今日もガサゴソ
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2008年12月07日(日) 会議

12月3日11時半ころ実家に到着。誰も居ない。

荷物を二階に運び
台所に行くと、テーブルに伯母の書置きがありました。
父を入院させるとのこと。
連絡を待て、とありました。

すぐ電話がかかってきて、それは母からでした。
父の介護を続けないという条件で
退院の許可がでたそうです。
少し心配でしたが、父はすでに入院しているのだし
まぁいいかと思っていると
母がタクシーで戻ってきました。

母は顔色が悪く
昨日の朝の私からの電話のこともまったく覚えて居ず
昨日の夕方、点滴を受けて病室に居る自分に気付き
付き添っていた自分の妹に気付き
記憶を無くしているということを納得するのに懸命のようでした。
この頃の父の様子やら
まくし立てるように喋り
そして母は暑くもないのに
額に鉢巻を巻いているように変な汗をかきはじめました。
今回、脳梗塞はCTでは見つからなかったといわれましたが
母が15年程前に脳梗塞で倒れたあとも
脳梗塞で倒れた知人も、疲れるとそんな奇妙な汗をかくのでした。

母はひとしきり喋ると疲れた様子だったので
布団で休むように勧めました。
そこに伯母から電話があり
午後から病院とケアマネージャーと伯母と私で
ミーティングしたいとのこと。
母を休ませて、私は病院へ出かけることにしました。


病室の父は、機嫌よく左手を上げて やぁ!とあいさつをしてくれました。
母の命には別条ないこと。
疲れてしまってしばらく休まねばならないことを伝えました。
病室には、母の姉と妹が付き添ってくれていました。
父は緊急的に入院したことについて
なんの不満も抱いていない様子でした。


余談だけれど、
このふたりの伯母たちね〜
タイプが違うんだけど、どちらもすごい美人なんですよ〜〜。
年齢を重ねてなお美しいっていうのがねぇ。凄いんですよ。
病院関係者はこの美貌の姉と妹にはさまれた介護疲れの母を
きっと謎の美女として思い描くのではないかーー??
が、堂々と現れた娘を見れば
変な妄想は抱かないか....そうだな。ちぇっ


午後1時半から担当の医師と面談がありました。
緊急避難的な対応ということで
一週間が限度です、といわれました。
食事に関しても、伯母たちからの聞き取りで
エンシュアというドリンクを日に3本処方し、
あとは父の好むものを自由に運んでも良い、とのことでした。

このあと、病院の医療相談のスタッフ、ケアマネージャー
伯母ふたりと私の5人で
両親の現状と今後について話し合いました。

母は今後、父を介護しながらふたりで暮らしていくことは
無理であると、医師と看護師に申し渡されたこと。
父に食事を与えなかったり、与えすぎたり
薬を飲ませなかったり、飲ませすぎたり
オムツをかえなかったり、かえすぎたり
そんなトラブルが頻発するようになってしまいますよ、と
言われてきたと伝えました。

私は、母の回復を待ち、
父の預け先を見届けてから
自宅に戻り、両親の受け入れの準備をする。
それには、スペースの確保が必要で
3ヶ月、半年という単位の時間が必要なこと。

父が週一のディケアにいけなくなって
母の疲労とストレスが加速したこと。
母の衰えを助けるために
父がベッドから車椅子に移るためのリフトを導入する予定であったが
(この日がまさにそのリフトが届く日でした)
リフトを入れたところで
母の限界はすでに超えていることは目に見えていたと
ケアマネージャーが話しました。

その病院には一週間しか居られない。
ケアマネージャーが、次の父の引き受け先を探すことになりました。
ショートステイというかたちで、近隣から県内の施設を当たるといいます。
長期にわたって引き受けるような施設はどこも満員で
年末になるとますます混みあっていて大変に難しいというのが現状だとのこと。

要は施設がたくさんあったとしても
ケアマネージャーが所属しているケアセンターとの関わりであるとか
そういう事情もあるということなのかな?

伯母たちからは、最近の両親の様子であるとか
昨日からの両親の様子などが詳しく伝えられました。

父の今後のことはケアマネージャーに頼ることにして
伯母たちは引き上げました。
このあと、私は父の担当の看護師と小一時間ほど
父の日常のこととか、家族のことなどの
調査票の記入しながら話をしました。

一通り、話を終えて
父の様子を見て、病院を出るとすっかり暮れていました。



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