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| 2006年10月06日(金) 僕ではない僕。 |
| 我が子は夕方、新生児室に帰り、我が妻は病室で身体を休め、僕はタクシーで家に戻り、一人ベランダで煙草を吸っている。外はしとしとと雨が降り、長袖Tシャツだけでは寒いほど冷え込んでいる。 こうやって一人でベランダに座っていると、まだ子供が生まれたと実感することができない。こうやって一人で部屋にたたずんでいると、結婚したことすら実感できないのだ。 冷凍庫を開けると、「鶏肉のクリームシチュー」「肉じゃが」「野菜カレー(ゴーヤも入ってるヨ!)」と、マジックで記入された手作りの冷凍パウチが入っている。一人の部屋に地を這うような電子レンジの音だけが鳴り響く。新聞を広げ、鶏肉のクリームシチューを食べる。 食後、ベランダに出て、再び煙草に火をつける。夕食の前より雨脚は強くなっている。 最初の煙をゆっくりと吐いた瞬間、昨日生まれたばかりの我が子の顔が浮かんできて、突然涙が込みあげて止まらなくなった。 あの子は昨日、昨日の朝、たった数十時間前に生まれたばかりなのだ。何も知らずに腹の中で大きくなり、何が何だかわからないまま、ある朝突然、この世の光を浴びたのだ。誰の子でもない、僕たちの子が、この部屋ではない、遠くの病院で、遠くの病院の新生児室で、何も知らずに、何もわからずに、静かに眠っているのだ。 僕の子だ。妻の子だ。僕ではない僕だ。妻ではない妻だ。 そう考えると、愛しくて愛しくて、それと同時に重くて大きな責任感が、この雨のように、静かに長いあいだ僕の心に降り注ぎ、いよいよ僕の涙は止まらなくなる。 祖父でもない祖母でもない。父でもない母でもない。兄でも姉でも弟でも妹でもない。一昨日までこの世に存在しなかった者が、今までよりも強靭な関係性を持って、圧倒的な光を放って、僕たちの目の前に現れたのだ。 僕ではない僕。妻ではない妻。ずっと大切にしよう。雨降り注ぐベランダで、黒い空に煙草の煙を吐いて、煙草もこの1本で、最後にしよう。と、誓ったのは嘘だけど。 |
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