Spilt Pieces
2003年07月12日(土)  上野
昨日、久しぶりに東京へ行った。
特に目的を決めていたわけではないが、何となく上野へ。
たまには博物館か美術館へ行くのもいいなと思った。
少し厚めの文庫を鞄に入れて、買ったばかりのサンダルを履く。
電車に揺られるのが好きだ。
時折田園風景を眺めながら、本を読み進める。
隣に座ったおじさんが心地よさそうに眠っていた。


最近は多少慣れてきたものの、やはり都会の雑踏の中にいると息が詰まる。
構内の案内を見ながら、出口を探す。
駅を出ると空は青く、日焼けが怖いくらいのいいお天気。
短い横断歩道を待って、周りと一緒にゆっくり渡る。
どこに入ろうかさえ決めていなかったので、総合掲示板で今どのような催し物があるのかをチェック。
隣で地図を見ていた男の人も、私同様一人で来ているらしい。
仲間を見つけたかのようで、意味もなく嬉しくなった。


国立博物館へ行くことに。
禅の特集をやっているとのことだが、予備知識は全くない。
ちょっと高めの入館料を払う。
人の流れに乗って、まずは件の特別展示へ。
地元にはない回転扉が何だか楽しい。


チケットを切ってもらって、エスカレーターで二階へ上がる。
展示室の中へ入ると、お年寄りが多い。
しかしよく考えてみるとまだ一般では学校さえも夏休み前だ。
平日の昼間、私くらいの年齢の女が一人でいる方が珍しい。
人だかりになっているところを避け、すいているところから少しずつ見て回る。
「蘭渓道隆」や「無学祖元」といった、高校の頃日本史で勉強した懐かしい名前があちらこちらにある。
蘭渓道隆の筆跡を見ていると、その文字を読み上げる男性がいる。
チラリと見てびっくりしたのは、私とあまり変わらぬ年齢くらいの人だったこと。
彼の右側には、彼と同じような雰囲気をまとった女性がいる。
カップルで見に来ているらしかったが、彼らは行く先々で目の前にいて、挙句声高に蘊蓄を言い続けて盛り上げっているので最後の頃にはさすがに腹が立った。
というか、インテリってうるさい。
知識よりも、博物館は静かに回るところ、という最低限のマナーの方を知っていてくれたらどんなにかいいだろう。
って、自分が高校の頃のことを思うと人のことなど言えないのだが。


それにしても、私に教養がないだけなのかもしれないが、国宝と重要文化財と何も書かれていないものとの違いがさっぱり分からない。
歴史的背景なども絡まってくるのだろうけれど…とりあえず謎。
ところどころ破れている袈裟が展示されていたが、きっと目の前に置かれていたら私は捨ててしまいそうだ。
価値の分からない者にとっては、豚に真珠、なんだろうな。
布一枚が丁寧に温湿計のついたガラスケースに入れられているのに、上野公園の中にはダンボールの上で寝ている人がいる。
どこか釈然としない気持ちが残っていたり。


色んな人や神の顔が描かれている。
私は特定宗教に対して信仰を持っていない。
だから殊更に崇めるつもりもなければ感激するわけでもない。
我ながら何しに来たのだろうと思わなくもなかったが、そこから何か考えることができるならそれはそれで興味深い。
「立派なお顔ねえ」
誰かの彫像のようなものを見ているとき、隣で見ていたおばさん二人がしゃべっているのが耳に入った。
ちなみに、私は普通の顔だと思った。
身近にいそうな気さえする。
その人に対する予備知識がない分、ただ純粋にその顔を見ていた。


私が知らないその「誰か」は、きっと歴史的に立派なことをしたから今もなお残っているのだろう。
だが、彼にも人間らしさはあったはずで。
最初から立派な人間などいるはずがない。
苦悩や葛藤を経て、結果的に辿りついたところが人々に尊敬されるような場所だった、それだけのことだと思う。
像は、その人の一部を切り取りすぎていて、彼がどんな人だったのかを語ってくれない。
彼を彫った人のことは思い浮かべられても、そこから彼に関する情報を得ることはできない。
どこまで何を信じたらいいのか。
「歴史」になってしまうことは怖い。
彼の人間らしさは、どこへ行ってしまったのだろう。
隣で見ていたおばさんは、もしその像が大悪党の像だと教えられたなら、同じ台詞を言っただろうか。
そんな想像を巡らせる、ひねくれ者な自分。


「すげー手がいっぱい」
千手観音を見て、高校生が騒いでいた。
その手は、誰を救ってくれるのだろう。
遺伝と環境によってその人間が決まるとするならば、信仰心があるか否か、自分の心によってのみ決まるとも限らない。
もしも私が同じ身体で別の国で生まれていたら宗教を持っていたのだろうか。
宗教心というのは誰もが持っているのだと言うし、自分も例に漏れない。
ただ、宗教心があるということと宗教を持っていることとは別問題だ。
頭を捻らせながら、だんだん頭が痛くなりそうだった。


ふと、前に若いお坊さんがいた。
私には何も言えることなどないから、「話をしたい」というのはおかしいかもしれないけれど、何となく、「話を聞いてみたい」と思った。
私とさほど変わらぬ年齢の出家者は、何か答えをくれるだろうか。
彼は、さきほどのカップルとは対照的に、とても静かに展示物を見ていた。
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