2006年08月04日(金)  オレ120%。
 
というわけで妻は自宅安静。家事はもちろん、階段の昇降も散歩だってダメ。これから数日間、終日ベッドに横になって過ごさなければいけない。憐れだ。
 
だいたい、休息ってものは比較する対象があるから嬉しいもので、仕事があるから休日の意味がある。昔、失業期間中に感じたことなんだけど、今日も明日も明後日も休日が続くと、それがだんだん苦痛になってきてむしょうに働きたくなってくる。よって今回の妻のように医者に強要された休息なんてちっとも嬉しくないに違いない。というか早産の可能性があると言われて嬉しいわけがない。
 
仕事帰り本屋に寄って、妊娠雑誌と、妻が好んで読んでいる「PS」というファッション雑誌を買って帰る。家には妻がいるけれど、夕食の準備も掃除も洗濯もしていない。だって妻は安静にしなければならないから。お腹に力を入れることによって子宮口が開く可能性があるから。
 
妻に買ってきた雑誌を与えて、夕食の支度を始める。明日も僕は仕事だから、明日の妻の朝食と昼食の作り置きもしなければいけない。調理の合間に洗濯をして、床をクイックルワイパーで磨く。仕事をしながら家事100%の負担はきつい。ゲームなんてしてる場合じゃない。小説なんて読んでる場合じゃない。今はできる限りの手段を用い、妻をいたわり、無事に出産を迎えることだけを考えて1日1日を乗り越えていく。
 
みろ妊娠するって出産するってこんなに素晴らしいことだ。妻が安静中に何を縁起でもないことを言ってるんだと思われるかもしれないが、男の立場からすると、こんなに本心から献身的になることなんて、そんな人生に何度もあることじゃない。
 
僕は看護師で、基本的には献身的なスタイルだけど、それは職業的な献身であって、純粋な献身ではない。でも、結婚して、妊娠して、出産を迎えるという過程を目の当たりにすると、献身的にならざるを得なくなる。いくら仕事で疲れても、枯れることのない愛の泉からどんどん力が沸いてくる。こんな力、結婚しなければ、妻が妊娠しなければ体験できなかったことだ。
 
「朝はパンと、冷蔵庫にゆで玉子あるからそれを食べなさい。あと冷蔵庫にタッパーに入ったシチューがあるから、それは明日のお昼に食べなさい。ご飯はお茶碗に入れてラップして冷蔵庫に入れてるからそれをそのままレンジでチンしなさい」
 
寝る前に、妻に明日の食事について説明する。昨日買った抱き枕にベッドを占領されてしまったので、僕はもう一緒に眠ることができない。妻は困ったように微笑みながら僕の言葉に相槌を打つ。
 
「ごめんね。本当に、ありがとうね」
 
妻が少し涙を浮かべて僕に言う。もうその言葉だけでオレ120%。
 

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