Spilt Pieces
2003年08月12日(火)  日常風景
およそ夏らしくない空。
曇天で始まり曇天で終わる日、夕暮れ時は寂しいくらいの風を運ぶ。
頬を撫でる空気の波は、静かに秋の訪れを告げるかのよう。
最近になってようやく迎えた夏は、するすると空へ溶けていく。


少し大きめのサンダルは、数年前家用に買ったもの。
母が庭へ行くとき履くせいか、ところどころ土がついている。
ラフな格好で足を滑り込ませると、他の何よりしっくり来る。
高かったよそ行きのミュールが、玄関先で居場所をなくしていた。
家では、気取らないサンダルが一番履きやすい。


くぐもった空気は、自分が吐く息のようで楽になる。
晴れた日に空を見上げると、その距離の長さを実感してしまう。
眩しくて、少し窮屈なのだ。
時折肌につく水滴。
さっき降った雨の匂い。
沁み込んでゆくがままにしていると、全身が孤独を訴える。
水が入り込む余地のある、悲しい広さ。
吸い込まれていきそうな低い空。
共感しすぎて、気づくと自分を見失いかけていた。


ぼんやりと歩いていると、近所の子どもの声が聞こえた。
何を言っているのかは分からないが、やたらと賑やかで。
自分の輪郭が浮き彫りになって、ふと身震いをする。
景色も私も曖昧なのに、だからこそここにいるのだと気づいてしまう。
色を消した世界の中。
微かに放つ色さえも、鮮やかに自己主張を始めた。


コンクリートの道。
だぼだぼのサンダルから、足が飛び出した。
空間の許容量に甘えてしまったのか。
それとも、寛容さに窮屈を感じたのか。
気がつくと、古くて安いサンダルはもうなかった。
足の下には、太陽の温度を宿した人工の大地。
光を空に認めることさえできないのに、足の下に太陽はあった。
ゆるりと伝わる心地よい暖かさ。
夏なのに求めてしまうのは、おかしいかもしれない空気。
まるで誰かの腕の中のよう。
ほっとする。


まだ新しいのに、ぎいと鳴くようになった門。
こっそり入る者を見逃してはくれない金属音。
自分の家、見慣れた風景。
意味もなく、柵を乗り越えて潜り込みたくなる。
こげ茶色のパンツの裾を捲った。
花を踏まないよう、注意深く足を伸ばす。


どこを歩いても、足の感じる温度は変わらない。
靴を脱いで初めて、サンダルを脱いで初めて、気づくこと。
コンクリートで太陽に出会ったように。
ふと、実感を求めたくなって、今度は意図的に足を抜け出させる。
決まりきった空間。
決まりきった日常。
素足になったからとて何が変わるわけでもないけれど。
芝生の上は、ひやりと冷たかった。


思い出す。
遠い記憶の中、駆け回った公園、土の匂い。
今という時間はこんなにも静寂に満ちていて、穏やかで。
太陽を飲み込んだ味、カルキ臭いプールの水。
セミの止まる木、日焼けした赤い鼻。
かつて夏は、こんなにも他人行儀にはやって来なかった。
セミの声さえ聞こえない、だけど紅葉はまだ遠い。
カーテンが揺れる。
涼しい風。
誰かが何かを変えてしまったのか。
それとも、私が変わってしまったのか。


ふと、誰にも聞こえないように溜息をついた。
多分、土埃を幾重にも重ねたサンダルだけは、聞いていた。
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