他人が私をどう見ようと関係ないんだよね。 私は私の理解するところの私でしかないし、 その基準を元にしか測れない。
でも「他人が私をどう見るか」ってのは、 直接的には関係ないけど、 間接的には関係大ありだ。
つまり、「しぃまは○○だ」という判断(思い込み、決め付け、採点)により、 「こういうこともうまくできるはず」とか、 「こんな方向に向いてるんじゃないか」とか、 私の未来(および作業の一部)を決めるような考えが生まれるってこと。
プライベートじゃなくて仕事場での話になるけれど。
だからこそ私は、彼らの思うところのしぃま像と、 私の思うところのしぃま像のギャップをなるべく減らしたいと思ってきた。
残念ながら結果はイマイチ。
私がギャップを減らしたいのは、 過剰な期待を受けて失敗するのが嫌だから、だ。
でも予防は難しい、かも。 一回失敗して見せるのが一番効果的なんだろうな。 そんなのは嫌なんだけど。
結局は意識のずれが問題なのだ。
例の海外出張だって、私には「失敗」。 でも同僚&上司の評価は「成功」。
私にとっては、50点だったけど、上司にとっては85点。 みたいな。
私的80点を超えない限り、私の心は安寧を得られない。
だとするならば。 私的80点を超えられるように努力すべきなのでしょう。 そこまで行けば上司的100点満点だ。
しかし、物事はそんなに簡単ではない。 私的80点を取るのに努力が必要なのは当然として、 私自身が80点以上とれる土台に乗っていないという事情があった。
そう。 そもそも私が出張に行ったこと自体が間違いだったのだ。 該当プロダクトの担当者が行くべきだったのだ。
なんて議論は無意味でさ。 結局のところ、会社は各種事情により私を派遣することに決め、 もちろん私にベースの製品知識が足りないことは知った上で、 あれだけの結果が出たなら85点、という判断なのだろう。
会社ってところは100点を目指しているわけではないから。
85点でもみんなハッピー。
50点のまま置き去りにされた私の心情以外はね。
あー、なんだか、このギャップを埋めるのは相当困難な気がしてきた。
客観的な判断として会社はこれでよしと思ってるわけだし、 そこに私1人がそうじゃないと主張してもねぇ。
望まない事態を避けるには、 日頃の観察とそれに基く根回しが必要なのだろうな。
一体いつになったらちゃんと仕事のできる大人になれるのだろう?
私の右隣の人も、左隣の人も、向かいの人も、斜め前の人も、 みんな一人前に仕事してる。
でも私はいつまでも自信がないのだ。 周りにはそうは見えていないのだろうけど。
■Degree of Guiltの単語 anthracite 無煙炭 ghoulish 悪霊のような、残虐な rapport 〈フランス語〉一致、調和、意思の疎通性、親密な関係 lacerate 〔皮膚などをギザギザに〕〜を引き裂く、〔人の感情を深く〕傷つける self-contempt 自己卑下 ※"lacerating self-contempt" dissonance 耳障りな音、不協和音、不和 subjugation 征服 marginal 境界の、限界に近い、欄外の、不十分な、わずかな ※"marginal interest" stag 〔成熟した〕雄ジカ、男性専用の集まり[パーティ] ※"stag film" Laura Chase の例のビデオ flaccid 〔筋肉・茎などが〕しおれた、グニャグニャした、〔精神・意志などが〕だらけた、たるんだ ※"I mean to convey the opposit of flaccid" gut 〜の内臓を取る、〜を骨抜きにする ※"borrowing will gut my pension plan" Terriの年金を前借させようとするなんてRichieひどい。
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