新聞の一面記事に 「大学の力」という記事が シリーズで掲載されています 大学が求められるものは何か 今大学で何が起きているかといった内容です 「転機の教育」という副題がついています 公開授業をすることで一般に貢献する大学や 地域の課題を無料研究する研究室 ネットで海外の大学の単位が取れるようになるとか 専攻課程しか興味を示さない学生に教養教育をする など なかなか嬉しい内容を知ることができます
国立大学に通う従弟がいます 穏やかな性格で親思い 優しくて思いやりのある子 非の打ち所がないといった男の子です ところが叔母が話すには その従弟が大学を辞めたいと言い出したというのです 大学で学ぶ意味を見失ってしまったとか 海外派遣ボランティアで活動をすると 言い始めたそうです 今3年で あと1年で卒業し親元に帰り 就職して 自宅から通うという 叔母の描いた図は ガラガラと壊れていきます 叔母の全てを子供にささげるといっても言い過ぎではないくらい 大切に育ててきて 大きな期待を持っていただけに そのショックは 大変なものです 従弟には姉がいて 彼女は大の勉強好きです やはり大学に進学をして法学を学び 畑違いの職場に就職しましたが 3年で断念し 今は国家公務員の試験を受けるために 勉強しています 勉強しているときが 1番幸せという彼女・・・ 弟がその様子を見て 大学を出て何になると 吐き捨てるように言ったとか・・・ そんなことを言う子ではなかったのにと 悲しむ叔母です
思えば世の中も激しく変化する中で 4年間も大学へ通えば 見る目も変わるであろうし 情勢も変わります きっと彼の中で 大学に対する理想と現実のずれや 自分の将来に対する不安を抱え 悩んだ末に 出した結論なのでしょう 「4年以上の学費は出せない」 「だからやめる」 今も 押し問答が繰り返されていることでしょう 過ぎた者からすれば 卒業がなぜ待てない と 思うことでも 彼らにとっては 今が動くとき その気持ちもわかりますが 親心もわかる気がします 私が高校で進路を決めたとき 福祉を選んだことから 海外奉仕を進めた先生がいます その時は 夢のような話に飛びつきましたが すぐに断念したのです 今思えば 日本の福祉を知ってから行くべきだから 思いつきで行ってしまわなかったことも 間違いではなかったのではという思いがします 福祉のなんたるかもわからないで こんな甘ったるい人間が行っても 何も掴むことはできなかったろうと感じるのです その反面 若さで先々に順応しながらも たくさんの挫折を味わえたのではと 惜しい思いもあることはあるのですが・・・ 今だから思うこと その時には思いもしなかったこと そしてこれから先 どう感じるかわからないことです
成長とともに 価値観が変わり 自分の置き所を見つけるのに 必死だったあの頃 今とたいして変わりが無いようです 成長しない自分の感情を抱えて 右往左往しているのですから
若さ
何もかもできるような気がしてた
これで終わりではないと
いつも心は先を追っていた
環境が変わるたび
大きな可能性があるような気がして
いつも精一杯の自分でいた
・・・これが自分だと
先が見えたとき
小さく見える自分を
悲しく思うのか 幸せに思うのか
今の生き方にかかっている
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