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| 2006年10月05日(木) ファーストキッス。 |
| 「いつもはこんな道、走んないんだけどねぇ、今日は特別走っております!」 知らねえよ。と、タクシーの運転手に冷静に突っ込みたくなる午前0時。出産という人生のメモリアルに於いて少しでも貢献したいという感じのタクシー運転手が、深夜の大都会を縦横無尽に走り回る。これ、遠回りじゃないんだろうか……と、心配しつつ妻を見るともう痛みでそれどころではない。とにかく手を休めずに私の腰を撫でてくれとジェスチャーしている。声が出せないほど痛いのだ。 「背中にバッグでも置いてスペースを作れば、腰、さすりやすくなるよ!」 お願いだから運転に集中してくれ……。そう願いながら妻の腰をさすり続ける。午前0時30分、病院に到着。「頑張ってね! 領収書、いるかい!」どっちでもいいっす……。妻を介抱しながら受付し、分娩室へ直行。既に子宮口が7センチ開いているという。 腰を撫でる、尻を押さえる、うちわで扇ぐ。この3つの行動を助産師、助産師学校の学生、そして看護師の僕が交互に行う。陣痛はもう3分間隔で来ている。陣痛の合間に水分補給させたり、腰をさする部分を再確認したり、額を拭いたりとこれぞ夫婦の一体感! よく分娩のドキュメント番組で、立会いの夫が妻の手を握り締めて励ますという場面があり、僕もそれを真似してみようと思い、陣痛が襲ってきたと同時に妻の手を握り、頑張れとエールを送ろうと思ったが、思いのほか妻の握力が強く、痛みに耐えるその握力は想像を絶するものがあり、僕の指に妻の爪が食い込み、指がちぎれそうな思いがしてものすごく痛かったので、次の陣痛では妻の手にかぶせるように自分の手を当てると作戦をシフトチェンジしながら、頑張れ頑張れ、陣痛の度にややちゃんが近付いてくるんだよもうすぐ会えるんだよと励ましているうちに破水。 時計を見ると午前3時。陣痛が始まった時、あれだけ眠かった僕の眠気は、あのハイテンションな運転手が運転するタクシーに置いてきた。今はただ妻を、生まれくる我が子を全力で愛するのみ。汗びっしょりの妻の鼻に自分の鼻をつけて、もうすぐだから、もうすぐだからね。 「頭、出てきたよ!」 助産師の言葉に反応する気力はもう妻には残っていない。ただいきむ時は全力でいきんで、休む時には全力で休む。頭、出てきたよって言うけど、実際どうなんだろうと覗いてみると、本当に頭が、ややちゃんの頭が出てきている。 ややちゃん。そう呼び始めたのはいつの日だったからだろうか。この10ヶ月、本当にいろんなことがあった。妊娠、婚約、結婚、新婚旅行に結婚式。ややちゃんの頭を眺めながら、人生のドラマが凝縮されたこの1年が次々に甦る。ややちゃん、本当にありがとう。君のお陰で僕たちはこんなに幸せになれたよ。そしてこれからは、もっともっと幸せな家庭を築くんだ。ややちゃん、ややちゃん、早く出ておいで。パパだよ。いつもお腹越しにお話していたパパだよ。 顔が、出てきた。「顔が、出てきた!」今度は助産師より先に妻に叫ぶ。涙が込み上げる。ややちゃん、頑張れ、ママ、頑張れ、あともう少し……!! 午前4時15分。2776グラムのややちゃんが、大きな泣き声と共に、この世界に生まれました。ややちゃん、はじめまして。 午前4時20分。生まれて5分後に、ややちゃんのファーストキッスは、パパに奪われました。 |
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