2006年07月24日(月)  母の想い。
 
母は約30年振りに東京に来たという。空港で親戚と共に現れた母を迎えた時、母はすでに目に涙を溜めていた。その涙は、息子に久し振りに会えた嬉しさなのか、こんな遠いところまで行ってしまった悲しみなのかわからなかった。
 
空港からホテルへ向かうバスの中、母はずっと窓の外の東京の景色を見つめていた。感動しているのか放心しているのか、これも僕はわからない。母は、ずっと窓の外の、ここではない景色を眺めていた。
 
バスを降り、新宿のホテルへ向かう途中、身長150センチもない母は、更に小さくなった。「今日、どっかでお祭りがあるの?」僕が東京に来て初めて抱いた感想とそっくりそのまま同じことを呟いた。
 
翌朝、僕らの新居に行きたいという母に、新宿から埼京線に乗って池袋まで行った。通勤ラッシュを目の当たりにした母は、「やっぱり今日はいい」と、弱音を吐いて僕の腕をぎゅっと握った。おでこに不安という字が浮き出てくるような顔をしていた。
 
電車の中、小さな母は東京の人波に埋もれてしまった。人を物のように扱われるこの電車は、家を一歩出ると見渡す限りの田んぼだという生活を送っている母には、刺激が強すぎたのかもしれない。
 
車内の母は、まるで絶叫マシーンの手すりを掴まえるかのように、僕の腰のベルトを、両手で強く強く握っていた。「あと何分、あと何分で着くの?」呪文のように同じ言葉ばかり繰り返した。
 
慣れない靴を履いて靴擦れを起こした母と、ベンチで休みながら、明日が結婚式だということ、なんとなく実感が沸かないということ、もうすぐ父親になるということ、なんとなく実感が沸かないということ、東京での生活はこれからもずっと続くということ、なんとなく実感が沸かないということを話した。母は、いつものように静かに相槌を打っていた。母にとってもその思いは全く同じだったのかもしれない。
 
妻と腕を組んで立っていた。厳かな曲が流れ、目の前の扉が開くと僕たちはバージンロードを歩く。ステンドグラスからは柔らかな陽光が漏れ、ウェディングドレスはまばゆい白い光を放っていた。静かに、そして決意を強要するように、目の前の扉は開かれた。
 
一番奥の席、祭壇の斜め前に立っていた母と、最初に目が合った。
 
母はもう泣いていた。母は、東京に着いた時から泣いてばかりだった。違う星のような場所に来て、大きな建物に見下ろされ、人波に揉まれ、押されて、混乱しながら翻弄されているうちに、僕らの結婚式が始まってしまった。
 
母は、とても弱い人だ。母を知る人は決してそう思わないだろう。僕は小さい頃、母の髪の毛を触っていなければ眠ることができなかった。僕もとても弱い人になった。でも、何が起きても歯を食いしばって乗り切る本当の強さを僕は母から学んだ。母は、泣き続けた。
 
本当の強さ。バージンロードをゆっくり歩きながら、歯を食いしばるたびに、涙が溢れた。
 

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