| 2003年02月16日(日) |
日々の歩く音が聞こえる。 |
2月はよく喩えられるとおり、過ぎていくのが早いです。 それは日数が短いこともあるけれど、天気が動き出すからじゃないかな、と思うときがあります。真冬の顔と春の顔が神経質にかわりだす週があったりすると、なにか気ぜわしくなりますから。
今日はタラの芽とフキノトウのてんぷらをいただきました。もう山里では春の息吹きの収穫が始まっています。 緑の匂い、新芽のちから、おいしくいただきました。匂いで「ちから」を感じられますね。
なんとなく詩が書けそうなので自動筆記のように書いてみます。
鬚
鬚がすっかり顔に居場所を見つけだしてから ぼくの重心が定まった 垂線を 感じられるのだよ
道や荒地や路地と ぼくを貫いて 天を結ぶ線が わかるんだ ならば彼の人が 詩を書けることを神に感謝したように わたしは 鬚のはえる顔を神に感謝しよう
人の祝福とは無縁だけれど 静に通りすぎれる力を 炎の芯のように この顔で ぼくは死んでいくよ と 未だ見ぬ先祖への約束のように 呟けるしあわせ。
わたしはカイゼル鬚の 祖父の面影に微笑んでみる。 大陸にいたという わたしの父を大陸で育てた 軍人という いまはなき職業の末裔が 詩を書いているんだよ おじいさん、これがぼくの垂線 日々の歩く音が聞こえだしているんだ。
いまのところ 鬚がきちんとはえるのは ぼくとおじいさんだけみたいだ 兄貴は元気? ひょっとしたらそちらで鬚をはやしているんじゃないのか
呟ける しあわせ。 鬚だけで ね。
じゃ。また明日。
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