Spilt Pieces
2003年07月25日(金)  身体
私の家のお風呂には、全身が映る鏡がある。
しばらく入っていると曇ってしまって何も見えなくなるが、それまでは自分の身体が嫌でも目に入る。
生まれてからこの方、私はずっと自分をやっている。
私が私であると断言できる範囲は、身体の輪郭線まで。
それなのに、どうしてだろう。
20年以上も見ているはずの裸の姿は、どこか落ち着かない。
アダムとイブが実を食べたからだろうか。
ふとそんなことが思い浮かび、不思議な気分になった。


梅雨は明けないけれど、季節は夏。
友人たちと、海へ・プールへ行きたいと言ってははしゃぐ。
その度に「ダイエットしなくちゃ」と笑いながら(だけど半分以上本気で)溜息をつき合うのだけれど。
「お風呂入るとき、自分のおなか見るとうんざりするんだよね」
友人たちは大抵そう言って笑う。
私の家全身鏡があるんだよ、と言うと、悲鳴にも似た声を上げられる。
いつも通りの、他愛もない雑談。


自分の身体なのに、変な感じ。
帰宅後、会話を思い出して改めて疑問に思った。
誰に対してというわけでもなく。
だからだろうか。
傍から見たらきっとおかしな光景かもしれないが、お風呂に入ったとき、何となく自分の身体を見てみた。
どこにホクロがあるとか、掌の皺の数とか、足の指の形とか。
胸から腰への輪郭を眺めてみたり、残ってしまった痣を触ってみたり。
毎日この身体で生活しているはずなのに、意外に多くのことを知らない。


いつもと同じ洗顔フォーム。
指がなぞる顔のラインは、意識してみるとやはりおかしな気分だ。
顎の形、目の大きさ、鼻の高さ。
毎朝鏡で見慣れているはずの顔なのに、別の人の身体のような気さえする。
全てが自分特有。
血管の走り方も、脳のある場所も。
きっとどこも変わらないはずなのに。
見れば見るほど他の人と一緒のようでもある。


自分が皆と同じということ。
自分が皆と違うということ。
「分かっている」といつも思う。
だけどひょっとしたら何も「分かっていない」のかもしれない。
脳は頭にあり、身体には筋肉があって血管が縦横無尽に走っている。
確認したこともないのに、私はそれを知っている。
自分の身体がどうなっているのか、表面的なことさえも知らないのに。


私は、身体を傷つけて自分の立ち位置を確認するような方法を取ろうと思わない。
自分の身体を不思議そうに眺めていたときの私は、周りから見たら変人もしくはナルシストだったかもしれない。
ただ何となく、自分が自分であることの奇跡にびっくりしてみたり。


それにしてもほんと、どうして余計な脂肪ってつくんだろう。
自分の身体なのに、ああもう、こういうところは言うことを聞いてくれないんだから。
愚痴にて終了!
Will / Menu / Past : Home / Mail