Spilt Pieces
2003年07月11日(金)  私信
最初に断言すると、やはり私は「都会」は嫌いだ。
人と人が交差する瞬間は多い。
だけど、それはあまりに微かすぎて逆に虚しくなる。
見知らぬ人から「こんにちは」と声をかけられる。
田舎の穏やかな雰囲気に飲み込まれ、私はいつも警戒心のない返事をする。
だけど都会だと、聞こえない顔をして足早に通り過ぎるしかない。
当り障りのない関係に心を痛めることはないけれど、喜びも少ない。
「敵」を意識しなくてはならないのが、時に切なくなる。


こんな文句を言ったなら、きっと都会に住む人は多少なりとも不快感を覚えるだろう。
ただ、私がいたぶっているのはあくまでも街のこと。
あまりにも役割分担の境界線がはっきりしている空間は、私には合わない。
倒れている人に声をかけることさえ、繁華街においてだと躊躇われてしまう。
結局は私も保身を願って無視してしまうことが多いのだ。
悲しい時代だ、と、ありもしない実体に文句を言っても何も変わらない。
だけど、とりあえず現実的な問題として、恐怖心が先に立つ。
世間知らずの田舎者だと笑ってくれても別に構わない、自分でも情けないと思うから。


「困っている人を助けろ」と、今も小学校の道徳は教えているんだろうか。
そう育てられ、今の時代(とはいってもニュースで報道されるくらいだからまだ幸いにして一部なのだろうけれど…そう信じたい)に矛盾を感じた子どもに、大人はどうやってヒントを出すというのだろう。
その点、昔から都会と呼ばれるところに住んでいる人は折り合いのつけ方がうまいと思う。
社会と、自分と、その感情と。


一般に都会と言われるところであっても、人と人との繋がりがある程度残っているのなら別に嫌いじゃない。
単に私の面倒くさがりな性格がいけないのだろう。
「都会」と一括で表現してしまったのは申し訳ないなと思いつつ。
田舎であっても、油断することができない場所は好きになれない。
私の住む街の最寄駅などは近頃物騒で、だから夜に電車を降りるときなどはつい神経を張り巡らせてしまう。
ひょっとしたら、自分の心配性すぎる部分が悪いのかもしれないけれど。


都会の空は、狭い。
ただ、だからこそ見えたときに人間の営みの小ささを感じて逆に広くもなる。
想像は、現実以上のものを見せてくれることがあり、興味深い。
ちぎれた雲がどこへ行くのか、色はどう変わっていくのか。
答えが見えない空間で、空は都会でも田舎でも緩やかに流れていく。
ひねくれている、とは思わない。
私もしばしばそういう楽しみ方を好むから。


あの日、渋谷の109付近だったと思う、あまり見えないことに文句を言いながらも空へと視線を向けた。
「都会も夕焼けが綺麗だね」
友人は何となく上を見上げて返事をしてくれたけれど、都会慣れしているだけあってすぐに目線を戻した。
無用心すぎる自分に気づき、私もすぐさま目線を戻して。
地元だったら好きなだけ見ていられるのにな、と思ってしまった私は、いつの間にか今住む地に馴染んでいるのかもしれない、と思う。
引っ越してきた当初は、何の執着も持っていなかったのに。


都会の空は、空だけに集中させてくれない気がする。
空が狭い理由、蟻の巣に生きる自分、空の下にある生き方の数。
考えても答えの出ない問いに心奪われ、純粋に空を見られない。
電線も木も見えない公園のブランコでは、空とカラスのこと以外に考える材料などなかったから。
頭の回転があまり早い方ではない私には、都会の空は目まぐるしすぎて少し疲れる。
興味深くは、あるけれど。
別に、汚いから嫌いなわけじゃないよ。


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この区切り方は、この私信を宛てている日記書きの真似。
自分はやったことがないけれど、こういう書き方もしてみるのもおもしろいかも、と思う。
ただ、誰かを意識して書くと文章がまとまらないことを今さらながら認識。
普段が余程考えなしなんだろうか。
まあ、こんな駄文ですがどうか勘弁を。
普段もまとまっていないと言われたら、返す言葉もないけれど。


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キャラミル、つられてやってみた。
とはいっても昨日のこと。
前キャラミルはタイプ3、今キャラミルはP・C・F/SLOW。
本人としては前の方が近かった気がするけれど、真相は不明。


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最近まともな文庫を読んでいない。
絵本コーナーで立ち読みばかりしている日々。
買いたいんだけどお金がなくて切ない。
総選挙の際はバイト頑張ろうかと思いつつ。
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