今日もガサゴソ
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12月2日、私から電話を受け取った 伯母(母の姉)は、割烹着に長靴という畑仕事スタイルで 私の実家に向かったそうです。 出掛けにもう一人の叔母(母の妹)に電話をかけ タクシーで私の実家に向かうように頼んだそうです。
ほとんど同時に私の実家に到着したふたりは 明らかにおかしな言動をする母を見てビックリしたそうです。 首にタオルを巻いてきょとんとして (ありえない....スカーフでなくタオルなんて!)
あら〜ねーちゃん、何しに来たの〜〜? あ、白菜持ってきてけだの? (白菜を貰ったのは先週で、新聞紙に包んだのは母なのである)
新聞はまだポストにあり そのときすでに父の服は汚れていて 朝ご飯を食べたのかどうかも 母から聞き出すことが出来なかったとのこと。
救急車を呼んでいる間に 母のかかりつけの脳外科の診察券が見つかり 電話したところ、すぐ診てもらえることになり 救急車をキャンセルして伯母の車で病院へ急いだそうです。 県立病院が実家から歩いて数分のところにあるのです。
もう一人の叔母はケアマネージャーに連絡をとり 父と留守番をしたそうです。 父は母の様子がおかしかったと話したそうです。
病院ですぐ診察を受けた母は やはりおぼつかない言動を繰り返し 念のためにCT検査を受けたそうです。 母の症状は脳梗塞ではなく、一時的な記憶喪失ということで 24時間過ぎればほとんど普通に戻るだろうとのことでした。 でも、意識がはっきりしてくるまでは見守りが必要とのことで 点滴をしつつ入院ということになりました。 しかし、母は父の介護があるので なんとしても家に戻らねばと主張し 自分が病気であることを認めず 自分が病院に居ることはわかる様子だけれど 今日がいったい何月何日で なぜここに連れて来られたのか どうやって来たのかが説明できない状況だったそうです。
病室にはいかないという母に看護師が 「旦那さんと一緒に入院しましょう」とうながすと母は素直に従い、 すぐさまその話をケロリと忘れてしまうのだそうです。
母が病室におさまったところで 留守番していた叔母が病院へゆき、 伯母は父と格闘を始めました。 下のお世話をしないと! すでに布団なども汚れてしまっているのに 父は伯母のお世話を拒否するのだそうです。 弱り果てているところに ケアマネージャーが登場して とっとと父のお世話をやっつけてくれて 父も素直に従ったそうです。
父を緊急に預かってくれるところがすぐに見つからず 一晩、伯母が実家に泊まってくれました。 ケアマネージャーの奮闘で ヘルパーに訪問してもらえることになりました。
夕方、母は目が覚めたように 言動がはっきりしたそうです。 でも、自分が入院に至った朝からの出来事を一切思い出せないのでした。
時折、伯母と電話で連絡を取りながら 私は実家に向かう準備をしました。 一人で行ったほうが良いのか、 亭主が早退して夕方には車で実家に向かうことができるのか、 母の状況がどうなのか.... とりあえず、私一人分の荷造りをして いろんなことを思いながらチビ助の帰りを待ちました。
チビ助が戻ってから、夕方のバスでジャスコにいき 当座の生活費と旅費を用意して 早めに帰宅してくれた亭主と合流して 夕食を食べて帰りました。
ジャスコを出るときに実家に電話して 母の意識がハッキリしてきたことを伯母から聞きました。 私だけ、しばらく実家に帰ることにして ご近所や子育て仲間のところへ挨拶にゆき チビ助が下校してから亭主が戻るまで 預かっていただけるようにお願いしました。
母の回復と、父の介護と これからのことに見通しをつけるのに 時間がかかるだろうなと考えていました。
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