息子のバイトの件は面接を受けるよりも先に、お客さんとして焼き肉を食べに行くということになった。
私の仕事が終わってから、家族四人で行くことにしていた。 お昼ぐらいには調子が良かった息子だが、行く直前になると顔色が変わって来た。雲行きが怪しい。「行きたくない。どうしよう」を繰り返した。「行っても一言もしゃべれないかもしれない」という息子に「今日はお客さんとして食べに行くんだからそれでもいいんだよ」と言い聞かせた。
しかし、グズグズ言いながらも出かける準備をし、行けないかも知れないと思った焼き肉屋に行くことができた。息子は緊張のあまり食が進まないようだった。混雑している店内で、客と働いている人達や店主との掛け合いのように飛び交う声。息子は完全にに圧倒されていた。
隣りの席に薬剤師一家が座った。そこへ店主が来て「こちら長谷さん。友達なんです。みんな薬剤師なの。こちらM整形外科の看護師さん」と紹介してくれた。店主はしばらく長谷さんのところでビールを飲みながら話をしていた。それから私達のテーブルに来て、
「お兄ちゃんこんにちは!」と言って、息子と握手をした。 「お母さんから話は聞いている。どうだ?うちで働いてみないか?」 息子は間髪入れず「働きたいです」と答えた。
店主は自分の身の上話を少ししてから、 「君に料理を教えたいんだ。勉強なんか役に立たない。今は手に職をつけなきゃ。どうだろう?がんばれそうか?」 「がんばりたいです」 少し振るえるような声で息子は答えた。
店主はかなり力が入っていた。この不登校息子をなんとかして立ち直らせたいという気持ちがひしひしと伝わって来た。途中から長谷さんまで加わって「全てこの親父に任せればいいよ。安心しなさい」と言った。 店主は長谷さんに息子のことを話したようだ。
サービスのヒレ肉やアイスクリームまでいただき、息子も頑張りたいと言い、帰って来たものの、私には不安なことがあった。
店主は誤解している。 息子が家でぶらぶらしていると思っているようだった。
私は息子を料理人にしようと思ったわけではない。本人が希望するならそれでもいいのだが、社会勉強の一環としてバイトをするというのが、一番の理由なのだ。それを少し勘違いしている。
自分の力でなんとか一人前の料理人にしたいという店主の気持ち。 それはありがたい。 しかし、息子は家に帰ってから悩んで悩んで、寝るまでの間、愚痴と不安の言葉を吐き通した。
「行きたい、がんばりたいとは言ったし、その気持ちに嘘は無いけど、不安でしょうがない、続けられるはずが無い。絶対にダメに決まってる」
「ダメだったら断ろうよ。もう少し外に出られるようになったらお願いします、って」
「そんなのダメだよ。あんなに一生懸命言ってくれるのに、今更断れないよ」
自分に自信が無い上に店主はかなり乗り気だ。それが負担でもあるようだった。
しかし、私も主人も今日息子がお店に行けただけでもよかったと感じていた。
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