| 2002年11月11日(月) |
「警察から電話が・・・」の続き |
「○○警察ですが、紺のレガシー、○○○○のKさん名義の車はお宅のですか?」 駐車場の持ち主が車を停められないと、言ってきてるんですが・・・
「そうですか。申し訳ありません。今日父が転院になったものですから、荷物を何度か運ばなきゃいけなかったのと、これから付き添いを母と交代するのであの場所に停めたんです。大家さんには停めていいと言われていた場所だったんですが」
車を停めるのはなるべく家に近い方がよかった。最近両腕とも痛いので、重いものは持てない。
「あそこは月極めになっているらしいですよ。車を見たんですが、荷物がたくさん積んであったので、何か御事情がおありだと思いました。今すぐ移動できますか?」と言われ、 「すぐ移動します」と言って電話を切った。
その場所に行くと、私の車の前と横に車でバリケードが築かれ、逃げられないようになっていた。もちろん逃げるつもりは無いし、謝ろうと思っていた。10分ぐらいその場で待つ。
マンションの向かいの閉鎖された工場のおじさんが、
おやじ「あんたか、停めていたのは。困るんだよ!」と言い、外に出て来た。
私 「申し訳ありませんでした。」 と謝ると、
おやじ「謝って済む問題じゃないんだよ。あんたには常識ってものが無いのか」
私 「私の駐車場は向こうなんですけど、今日は・・・」 おやじ、私の言葉をさえぎり 「だったらそっちに停めればいいじゃないか!」
私 「今日は、父が病気で転院したので、要らない荷物などを家に運ばなきゃいけなかったし、これから付き添いを母と交代するんです。それに、以前大家さんからここに停めていいって言われていたものですから」
おやじ「そんなのこっちには関係ないよ。ここに車を停めるなって言ってるんだ」
私 「もう停めません。本当に申し訳ありませんでした」
おやじ、その後、車を斜めに停めないのがいけないと言い出す。
おやじ 「それになんで停めるなら、斜めに停めないんだ。せめて並べて停めたら二台ぐらいは入るだろう」
私 「暗くて線は見えないし、月極めだということも知らなかったんです。それと赤い車が停まっていたので、その車に傷をつけてはいけないと思って離して停めました」と言うと、
奥さん「嘘つき!何言ってんだよ。その時間には停めて無かったよ。嘘つくんじゃねーよ!」
おやじ「あんたはね、斜めに停めることすらできないんかい?」
私 「人間にはいろんな事情があって、斜めに停めることができない心理状態の時だってあるんです」 と言った。
おやじ 「なんだよ。その心理状態って」
私は今の家の状態を話した。
するとおやじは、 「そんなのそっちの事情じゃね〜か。こっちには関係ないんだよ」
私は爆発してしまった!
私 「あなたには人の心というものがわからないんですか?」
おやじ 「わからないね。少なくともアンタの気持ちなんかわかりたくもないね」
このおっさんには何を言っても無駄だ。
私は、何度も謝っているのである。それでも、許してくれないし帰してくれない。
結局、謝って車を動かすことしか考えていなかった私はカーディガン一枚で外に出た。寒空の下、延々1時間半も怒鳴られっぱなし。
携帯があったら、逆に警察を呼びたかったほどだ。
その後どうやって解放されたかわからない。
泣きながら大家さんのところに行った。
「大家さんが停めていいって言った、って言ってしまったので、ここにも苦情がくるかもしれません」と大家さんにも謝った。大家さんは、「間が悪かったね、多分あそこに停めているのは、Kさんだけじゃなかったんだよ。たまたまKさんが停めた時に怒りが爆発してしまったんだね。かわいそうにねぇ。寒かったでしょ?お風呂に入って、温まりなよ。体が温まれば嫌なことも忘れるよ。今度と停める時は、こっち側にしたらいいよ。こっちなら、停めても構わないからね」と言われた。
でも、何年か経ったらまた変るんだろうな、これだけは頭に入れなきゃと思った。帰りにその駐車場を見たら、車は停まっていなくて、家の前の道路に停めていたので腹が立った。
私はボロボロ泣いたまま家に帰った。子供達が「お母さんどうしたの?」と言う。 全てを子供達に話すと、「その人変じゃないの?おかしいよ」と慰めてくれる子供達。 その日は二葉の塾のお迎えに行った日だったので、「赤い車停まっていたよね」と言うと、「停まってたよ。左の方だった」と二葉が言う。
私はどうしても1人で耐えることができなくて、姉に電話をした。 姉には、「ききが悪い」と言われた。 「大家さんに言われたのは2年も前なんでしょ?それじゃ事情は変るよ」と。 それに、子供もいるんだから、もっと強くなれと言うようなことを言われた。 私はこれでもずいぶん強くなった。言いたいことの半分も言えない人間だったのに、ちゃんと言えるようになった。子供を守るために、小学校の校長先生に掛け合った事だってある。
これ以上、私に強くなれと言うのか。
主人が帰って来た。主人にも私が悪いのだと言われた。 優しい主人に慰めてもらいたかった。今日はいろんなことがありすぎて、自分のキャパを超えてしまったのだ。そんな中起きた出来事で、もうズタズタになっているところに、
「いつも優しいこけももではいられないんだよ。ダメなことはダメと。それに、いつもあそこには車が停まっているだろう。ちゃんと周りを見なきゃいけない。同じ車がいつも停まっていたら、月極めなんだなって思わなきゃ」と言われた。
私はその場所を通る時間帯が主人とは違うので、車が停まっているのは知らない。 こんな気持ちでは父の付き添いにはいけないと思った。私がいない間に、母から電話があり、「来なくていいよ」と言われたらしい。その言葉に救われた。
私は、主人に理解してもらえなかった事が悲しかった。 頭に来て、物を投げた!人に当るのはよくないと思ったので、扇風機や椅子を投げた。そこらじゅうにあるものをボンボン手当たり次第に投げた。主人と一生が止めに来た。主人の手は振り払ったけど、一生の手は振り払う事ができなかった。
後で思い出したのだが、前の工場というのは下請けの小さな工場で、かなり音がうるさかった。特に月曜日はフォークリフトで運び出す日で、その音は本当に頭がおかしくなりそうなほどの騒音だった。それだけじゃない。そこの息子の車は、夜中に大音量で音楽をかける。あまりにもうるさいので警察を呼びたいほどだったのだ。でも私たちは我慢してきた。そのうち、不景気のせいか工場は閉鎖された。今頃そんなことを思い出してもしょうがないが、そこの家の人か・・・と。
自分の許容量を越えてしまったものをどうすることもできなかった。 父のこと、母のこと、子供の事、主人の事、そして今日の出来事。いろんなことが頭を駆け巡り、心が苦しくてたまらなかった。そして、また私は、早朝リストカットをしてしまった。
弱い人間だと思われるかもしれない。だけど、私は心の痛みを身体の痛みとして感じることで、気持ちが楽になるのだ。誰にも気付かれないようにして止血し、1人で車を運転して病院に行った。 先生に「Kさん、またかい?」と言われた。もうできない。もうこの先生に縫ってもらうことはできないんだなぁと感じた。
誤字脱字失礼。見直すこともできません。
|