Spilt Pieces
2003年05月09日(金)  庭
今日は昨日とうってかわっていい天気だったので、夕方カメラを持って庭をウロウロした。
両親が庭好きなためか、見るたびに新しい花が咲いているので楽しい。
少し薄着だったので、寒くなって部屋に戻ろうとしたら母が出てきた。
「一緒に裏の畑行こうか」
結局、上着を取りに行くのも忘れてしまった。


私の家は小さな一軒家で、数年前に建てたばかりだ。
それまではずっとアパートや社宅暮らしだった。
両親は休みの日になると決まって庭に出る。
もしくは、近くの園芸店に行って球根やら種やらプランターやらを買って来る。
時折車の駐車スペースで土を干し始めるので、停めるところがなくなって路上に。
それでも誰にも怒られないような、車の通りの少ない田舎の住宅街。


家の庭の他に、裏に家二軒分くらいの畑を借りている。
近くに住む地主さんのご好意で貸してもらったらしい。
そういうわけで、見るたびに花が違うくらいのスペースがある。
もっとも、広すぎて雑草を抜くのが大変だ、と、楽しそうに愚痴をこぼしている両親を見ることもしばしばだが。


普段耕すための道具を持って麦藁帽子をかぶって行く母も、今日はサンダルをはいて来た。
私も素足にサンダルのまま。
誤って耕されたところに足を入れてしまい、怒られた上に足は土まみれ。
サンダルで行ってはいけないことくらいは当たり前なのだろうが、それでも面倒なのでいつもサンダルで行ってしまう。
今日も例に漏れず。


母が私を呼ぶ。
「この花何でしょう?」
「絹さやが収穫できるよ」
そのたび足元を見ながらバタバタ走ってついていく。
キャベツの上にいる芋虫を見つけては騒ぐ。
夕方の風は冷たかったが、そんなこと関係なしに2人であれやこれやと大騒ぎ。
結局、1時間は外で遊んでいた。


家に戻って緑茶を入れて、昨日父が出張のお土産に買ってきてくれた八橋を食べた。
母が筍と蕗の煮物を作っていたので、味見と称してまた食べる。
こんなことばかりしているから我が家の夕食は遅いのだろうな、と、思いながらもやめられない。


部屋に戻ってさっき撮ったばかりの写真を見ていると、母が隣に来て「この花いつの間に咲いていたの?見に行かなくちゃ」と、さっきまで一緒に見て回っていたはずなのにカメラを見て初めて気付いたらしく、驚いていた。
「お母さんを撮るならもうちょっと綺麗に撮ってちょうだい。雑草抜いている後姿なんて撮ってどうするの」
「だってカメラ向けると逃げるでしょ」
「…それでも綺麗に撮ってよ」
変な会話をしながらまた笑う。


母が、明日にはアスパラとイチゴを少し収穫できそうだと言った。
それを楽しみにしつつ、あまり手伝わない自分に苦笑した。
母と一緒にいると、いつものんびりと過ごしているような気がする。
些細な時間の積み重ねだけれど、こういう時間が私には楽しくて仕方がない。
幸せやら悲しみやらの、感情的な部分が足りなくなっている時期というのは、きっとほんのちょっとしたことを忘れているようなだけなのかもしれない、と思う。


昨夜、今さらながら遠藤周作の「深い河」を読んでどこかしら考え込んでいた。
それが今はほんの少しではあるけれど、気分が晴れたような気がしているから不思議だ。
Will / Menu / Past : Home / Mail