Spilt Pieces
2003年05月10日(土)  匂
花の名前を調べようとして、図鑑を開いた。
同じ名前の花でも、色んな種類があるものだと驚く。
頭の中がカタカナで埋め尽くされそうになって、早々にリタイア。
庭にある花を覚えるだけでも、しばらく時間がかかりそうだ。


鮮やかなカラー写真が満載の図鑑。
そういえば小さい頃、大きな本を広げては遊んでいたような気がする。
小さい身体には重いくらいだった図鑑には、花のシリーズやら昆虫のシリーズまで、色々載っていた。
持ち運ぶのが辛いと言っては、小さな玄関に置いてあった本箱の前に座り込んでいた。
図鑑に限らず、今なら構えて読んでしまいそうな諺やら漢字の語源辞典まで、ワクワクしながら開いていた。
新しいことを覚えるのが楽しかったわけでもない。
理由なく、楽しかった。
そういえば最近、そう思えるようなことってあっただろうか。


懐かしさと寂しさの同居したような感情を覚えつつ、ページをめくる。
今日開いていた図鑑は、昔家にあったものではない。
あの頃のものはいつからか目にすることがなくなって、替わりに両親の趣味である園芸専用の図鑑が本箱を占めるようになっていた。
分厚い、緑色の背表紙。
最近買ったようには見えない、やや古ぼったい写真。
ぱらぱらと開いていくと、どこかで嗅いだ匂いがした。
「これ、九州のおじいちゃんおばあちゃんにもらったもの?」
親に尋ねると、すぐさまそうだという答え。
家の匂い、住む人の匂い。
私の好きな匂い。
本にまで染み付いているのかと思うと、どこか不思議な気がした。


以前色褪せて捨てようとした古いパジャマ。
母が「まだ着られるじゃない」と言って、家にかなり前からある箪笥に仕舞っていたらしい。
最近気温の変化が激しくて、一人暮らしをしていた頃ジャージばかり着ていた私がやや困っていると、それを出してきてくれた。
袖を通すと、小さい頃住んでいた家の匂いがする。
私が生まれる前からあった箪笥は、今の家では普段あまり着ないものを収納するような役目をしているせいか、今の家というよりは昔の家に近い匂いになったのだろうか。


音が、記憶を呼び起こすことは前々から感じていた。
悲しいときにたまたま聴いた明るい曲は、今でも聴くと悲しくなる。
楽しい思い出の詰まる風景を見ることが、逆に辛さを喚起することもある。
だが、匂いについては今まであまり考えたことがなかった。
色んな人や物の匂いが時折どこかに染み付いていて、ふとした瞬間に何かを思い起こさせる。
それは大抵、匂いと言っていいのかも分からないくらいに些細な、だけどとても懐かしく、好きなもの。
匂い1つで、あまりにも多くのことを、風景を、思い出せるのだと知った。


私には、自分の匂いというものがまだ分からない。
毎日包まれている空間に匂いがあるなどと、考えたこともなかった。
ひょっとしたら、その人や物そのものの匂いではなくて、たまたまそこにあった何かの匂いと勘違いしているだけなのかもしれないけれど。
いつか、何かの匂いと共に記憶を辿ってもらえる先にいることができるなら、それが不快ではないと思ってもらえるような人間になりたいと思う。
私が、今、思うがゆえの悲しみを含有した、懐かしさの中にいるように。
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