99745..チェリー
難病の、本当の難しさ。。。?
2008年05月16日(金)
昨日、アップした記事の続きです。



難病=大変な病気というイメージを取り外したいという思い。

また、難病=実際に、病気と向き合う大変な部分を、知ってもらいたいという思い。

両者が存在すると、私は思います。



相反するような気持ちですが、同じ難病を患う患者同士でも、実際の思いは、様々ではないでしょうか?

病気の程度や経過も、患者を取り巻く環境なども、個々それぞれ違いますから…。



例えば、新薬の治療を受けて、効果が出て、通常の生活を送られている。
だけど、新薬は高価なので、医療費助成という意味で、難病指定は、必要だ。

というケースと、

治療はうまくいかなくて、病気は進行しているが、病気を回復する=治療という意味ではなく、在宅医療などの継続的な、または高度な医療的サポートを必要として、そのための、医療費の助成を必要とする。

後者が私の場合です。



両者が混在するケースもあると思います。

また、ここには書ききれないくらい、患者さんの数だけケースが存在するとも、言えるかもしれません。



同病でも、たぶん…社会に訴えたいこと。
求めることは、個々、違うのだろうし、そこが、難病の本当の難しさではないか?
と、私は、感じたりもします。

そういう部分は、実は、あまり知られていない気がします。



マスメディアで伝えられる情報(一般的なこと)の限界の部分は、個々の患者についてアップされているブログなどで、情報を得られるのかもしれないなぁ〜。と、思ったり、最近します。
そういう点では、難病の患者さんのブログは、有効活用できる…と、感じたり…。

生の患者さんの声や生活と触れ合える、また個々様々なケースや考え方や生き方を知ることができる。
ですが、あくまでも、それは、『個々様々』を前提において、読むことは大切なのかもしれないなぁ〜。



あくまでも、私の主観で書きました!



さて、昨夜寝る前に、リンゴを食べてから、急激に、猛烈な腹痛…に襲われて、寝不足な私です。。。

この、いつ痛みが襲ってくるんだ?の、恐怖感…。
これこそ、怖い…。

痛みの最中は、とにかく歯を食いしばり、耐え抜くしかありません。
そういう時に、ちょっとでも余裕があれば、この瞬間に痛くない人が、憎くなるものです。。。
家族から、「なんや?またお腹痛いとか言うとる。」「何時やと思ってるねん。真夜中やで。」「あんたに付き合ってたら、寝られへんわ。」とか、ぼやかれる時程、孤独感を感じる時はない…。

何度も腹痛が起きる生活では、腹痛が常識化してしまい、側にいる人間は、心配よりも先に、愚痴が心を狭めてしまうのだろうなぁ。

人間の心は、複雑に、優と憎が混在する。
そういう生き物だと思います。

私は、健康な生活というものが、むしろ知らないので…、家族の苦悩を知ってあげることはできません。

今、流行のテレビのように、命は大切!生きてるって素晴らしい!という一瞬の感動的な思いだけでは、実生活は長く暮らしていけない…というのも、また事実。。。

人間は、精神抜きでは生きられないから、冷静かつ客観的に、周りの人を眺めては…、私の病気を、理解して欲しい!と、…人に求めてしまい、また葛藤する…。
その繰り返しです。。。



せいちょー。

体や心の痛みに、耐え抜く力だけではなくて、もっと違った意味での、私自身の成長を必要としてます。



ではでは、体はダルいけど、こうして書けるし、昨夜より腹痛は治まっているから、世界はバラ色!
生きてるうちに、何度も(今はどん底)に出会う私は、どん底は、きっと、どこにも存在しないし、たぶん、人生悪くはないわ…と、今は…思える私でしたん。

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