今日もガサゴソ
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十年ほど前 母が軽い脳梗塞で倒れました。 倒れた直後の記憶が断片的にしか残らず また、断続的な記憶の障害が 半年くらいにわたって起こったようでした。
入院は十日ほどでしたでしょうか 薬を飲み忘れず、普通に暮らしなさいという 医師の指示で 極力横にならずに ゆっくりゆっくり家事を進めていました。 父もかなり家事に協力して 台所の後始末や掃除などをこなしていました。
でも、母はテレビを見る、新聞を読む、本を読む、会話する といったことが苦痛になっていて 歩く姿もうつむいて よるべなくトボトボした様子なのでした。
見かねて私たち夫婦が 東京を引き払って同居するようになりました。
母が嘆くので 庭の手入れを手伝ったり 母の手に余る家事を私が引き受けて暮らしました。 母はお料理はできましたが 買い物に行くこと、片づけることなどの 気力と体力が萎えていたようでした。 母には出来ることを出来るだけしてもらうことにして 無理をしないことに徹して暮らしました。
薄紙を一枚一枚はぐように ゆっくりと 母は回復して行きました。
倒れてから丁度一年後、 年末を迎えて ふと、新聞の小冊子の記事で 枯れ枝にスプレーで白や銀に着色するとステキな素材になると 知りました。 こういうものを使いたいか尋ねると 母はスプレーを買うのは気が進まない、というのです。 それでは、とアクリル絵の具でチョイチョイと ムクゲの枝を筆で塗りたくって渡しました。
その時、母が庭から持ってきた素材が何だったのか 白く着色したムクゲの枝、赤い実のついた南天、それからもうひとつ。 どうしても思い出せないのですが 母が床の間に 新年を迎えるための花を生け始めました。
私は和室の隅に膝をついて 母の所作を見ていました。
確かな目で枝を切ってゆくと 何故か庭にあったときよりも草木が生き生きとしてくる このときすでに 不思議な空間が醸し出されていて 張りつめていると云うよりは 濃厚な空気が和室全体を支配している
今、水盤に活けられているのは まさに小宇宙のような気がして
母が小枝をゆっくりと角度を付けながらまわしていると 夜空の月星が巡るような気がしてくるのです。
気が付くと 作品は完成していて 私は母の回復を確信して 良い年を迎えることができたのでした。
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