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| 2004年06月26日(土) |
1歳6ヶ月21日目:病室のお引っ越し(入院3日目) |
今日は病室を移りました。 向かい側に入院していた方も、同じ部屋に移動です。 それと点滴ですが、手術用にルートを取っていたため、針が太くて長く、痛くて仕方なかったのですが、食事を十分に取れているから…ということで外れました。 歩く時に支えになっていた点滴台も無くなるので、歩く時は心許ないですが、それでも気分はさっぱりしました。 体に付いていた管が無くなると、回復しているという実感が持てて嬉しいです。
今日の食事は、朝食が5倍粥で昼食が3倍粥、夕食は全粥です。 明日の朝食から通常食に戻れます。 病院のご飯は美味しくないと聞きますが、意外と美味しくて「うちの病院も頑張ってるなぁ!」と感心しました。 だから明日のご飯が楽しみで仕方ありません。
ところで、明日は我が家の引越・第1弾です。 なっちゅんが可愛くて仕方ないので育児ノイローゼにはならずに済みましたが、その代わりに家事ノイローゼ(?)になってしまい、ヘルプに来てもらう予定だったお義母さんもお義父さんの看病で忙しく、わたしの実家へ同居したら?と言ってもらえたことで実現した今回の引越。 でも我が家は荷物が多すぎて、全ての荷物を実家に持っていくのは難しいため、引越を2回行います。 1回目が今回の我が家→実家の引越で、2回目が我が家→パパの実家の引越です。 パパの実家には当分使う予定のない荷物(箪笥など)を置いてもらいます。 始めのうちは自分たちで暮らし始める時のためにトランクルームを借りて荷物を預ける…という計画でしたが、それだとランニングコストが相当かかってしまうため、それなら長野へ引越業者を頼んだ方が断然安い!と言うことになったのです。 わたしが思いがけず入院してしまったため、引越も延期しようと思っていたのですが、わたし達が出た後に入る人がすでに決まってしまっているため変に延期が出来ず、色々と悩んでいたらおじじ・おばばが「わたし達でやってあげるから心配しなくていい。」と言ってくれたため、お願いすることにしました。 今回の引越はトラックをレンタルして自分たちで荷物を運びます。 箪笥も解体して実家へ運び、またそこで組み立てる…という作業があるので大変だと思いますが、弟夫婦も手伝いに来てくれますし、パパもお義父さんの容態が大丈夫そうということで今晩東京へ戻ってくるそうです。 そういった理由で今日は誰のお見舞いも無い予定でした。 ところが。
なんと、おばばがなっちゅんを背負って電車で面会に来てくれたのです。 これまで病院にはおじじの運転する車でしか来たことが無いので「電車では行けない。なっちゅん連れでは尚更大変で無理。」と言われていてわたしも諦めていました。 それを暑い中、汗を掻きながら1時間半の道のりを来てくれたのですから、本当に有り難いことです。 おじじから「何だかんだ言って、お母さんは子ども(わたしのことです。)が可愛くて仕方がない人だから。お前が不憫だから、せめてなっちゅんを連れて行けば気が晴れるし、お前の喜ぶ顔が見られるからって言っていたぞ。」と聞き、わたしも同じように子どもに愛情を注げる親になりたいと思いました。
前回と同様、ディルームで授乳しようと思っていたのですが、看護師さんが朝の見回り時に「授乳ってどうされてるんですか?」と気にしてくれ、「ディルームでしています。」と答えたら、別室を用意してくれることになり、今日はカンファレンスルームをお借りして授乳しました。 なっちゅんは今日も幸せ一杯の顔をしています。 昨晩はパパも不在で、なっちゅん寝られたの?と聞くと、おじじが寝かし付けの技を会得したらしく、何とかなったそうです。 明日の引越でなっちゅんに授乳できない分、沢山スキンシップを取ることが出来たので良かったです。 おばばとなっちゅんは1時間ほどいて帰っていきました。
それから、パパが帰宅途中で病院に寄ってくれました。 お義父さんの看病で疲れているのに、わたしの心配までしなくてはならず、パパも大変です。 面会に来なくてもいいよ?と言ってはいたのですが、今日を逃すと退院まで一度も面会に来ずに終わってしまう…ということを気にしていたようです。 面会が終了する1時間前に到着したので、短い時間でしたが色々な話をしました。 わたしの血圧が低くて看護師さんに驚かれた話をすると、声を殺して笑っていました。 わたしは元々低血圧で、上は80〜90(調子がよいと100を超えることもある。)、下は50〜60(もっと低くて測定できないこともあり)です。 それが体調不良のせいか、ここのところ更に低く、血圧を測りに来た看護師さんが毎回驚いて帰っていくのです。(毎回同じ看護師さんが測るわけではありません。) 上が72で下が40というのが、わたしのレコードを更新した血圧です。 さすがにパパも驚いていて、わたしもこれ以上低くならないように努力しないといけないと思いました。
お義父さんの容態ですが、ひとまずは安心…という状態になったようです。 昨年9月、左肺に謎の陰があるということで検査入院をしていたのですが、それが癌だと診断されて手術をしたのが11月。 ところが肺繊維症により肺炎を起こして再入院したのが12月。 それから肺の調子は良くなり、やっと退院出来るという時に今度は腎癌(転移ではなく、新たに出来たもの)が発見されたのが今年の5月。 今月半ばに腎癌の術前検査として生検をしたところ、これまで出なかった血尿が出てしまい、止血効果のある薬剤を投薬したら今度は尿が出なくなり(腎不全)、このまま尿が出ないと危ない…というところにまでなってしまいました。 幸いにも人工透析を受けることができ(心臓が弱いと出来ない人もいるらしいです)、先日やっと僅かながら尿が出るようになるところにまで回復しました。 まだまだ予断を許しませんが、回復の兆しが見えたので本当に良かったです。
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