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727の日記です(ゝ_σ)


2023年01月09日(月)  弟の心停止

新年あけちゃいましたね。おめでとう様です。

年末年始はいつもどおり忙しくて、「先生に無理はしないようにと言われたのに こんな疲れちゃってあたし大丈夫なのか?」と、ビビりながらも でもいろいろやるしかなかったわけで。

新年早々、自律神経失調症のお薬貰うのと受診のため 通院日に病院へ。
ここは通院日は指定されても、その予約時間は指定されない。
年明けでそしてすぐまた連休ということもあり、とーっても混んでる待合室。
12時半頃に電話が。
病院の裏口で電話に出たら「お姉さんですね? 落ち着いて聞いてほしいんですが 弟さんが 先ほど透析中に心停止しました」と。

頭真っ白。

「あ、あの どういうことですか? 大晦日に会ったばかりですが、とても元気でしたよ?」としか言えず。まだ相手を間違っているんじゃないかと どこかで思ってるあたし。

弟は、もう何年も前から 心不全からの腎不全からの糖尿病からの網膜症という、確かにいつ逝ってもおかしくない病気持ちだったけど、ちゃんと通院して受診して検査して薬も飲んで、良くなる手術もし、バイクで透析に通っているほど元気だったのに。

「原因がわからないのですが、今現在 心停止したまま脈が戻りません。透析センターから救急救命に運んで蘇生していますが 今すぐに来られますか?」と。

「はい…すぐ行きます」って言いながらも まだやっぱり頭が現実に追い付かない。
頭がバグるってこういうことか なんてアホなこと考えた。
自分が受診待ちしてた病院受付でも「弟の心臓が止まったと言われたんで 受診キャンセルして薬だけ出しといてもらえますか」と 変な言い方してしまった。 受付の人が「えっ?あー、はい、えっ? あ、わかりました」と。受付の人も一瞬だけ頭がバグったようだけど、さすが病院職員、すぐに普通に「では今日はお薬だけに切り替えますので こちらの診察券お返しします」と、冷静。


弟のいる病院に着いて総合案内で事情説明し、指示された棟へ。 無機質でただただ広い病院で途中で迷い、職員さんらしき人に経路を聞きながらやっとたどり着いた。 弟の名前と姉ですと言うと「ではお待ちください」と、“家族控え室”という部屋の指定された番号の部屋に。その“家族控え室”はいくつもあった。こんな広い個室がたくさん並んだ場所あるのかぁ‥と、初めて知った。
長い長い待ち時間。 すぐに来いと言われたけど、何時間か待った。
今現在心臓が止まって死んでる状態なんだよね?だから呼ばれたんだよね?いったい今弟はどうしてるの?と、更に不安になる。

その後やっと来てくれたスタッフから ある程度の説明と、数十枚の書類にサインして下さいと言われる。


説明は、 弟は…いつもの透析中に なぜか心停止して‥ つまり死んでたことに看護師が気付いて、あらゆる手段で蘇生したけど脈が戻らず、最後の手段で人工心肺装置をつけた という内容だった。
そして、心臓カテーテル手術を急遽して、エクモや持続血液濾過透析をしていると。


この病院は近所にあって、千葉県で1番大きい病院なんだけど、だから同じ院内の透析センターから救急救命まで 運びこむまで10分ほどかかる …と。
だから、適切な処置をするまで、病院付近の自宅で倒れた人がまっすぐ救急棟に直接車で連れられて来るのと同じくらいの時間がかかってる。

スタッフに透析センターで何があったのか聞いても「もうしわけないんですが、各部署でスタッフが違うので、弟さんがここに来るまでの過程で自分がその場その場にいたわけじゃないんです。だからここに来てからのことしかわからないんです。とりあえずお待ちいただけますか?」と。

そしてまた長い待ち時間。

外がすっかり暗くなった頃、看護師さんが来て、「今やっと とりあえずの処置と装置がつけ終わりましたので、お会いできますがどうしますか?」と。
会うに決まってるじゃん。

通された部屋は、救命系のドラマでよく見る感じの空間だった。
仕切りは無く、中央から全てが見渡せるような作りで、広いスペースに各ベッドが置かれ、たくさんの機械だらけに繋がれた人達が何人か見えた。

教えられた弟のところまで行く。

30本くらいのチューブやコードが体中に繋がれている弟の姿。
もちろん意識は無く、熟睡しているかのようにあおむけに横たわってる弟。

ほんの数日前にバイクで遊びに来て、元気に話をしてたのに。
「おせち今年も作った?俺このあとお墓掃除に行きたいんだけど」と聞くので、あたしは「ごめん、料理まだ全部出来上がってないから、出来たら持って行くよ」と言った。
そして、夜7時頃に実家の弟にお正月用の料理を届けに行き、「おお、ありがとー」「うん、じゃあね」が最後の会話だった。

 
2011年の津波で父を亡くし、そのあとすぐ 津波で半壊した実家で母が後追いし、もう弟にはあたししかいない。

津波で父を亡くし、まだ泥だらけの実家の1階で 母を見つけた時にあたしに電話してきた弟は、気が狂ったように泣き叫んでるだけで 最初、何を言ってるかわからなかった。

もしあたしたちの病気の原因が「ストレス」という漠然としたよくある理由なら、あたし達はストレスなんて超えたものを経験してるんじゃないかなとは思う。

あたしは弟のたった1人の肉親だ。
だから、あたしも病人だからなんて言ってられない。
弟は今かろうじて機械で息をさせてもらってるんだから。



続きは またあとで‥。

とりあえず自分のための記録用に。


■PM 9:45


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