Spilt Pieces
2003年05月19日(月)  宗教
クローゼットを開けると、木の十字架がついている古ぼけたネックレスが出てきた。
かれこれ10年近く前になる。
当時私は神奈川県に住んでいた。
渋谷駅まで約30分、町は田舎だったけれど立地的には都会だった。
ただ、近いとはいっても、人の多い場所が苦手な私がそういうところへ行くのはごく稀で、稀な分だけたまに出かけると「せっかくだし」と言っては何かを買っていたような気がする。
そのときに買ったものの1つが、その十字架のネックレスだった。
ふと、当時のことを思い出す。


どこで買ったのかはもうすっかり忘れてしまったが、その店の中にはシルバー地のものやら派手な装飾が施されているものやら、様々なタイプのネックレスが置いてあった。
友人は早々に買うものを決めていた。
私も何か買いたいと思いつつも、できるだけシンプルなものがいいと言って探す私の好みにぴったりするものはなかなか見つからなかった。
じゃらじゃらと上の方からぶら下がっているものに目を凝らしていると、お互いにぶつかっては音を立てるような木の素材ばかりが集まっているところが視線に飛び込んできた。
そこへ向かうと、細い皮ひもに通された木の十字架。
特定の宗教を持っていない自分ではあるけれど、大きくて優しい雰囲気のそれは何だか気に入って、悩んだ挙句に買ってしまった。
しかし結局、身に付けたのは数える程度だったように思う。


宗教心というものは誰でも持っているものなのだと、以前聞いたことがある。
私のようにどこの宗教と名を挙げて言うことのできないような人間であっても、どこかしら霊的なものを信じてしまう部分はあるし、この世の何処かに何か大きな力が作用していると考えることに対しても、さほどアレルギーは覚えない。
認める、認めないといった次元ではなく、どこかで学んだわけでもないのに宗教があるという事実をそのまま受け入れている。
世界がどうである、とか関係なく。
そして不思議なのは、そんな自分が特定宗教のシンボル的なものを身に付けることに対して抵抗感がないということ。
信じているわけでもないのに、変だなと思う。
身に付けることで、信仰者を愚弄しているつもりもない。
そこには全く何の意味もない。
だからこそ、変な感覚なのだ。


人は美しいものを好むからか、宗教は実際にそれを信じる人々の間で殺し合いが行われているにしても、信仰に関わる部分はいつもミステリアスで美しくも思える。
中学校の修学旅行で行った広隆寺の弥勒菩薩像を美しいと思ったし、キリスト教の聖書を描いた絵本が好きだとも思った。
理由はない、意味もない。
感覚的な部分がそう判断する。
信じている人々の想いが詰まっているためか、人の心の表れ方の一部である宗教から、人間を感じて好きだと思うからか。
垣根なく、時期もなく、私はふと涙を流す。
自分でもよく分からない。


日本人ほど生活習慣の変化が急な民族はいないと聞く。
無宗教者が多い、と言われているけれど、ほんの少し前まではそんなことなかった。
今は商業主義に侵食されたのか、季節によって異なる宗教の行事が当然のように行われている。
それを寛容さというのか、執着がないというのか、民族を忘れたというのか。
私も、あまり疑問を持つことなく成長してきた世代だ。
生まれた頃からクリスマスプレゼントがあった。
家を建てるときは地鎮祭、出席した結婚式は仏前。
身近にあるのは、仏教と神道とキリスト教だけれど、きっと他にも自覚していないだけで色んな宗教の要素が生活の中に浸透しているのだろう。
ごちゃまぜになっているけれど、別に困ってもいない。
それがいいのか悪いのか。


「死んだ後どうなるの?」
誰かにこう聞かれたなら、私はどうするだろう。
無に帰す、とは、まだ怖くて言えない。
だからといって、どこか特定宗教の死後の世界を思い浮かべるのも不思議な感覚。
死について考えないのであれば、宗教の意味は薄らぐに違いないだろうが、今の私はあまり具体的に自分の死については考えられない。
年齢のせいかもしれないし、関心が薄いせいかもしれない。
とりあえず、私は先に挙げた問いに対して明確な答えを示すことができない。
これが、特定宗教に対する信仰を持っている人といない人との違いなのかな、などと漠然と思いながら。


今も、十字架のネックレスは売っている。
私の部屋にあるものは、相変わらずクローゼットの中に仕舞われたままだけれど、きっと当時の私のように何も考えることなく身に付ける人はたくさんいるのだろう。
いや、私も今だって何も考えていないはずだ。
その証拠に、家の中には色んなものがごった返している。
これが幸いとなるか悲しみとなるか。
分からないけれど、とりあえず、今日もどこかの「無宗教者」が、知らずにもしくは知っていながら宗教とは関係なしに宗教の色濃い何かを身につけながら街を闊歩しているに違いない。
今さらながら、この国は、どんな国なのだろう。
説明するのは、なかなか困難だろうな、と思う。
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