読了日記

2006年03月31日(金) 「図書館戦争」


「図書館戦争」
(有川浩著,メディアワークス)



内容:「メディア良化法」によって図書の検閲が合法化された時代、図書館は、図書館の自由を守る為、防衛隊を設立し、武器を持って戦う。小説。


図書館からの借り物。

この本は、私の国の言葉で書かれた小説だ。
「私の国」というのはこういう場合は、2つ有ります。「オタク」と「図書館」。
オタクという意味ででいう、「国語で書かれた小説」は多いけど、図書館という意味で国語で書かれた小説は初めて読みました。

私の国の言葉で書かれた学術書は多い。
また、図書館を舞台とした小説は多いけれども、その本はどれも私の国の言葉では書かれておりませんでした。
そういう意味では凄く新鮮でした。

読者を選ぶ…というか、読者の理解度が読む層によって違うだろうなと。
例えば、アメリカの翻訳小説は日本人でも読めるけど、散りばめられたアメリカンジョークはいまいち理解出来ない。理解出来ないけど他の部分で楽しめる、そんな。

えーと、主人公は防衛隊配属希望の、大学出たて(だっけ?)の元気な女の子。鬼教官に優しい上司、美人で聡明な友人とエリートライバルと、キャラは揃ってます。
設定も、良い感じに突き抜けていて、だのにあり得る近未来的親近感があります。
その中に「私の国の言葉」が上手く…もしかしたら私の国の人でなければウザく、カタく、織り込まれております。

図書館員は読んでおけば良いぞという質の話。現場のみの人でなく、図書館学を学んで、理想を持ち、理念を知る人には、響くというか親近感を抱かせるものはあったと思う。

しかしだからでしょうが、所々直視出来ない所があったりして。
「日野の悪夢」の描写では、上っ面に目を滑らせるしか出来ませんでした。
人死にが苦手なのは自覚していますが、本が、図書館の本が燃えるのが痛い痛い。
図書館の本でなければ「勿体ない」くらいだったでしょうし、“国の言葉”で書かれたんでなければここまで辛くなかったと思います。

図書館の本は本であり本でないのです。
本屋にある本、私の部屋にある本は“本”です。
でも、図書館にある本は、情報で、知識で、文化なんです。(だからベタベタIDを貼るのもOK…というのはまた別の話ですが。)
だから、図書館の本が焼かれるのは、人が、歴史が、文化が焼かれるということ。作者も、登場人物もその事を分かっている。それがとにかく痛かったです。

余談ですが、子供に読ませる本を規制したり押しつけたりする人って、子どもの頃、どんな本を読んでいたんですかね?
どんな本を読んでいたか、そしてどんな影響を受けたか聞いてみたいところ。
こういう大人は、ろくに本を読んでいない人の気がします。自分がまともで、まともな自分は有害な本は読んでおらず(有害どころか有益な本も読んでおらず)立派に育っているから有害図書の排除は正しい、という論法がある気がします。
もちろん、立場が変わって見解も変わったというケースもあるでしょうが。
接していない、数を読んでいないから、本が何を語っているか知らない。本にちゃんと躾けられず育った気がします。
親は様々。だから、躾も様々。でも、親が居なかった子は「親からの躾」が受けられないように、本からの躾も様々でしょうが、そもそも本に関わらなければ躾けられない…というように。
…分かりにくいか。

“国の言葉”で書かれているので、客観的な判断はし辛いですが、「同国人」でない人には、まあ、読書家には読んでみて良いんじゃないかなと勧めるかと。エンタメ度は水準以上あると思います。

文庫になったら買っても良いかな。“国語”で書かれた小説なんてまずないしね。

ところでこの作者、もしかして現役図書館員?
いや、ついさっき見た某シンポジウムの参加者名簿に同姓同名の人がいるんですけど…。


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