パラダイムチェンジ

2003年09月24日(水) 「ビューティフルサンデイ」

今から10年前、忘れられない舞台があった。
おそらくはこの舞台を見なければ、演劇を見ることからは遠ざかっていた
かもしれない舞台。

その舞台名は「トランス」。
作・演出:鴻上尚史、出演:長野里美、小須田康人、松重豊。
当時は、まだ学生の身分で、たまたま暇だったもんで、当日券を取るため
に朝から並んで見たんだった。
で、この舞台に超ハマってしまった訳ですね。

そして今回の舞台、「ビューティフルサンデイ」を見るきっかけも
偶然といえば偶然であり、たまたま見て、またまたハマってしまった訳だ。
チケットぴあでなんかのチケットを買おうと思ったときに、ふと目にした
この公演のチケットを買ったのである。

で、舞台「ビューティフルサンデイ」冒頭に「トランス」を持ち出してきた
のには、少し理由がある。
その理由の一つ目は、この「ビューティフルサンデイ」も「トランス」と
同じプロデュース公演であること。

演出は、長らく鴻上尚史の下で演出助手をしていた板垣恭一、脚本は個人
的名作昼ドラマ「ぽっかぽか」の脚本も担当していた中谷まゆみ。
たしか、中谷まゆみも、昔第三舞台のスタッフだった(と思う)。

そして出演者、長野里美、小須田康人、そしてイケメンオカマ役が似合って
いた武田光兵。

そしてもう一つがプロット。
「トランス」もこの公演も、男と女とオカマの話であるということ。
とまあ、浅からぬ縁のある?舞台なわけだ。


演出の板垣恭一は、パンフで脚本家中谷まゆみの作品を評してこういう。
「地上5cmのハッピーエンド」。

物語は、男と男(おかま)の暮らしているアパートに、ある日曜の朝、
以前住んでいたという女性が、間違って転がり込んでくる、という所から
始まる。
でも、この3人、女性は女性で少々訳ありで、そして男同士のカップルも、
実はそれぞれに問題を抱えていて…というお話。

この舞台を見ていて、不覚にも?途中で思わず涙を流してしまった。
なぜなら、三者三様の、それぞれの立場に思いっきり感情移入してしまった
気がしてしまったから。

長野里美演じる30代独身女性、ちひろの休日に一人ぼっちでいることの
寂しさもわかる気がするし、彼女が以前住んでいた場所、すなわちこの劇
の舞台にこだわってしまう気持ちもわかる気がする。

そしてこの部屋の借主、小須田康人演じる男性、秋彦と、その彼氏で居候
のイケメンオカマ、武田光兵演じる浩樹というカップルの間にある微妙な
すれ違いの感覚や、お互いのもどかしさ、なんかもわかる気がするのだ。

実はこの公演、3年前の再演なんだけど、もしも3年前に見ていたら、
こんな感想は持たなかったのかもしれない。
なんつうのかな、好むと好まざるとに関わらず、自分もそんだけ大人に
なっちまったんだなー、と思った訳ですね。


劇中、あることで自己嫌悪に陥ってしまった女性、ちひろに対していう、
男性、秋彦のこんなセリフがある。

秋彦「…オレは、アンタじゃないから、アンタの抱えている問題がどれだけ
深刻かは、正直言ってわからない。ヒロの事にしたってそうだ。アイツの
抱えているものは、結局アイツにしかわからない。でもオレは、アイツの方
が深刻で、アンタの方は深刻じゃないなんて思っていないよ。ヒロだって
きっと、そう思っているよ」

ちひろ 「……」

秋彦 「アンタは、嫌な人間なんかじゃない。幸せになりたいだけだ。幸せ
になりたい人間が、人の幸せ見てうらやむのは当たり前のことだよ」



でも、そんな風に相手の気持ちを考えられる秋彦も、彼氏、浩樹には、
こう言われてしまう。


浩樹 「あの時は必要だったんだよ、オレが。オレが、じゃないな。誰かが
必要だったんだ。それがたまたまオレだった。たまたまホモのオレだった。
だからもう無理することないよ」(略)

「はっきり言ってもううんざりだよ。いつもオレの顔色見て、いつもオレに
気ィ遣って、いつもオレの言いなりになって、秋彦は自分がどうしたいかっ
てことより、オレがどうしたいってことをいつも先に考えてんだよ。そう
いう秋彦見るの、もううんざりなんだよ」

「(略)秋彦はオレに気ィ遣っているつもりかもしれないけれど、オレは
ダシにされていい迷惑だよ。ダシにされるのは真っ平なんだよ」



そんな弘樹に対しては、だから秋彦もこう言い返す。

秋彦「そうじゃないだろ?おまえは何もわかってないよ。三年も一緒にいて
オレの何を見てきたんだよ。ほんとにおまえが重荷だったらとっくにダメに
なっているよ。そうじゃないから暮らしてこれたんだろ!ホモだとか病気だ
とか、そういうことで繋がっているんじゃないから今までやってこれたんだろ!」



ヤマアラシのジレンマではないけれど、お互いに相手のことを思う気持ちと
でもその気持ちがうまく伝わらずに傷ついてしまう自分の心と。
人が人と、そして自分の気持ちとうまくつきあうのって本当に難しいよなあ
と思うのだ。

この舞台、「地上5cmのハッピーエンド」というように、最後はハッピー
エンドで終わる。

パンフの中で演出、板垣恭一はこう書いている。
昔はハッピーエンドなんて嘘だと否定していた。でも脚本の中谷まゆみに
こういわれて考え方が少し変わった。
「フィクションなんだから嘘でいい」と。

そうだなー、現実ではなかなかうまくいくことが少ないから、物語には
せめてハッピーエンドを期待してしまう自分っているのかもしれない。

そんな風にちょっとだけもらえる元気がうれしくて、また演劇や映画を見に
行きたくなってしまう自分がいたりするわけなんだけど。
DVD化されたら、多分買う!と思う。


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harry [MAIL] [HOMEPAGE]

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