケジュールを話し合う。週末に最新のシノプシス(あらすじ)を上げることに。日本部分(飛騨高山)の撮影は三月下旬から。「わたしたちにとって作品は子どもだから、生みっぱなしじゃなくて責任持って育てないと」と話す。この作品への関わり方は、かなり変則的だと思う。脚本家というよりはブレーンといったほうがいいかも。くわしく話せる時期が来たらご報告したい。


2002年02月21日(木)  映画祭

■いったい世界にはいくつ映画祭があるのだろう。はじめて脚本が映画化され、いざ映画祭に出しましょうと調べだしたら、おそろしい数があることに気づく。日本国内だけでも何十とあり、どの国もそれぞれの映画祭をやっている。子ども向け、コメディー、ホラー、同性愛モノなど特定のジャンルをうたったものもある。ビデオプランニングでの宣伝作戦会議のあと、膨大な資料をめくりながら「どの映画祭がパコダテ人に合っているか」を検討。開催時期が合わず、出したいけれどもエントリーが間に合わないものもある。はじめての子を見せびらかしたい親の気持ちと同じく、世界中の一人でも多くの人に見てもらいたいと思ってしまうが、映画祭に出品するにはお金もかかるし、プロデューサーいわく「出しても意味のない映画祭」もあるのだとか。出すからには作品の評価を高め、買い手がつくきっかけにしたいという製作サイドの意向もあるのだろう。それにしても、どの映画祭も「招待作品は監督、プロデューサー、主演俳優の旅費・滞在費を負担します」とあり、脚本家は呼ばれないらしい。通訳として連れてってくれないかなあ。


2002年02月20日(水)  別世界

■イスファハンで撮影中の日本イラン合作映画『風の絨毯』。その撮影風景のドキュメンタリー映像を持ってプロデューサーが帰国。15分ほどにまとめ、関係者を集めて披露した。イランの映像資料はいくつも見たが、物語の登場人物が動いていると、また違った印象になる。染めた糸を干す中庭、石畳を走る馬車、噴水、モスク、バザール…。東京で会った主人公さくら役の柳生美結ちゃんも、女優の顔になっている。目の力が強く、なんとも言えない表情を見せる。「この子はいいねえ」と配給のソニーピクチャーズの皆さん方も唸る。「映画は生き物だから毎日変わると監督に言われました。前の日にリハーサルして、撮影当日にもう一度リハーサルして台詞を決め込んで、本番。いいペースです」とインタビューに答える榎木孝明さん。ヒゲと日焼けで逞しい顔になっている。脚本は日々変わっているようなので、報告映像だけではどういう展開になっているかうかがい知れないが、確実に言えるのは、日本とはまったく違った世界で日本映画とはまったく違ったテイストの作品が出来つつあるということ。タブリージー監督の思慮深そうな顔が何度か大写しになった。「いつも考えているんです」とプロデューサー。最高のシーンを撮るために全神経を集中させているのが見て取れる。監督を信じて突き進むのみ。■早く帰れたので、『ロングラブレター〜漂流教室』を見る。虎牙光揮君が出ているからと見始めたら、はまってしまった。二回に一回ぐらいしか見れないが、今日の回で虎牙君演じる人類の末裔らしき男は死に絶えていた。あたり前だと思っていた世界から突然切り離されたとき、人はどう生きるのか。


2002年02月19日(火)  償い

■読売新聞夕刊の「三軒茶屋駅 暴行死判決」の記事に「さだまさしの『償い』異例の引用」の見出し。裁判長が引き合いに出した『償い』は、雨の日に男性をはねて死亡させた若者が遺された妻に仕送りを続け、七年後にようやく「ありがとう あなたの優しい気持ちはとてもよくわかりました」と手紙を受け取る内容。歌詞とともに掲載されたさだまさし氏の談話によると、交通事故で夫を亡くした知人に聞いた実話が基になっており、「加害者を許した被害者と、被害者からそのような言葉を引き出した加害者の誠実さの両方に心を動かされました」という。■何年も心の奥で眠っていたエピソードを思い出した。親友に聞いた弟のかつのり君の話。彼が追突してしまった車の助手席に、臨月の妊婦が乗っていた。むちうちは軽症だったが、事故が原因で出産にもしものことがあってはと苦しんだかつのり君は、来る日も来る日も妊婦さんの病室を見舞った。「お医者さんも大丈夫だと言ってるから」と断られても、病院参りをやめなかった。妊婦さんは無事元気な男の子を産んだ。そして、その子に『かつのり』と名前をつけた。はじめてのお産で不安だらけの夫婦を襲った追突事故。だが、毎日病室にやってくる若者にいつの間にか情が湧いたのだろう。生まれてくる子の名前を夫婦が話し合っている場面を想像するたび、人間っていいなあと思ってしまう。あのとき生まれたかつのり君は、そろそろ小学生。名前の由来を聞かれたら、お父さんとお母さんはもう一人のかつのり君の話をするのだろうか。■交通事故と暴行死を一緒に語るのは乱暴かもしれない。だが、三軒茶屋の事件も心のブレーキが間に合わなくて引き起こした悲劇だとしたら、加害者もまた深い傷を負っている。誠意が被害者の遺族だけではなく、加害者自身の痛みを癒す薬にもなることを願う。


2002年02月18日(月)  函館ラ・サールニュース

■封書の便りを受け取ることは珍しくなったが、今日に限って三通も届いた。まず一通は函館ラ・サール高校新聞局(新聞部と呼ばないのが新鮮)の外山君から。函館の映画祭に行ったとき取材を受けたので「新聞が出来上がったら送ってね」と住所を渡しておいたのだ。御礼の手紙を添えて届けられたB4四枚分の分量の『函館ラ・サールニュース』。トップニュースは「卒業証書授与式」。二月十日とは早い。その下にセンター入試の記事。「本校の平均点は550・0(満点は800点)」とのこと。中面に「校内特集 宗教教育とは何か」「郊外特集 映画の街の灯」の二大特集。パコダテ人は函館港イルミナシオン映画祭ルポの中で「海外のコメディ映画のようなテンポのよい作品」と紹介され、「函館は、現代性がなくて時の重みがある。ファンタジーの雰囲気に合っている。函館でやらなかったら、違う話になっていた」とわたしの言葉が要約されている。函館を舞台にした映画はおよそ60本もあるらしく、「ロケ地としてこれほど恵まれた土地に住んでいる私たちであるが、普段はどれほど映画を見ているだろうか」と問題提起。手始めにパコダテ人をとまでは書いていない。他にも「他校訪問 函館遺愛女子高校」「はこだて探訪〜啄木に願いを〜」といったコラムに土地柄を感じる。昔せっせと学級新聞を書いたなあと懐かしい。■次の封書は、年末に『囲む会』を開いてくださった七十代トリオの一人、高田氏。和紙に墨でしたためた手紙と、新しい平和の形を提案する論文。総文字数は三千字を越えるだろう。戦争を体験した証人として、今の世界に言わずにはいられないことを抱えている高田氏は、今井雅子作品を「迷い人救出作戦的物語」と呼ぶ。■最初に封を開けたのは、札幌で会ったばかりの田森君から。山形の児童演劇脚本コンクール受賞作とこれからコンクールに応募するシナリオをどかんと送ってくる。送料700円。演劇脚本は「おねしょした布団をたたくと、なくした大事な物が出てくる」話。大人になるとき、過去に置いてきてしまうのは寝小便だけではないことに気づかせてくれる。


2002年02月16日(土)  パコダテ人@スガイシネプレックス

■7時起床。「一緒に朝食をとりたいので同じ時間に起こしてください」と同室の増田さんよりメモあり。起こして食堂へ。宿泊客が多いせいか昨日より品数が多い。コーヒーで目覚める。■7時半過ぎ、映画祭のバスに『ひまわり』前で拾ってもらい、パコダテ人組とともに新夕張の駅まで届けていただく。■8時20分発のスーパーとかちに乗り、9時半過ぎに札幌着。三木さんのいびきで眠りから覚める。駅の喫茶店でコーヒーを飲み、スガイシネプレックスへ。劇場前で黒岩茉由ちゃんとママが待っていてくれる。入口ではパコダテ人予告編をエンドレスで放映。「テレビでもすごく流れてますよ」と茉由ママ。控え室に入ると、札幌テレビとアートポートの方々がずらり。スーツにシッポ姿の方も。11時過ぎ、客席そで口に移動。客席の反応を直に見られなかったが、終わったときに拍手が起きたとか。どさんこワイドの中島静佳さんの司会で舞台挨拶。シッポをつけた大泉さんとあおいちゃんに続いて前田監督が登壇。「いつも同じ服着てる」と突っ込むあおいちゃんに「俺たちはスタイリストがつかないんだよ!」と切り返す大泉さん。2本のマイクを3人で取り合い、笑いの絶えない楽しいトークとなった。上映2時間前から並んだ人もいたと聞くが、たっぷり話を聞けて満足されたのでは。■はじめての北海道旅行が重なった大阪の義弟夫妻と応援団の後輩で札幌出身の吉田君が見に来てくれていた。4人でサッポロビール・ファクトリーのビアホールへ。ハスカップビールにジンギスカン、鮭の陶板焼、ジャーマンポテトと北の味覚尽くし。同じビル3階の写真ライブラリーで田森君(函館映画祭受賞の同期)が働いていたことを思い出し、会いに行く。山形の人形劇台本コンクールで受賞したとのこと。■ファクトリー隣の旧永山武四郎邸を見た後、道庁の博物館へ。キタキツネの剥製の説明書きに「寄生虫エキノコックス」とある。■風邪を北海道に置き去りにして身軽になり、東京へ戻る。■(写真は、控え室にずらり並んだ『つけシッポ』)


2002年02月15日(金)  ゆうばり映画祭3日目

■風邪が良くなって気分爽快。誰もいない雪道をずんずん歩き、パコダテ人上映会場のスポーツセンターに着く。他の関係者が到着するまで1時間。落ち着ける場所で日記でも書こうと交通整理のお兄さんに「近くに喫茶店はありますか?」と聞き、「少し歩けばある」と指差された方向へ歩く。30分ほど歩いたが、見つからず。11時過ぎ、みんなと合流し、関係者控え室へ。劇団公演中の大泉さんは今朝札幌から駆けつけ、舞台挨拶が終わるとトンボ帰り。12時から舞台挨拶の後、上映。お客さんは300人ぐらい。1000人入る会場では空席が目立ってしまう。函館より反応が薄い気がしたが、5段階評価アンケートの平均が4以上だったと聞き、安心する。■前田監督、あおいママ&妹ちゃんと散策へ。軒先に並んだ雪だるまに番号が振ってあり、人気投票をしている。長い階段を登り、石切神社にお参り。「石を切る」ことから「おできの神様」らしいが、しっぽもデキモノなのでパコダテ人のヒットを祈願。■17時からの『害虫』舞台挨拶について行く。塩田明彦監督と少しお話しする。会社の先輩だった女性が『害虫』に出演していたこと、『彼女たちの獣医学入門』に出演した水橋研二さんの研究で『月光の囁き』を拝見したことなど話す。■三木さん、前田さんと『寿司元』で夕食。昭和14年からやっている店。頑固そうに見えた親父さんは、話すと気さくな人で「昭和35年頃がピークだったな。この辺は遊廓でね。あの頃は、うちの店もいい思いしたよ」と黄金時代の昔話を聞かせてくれた。人ひとりいない道を半泣きになりながら夕張駅まで歩き、快速旅團にパコダテ人ポスターを届ける。コーヒーを飲みに来た金物屋で映画祭応援団の佐藤さんが宿までトラックで送ってくれるというので、コーヒーを飲みつつお話しする。今までは地区ごとにばらばらに活動していたボランティアが今年は応援団として結束し、祭りを盛り立てているのだとか。佐藤さんとの話で、夕張の氷アートの謎が二つ解ける。ひとつは雪に色をつける方法。ピンクやオレンジの雪だるまが気になっていたのだが、かき氷のシロップで色をつけてから固めるらしい。もうひとつは、中にろうそくを灯すプリン型氷の作り方。バケツに水を張り、外側だけ凍ったところでひっくり返し、てっぺんを割って中の水をかき出すと、ろうそくを入れる空洞が出来る。『アイスキャンドル』と言うのだそうな。


2002年02月14日(木)  ゆうばり映画祭2日目

■9時前に家を出て、12時前に千歳着。2時過ぎにバスで夕張入り。はじめて訪れた北の町は意外と近い印象。一面の銀世界だが、軽やかな粉雪は真綿のようで寒さを感じさせない。招待ゲストと映画祭ツアー客を乗せた専用列車が3時に夕張駅に着く。楽団や市民、ホットミルクの歓迎。パコダテ人組は、あおいちゃんも前田監督も三木プロデューサーも照れくさいのか、うつむいたまま足早に通りすぎる。■駅のすぐ横が、昨日「夕張に知り合いがいた!」と驚かされた金子先輩夫婦が去年8月に開店したばかりの『快速旅團』。ジャケットと手ぬぐいが目玉商品の「ライダー用の防水マニアの店」。カウンターで簡単な食事もできる。ニラ玉丼(350円)とビタミンスープ(300円)の遅めの昼食。この手の「喫茶できる店」の貴重さを後で思い知る。■開会式は三味線・太鼓・尺八のトリオ『響』によるパフォーマンスで幕開け。映画に貢献した女性に贈られるマックスファクター賞授与式、審査員やゲストの紹介と続く。市長の挨拶で「夕張の娯楽は映画で、炭鉱で3交替で働く人々のために24時間映画館が開いていた」と知る。かつて市内には25館がひしめいていたとか。■オープニング作品はディズニー&ピクサーの『モンスターズ・インク』。ドアの使い方、悲鳴を集めてエネルギーにするという発想、女の子の年齢設定(言葉は発するが意味を成さない)がうまい。「ドアはアイデアやなあ。心の扉とかっていうしなあ」と前田監督。
■ウェルカムパーティーはホテルシューパロにて。ドイツから来たゲストにドイツ語で話しかける。「明日のHappy Tailを見てくれ」と売りこんだつもりなのに、「ドイツ語の練習デスネー」とスマイル。全然通じてない。メイン会場がすごい人なので、別フロアのコーヒーショップで食事を取る。■宿泊先の『ファミリースクールひまわり』は高校を改造したホテル。教室ひとつ分のひろーい部屋(写真)に、神奈川から単身で乗り込んできた学生の増田文子さんと二人きり。寝相が悪くても安心。ヒーターをがんがんに焚いた室温は25度。寒くない。


2002年02月13日(水)  ゆうばり国際ファンタスティック映画祭 1日目

■飛行機の時間を何度も変更するヘンな夢を見る。おでこに載っけた『熱さまシート』にうなされたか。風邪は良くも悪くもならず。肌はボロボロ。夕張行くまでに復活しなくては。■一緒にお昼を食べた会社の子に「明日から夕張に行く」と言うと、「昔、取材で行ったよ」。海外からの招待スター達が愛人らしき若い娘を連れていたのをよく覚えているとか。「ここなら誰にも見つからないって感じで、堂々と連れ回してたよ」。夕張はお忍び旅行にはうってつけの場所かも。■夕張から思いがけないメールが届く。「以前、一緒に飲んだ者ですが、夕張駅前で店を構えています」と快速旅團の金子さんから。知り合いがいないと思っていた町に、応援団仲間がいたのだ。「黄色いハンカチが目印です」とのこと。いいなあ。らしいなあ。夕張に行く楽しみが増えた。■メディア部にいる同僚が、昨日放送した『彼女たちの獣医学入門』の視聴率と視聴人数を調べてくれた。関東は地震のせいか9.4%と高めで146万5千人。関西は5.7%で44万5千人。中京は4.6%で17万3千人。3地区で208万3千人が見た計算。全国合わせると、さらに増えることになる。数字で見ると、すごいなと思う。この中の何人の心を動かせたのかな。


2002年02月11日(月)  こどもの詩

■あまりに寒いので、家で過ごす。函館映画祭の日記を書きつける。記憶が古くなっているので、思い出すのに時間がかかる。早くやっとくべきだった。3日分書き上げる寸前にワープロがフリーズして振り出しに戻る。オーマイガッド。■気を取り直して新聞整理。読売新聞の『子どもの詩』のファンで、入社した頃は切り抜いてノートに集めていた。仕事に疲れた人が「あれ読ませて」とノートを開いては、「わたしが小さくなったらお母さんに服をあげるね」とか「外国のおともだちも、あははって笑うんだよ」といったピュアなつぶやきに、ほろりとなって帰って行った。切り抜きは止めてしまったが、今でも読むたび心が洗われる。電車が通り過ぎる音を「だれっかなーだれっかなー」と聞き、電車と会話してしまう女の子。弟のおしめを見て「わあ、きれい。光ってる!」と歓声を上げる男の子。かつては自分もそんな風に世の中を見ていたのかなあ。■投稿欄に「試験は教師と生徒の文通」と元教師の言葉。答案用紙は「勉強やってるか?」という問いに「やってるよー」と答える場所。つまづいた答えから、生徒が何を必要としているか読み取れたという。しかし、マークシートでは、メッセージは伝わらないか。


2002年02月10日(日)  ペンネーム

■ミナちゃんミキちゃんコンビが誕生日を祝ってくれるというので、ダンナともども赤坂の『ベトナムアリス』へ。クイーンアリスの石鍋シェフのベトナム料理店。食事はおいしく、お米のウォッカで作ったカクテルもおいしく、楽しい夕食となる。しかし、誰よりもおいしい思いをしたのは、ダンナだ。デートの予約殺到の美女二人と、別な意味で多忙な妻を独り占めしたのだから。「キミがいなければ、最高だった」と真顔で言うが、今夜の主役はわたしなのだよ。ミナ&ミキからのプレゼントはピンクのタオル地のバスローブ(共布のヘアバンドつき)とバレンタインデー先取りチョコレートとドーナツ栓抜き。「ドーナツとビールというゴキゲンな組み合わせは天国で発明されたのさ」という陽気なコピーが、いかにもアメリカのジョークグッズらしい。ドーナツにかかっているチョコレートの粒の名前はマゼランで良かったっけ。■「吉本ばななに対抗して、ペンネームをつけるとしたら?」という話になる。何年か前に会社の子と同じ話をしたときは、『今井パプリカ』が最有力候補だった。ちょうど筒井康隆の『パプリカ』を読んでいて、主人公のパプリカという名前が気に入っていたのだ。他に候補に挙がったのは、パンプキン、プラリネ、プリン、パパイヤなど。その頃からパピプペポの響きに憧れていたのかもしれない。東京プリンとパパイヤ鈴木がいるので、後者二つは使えない。「ガラムマサラとかインパクトのある名前は?」とミナちゃん。田口ランディに勝てるかもしれないが、それはイヤ。


2002年02月09日(土)  シモキタ(下北沢)

シモキタはカレーと同じで、欲すると頭の中がそれでいっぱいになる。ひと月ほど前からシモキタが呼んでいたが、予定が入ってたり、天気が悪かったりで、ようやく今日実行。ちょうどいいことに誕生日だ。

シモキタに住んでいるきゃろるにつきあってもらう。きゃろるは大学時代のチアリーダー仲間。同じように歌って踊る四年間だったが、わたしは就職して宴会でしか踊らなくなった。彼女はプロのチアリーダー指導員になり、その後、劇団MOTHERの女優になった。今はフリーになって、相変わらず歌って踊っている。きゃろると呼ぶのはわたしぐらいで、巷では『ちあり』が通称。牧野エミさんが名付け親らしい。

舞台の上と客席では何度も会ったが、二人で肩を並べて歩くのは、七年ぶりぐらいになる。シモキタ以上にひさしぶりなのだ。

まずは、ガーデニング店を兼ねたカフェでお昼ごはん。半地下のサンルームを占領し、積もる話に花を咲かせる。

腹ごしらえした後は、ひたすらお店めぐり。竜巻きを起こすペットボトルなど、遊びゴコロをくすぐる理科系おもちゃが所狭しと並ぶ店。会社の子に教えてもらった服屋。古道具屋。パンクルックの店。ふらっと入った古着屋で、古い着物を継ぎ合わせたリバーシブルの巻きスカートを買う。店の女の子の手作りで、その場で採寸してボタンづけしてくれる。「いつかは消耗しますが、それまで大事に着てください」と取扱い説明書にも愛がある。

骨董屋が集まる一画でノスタルジーに浸る。家にゴロゴロしていた人形が8万円!ある野球選手のグッズ一式(グローブ、ユニフォーム、シューズなど)が50万円。知らない選手なので、50万の妥当性がわからない。これを買うのはどんな人だろう。人生にくじけそうになったとき、この選手の活躍に励まされ、今は会社の社長になったような人かもしれない。それにしても骨董の値段のつけ方は謎だ。

お茶をしたカフェの近くの古着屋で着物リメイクのカーディガンとワンピースを買う。こういうヘンな服は他ではなかなか出会えない。帰り際、『みそパン』が超有名な『アンゼリカ』に立ち寄る。行列がなくてラッキーと思ったら、ほとんど売り切れ。カレーパンと白玉あんパンをなんとか入手する。そんなこんなで、時間がいくらあっても足りない。クセになる街なのだ。

FMシアターはほとんど毎週聴いているのに、あおいちゃんのラジオドラマデビュー作『翔べない豚さん』を聞き逃す。不覚。


2002年02月08日(金)  フライングワイン

■出社すると、机にワインが置いてある。誕生日になると、社長から会社のロゴ入りワインが届くのだ。明日が休日なので、一日早いプレゼントとなる。去年は赤だったが今年は白。おいしいといいのだが。さらに総務から「荷物が届いています」とメール。はるばる大阪から届いた段ボールは、わたしが入りそうな巨大サイズ。中には匂い立つような鉢植えの胡蝶蘭。恐れ多すぎる。このわたしでも咲いてくれるだろうか。わが家の汚さに驚いて、枯れてしまわないだろうか。とりあえず、どうやって持って帰ろうか。■会社から表参道の『青山見本帖』まで往復40分歩く。何を食べてもおいしくて、最近太り気味。これぐらい歩いてもケーキ1個分にもなるかどうかだか、表参道のあたりはカフェやギャラリーがひしめいていて、歩くのが楽しい。『青山見本帖』は紙見本を売る店。「ヴァンヌーボーのナチュラルホワイトの70キロのB3サイズ」とデザイナーE君に指示されたままを買う。E君は、この紙を手挿し印刷して、名刺を作ってくれる。函館の映画祭用に作った80枚が切れたので、夕張の映画祭用に新しく作ることになった。名刺に入っているしっぽのデザインが配給のアートポートの目に留まり、パンフレットのノンブルにもあしらわれている。夕張で会う方はお楽しみに。


2002年02月06日(水)  電車にピップエレキバン

コピーライターという職業柄、広告はしっかり読む。通勤は交通広告チェックの時間。目が悪いので、相当近付かないとコピーが読めない。中吊り広告の真下に立って、眉間にしわを寄せて見上げている年齢不詳の女がいたら、わたしである。今朝は出勤途中にANAの『超割航空券』の中吊りを熟読。「超割北海道」「超割温泉」「超割食い倒れ」「超割同窓会」……超割を使ってアレしようコレしようと誘い文句が並んでいる。「超割砂の星」というコピーに「おや?」となった。砂の星?星の砂じゃなかったっけ。子どもの頃、沖縄土産でもらった小さなガラスボトルに入った砂。今思うと、ミクロ金平糖みたいだった。あれは砂の星とも呼ぶのだろうか。でも、「水の星 地球」という言葉もあるし、砂の星と聞くと、草一本生えない一面の砂丘のような風景を想像してしまう。そういう不思議な場所にも行けるかもというSF的旅ゴコロをくすぐるコピーライターの引っ掛けだったりして、などと考えているうちに駅に到着。

午後、得意先へ向かう電車を待っていると、反対側の線路に入ってきた車両を見て、「珍しいな。車体の外側にステッカー貼ってる」と先輩デザイナー。見ると、ピップエレキバンの広告。貼る商品だから貼ろうっていう発想なのか。面白い。カンヌ広告祭で見た絆創膏のポスターを思い出す。電柱に商品(ドデカイ絆創膏だ!)が巻きつけるように貼ってあって、「どんな擦り傷、切り傷にも」とコピーがついていた。


2002年02月05日(火)  3つの日記がつながった

■いまいまさこカフェ2月3日のダイアリーを読んだ同僚のなくいが興奮して「マブイの話って宮沢章夫さんのコラム?」と聞いてきた。「覚えてないけど、マブイの話はメールで聞いたって書いてた」と曖昧な記憶をたどって言うと、「やっぱり!そのメールを送った人、知り合いなの!」。沖縄に住む彼女の知人、増田静さんが宮沢さんにマブイ話のメールを送った→宮沢さんがサイト市松生活の日記(1月7日)で「Mさんのメール」として紹介→増田さんがそのことをサイト鱒玉日記の1月7日で紹介→なくいは増田さんのサイト日記から宮沢さんのサイト日記へ飛んだ。その矢先に、わたしのダイアリーにマブイ話を見つけ、びっくりした次第。「3つの日記がつながった!すごい!」と、わたしも興奮。と、勝手に『日記の輪』に入れてもらうのが失礼なほど、宮沢章夫さんと増田静さんの日記は名文なうえに話題豊富で読ませる。脱帽。■『パコダテ人』の配給会社アートポートの好青年、河野くんが出来たてほやほやのパンフレットとグッズの携帯ストラップを会社まで届けてくれる。パンフは上質の紙を使っていて、絵本風のかわいい仕上がり。顔写真は「小さく」とお願いしたのに、けっこう大きく入っている。みんなの夢を壊しませんように。ストラップは作品ロゴを刻んだシルバープレートとしっぽ(白/黒と茶のまだら)が一体になったもので、手ざわりもいい感じ。「こりゃ売れるね」「売れますかね」と河野くんとほくそ笑む。


2002年02月04日(月)  福は内

■節分と聞くと豆まきを連想する人が大半だと思うが、わたしは太巻き寿司が頭に浮かぶ。生まれ育った大阪の家では、毎年、節分になると、太巻きを人数分買ってきた。各自一本をくわえて、その年の方角を向き、最後まで一言もしゃべらずに丸かぶりするのである。喉がつかえて水が欲しくなっても、声を発してはいけない。その時点で「福が逃げてしまう」のだ。なぜ寿司で福を呼べるのか、根拠は知らない。どこかのお寿司屋さんが言い出したことなのかもしれない。丸かぶりで丸儲け。うまい商売だ。全国共通の風習だと思っていたら、どうやら大阪近辺だけの局地的なキャンペーンらしい。「今日は丸かじりの日やでー」という呼びこみをやっていない東京では、太巻きの威力もなさそうだし、そもそも一人でやってもつまらない。


2002年02月03日(日)  教科書

■たまりにたまった新聞を整理する。気になった記事は切り抜いてファイルするので、古新聞に出す前に目を通すのだが、つい読みふけってしまい、全然はかどらない。「沖縄では、びっくりすると魂(マブイ)を落とし、行方不明になった魂のありかをユタにお告げしてもらう」という話。「サンタクロースが自分の欲しいものをくれた幸福感は覚えているが、何を受け取ったかは覚えていない。人は品物よりも幸福感を求めて生きている」というイッセー尾形さんのエッセー。新聞には、いい言葉がたくさん埋まっている。それを掘り起こすのは楽しい。■『知っているつもり』はソルトレイク五輪にちなんだ特集。リレハンメルの屈辱を長野で晴らした、ジャンプの原田雅彦さん。長野五輪のモーグル代表に選ばれながら、末期ガンのために出場を辞退し、25才の若さで亡くなった森徹さん。悲願の復活を勝ち取った原田さんの笑顔に泣き、復活の夢を病魔に奪われた森さんの運命に泣く。


2002年02月02日(土)  歩くとわかること

2002/02/02(土) 歩くとわかること

■週末は家で過ごすことが多い。朝テレビでやっていた古着リフォームに触発され、穿かなくなった茶色いキュロットのポケットをハート型に切り抜き、先週買った赤いパンツの裾に縫いつける。ここから小銭を出して、笑いを取ってやろう。■夕方近くなって、体を動かしたい気分になり、ダンナと散歩に出る。天気がいいので池袋まで歩く。巣鴨大鳥神社の節分祭に遭遇し、モンゴル料理屋を見つける。自転車の男の人が落としたマルボロを拾い、取りに戻ってこないので、ゴミ箱を探して歩く。街にゴミ箱がないことに気づく。50分ほど歩いて、池袋の西武に入る。今年の春は花柄が流行るらしい。オレンジの長袖とピンクのパフスリーブを買う。ダンナは無言。心の中で「何才のつもりだ」と呆れている。ケンジントンルームでお茶をする。フルーツのタルトと紅茶のプリン。歩いた後のケーキはおいしい。隣のテーブルの女の子三人組が「1位は金 2位は愛情 3位は友達 4位は性欲」と話している。ダンナが「何の話だと思う?」「恋人に持っててもらいたいモノじゃないの?」とわたし。「そっか。自分が大事にしているものかと思った」。さて真相は?スポーツ用品売り場に移動し、フィットネス器具を見る。ダンナはテレビを見ながら痩せようという魂胆。ステッパーをひたすら踏むより、景色見ながら散歩したほうが楽しいんじゃないだろか。続いてCD売り場でWhiteberryの『カメレオン』を入手。ジャケットに「パコダテ人主題歌」とシールが貼ってあり、感激。レジで隣に並んだ大柄の女の子がわたしと同じ髪型……と思ってみたら、女装したオジサンだった。街は刺激に満ちている。


2002年02月01日(金)  「なつかしの20世紀」タイムスリップグリコ

昨日から会社でキャラメル漬けに遭っている。グリコのおまけつきキャラメルのせいだ。パッケージには「なつかしの20世紀」タイムスリップグリコとあり、20世紀というか昭和を思い起こさせる超リアルなフィギュアがついてくるのだ。おまけは『鉄人28号シリーズ』『暮らしシリーズ』『のりものシリーズの各5種類全15種類で、暮らしシリーズは扇風機とブタの蚊取り線香がセットになっていたり、のりものシリーズは車と乗客のカップルがセットになっていたり、とにかく芸が細かい。こういうものを作らせたら、日本人は世界一だ。全部集めようとみんながコンビニに走るので、またキャラメルが増える。ひと粒300メートル。グリコの由来になったグリコーゲンは牡蠣エキスに含まれているらしい。キャラメルと牡蠣。不思議な取り合わせだ。(画像は幼なじみの太郎君がゲットした限定1500個生産のコレクションボックス。この日記を読んで送ってくれた)

ノスタルジーなものには弱い。とくに昭和30〜40年代。日本が希望に満ちていたけど、恵まれすぎてなかった頃。新横浜のラーメン博物館(昭和33年の設定らしい)はドンピシャだ。ラーメンそっちのけで町内運動会のお知らせや不動産の物件情報や映画のポスターに見入ってしまう。古きよき時代のニッポンに浸れて入場料300円。おすすめです。

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