2002年01月31日(木)  2002年1月のおきらくレシピ

■2002/01/17 (木) 見た目は同じ!くさった大根
冷蔵庫に眠っていた大根が大丈夫そうだったので、みそ汁にしたら、腐ってた。きれいに腐るな!
【くさった大根のみそ汁:腐敗】レシピ省略

■2002/01/13 (日) 披露宴一周年豪華ディナー
今日で披露宴から一年。この一年で作った料理はわずか。当然、腕はさほど上がってないのだが、なんとなく外食よりも作ってみたくなり、タイカレーと生春巻きとポテトグラタンに挑戦する。グラタンのソースはお歳暮にもらったパスタ用たらば蟹のクリームソースを使う。「これ、いけるよ!」と何も知らないダンナ様は驚く。タイカレーはハワイ土産にもらったマンゴーココナッツペーストで味つけ。かなりフルーティーなので女性向きかも。いちばんのヒットは生春巻き。はじめて家で食べたが、超簡単だし、具さえ間違えなければ失敗しない。今度お客さんが来たら、これを出そう。

【ココナッツマンゴーカレー:ペースト頼み】魚介類(タコ、ホタテ、エビなど)、ササミ、タケノコ、赤ピーマン、マッシュルーム、ネギなどを適当に炒め、ココナッツオイル1カップとココナッツマンゴーカレーペーストを入れ、レモングラスで香りをつけ、ニョクマムで味を整える。

【ポテトグラタン:騙し】
3mm厚に輪切りしたじゃがいもを電子レンジで3分ほど過熱して柔らかくし、器に敷く。白ネギを縦1/4切りしたものも並べる。市販のパスタクリームソースをかけ、粉チーズをたっぷり振ってオーブンで焦げ目がつくまで焼く。

【生春巻き:楽勝】
鳥ささみのニンニクしょうゆ焼き(ニンニクしょうゆに漬けたササミを油で焼く)、中華くらげ、アボカドスライス、ねぎとろ、生タコのスライス、白髪ネギなどの具を用意する。食べる直前にライスペーパーを人肌の湯で戻し、具を巻き、サルサソース、ニンニクしょうゆなどの味つけで食べる。


2002年01月30日(水)  ボケ

■自慢ではないが、低血圧なら負けない。健康診断で「90-60-90」という数値を見た看護婦さんに「これがプロポーションだったらいいんですけどね」と言われたことがある。余計なお世話だ。50台を記録したこともあるので、早起きが苦手な言い訳は十分にできる。目覚めは極端に悪く、左右ばらばらの靴や、背中のファスナー全開で出社したこともある。もちろん、気づいた衝撃で眠気は吹っ飛ぶ。今朝は35分発の電車を逃したはずなのに、ふとホームの電光表示を見ると、6〜7分感覚で来るはずの次の電車は48分発になっていた。「41分発の電車は?」。ぼーっとしている間に電車を一台見過ごしてしまったらしい。■アメリカのホストマザーから「Masako Imai's Cafe英語ページに8か所のスペルミス発見」のメール。「scgoolではなくschool。gaeではなくageよ」。すべて初歩的なミス。四年ほど前に再会したとき、「あんたの英語はどこ行っちゃったの?」と嘆かれたが、またがっかりさせてしまったかも。


2002年01月29日(火)  年輪

■メアリーの話をWORDSにアップしたので、今日は彼女のことを思っている。出会った日が九十才の誕生日だったメアリー・ルース・スティーブンソンは、わたしの人生観をいちばん大きく変えた女性だ。ニュージーランドのクライストチャーチからブライトンへ向かうバスで隣の席になり、二時間の道のりの間に友だちになった。彼女は泊まりがけの、わたしは日帰りの一人旅だった。「バスを降りたら、お別れだなあ」と名残り惜しく思っていると、「さあ行きましょうか」と自然に誘われ、帰りのバスが来るまで一緒に過ごすことになった。海岸で貝殻を集めながら、尽きない話を続けた。「明日はここで泳ぐの。かわいい水着なのよ」と言う笑顔がとびきりチャーミングだった。どの本から読もうかしら、夕食は何にしよう、明日晴れますように……。彼女は本当に楽しそうで、きらきらしていて、「誕生日ごとに人生は素晴らしくなる」と笑った。別れ際に、夕日の見えるカフェでお茶をした。ジャムサンドイッチとミルクティー。温い気持ちに包まれたのは、湯気のせいだけではない。「あなたは最高のお客様だから」と当然のように支払い、微笑む彼女こそ、言葉にできないくらい最高だった。あれから十年以上経つ。何度か手紙を交わしたが、わたしが引っ越してしばらくした後に出した手紙には、返事がなかった。メアリーのことを思いだすとき、今も元気でいるだろうかと考え、答えを求めることをやめてしまう。何才になろうと、彼女はかわいいおばあちゃんのままで、毎年あの海辺の小さなコテージで誕生日を祝うのだとおとぎ話のようなことを考えている。


2002年01月28日(月)  心意気

■夕方からの会議で頭に来ることがあり、ひさびさに会社で吠えた。わたしが怒っても迫力はないのだが。原因は、わたしの書いたコピーを見た偉い営業さんが「こんなコピーを持って行ったら得意先が気を悪くする!」と頭ごなしに否定したこと。得意先との事前打ち合わせを踏まえた上で、いちばんいい表現を探った結果なので、ほめられることはあっても、叱られるとはまったくの予想外だった。要は「もう少し無難なコピーはないのか」ということなのだが、言い方が悪い。思いやりがない。横から別の営業さんが「まあまあ、そういうわけで、あと2案ぐらい作ってよ」と丸くおさめようとしてきたので、「なんで2案って決めるんですか!適当に数さえ合わせればいいんですか!愛がなさすぎる!」と言い返した。決して嫌いだとか仲が悪いとかではなく、むしろ普段は楽しく仕事をしている人たちなのだが、たまにやる気に水を差すようなことをやってくれるので、釘を差したつもり。■一緒に組んでいるデザイナーと以前、二人そろって吠えたことがあった。そのときの担当営業が「ブツはできましたか?」と失礼な言い方をしたので、「俺たちが寝ずに考えたアイデアをブツ呼ばわりするとは何ごとか!」と逆上し、会議に『ブツ』と書き殴った紙を持って行ったのだ。創造することを仕事にしている人たちのこだわりや心意気をうっかり傷つけてしまうと、後が怖い。■


2002年01月27日(日)  詩人

■先日ダイアリーに書いた雨乞いの話を読んで、パコダテ人の前田哲監督からメールが二通届いた。一通は「映画を初めて撮った時。知り合いの人全てに手紙を出しました。ようは、チケットを買ってくれということなんですけど、はっきり買ってと言える人は数が限られています。詩を添えて送りました。何百通も」という文面に続いて、『砂漠に雨を降らすため、雨乞いの踊りを 踊る前田哲。貴方の、一滴の雨で、救われる。ぜひ、観てやってください。宣伝してやってください。』とそのとき送った詩があり、最後に「雨より、嵐より、台風にしてやりましょう」と結んであった。もう一通は「『誰か上の方で俺を好きなんだ』。ポール・ニューマンが「傷だらけの栄光」という映画の中でいうセリフです。僕は、このセリフが大好きです。誰も見ていなくても、神様は見ていると僕は信じています。がんばった人(『がんばった人』と名付けましょう)には、必ず、何らかのプレゼントがあります。僕はそう固く信じています。シャルウイダンス、踊りましょう。見てるよりも踊ってるほうが、おもろいにきまってまんがな。僕らは、人に夢を売るダンサーでっせ。雨乞いどころか、台風乞いや」とあった。前田さんは、映画監督である前に詩人である。監督は長篇三作目が勝負作と言われるとか。前田さんにとって三作目となるパコダテ人、わたしも一緒に台風を起こしたい。


2002年01月26日(土)  オヨヨ城

■筒井康隆の短編集『馬は土曜に蒼ざめる』を読み終える。この人の小説のすごいところは、何度読んでも初めて読んだ気になってしまうこと。おかげで同じところを何度も読み直してしまい、時間がかかった。初版が1976年で解説が小林信彦。その一節に「(わたしには)テレビの仕事がすべてなくなり、ジュヴナイル『オヨヨ城の冒険』などを書いていた寒い時期があった」とあり、衝撃を受けた。オヨヨ城シリーズは子どもの頃、大好きでボロボロになるまで読んだ。不条理なやりとりの連続で、笑い転げてページをめくったのだ。なのに作者は寒い思いをしていたとは、なんとも複雑な気持ち。■NHK-FM青春アドベンチャー『カレーライフ』を3週間聴き続けたせいでカレーが食べたくなり、寝かしておいた無印良品のスパイスセットで作る。最終回を逃したが、無事カレー屋は開店できたのだろうか。■今夜のFMシアターは、じんのひろあき氏脚本の『質屋』。なんと、じんのと名乗る脚本家が登場し、質屋を取材する過程がドラマになっている。函館の映画祭でお会いしたとき「ラジオドラマは180本ぐらい書いた」とおっしゃっていたが、じんのさんだからできる手法だなあ。


2002年01月25日(金)  絨毯に宿る伝統

東京ビッグサイトで行われている日本最大のインテリアの国際見本市JAPANTEX2002へ。インテリアとわたしの接点といえば、絨毯。映画『風の絨毯』に登場する絨毯製作でご協力いただいたフジライトカーペットのブースが風の絨毯をテーマに展開しているということで、見学にうかがった。イランの伝統芸術であるペルシャ絨毯と飛騨高山の匠たちの技と心を注ぎこんだ祭屋台。それぞれの魅力と、この二つが作品で出会う経緯がわかりやすく展示されていた。ロケハンのために来日したタブリーズィー監督、プロデューサーのショジャヌーリ氏も訪れていて、ご挨拶する。監督は3分の1サイズの展示用の祭屋台を見て、「本物を見るのが楽しみだ」と穏やかな口調で語っていた。『Spring 春へ』『トゥルーストーリー』の翻訳をされたゴルパリアンさんにもお会いできた。日本で公開するイラン映画は、ほぼすべて訳しているという。「こんな若い人とは思わなかった」と言われたが、わたしも名前の響きからてっきり男性かと思っていたら、チャーミングな女性だった。

ブース内にはペルシャ絨毯織りを体験できるコーナーもあり、講師の方の手ほどきを受けて、挑戦。資料で見たビデオではリズミカルに結んでいたが、相当熟練しないと、ああはいかない。番号を書き分けた方眼紙、番号と織り糸を対応させた色見本、織り糸。この3つを見ながら織っていく。中には11113332244……と数字だけ書かれた指示書もあり、織り上げるまで、どんな図柄が出てくるかわからないという。

フジライトの常務取締役の富田明博氏ともご挨拶する。やわらかい大阪弁を使う、あったかい雰囲気の方。「うちは、もともと大阪の会社なんです」。わたしが堺市出身だと告げると、「発祥は堺市の北野田です」と言う。「堺式だんつう(段と通に糸偏がつく)という織り物があったんですが、今では継承者がいなくなり、かろうじて堺刑務所で守り伝えられているんです」とのこと。こんな話も聞けて、実り多い二時間だった。

今日はこれから大学時代の応援団仲間と会う。大学は別々だが「激動の四年間を共に生き抜いた」という連帯感から『激四会』と名付け、たまに集まる。最初に盃を干した者が先輩の名刺を頂戴できるとか、石油ポンプで酒を飲むとか、部外者とは分かち合えない特殊な世界だったが、これも日本特有の文化なのかも。


2002年01月24日(木) 主婦モード

■午前中、得意先でミーティング。主婦向けの商品だが、出席者はわたしを除いて全員男性である。「家族の健康を気づかう主婦としては、こういう方向のメッセージのほうが……」と、ここぞとばかり主婦の視点を主張。ふだんは忘れているが、いちおう主婦なのだ。実感が伴っていると、説得力がある。■家の近くの生協で晩のおかずを買って帰る。今日は「組合員 お魚1割引」の日。なのにレシートを見ると、割引になっていない。組員メダルを持っているか聞かれなかったので見せなかったら、非組合員だと見なされたのだ。甘エビ298円。約30円の損である。だが、迷った末に、レジのお姉さんに言うのを諦めて店を出る。甘エビには、すでに4割引のシールが貼ってあった。「この人、4割引で買った上に、まだまけさせようとしてるわ」と思われるのを恐れたのだ。弱い。会社や映画製作では一千万単位の話をしているが、主婦のわたしは十円の世界に生きている。■主婦の自覚がないのは、主婦らしいことをしていないからである。わたしのレシピ集は教訓集にしかならず、片付けているつもりの部屋が明らかに散らかっていく。「炊事、掃除以外なら、まかせて」とダンナに開き直ったら、「それで許されるのは美人だけだ」と一喝された。お気楽主婦を容認されているということは、美人の証?いや多分違う。あまりのダメ主婦ぶりに、自分で嫌気が差すこともある。昨日帰宅したら、台所から異臭がしていた。流しに積まれた食器をかきわけると、案の定、排水溝が詰まっていた。イヤなことは後回しにする性格なので、今夜ヌメリ退治を決行。新聞紙、穴のあいた靴下、毛先の開いた歯ブラシ、ビニール袋などを動員し、ヌメヌメと闘う。とりかかるのは億劫だが、やり始めると、ムキになり、楽しくなってくる。ピカピカになった排水溝に、生協で買ってきた『五日間だけ待って頂戴』を吊るす。納豆菌の仲間の酵母が自然分解するチカラで、汚れやヌメリが付着するのを防いでくれることになっている。五日間というのは、彼らが本格的に活動開始するまでのウォーミングアップ期間らしい。がんばれ、納豆菌の仲間!


2002年01月23日(水)  ラッキーピエロ

■間違い電話のおかげで、ひさしぶりにさおりと話をする。携帯電話で近くに登録した人にかけるつもりだったようだ。小学五年のときの家族旅行で蓼科に行ったとき、地元の五年生が授業で観光客にアンケートを取っていた。余白に住所を書いておいたら、返事をくれたのがさおりだった。そこから文通がはじまった。今みたいにメールで気軽に全国の人と知り合える時代ではなかったので、一通一通が刺激的だった。さおりの学校では、運動場に水をまいておくと、翌朝にはスケートリンクに変身するのだ!はじめて生身のさおりに会ったのは、修学旅行で蓼科を訪れた中学三年の秋。クラスメートに「わたしってどう見える?おかしくない?」と何度も確認し、感動の面会。思った通りの女の子だった。さおりも失望しなかったのか、つきあいは今日まで続いている。大阪と長野にいた二人がなぜか今は東京にいて、去年は一時期、同じビルで働くという偶然もあった。不思議な縁だと思う。■函館のハンバーガーショップ『ラッキーピエロ』から葉書が来ていた。映画祭で訪れたとき、アンケートに「パコダテ人でお世話になりました」と書いたのだが、その返事らしい。印刷の定型文の余白に「映画完成おめでとうございます」と書き添えられているのがうれしい。97年に出会って以来のラッピファンだが、ますます好きになる。オリジナルのシナリオにはなかったが、主人公たちの行きつけの店をどこにしようという話になって、「ラッキーピエロがいい!」と言ったのを、監督やプロデューサーが実現させてくれたのだ。監督は自腹で買ったラッキーピエロのTシャツを着て、交渉に行ったらしい。わたしのイチオシのチャイニーズチキンバーガーもちゃっかり出演。自分の好きな食べものが作品に登場するなんて、愉快だ。


2002年01月22日(火)  夢

■就職活動時代、東京から西へ向かう新幹線の中で出会った同級生のS君は、第一印象から不思議な人物だった。先日五年間の渡米生活に終止符を打ち、日本に帰ってきたが、渡米のきっかけは地下鉄サリン事件に遭って会社を辞めたことだった。ひょんなことからアソシエートプロデューサーとして関わった映画『Bean Cake』がカンヌ映画祭で受賞し、授賞式にも行ってきたという。そのS君から「team Oscar」メールが届くようになった。オスカーはあのアカデミー賞のオスカー像だ。それを手にするために今日自分は何をしたかが短い文章で綴られている。「しまった!何もやっていないのに一日が終わった!」「今日はこういう本を読んだ」といった具合。誰かに読んでもらうことで自分を奮いたたせているのかなあと思う。わたしは何をめざすのかな。■『ディズニーファン』のコラムで、パパイヤ鈴木さんがかつて東京ディズニーランドのダンサーだったことを知る。Disneyland is your landの歌詞に「好きなことはなんでもかなう」という一節があるという話に続けて、「必ず雨が降る雨乞いの踊りというのがあるんですけど、それはどうしてかというと、雨が降るまで踊り続けるからなんです。だから、夢だって見続けていれば絶対かなうんです」。夢を見続けるにはエネルギーが要る。雨乞い踊りを続けるように。ほめられたり認められたりすると馬力が出るが、神様のごほうびがないと、ガス欠になって立ち止まってしまうわたし。
(後日談。2004年、朝日新聞で、漢字一文字をタイトルにして毎回一人の行き方に光を当てるコラム連載があった。ある日、目に留まったタイトルは『夢』。取り上げられていたのはS君だった。記事を読んだときはこんな日記を書いていたことを忘れていたけれど、タイトルが同じでびっくり。2004年6月16日)


2002年01月21日(月)  祭り

■文化祭、体育祭が大好きだった。お祭りと聞くと血が騒ぐ。ゆうばり国際ファンタスティック映画祭。そそられる名前だ。国際とつくと、カンヌ広告祭のあの熱気と興奮を想像してしまう。パコダテ人は招待されたが、脚本家はされない。早く無名時代を脱出するぞ。三木プロデューサーから「行かないんですか?」と電話。14日の開会式から参加し、16日の札幌初日に立ち合うスケジュールらしい。面白そうだ。■会社近くのカフェSolare(URLがpront.comということはプロント系列?)で夕食。前から気になっていた「きなことアーモンドと黒蜜のパンケーキ」がどうしても食べたくて、さんざんおかずを食べた後にオーダーしてしまう。薄っぺらいのが一枚だけ来るかと思ったら、堂々たるホットケーキが三枚。しかもてっぺんにはアイスクリーム。アイスの山を崩して大胆にほおばると、なんとバターだった。一枚でギブアップし、残りは朝ごはん用に持ち帰る。


2002年01月20日(日)  浮き沈み

■プロデューサーに追加の原稿をメール送信した後で、着信メールに気づく。前回送ったものに満足されていない様子。時間がなくて、プロット打ち合わせをすっ飛ばしてシナリオにしてしまったせいか、ずれているようだ。■夕方まで家にいたので散歩したくなる。「歩いてない道を行こう」とダンナと話し、行くべき場所があったことを思い出す。家から一時間ほど歩いた場所にある教会。使用済み切手をボランティアに役立てているという新聞記事を読み、集めていたのだ。地図をたよりに閑静な住宅街を抜け、着いた教会は椿山荘の向かいにあった。最近はメール中心になり、切手のついた手紙を受け取る機会も減ったが、手に取って読む便りの温もりは、何にも替えがたい。かつてわたしにうれしい知らせや楽しい話を届けてくれた切手たちを見ながら、ひさしぶりに便せんに向かうのもいいかと思う。■cafe発掘に失敗し、二年ぶりのfreshness burgerでスープとバナナケーキの軽食。黒板にはラザニアバーガーの誘惑。■家に帰るとプロデューサーから、昼に送った原稿の返事メール。「素晴らしい!」の言葉に胸をなでおろす。温度差が広がったらどうしようかと心配していたが、同じ方向をめざしているなら大丈夫。


2002年01月18日(金)  ショーシャンクの空に

■プロデューサーに勧められた『ピクチャーブライド』を借りにビデオ屋へ。あっさり「置いてません」と言われ、他の作品を探すことに。ダンナが「これはどう?」と差し出したタイトルを見て、思わず叫ぶ。「ショーシャンクの空に(THE SHAWSHANK REDEMPTION)!」。昨日、掲示板に書きこみがあったばかり。そんなこと知らないダンナは、「スティーブン・キング原作(『刑務所のリタ・ヘイワース』)だから面白そうだな。『グリーンマイル』もよかったし」と単純に考えたらしい。しかし、ここまで感動するとは思わなかった。主人公は、妻殺しの濡れ衣を着せられ、終身刑に処せられた元銀行員。絶望的な状況の中で希望を持ち続ける難しさと尊さを、彼とともに考えさせられる。「心の中には誰にも侵されない場所がある。それは希望だ」。ラストのoak treeのシーンから後は涙。「無事国境を越えられたらいいと思う。友と再会を喜べたらいいと思う。太平洋の海が想像したように青かったらいいと思う」。I hopeを繰り返すモノローグが美しい。希望は生きる力になる。■FMシアター『ホンジョイル』を聴く。韓国から来日した大エースと在日韓国人の二流バッターがプロ野球で対決するという設定が面白い。野球選手としても日本人としても揺らいでいた在日韓国人が、自分のよりどころを見つけるまでが丁寧に描かれていて、引きこまれる。


2002年01月17日(木)  HAPPY

■外資系のジョブハンターから電話。「今の会社でハッピーだから転職は考えていない」と断ると、「Happyな人は、どこに行ってもHappyだ」。思わず「いいこと言いますね」と言ってしまう。■セブンイレブンで700円に1枚スクラッチカードがもらえ、4か所の数字をめくって当てると500円券になる。1つの数字をめくるのに3つの箱から選ぶので当選確率は1/3の4乗で1/81(でいいのかな)。昔は光に透かすと数字が見えたのだが、最近は印刷技術が発達したのかインクの盛りが良くなったのか、家の蛍光灯では読めなかった。で、会社のライトボックス(透過光でポジを見る機械)に挑戦したが、やはりダメ。「何やってんの?」と同僚が集まってきたので事情を話すと、みんなも財布からスクラッチカードを出してきた。蛍光灯に透かしながら「見えるような、見えないような…」。たまたま勘が当たって4ケ所的中したところ、エスパー並みにもてはやされる。でも、その後は全部ハズレ。指で銀色の部分を薄く削ったり、紙を真ん中で剥いだりしたが、見えない。こういうことをする人間がいるので、対策を講じたのだ、きっと。「全部めくってから、間違えたとこに銀色のクロマ(インレタ)を貼ればいい」と言い出す人も。スクラッチカードひとつでこんなに盛り上がれる、やっぱりハッピーな会社だ。■昨日の夕刊に新ドメイン「.name」の記事が出ていたのでネットで検索する。日本ではまだ受け付けてなかったので海外のドメイン取得サイトへ。DomainProcessor.comというサイトに出会う。料金はフリーの転送サービス込みで年間20ドル(.nameは25ドル)。日本のサイトで登録すると、年間4200円+月々980円の転送料がかかり、一年で約16000円。この差は何なんだろう。よくわからないが、とりあえず申し込んでみる。


2002年01月15日(火)  ノベライズ

■大学時代のクラスメートI君から、パコダテ人ノベライズ原稿の感想メールが届く。「地下鉄で読んでたんだけど、乗り過ごしてしまった。しかたなくUターンしたが、そこでもたまらず読んでしまいまた乗り過ごし。読んでるあいだは目的地に着けないな、こりゃ」。先日部屋を片付けたとき、I君が入院中にわたしが出した『宿題』(創造力テストみたいなもの)を発掘。「紙コップの使い方をできるだけ述べよ」という問いに「検尿ぐらいしか思いつかない」と答えていた。そんな人(どんな人だ?)の心をつかんだことに気をよくする。ほめた後に「気になったところ」としていくつかポイントを挙げていたが、どれも的確。人の意見は貴重だ。I君の指摘をもとに書き直してみようかなと思う。■前田監督からは「もっと文字を少なく、子ども向けのすなおな絵本にしたい」と電話。それもわかるので「絵本とノベライズ両方出しましょう」と言うと、「そんなに簡単に本は出せませんよ」。小説家も絵本作家も、夢見た頃があった。一度に夢をかなえてしまうのは贅沢なのかな。■小山さんにいただいたファースト・コレクションの『マミング』はおかきの柿の種にチョコレートをまぶしたお菓子。家の人と分け、会社の人にもおすそわけ。一人でたくさん食べるのも好きだけど、みんなで少しずつ食べるのもおいしい。■タイカレーを食べながらNHK-FM青春アドベンチャー『カレーライフ』第6回。今日の舞台はインド。子どもの頃、隣に住んでいたインド人のポピーちゃん一家を懐かしく思いながら聴く。晴れた日には太陽で庭石を熱してチャパティーを焼いていた。


2002年01月14日(月)  災い転じて

■ジャリリ監督の『ダンス・オブ・ダスト』を見ようと三百人劇場へ急ぐ。上映ぎりぎりに到着。と思ったら、財布を忘れていた。お前はサザエさんか、と自分に突っ込みを入れ、とぼとぼ帰る。ハリーポッターの故郷を訪ねるNHK番組を見て気を取り直し、再び三百人劇場へ。毎回作品が替わるので、今回は『トゥルー・ストーリー』。主役に選んだ男の子が足を大怪我していると知った監督が急きょ設定を変更し、少年の足を治すまでをドキュメンタリー映画にしたもの。15才までに9つの職を転々とした少年が「こう見えて苦労人なんだ」「貧乏は身にしみてる」といった台詞をさらりと言う。結果的にはこの作品に出会えてよかった。■家に帰る途中でおなか鳴り出す。九州土産でいただいた松翁軒のカステラ、残り5センチを一気に食べる。考えさせられる映画はブドウ糖を消化するのか。■テレビのインタビューでビョークが「年を取ることに興味がある」。年を重ねるほどいろんなものを身につけていけるから。「60歳まではリハーサル」。すごいことを言う。


2002年01月13日(日)  ごちそう

■シナリオライターの横山亮子ちゃんと有楽町で会う。同じ時期にオーディオドラマのコンクールで入賞し、デビューした縁で親しくしている。シナリオライターの友人はほとんどいないので、貴重な存在。彼女が書いたシナリオについて意見を求められたので、好き勝手なことを言う。自分の作品についてもこれぐらい客観的になれればいいのだが。■披露宴から一周年記念日。どこか外でお祝いしようかとも思ったが、外食続きなので家で食べたくなる。ハワイ土産でもらったココナッツマンゴー入りペーストでタイカレーを作り、ライスペーパーを買って生春巻きに初挑戦。それと、じゃがいものグラタン。料理はかなり苦手だけど、奇跡的にすべて成功。コンビニでシャンパンを買って乾杯する。


2002年01月12日(土)  アボルファズル・ジャリリ 

■家から歩いて五分ほどの距離に三百人劇場がある。劇団昂のアトリエだが、良質の映画を上映することでも知られている。ここで先月末から一か月間、イランのアボルファズル・ジャリリ監督の特集をやっている。イラン映画を劇場で見たことはなく、これも何かの縁だと思い、『スプリング 春へ』を見る。がらがらかと思ったら、席は八割がた埋まっていた。二百五十人ほど入っている計算。イラン映画人気なのか、監督人気なのか。イラン・イラク戦争のさなかに家族と離れて森番の老人の家に身を寄せる少年の話。ハリウッド映画とも日本映画ともヨーロッパ映画とも違う不思議な空気。とくに大きな事件が起こるわけでもないのに、いつの間にか主人公の気持ちに引きつけられている。「森はつまらない。家族に会いたい」と泣く少年。「お前がいなくなると、わしがつまらない」と嘆く老人。素直すぎる台詞のやりとりが新鮮。イランの監督は「脚本どおりに撮るのではなく、撮りながら作品をつくっていく」というスタイルが多いと聞いていたが、その意味がわかった気がした。翻訳のゴルパリアンさんは『風の絨毯』でもお世話になっている人。■ミキちゃんミナちゃんに誘われて、表参道の『suginoko chinois』で夕食。おいしいものを食べると、これはわが家でも作れるかなと考えてしまう。たいてい失敗するのだが。食後は『GOOD DAY』に場所を移す。犬を連れて入れるカフェ。飾りつけのホイップがチーズクリームになっているブルーベリーチーズケーキでチーズを満喫。


2002年01月11日(金)  親孝行

■パコダテ人関係者試写が行われるのは、いつも平日。ダンナに見せられる機会は劇場公開までないかなと思っていたら、ぽっかり休みが取れて今日の試写に行けると言う。急きょ有給休暇を取ってつきあうことに。ダンナの両親も誘ったところ、喜んで来てくれる。座れないといけないと思い、三十分前に待ち合わせたら、まだガラガラだった。張りきりすぎだ。三人とも楽しんでくれたようで、とくに義母は「映画なんてひさしぶり。ちょうどいい長さで、女の子たちがかわいかったわ」と満足していた。学生時代、映画館に通いづめ、半年で150本観たという義父は「つまらない映画は最初の10分でわかって席を立つ」。最後まで観たってことは、面白かったのだと理解。ダンナは「君が歌ってた変な歌(炭酸水)がやっとわかった」。家に帰ってからもずっと口ずさんでいる。大阪の家族にも早く見せたい。父のバカ笑いが轟きそうだ。母は大笑いしながら、いつのまにか泣くんだろうな。妹は冷静な突っ込みを入れ、弟は「あのシッポ美少女は宇宙人なん?」とか信じられないボケをかますのだろう。楽しみだ。■試写の前に、家にたまっていた古本を持って神保町へ。古本屋で買った本は数え切れないが、売るのははじめて。ダンナは恥ずかしがって店の外で待っていたが、なかなかドラマティックな体験だった。全身から「なめたらアカンで」オーラを漂わせている店主が値踏みをする間のドキドキ感、予想した金額との差を頭の中で計算してヤッターだったりガッカリだったり。売買証明の署名には「今井雅子 脚本家」と名前もついでに売っておく。驚いたのは、どの店も一目見て「この本は在庫があるかないか」がわかること。値がつかなかった本を別の店に持って行っても、同様に値がつかなった。いちばん高値がついたのは漫画。10冊ほどで千円になった。■あぶく銭を持って山の上ホテルへ。ここで挙式してから、あと二日で一年になる。アニバーサリーも兼ねて、ティーラウンジ『ヒルトップ』でりんごのクラフティーとミルクティー。ここのケーキは上品な甘さで、もうひとつ食べたくなる。


2002年01月09日(水)  見えなかったB

■あたらしいお店を発掘するのは、ランチタイムのひそかな楽しみ。今日は、会社の近くにオープンした小洒落たCafeへ。テーブルがウッディーで居心地がいい。次は濃厚ミルクのパンケーキを食べよう。好きなお店が増えると、会社に行く楽しみが増える。■部屋を片付ける。紙と布と写真の山を掘ると、昔書き散らかした作品ファイルが眠っていた。学生時代は「時」「達」と漢字で書いていたが、コピーを書くようになってからは柔らかいほうが好まれるので「とき」「たち」とひらがなにしている。若い頃は今よりずっと世界が狭かったから、書いていることも頭でっかちだったりする。わたしを知ってもらうためには、書いたものを読んでもらうのがいちばんなので、一部をサイトで紹介しようと思う。■新井一先生の手書きコメントがついた600字シナリオも発掘。4本出していた。「なかなか面白い発想ですね」「面白いアプローチですね」「最初から問題作にしているのはいい」などと書かれているが「才能がある」なんてどこにも書かれていない。しかも、4つともコメントの後に大きく「B」と書かれているではないか。当然上には「A」がいたわけで、決していい評価ではなかったのだ。けれど当時のわたしは「新井先生が返事をくれた!」と舞い上がり、Bなど目に入らず、自分にシナリオを書く才能があるのだと思いこんだ。おめでたい性格がなせるおそろしい勘違い。だが、それでここまで来てしまった。「才能とは情熱を持続する力」とは誰の言葉だったか。自分を信じることは、走り続けるエネルギーになる。


2002年01月08日(火)  Georg Jensen

■つい最近までジョージ・ジャンセンを知らなかった。銀製品の有名なブランドらしいが貴金属には縁がないので、非常に疎い。名前を知ったのは、お年始にイヤーペンダントをいただいたから。ダンナのお母さんに見せると、「あら偶然。去年のを買ったのよ」と2001年の刻印が入ったものを見せてくれた。毎年デザインの違うペンダントを発表していて、コレクターも多いのだとか。そうして印象が残っているところに、ロサンゼルスにいるKEN SAXから「年末に日本で流れたGeorg JensenのCFを撮った」とメールが来た。KENは三年前に保険会社の広告撮影で知り合ったフォトグラファー。音楽をかけてモデルをリラックスさせ、最高の表情を切り取ってくれた。映像のディレクターもしていて、「2003年のサンダンスに応募するつもりだ。キミも出しなよ」とあいかわらずパワフル。GOOD LUCK!■年末に急いで書き上げたパコダテ人のノベライズを手直しする。映画のイメージを壊してしまうなら、出さないほうがいい。何人かに読んでもらい、反応を待つことにする。■ラジオからバンプ・オブ・チキンの『天体観測』が流れてきた。2001年いちばん好きだった曲。サビのところでいつもキュンとなる。


2002年01月07日(月)  カレーライフ

■ひさしぶりの会社。ひさしぶりの地下鉄。ひさしぶりのエレベーター。ひさしぶりの上司。ひさしぶりの同僚。ひさしぶりのランチタイム。税込み820円の定食は青山では破格で行列ができている。天ぷらが食べたい食べたいと思っていたので天重にしたら、油が古くて胸やけ。年始の挨拶品や帰省土産でお菓子タイムはうるおう。■青春アドベンチャーぎりぎりの時間に帰宅。今日からはじまる青春グルメグラフティー『カレーライフ』を聴く。原作の竹内真さんって小説で賞を取りまくってた人ではないだろか。カレーライスは、子ども時代の記憶につながる。どうして子どもの頃はあんなに競いあっておかわりしたんだろう。大きくふくらんだおなかを自慢しあって、笑い転げたのだろう。小学何年生かのとき、『カレーの日』論争があった。「カレーの日を定めて、その日に全国の小学校の給食でカレーを出そう」という運動に対して「価値観の押し付けだ」と反対の声があがり、大人も子どもも巻き込んだ「議論反論オブジェクション」状態になっていた。子ども心に「なんでカレーごときにこんな騒ぎになるのか」と首をかしげ、寄ってたかってかき回されている罪のないカレーライスに同情したりした。そして「よかれと思ったことも、強制すると反発を食らう」ということを学んで、なんだか淋しくなったのだった。
(後日、カレーライフ著者の竹内真さんに、「あの竹内さんですか」とメールを出すと、返事が来てご本人だとわかった。2004年6月、青春アドベンチャー『カレーライフ』再放送を聴き、このエピソードを思い出す。前回、2年前の放送のときはお元気だった演出の松本順氏は、2003年3月に亡くなられた。青春アドベンチャー『不思議屋旅行代理店』の制作統括としてお世話になった方。かけてくれる言葉がいつもあったかい人だった。その人柄を偲びながら、二度目のカレーを味わった)。


2002年01月06日(日)  非戦

■小さい本(文庫本)以外ほとんど買わないが、白地に黒字で大きく書かれたタイトルにひかれて、坂本龍一編集の『非戦
非戦』を買う。裏表紙は『NO WAR』。英題は『War is not the answer』。「テロ以前に何があったのかが報道されていない」「報復は暴力の悪循環を生むだけ」「亡くなった息子は、仕返しを望まない」「アメリカもアフガンも命の重さは同じ」「無計画に自然を破壊し国土を荒らす環境テロは許されるのか」…。全部読むころには、9/11以来もやもやしていたことが、少しは整理されてくるだろうか。それとも余計に混乱するのだろうか。わたしが自分の非力を嘆いている間に坂本龍一はアンソロジーを編み、世界に問いを投げかけた。言葉にも、何かできることがあるのかもしれない。


2002年01月05日(土)  知ってるつもり

■小石川まで散歩して、モデルルームをひやかしに行く。年末年始にバンバンCM打ってた高級マンション。チラシを見るのも好きだが、本物を見るのはもっと楽しい。「お勤めはどちらですか?」と案内の兄ちゃんに聞かれて会社名を答えると、「業界で5位ぐらいでしたっけ?」と聞かれる。「いえいえ、10位ぐらいですよ」と答えつつ、うちの会社も案外有名なのかといい気になっていたら、ダンナが「知らない会社名を聞いたときのうまい答えだよ。少なくとも5位内に入ってないという確信があるから言うんだ」。なるほど。■NHK-FMシアター『赤い長靴』を聴く。音だけに集中して想像力を働かせる豊かな50分。白い雪の上を走り回る赤い長靴が見えた。


2002年01月04日(金)  ひだまりでウェイクアップネッド

■日当たりにはうるさい。8年間住んだマンションは1階で、まるで日が射さない部屋だったので、今の家を探すときは「日当たり、日当たり」とアホのひとつ覚えみたいに言ってたら、ひだまりのできる部屋が見つかった。ふだんワープロ打ちをしているダイニングまでは光が届かないので、ひだまりにワープロを持ちこむ。太陽の光で仕事するのはきもちいい。■『ウェイクアップ!ネッド(WAKING NED)』をビデオで観る。バカバカしくて最高。じいちゃんが元気な映画は大好き。■『愛と青春の宝塚』後編も引きこまれて見る。女優さんたちがとても魅力的。米倉涼子を見直す。脚本(大石静さん)のチカラを感じる。■今日のお茶うけは、ロイヤルのスイートポテト。福岡空港で販売を始めて、スチュワーデスから人気に火がついたとか。蓬莱の豚まんに匹敵する幸福度。うまい!


2002年01月03日(木)  留守番

■ダンナが仕事にでかけたので、これ幸いとシナリオに向かう。今日のお茶うけは、クイーンズシェフ伊勢丹のプリンマフィン。「プリンの風味と食感を閉じこめました」というPOPにつられて買ったら、なかなかプリンなマフィンだった。たしかにマフィンを食べているはずなのに、プリンを食べている錯覚を味わえる。■フジテレビの『愛と青春の宝塚〜恋よりも生命よりも〜』をだまされたと思って見たら、見事にはまる。藤原紀香が関西弁でまくしたてる役を一度見てみたいという念願がかなう。ネイティブの迫力。明日の後編も見なくては。


2002年01月02日(水)  パワーの源

■2002年ワープロはじめ。考えごとをすると、やたら甘いものが食べたくなる。ブドウ糖は頭の回転をよくする潤滑油なのだ、たぶん。今日は、まず引き出物のマロングラッセに手を出す。その昔アレキサンダー大王の軍が道に迷ったとき、大王は妻のために遠征先で特注したマロングラッセを部下たちにふるまい、軍を飢えから救ったのだとか。以来マロングラッセは「永遠の愛を誓う贈りもの」として重宝されているのだそうな。というウンチクをフムフムと読むうちに3粒ぺロリ。余計におなかがすいて、さらにウエハース12枚を平らげる。このカロリー、全部アタマで消費できればいいんだけど…。■ひさしぶりに本を読んだ。浅田次郎の『プリズンホテル』。巣鴨プリズンの話かと思っていたら、極道の話。ゲラゲラ笑ってしまうので、電車の中では読めない。それにしても、いい台詞書くなあ。■なんとなくNHKをつけていたら、いきなりドラマが始まった。タイトルは『韓国のおばちゃんはえらい』。ダンナが単身赴任する韓国で、妻と幼い娘二人が同居をはじめる奮闘記。面白くて最後まで見る。


2002年01月01日(火)  幸先

■うさぎの毛のリュックの肩ひもが突然取れた(不吉!)ので修理する。指先を何度も刺す。毛足が2センチほどあるので、どっから針が出てくるかわからないのだ。だから手術のときに毛を剃るのか、と新年早々アホなことを考える。苦労して縫い終えたら、左右の肩ひもの位置がずれてた。大丈夫か2002年。■活字だけの年賀状が多い。宛名もプリントアウトで、どこにも本人の字がない。名前を見ただけで懐かしくなる人なのに、一年で一度きりの便りだったりするのに、何も言うことないのかなと淋しくなる。「元気ですか」でも「元気です」でもいいのだが…。たとえ千通出す立場になっても、わたしは一言書き添えようと思う。

1999年01月01日(金)  テスト

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