Spilt Pieces
2003年06月26日(木)  メール
日記を書く気すらしなくて、ぼーっとしていた。
気づけば午前一時。
我ながら何やってんだろ。


最近、時々チャットをやる。
以前はメッセンジャーも入れていたのだが、パソコンの調子が悪くなったときに捨ててしまった。
リアルタイム、文章での会話。
こんなにも言葉一つの重みを知ることってなかなかない。
一瞬で判断し、相手の感情を損なわない言葉を選ぶのは難しい。
直接会っているわけでもないから、場の空気を読むのもこれまた困難。
相手の感情が分からない、不思議な空間。


この前話した相手が、こんなことを言っていた。
「たかが短いやり取りの繰り返しだけど、結構人間性分かるものだよ」
「私はどんな人間に見える?」
「…人間関係の築き方が丁寧な感じ。文章だけからしか判断できないけど」
ある意味正解。
でも臆病と言った方が正しいような気がする。


たかが言葉、嘘をつこうと思えばいくらでもつける。
ポーカーフェイスの苦手な私でさえ。
同時に、余計な思念を挟むことなく、考えをまとめることもできる。
本音が出やすく、本音を隠しやすくもある。
日頃からインターネットが日常と切り離された空間だと感じてしまう所以かもしれない。
毎日のように日記をつけているけれど、私は一体どんな人間だと思われているのだろう。
ふと、そんなことを考える。


「さとのメールっていつも用件だけだね。あんまり短いから、機嫌悪いのかと思った」
友人に指摘された。
私は近頃携帯電話でのメールが苦手だ。
機種が古いというのもあって、一度に入力できる文字数が少ない。
その上時間がかかる。
面倒くさがりな私は、きっと他の人よりも電話をかける回数が多い。
メールを打つという雰囲気が好きな人は、突然電話に切り替える私を訝しく思うのかもしれない。
ただ、思うことがたくさんあるのに、たかが100文字くらいにそれを留めなければならないことは私にとって苦痛。
対照的に、パソコンでのメールのやり取りは好きだ。
きっと周りからすればなかなか分かりにくい奴なんだろうなと思う。
理由は単純なんだけど。


言いたいことを、簡潔に表現する方法。
さすがにもうそろそろ身につけなければいけないのかもしれない。
だがそれは、自分の中の湧き上がる感情を抑えろと言われているかのようだ。
正直、今の私にはまだ難しい。
高校生の頃、「常に何かを感じ、考えられる大人になりたい」と言っていた。
現在の自分に同じ言葉を言わせるならば、
「感じ、考えたことを内面でじっくり成熟させられる大人になりたい」。
言葉少ななのがが大人だとも思わないけれど。
コトコトと、心の中の鍋で煮込むように。
そういえば、煮物を煮る鍋の音が大好きだった。
余計なことを思い出す。


たかが文章、されど文章。
短いメールの中にも、自分の思いをまとめられたなら、きっと私は今より携帯電話を好きになるのだろうなと思う。
誰が打っても同じ文字。
「こんにちは」
たった一言でも、話せば相手が分かるのに。
伝わらない気持ち、それに納得できればいいんだろうか。
違う、背景にある自分が深くなれたならそれが一番の解決策なんだろうと思う。
すでに新しくもなくなってきたツールに、未だ考え事をする私は発想が若くない。


ゴチャゴチャと考えながら、夜は更けゆく。
ああ、まとまらない。
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