| 2006年07月30日(日) |
060730_ご先祖さんを思い出す |
今日も北海道の夏らしい爽やかな一日です。海へ山へ行楽のシーズンです。
【先祖を思い出すだけで】 家で帰省している長女を交えて遅い朝食を食べながら家族や子供の事について語り合いました。
長女は現在学校の先生を目指して勉強中。専門の先生は障害児教育分野の第一人者とのことで、良い先生の下で理論と実践を学んで欲しいものです。
話はやがて「子供がいくつになっても親は親で、子供の事が心配でたまらない」という話に。
私は以前にちょっとした手術を受けたのですが、私が「あのときの母親の反応は、『あんた、大丈夫かい〜?』という軽いものだったよね」と言うと妻が、「そんなわけないでしょ?お父さんには言っていなかったと思うけれど、それ以外の時には『本当に大丈夫なの?』と随分心配していたんだよ」と言われました。
「お父さんはこうと決めたら頑固だと思っているからそんなに言わなかったんだと思うよ」とも。
そうか、自分が安易に思っているところで回りには結構心配をかけているものなのですね。親はいくつになっても親でいてくれるのです。
* * * *
それじゃ久しぶりに親の顔でも見に行くか、とばかり実家に電話をして家族で訪ねました。母親は出かけて不在でしたが父がいて迎えてくれました。
四方山話をしているうちに話題は財政破綻した夕張のことに。私の父は夕張のとある小さな集落出身なのです。
早くに亡くなった父方の祖父は昭和の初期に当時はまだ活気のあった夕張で和菓子屋を営んでいたのですが、その頃からもう石炭産業に見切りをつけて、樺太へ渡ったのでした。その後は祖父母が早死にした事で父も随分苦労したのですが、そんななか私たちは生まれ育ててもらってここまで来たのでした。
「若いときにさ、占い師に手相を観てもらったんだよ。そうしたら『あなたは幼いときには苦労をするけれど大器晩成型だね』なんて言われてさ。それをどこか心の支えにして生きてきたけど、まあ子供の代になって花が咲いたかな」
話は夭折した兄弟姉妹に及んで、改めて父の代の激動の時代を思い知るのでした。
二宮尊徳の報徳の教えを簡便に述べた報徳訓の冒頭には、
父母の根元は天地の令命にあり 身体の根元は父母の生育にあり 子孫の相続は夫婦の丹精にあり
と述べられていて、先祖から親、自分そして子、孫に至る前後五代に亘る命の繋がりを教えてくれています。祖先のことはたまに思い出すだけでも恩に報いる事が出来るような気がして仏壇に手を合わせて帰ってきました。
もうすぐお盆の季節です。ご先祖は大切に。
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