Spilt Pieces
2003年07月15日(火)  理由
私が私でいる理由。
それは、「私が私以外の人間にはなれないから」だ。
立派な人、見習いたい人、大切な人、嫌いな人、苦手な人。
色んな人がいるけれど、どんなに努力したところで私は私でしかありえない。
私は、他の人たち同様に毎日何かを考えて生きている。
それが個性かどうかは分からない。
ただ、誰かの感情ではなくて私の感情を表現しているから。
自分の言葉で話している。
ただそれだけの理由で、私は私なのだろうと思う。


孤独でいることが、以前より苦痛ではなくなった。
一人でいる、と思われるのが何よりも嫌だった時期がある。
6年前、高校一年生。
クラスの人たちとうまくいかなかった。
気の合わない人が、入学直後に悪口をクラスに言いふらしてくれた。
彼女が合わないと思ったのと同様に、私も彼女と合わないと思っていた。
それでも、同類になりたくなくて口を閉ざした。
結局損をしたのは自分だけのような気がしていた。
今思えば、そんなことをして自分の誤りに気づかない彼女の方がずっと損をしていたのだろうけれど。
当時の私はそこまで大人になれなくて、ただ部活の友人たちに一人で廊下を歩く自分を見られたくないという思いでいっぱいだった。
「一人」とか「孤独」という言葉に、当時の自分はネガティブなイメージしか持っていなかった。


最近、一人で買い物に行くことや出かけることが楽しい。
友人たちと一緒のときとはまた違う魅力がある。
仲間内で固まらない分、見知らぬ人とも気軽に話ができる。
「いいお天気ですね」
電車で隣になったおばちゃんとおしゃべりとしたり。
誰かと一緒の時には照れくさいような「イイコト」も、一人ならできたり。
小さな心臓がバクバクいう。
だけど、隣には誰もいない、誰にも聞かれない。
好きな本をずっと見ていても、Tシャツ一枚買うのに悩んでいても、誰にも気兼ねしない。
そして何より、たくさんの考え事ができる。
他の人と話すことも好きだけど、外部から得た情報を元に自分と話すのも好き。
自分との付き合い方を覚え始めた、ということなんだろうか。
21にもなって今さらだけど、成長の速度を他人と競ったところで意味がない。
だから開き直ることにした。


私が話すことや書くことは、きっとかつてどこかで誰かが言ったことや書いたことであるに違いない。
これまで生きていて受けた影響、得てきたもの。
私は私なりのスピードで、言葉で、思ったことを外へ出す。
思ったこと全てを表現するほど野暮ではないけれど、それでも何かを表現したいという欲求を私は持っている。
だから書く。
どこかの誰かの発した言葉と似ているとしても、自分の中で消化して表に出す分には私の個性。
個性とは何か、と問われて、私は明確な回答を持ち合わせない。
外見も考え方も、他の人と比べてあまり変わらない自分。
頼りない細い線を手に、少しずつ糸を縒り合わせて生きている。


この前気まぐれで買った哲学書。
平易な言葉で、考えるとは何かを問う。
個性とは何か、と問題提起して、著者は答える。
「それ以外にはなれないこと」。
他と違うということを求めてばかりの人というのは、自分の中に、自分がそうであるための理由がない。
違う、ということを求めたとしても、その基準はあくまでも他の誰かがいてのこと。
「その人自身のみで存在し得ない状態を個性とは言わない」。
きっと著者はこう言いたかったのだろうと思いながら。
表現できなかった感情に言葉を得る快感。


先述の高校時代のクラスメイトから借りた漫画があった。
その中に「僕は誰」を問いながら生きる人がいた。
最終的な彼の結論、「僕は僕」。
明快で、当たり前のような。
だけど15歳だった当時の私には、この結論は身に染みてこなかった。
だから悩んだのかもしれない。
彼女が大好きだった漫画。
嫌い、を連呼してばかりだったけれど、今さらながら彼女が当時何を思っていたのだろうと考えてみる。
彼女も、何か悩むことがあったんだろうか。


8ヶ月前、風邪で寝込んだ日があった。
大人しく寝ていることに飽きた私は、暇で仕方がなかった。
熱があるのも放って、htmlさえ分からなかったその日のうちにHPを開設した。
結局、不真面目な病人だった私の症状は数日回復しなかったのだが。
それ以来今も何となく続けている、言葉の吐き出し場所。
特別目立つタイプではない。
難しいことを知っているわけでもなければ、大人になりきれているわけでもない。
だけど、何となく思うことを綴っていく場所が欲しかった。
私はこういう人間だと、知らない人にも知っている人にも伝えたくなったのかもしれない。
そのうちに、隠しページだったはずのこの日記を表に出した。
平凡な自分。
でも、こうしたいと思った欲求は誰の真似でもなくて。
「それ以外にはなれない」という理由だったのだろうか。
こんなちっぽけな自分にも個性があるのだと。
私が私でいる理由。
この場所で言葉を紡ぎ続けている理由。
それは、私が私だから。
自分以外の人間になる方法を知らないから。
単純な言葉を重ねるだけなのに、どうしてか探していた答えが一本の線になる瞬間。
何となく、嬉しくなっている自分。


思うこと全てを書くほど、心を開け広げにすることはない。
それでも、こうやって書いていることは確かに自分の一部。
サイト名の由来。
綴ることが、いつか誰かの目を気にしすぎて私の言葉ではなくなってしまったなら、そのときがサイトを閉鎖する時期なのだろうと思う。
稚拙でも、幼くても、私は私の言葉を綴ることしかできない。
それが、自分が自分である理由だと思うから。
まとまらないけれど、思うことが溢れてくる。
久々に味わった、こんな感覚。
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