かっしーのつぶやき
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日曜朝のお楽しみ、マジレンジャー&響鬼の特撮2題。
まずは、マジレンジャー。
今日もアニキ@マジグリーンのアツい台詞に涙してしまったピュアな私。 「俺にはまだ、できることがある…!」 と、“たとえ戦えずとも、激励するために”、苦しい身体を引きずって現場に駆けつけ、声の限りに叫ぶアニキ!涙し奮起する兄弟たち!!うおー!!
そりゃ精神論だけじゃ試合に、…もとい戦いに勝てないってことは知ってるけど、でも、ことチームプレイにおいては時々、理屈だけじゃ計算できないミラクルが起こるってことも、それもやっぱり現実のうちだから。(って、マジレンジャーの話をしてるんですよマジレンジャーの。誰もそんなバレーボールの、んがんぐ) これから育つ子供たちのやわらかい心にむけてこういうメッセージを、今あえて真正面から送るマジのスタッフの心意気、やはり好きだなあ。
で、響鬼。
なんとなく往年の「戦国魔神ゴーショーグン」みたいなノリになってきたような気が(笑)>仮面ライダー響鬼 いいじゃないですかザンキさん。トドロキ君に「抱きしめろー!」って叫ぶとこなんかブンドル様の「潔く一括払いだ!」を彷彿とさせるノリでしたよ。 いいんです私はたとえザンキさんが和服着て苦渋の表情で「萩の逸品が…!」と呟くようなヒトだったって構わないんです。だってザンキさんだもん。
さてこの「仮面ライダー響鬼」、諸般の事情で第30話目から新展開になった(いわゆる「路線変更」が行われた)そうなんですが。 私は日本の特撮番組に路線変更はとかくよくあること(原因はいろいろあるにしろ)と思ってたので、それほどショックは受けてません。 …って、そもそも初見時、はっきりとはそれに気付かなかったというのが本当のところで…。
愛着のある作品に対する深い思い、というのは本当に人それぞれの心のうちのことなので、他人のそれと比べても詮無いとは思いますが。
それでも、響鬼の路線変更は、往年のアクマイザー3や宇宙鉄人キョーダインに比べればまだ穏やかな形の路線変更だと思うですよ。 「私の愛した響鬼は29話で終わった!」という向きは、その1話〜29話の物語を心の中で大切に愛しつづけるのがよいと思いますですよ。 例えば私の大好きだった「仮面ライダーアマゾン」なんか、TV局の都合で24話で終わっちゃいましたからね。いまだにライダーシリーズの最短記録ですからね。それに比べれば5話分も多いじゃないですか。ビデオも録れなかった昔と違って、今は全話収録・オマケ映像付きのDVDだってすぐ出るんですし。
そもそも、響鬼は和のテイストが持ち味だ云々と言うならば、それこそ「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」、今の響鬼の中によいところを探すほうが「日本的」なような気が。「われわれはー、断固としてー、闘うぞー」って署名運動したりあまつさえ左向きの某大新聞に後ろ向きな投書したりするのはとっても「和のテイスト」から外れる行為のような気が!
それよりも何よりも、製作現場では今もそれぞれの役の役者さんたちがその役柄を演じる努力を続けているという現在進行形の事実があるわけなので、「あんなの響鬼じゃない」「キャラクターが劣化した」というような言い草は、そういう役者さんたちの今日の努力に対して失礼なような気がするんですよね。
…というふうに私が思わずにいられないのは、たぶん以前、某歌劇団のディープなファンをやっていた頃の経験があるからだと思います。 ベ○ばらでおなじみの例のゴージャス系歌劇団、これがまたいい脚本とダメ脚本の出来の落差がそーれーはーそーれーはー激しいところでございましてね、ええ。 名作、と呼ばれるような素晴らしい脚本ばかりが巡ってくるとは限らない。自分のひいきの組にとんでもない駄作が当ることもある。それでも、たとえそれがどんなにどーんーなーにーヘタレな超絶ダメ脚本であっても、好きなスターさんが出ているならばと歯を食いしばり、何度も何度も劇場に足を運んでは、嫌悪と眠気に耐えながら「(ダメ脚本だけど、それはさておき)アタシ的な見どころはここ」って所を砂金を選り分けるようにして探しつづけていたあの日々。 あの経験が、私にとっては思いがけなくもヒビキさんの言ういわゆる「心を強く鍛える」ってことにつながっていたんではないか、と、今回の響鬼騒動にあたって感慨深く思いかえすことです。
…どんなにつらい経験でも、いつかどこかで役に立つことがあるって本当ですわ、ええ…(遠い目)
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