かっしーのつぶやき
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2005年04月11日(月) 吉原殿中 拾遺

吉原殿中の話、つづく。
週末実家方面に行く用があったので、またしても吉原殿中を買って帰ってきたお茶目さんは私です。
作ってるお店によってけっこう味が違うので、食べ比べ甲斐がありました。

さて、あさ川製菓のパッケージ文章もふるってましたが、井熊総本家のもなかなかでした。

「吉原殿中の由来

 水戸藩九代藩主徳川斉昭(烈公)様のお側に吉原と申す御殿女中がおりました。
 たいそう心懸けのよい婦人で、毎朝神前に捧げた御飯と、殿様が食前農人形に
 備えた飯粒とを毎日丹念に糒(ほしい)として貯えて置きました。或る日殿様から
 この御飯の始末について御下問がありました時、吉原は糒を煎って黄粉(きなこ)を
 からみ茶菓として差上げましたところ、殿様の御気に召され且つその処置を
 非常に褒められました。それから各家々にこの風が伝わり、其の後是れを漸次改良
 工夫して菓子化したものが今日の吉原殿中で、古くより水戸に伝わった銘菓でございます。」 
           
                               (井熊総本家 「吉原殿中」 パッケージより)

斉昭くんはお菓子好き殿様として有名で、自筆の「俺様お菓子デザイン帳」みたいなのが残ってたりもするんですが、その一方で「兵糧(今で言う戦闘糧食)」を熱心に研究してたりもしたんですね。「兵糧丸」という名前の、忍者の携帯食みたいなのを水戸藩で独自開発したりもしていたそうで。
そういう殿様なので、吉原さんのそのアイディアレシピにはかなりグッときちゃったんではないかと思います。


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