| 2007年10月28日(日) |
071028_雑司ヶ谷の宣教師館 |
朝から快晴。5階の宿舎からは雪をかぶった富士山がくっきりと見えました。やっぱり綺麗だなあ。

今日は西側で山手線の外を巡ってみようと、いつものとおり春日から出発。途中で豊島区の南端部の雑司ヶ谷界隈で、『雑司ヶ谷旧宣教師館』を探索。地図にはあるものの、周辺は込み入っていて分かりづらかったのですが、やっとのことでたどりつきました。
ここは、明治40年にアメリカ人宣教師のマッケーレブという方が、自宅として建てたもので、豊島区内に現存する最古の近代木造洋風建築であり、東京都内でも数少ない明治期の宣教師館として大変貴重なものなのだそうです。

マッケーレブさんは明治35年に新婚の奥さんデラさんと日本に渡り宣教し活動を行いましたが、明治40年からはここ雑司ヶ谷に住んだのだそう。その後約50年にわたってキリスト教の布教に努め、多くのヒューマニズムあふれるエピソードを残しています。
この建物も、その当時は回りは畑でこの建物だけが一際目立っていたのでしょうが、関東大震災以降は周辺に家が建ち始め、住宅地の中にあまり目立たない形で残っているのです。 戦災でも周辺は焼けてもこの家だけは残ったそうですよ。
ここは今は豊島区が管理する資料館のようになっていて周辺の歴史や情報なども提供する場所になっています。
展示方法で、なるほど!と思ったのが、様々な情報を多くのページにしてめくれるような冊子にして置いてあったこと。普通は情報を詰め込んだパネルをつくってそれを壁に掛けるところですが、こういう冊子の形であれば、情報を増やしたり表現を変えたりするのも簡単です。 自分で好きなところを見ると効率的です。これは良い方法ですね。

雑司ヶ谷周辺は大正時代のプロレタリアート文学の著名人に縁の多い土地柄なのだそうで、そういう文化マップも飾られていました。 以前トキワ荘を紹介したときに触れた手塚治虫さんは、トキワ荘での住まいを藤子不二雄さんに譲って、こちらの雑司ヶ谷の並木ハウスというところに移り住んだのだそうで、そんなことも紹介ページに載っていました。


身の回りの文化を大事している様子が伝わってきました。
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そんな風に今日も東京を巡り、家に帰ってきてから、今日解禁になる年末12月28日の飛行機の予約を忘れていることに気付きました。
「しまったー!」と思ってネットで探してみても、良い時間帯の便はもう満席。特に値段の安い便はもう空きがありません。
とりあえず空席待ちをかけておいていますが、どうなりますか。まずいなあ、うーむ…。
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