| Spilt Pieces |
| 2003年08月07日(木) 涙 |
| 泣かないのが、大人だと思っていた。 悲しくても、辛くても。 誰かが泣くのを見ているだけで、いつも涙ぐんでしまっていた子どもな私。 テレビの中の見知らぬ人にさえ、もらい泣きしていた。 幼い、と思った。 早く大人になりたい、って思った。 だけど何でだろう、いつの間にか本当に泣けなくなってしまった私は、部屋の中でしか泣けなくなった私は、泣いている人の頭を撫でながら、「羨ましい」って呟きそうになっていた。 泣くほどに、誰かを思えるあなたが羨ましいと言ったのは、お世辞じゃないよ。 「泣かない私」は、社会的には適応しているのかもしれない。 でも、自分からは離れていっているのかもしれない。 どんな悲しい場面でも、実感が伴ってくれない。 遊びじゃ心が満たされないように。 どこか、虚しさがつきまとう。 泣かないのは、ひょっとしたら、大人。 だけど、泣けないのは、幼い。 強がりじゃなくて、ただ、そういう感情がないということが。 そういえば、全てを忘れて誰かを想うだなんて経験、したことあったっけ。 「泣く私」を、どこか冷めた目で見ていた「泣きたくない私」は、今の自分に、ある程度満足している。 人前で泣くなんて偽善的、とか、泣いた顔は醜い、とか。 誰に対してでもなく、ただ「泣く私」を、こういった言葉で責めていた。 だけど、単純な好みの問題なのかもしれないと思う。 世間体や人の目を気にしないという前提付きであれば、きっと私はこう答えるのだ。 「泣きたいときにきちんと泣ける人」が好きなのだと。 たとえ幼いと言われようとも。 大人ぶった格好よさは、結局は安いメッキのようにも見えるから。 いつ失ってしまった実感。 そんな自分を、きっと昔の私は笑っている。 そういえば、思い出す、かつて私は2つの言葉を言っていた。 「泣かない大人になりたい」 「泣ける大人になりたい」 一見矛盾しているようでいて、実は案外そうでもなくて。 だって、「泣けない大人になりたい」だなんて、祈ったことなどなかったから。 泣くほどに、誰かを思えるあなたが羨ましいと言ったのは、お世辞じゃないんだ。 |
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