| Spilt Pieces |
| 2003年06月23日(月) 利益 |
| さっき昼食を食べながら、母と一緒にテレビを見ていた。 政治関連の中継をやっていたのだが、なかなかおもしろい。 自分の利益に固執している人の言葉が特に。 肝心なところは「覚えていない」くせに、上っ面の主張だけはするんだな。 政治家の使う「誠心誠意」という言葉ほど信用できないものはない。 本気でそう思っている人が、大事なことを「覚えていない」というのはおかしい。 それくらい、小学生にだって分かるはずのこと。 変だなと思うことは多々あれど、そう簡単には変わらないのが世の中。 薄暗くなっている部分が多ければ多いほど、その利益に甘んじている人の数も多いわけだから容易には変わらない。 教育実習先で授業をしたとき、財閥解体について扱った。 それを支えた法律を紹介するとき、私は「誰もがこれじゃいけないと分かっていても、利益がある以上財閥自身としては解体したくないわけですから、だから法律も必要だったんですよね」と言った。 今はその法律を作る人たち自身が利益に塗れてしまっているんだろうか。 一般常識としての「暗黙の了解」は、全て言葉で表すのは無粋だとも思うし必要だろうが、国を動かしていく上でのそれは好きじゃない。 定職に就いていない私は、これまで税金とはほぼ無縁だった。 アルバイトをしても、所得税が引かれるほど稼いだことはない。 だが、消費税くらいは支払っている。 小学生だった頃、絵の具を買おうとして1円足りず、家まで取りに帰ったことがあった。 些細なことかもしれないが、子どもだってお金を納めている。 誰かの私腹を肥やさせるために貯金箱を開けたわけではない。 「慣例」や「伝統」といった言葉が、言い訳として用いられるのが嫌いだ。 悪い人ほど口がうまいだなんて、いつ持ってしまった先入観だったろう。 テレビを見ながら母が、「お金持ちはずっとお金持ちのままね」と言った。 私は、今の自分の暮らしが気に入っていると言った。 贅沢はできないけれど、毎日が穏やかに過ぎていく。 悩むことも考えることも自分の自由で、誰かとの兼ね合いを考えながら生きているわけでもない。 できることなら、利益ではないことを考える生活を送っていたい。 こういう考えは、私がまだ社会に出ていないから言える甘えたものなのだろうけれど。 友人が、民間企業に内定をもらったものの、悩んでいるという話を聞いた。 基本的に利他ばかり考えてしまうような善良な彼女にとって、利益の追求を目的とした仕事は合わないのかもしれないと思う。 「誠心誠意」という言葉が、そのままの意味で使われるような社会であればいいのに。 自分の利益を守るために必死の形相で訴えるような人は、見ていれば分かるもの。 それでも、その人がいることでこれまた利益を得ている人もいるわけだから、なかなか変わらない。 非難したなら、その人が追いやられる。 結束の固さを、別のところで発揮してくれたならもっといい世の中になると思うけれど。 やはり自らの手で何かを動かせるような立場になってしまうと、つい悪い考えが頭をもたげてしまうんだろうか。 多分この辺り、私の考えは幼い。 でも自分ではそれがそう嫌ではない。 圧倒的な存在感と力を、求めることは最終手段なんだろうと思う。 引っ張っていってもらうことは楽だけど、それに頼ると大切なものが狂っても気づかない。 かつてヒトラーが言った言葉に、反発できる社会であってほしいと願う。 自分たちが自分たちの過ちに気づき、自分たちで変えていくことのできる社会。 私には力がないけれど、今それを持っている人たちが、少しずつでも変わっていってくれたなら。 基本的には真面目に考えている人たちばかりなのだと信じたい。 そうではない少数の人たちに、力が集中するならそれはもうどうしようもないのだと。 弱い多くの人たちが集まって強くなるためには、「自分1人くらい」の考え方がどうしても邪魔。 心優しき友人が、民間への就職を喜んでできるような時代が来ることを祈る。 |
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