Spilt Pieces
2003年10月29日(水)  雨
突然雨音が強くなると、思わず目を閉じたくなる。
どこか遠くの出来事のようで、実際はすぐそこで繰り広げられる世界。


パシャパシャと、地面にぶつかって弾ける音。
水溜りの中に風景が出来る前に、波紋がかき消していく。
鳥が濡れた羽根を乾かそうと、低い位置を飛び回る。
顔の水を拭いながら、自転車を漕いでいたかつての私。
ワイパーが動き、それと反比例するかのようにブレーキを踏む頻度が上がる現在。
そして何より、空と大地の演奏に耳を澄ませば、飲み込まれゆくという状態に、微かな恐怖と恍惚が生じるのだ。
想像は、膨らんでいく。
それともこれは、妄想と呼ぶべきか。


聞こえるレベルにない音色が、静かに流れるような日。
時折、思い出したように傘を開く。
地面のあちらこちらに花咲く水溜りは、空から落ちてくる小さな雨粒だけを映す鏡だ。
自分の足を、翳してみる。
だけど疲れてやめた瞬間、すぐに波紋が全ての風景を消してしまう。
腕を、手を、顔を。
それでもきっと、同じこと。
無駄な抵抗は最初からしないことにしよう。
ポツリ、ポツリと、ゆるゆる続く雨をただ見ていた。


ふと、演奏会のボリュームが上がった。
他に何も音がしない。
風と雨が、窓に吹きつける。
どうすれば言語化できるのかなど到底分からないし、それに意味を感じない。
だから、何も考えずに思ったままを書くことに留まる。いつだって。


流れない音楽が地面と空気を揺らして響き始めたとき、外にいる私は傘を持っていなかった。
駐車場から玄関までの数メートル。
冷たい水が、いつもより少しだけ高い体温の掌にぶつかる。
ジュウと悲鳴を上げることもない。
広がって、その一部がポタリと地面に落ちた。
あくまでも、いつものように自然に。水滴らしく。
そのまま雨に打たれていようかと思った。
でも、今の私は、数年前と違って冷静に頭が働くから。
一時の感傷にだけ浸っているのはもう性に合わない。
玄関のドアに手をかけた。
キイと、周りの音を消すかのような金属の色。


小さい頃、バケツにたっぷり水を入れて振り回す遊びが流行った。
遠心力という言葉は当時知らなかったけれど、零れない水の不思議に皆が夢中になっていた。
時折不器用な子が失敗をして、頭から水を被ってしまう。
私もその一人だった。
冷たい水、上から下までびっちょりになった身体が、そこまで嫌じゃなかった。


空は、気まぐれにもっと大きなバケツをひっくり返す。
その水を浴びたところで時間など戻ってこない。
でも、何でだろう。
雨は悲しくなるから嫌いだと思うくせに、ふと濡れるがままにしていたくなる。
傘を持つ日、その隙間から手を伸ばす。
そんなところ、かっこ悪いと思うから誰にも見せたくはないけれど。
そう、何をしても誇らしげだった当時の私はもういないけれど。
それでもやっぱり、辺りを気にしつつも手を伸ばす自分はまだここにいるから。


カラッポになったバケツは、いつまた満たされるのだろう。
濡れなかった腕で身体抱きしめて、今日も勝った気分で門をくぐった。
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