Spilt Pieces
2003年11月13日(木)  日常
息が詰まりそうな空間だ、と思った。
庭に埋め込まれた人工の小さな池では金魚が泳いでいる。
水と一緒に流れ消えてしまいそうだった頼りなさは、もうない。
厚く頭上に広がる白い綿が、解けては少しずつ降り注ぐ。
何てことない日常。
金魚は、それ以外の場所を知らずにいて、だから今日も滑らかに体を反して泳ぐ。
私は時折、しゃがみこんでは遠い目をしてしまう。
ふと、水をぶちまけたいという衝動が襲うほどに。


ちぎれた雲が、ポツリポツリと点在していた。
柔らかなその絨毯は、触れた瞬間にするりと抜け落ちてしまうだろう。
「乗れるような気がしますね」
後輩が、大きな雲を見つけて無邪気に言った。
「山に登ったら、そんなこと思わなくなるよ」
彼女の笑顔に気圧されて、思わず冷たい声になる。
「でも、ここは山じゃないからいいんです」
ほんの少しだけ寂しそうな表情を浮かべて。
握っても抱き寄せても零れてしまう、泡のような幻のような現実。
「無茶言うね」
そう答えながら、嬉しいと思っている自分がいた。
彼女のような答えを堂々と言えたなら、と思う。


ふっと息をかければ消えてしまいそうな空は、ふわふわ漂っては肌にぶつかっていった。
飛び回り、平面化した大地の上をもバネのように翔けていく。
細い電線が、邪魔をするどころか取り込まれて。
まるで静かに侵食されているようだ。
手を伸ばしてもその先には何もなかった。
でも、何となく笑いたい気分だった。


私の小さなため息など、空に撒かれれば一たまりもない。
立ち止まることも動くことも大差がないようだ。
自分が些細な存在であることを知ったとき、人は嘆くか先を見るかを選択するだろう。
小さいからこそ何でもできると思えたら、と願う。


バラバラだった雲がいつの間にかまとまっていた。
水はいつものように同心円を描きながら、誰を期待することなく広がる。
その波紋に手をかざそうとして諦める。
いつもの日常。
応援団が演舞をしていた。
大きな声と太鼓の音。
天気が崩れそうだと思った。
息を吸い込むと、少し湿っぽい。


待ち合わせ時間に遅れていることを思い出す。
上を見上げるのをやめて、慌てて走り始めた。
傘を忘れたことを後悔したら、頬にポツリと冷たいものが落ちてきた。
さっき見た雲がちぎれたんだろう。
息が詰まりそうなのは、現実のせいかもしれなかったし、現実じゃないもののせいかもしれなかった。
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