2002年12月18日(水)  愛と献身。
いやいや、ほら、肩の力を抜いて、そんなに張り切っちゃ、いけないよ。全身全霊を込めるなんて、野暮だ。周囲が、見えなくなっちゃうよ。ちょっと待て、おいちょっと待て、息を吸ってー、はい吐いてー。はい吸ってー、はい吐いてー、はい息を止めて!はいそのまま静かに目を閉じて、馬鹿を言うんじゃない。僕は、何もしないよ。よせよ。幻想は悪だ。想像は罪だ。僕は今からキミの肩に両手を乗せる。安心するんだ。僕はそのまま押し倒したりはしない。キミを押し倒して得るものなんて一時のリビドーの充足だけじゃないか。言っちゃあなんだけど、僕は理性に関しては、誰よりも統制されている自信はある。いや、誇張してないよ。本当に、僕の自我は系統だって統制されているんだ。そう、電車の時刻表のようにね。だから安心するんだ。キミは川に浮かぶ笹の葉を見たことがあるかい? ないのか。まぁ、とにかくキミは大河に浮かぶ笹の葉のように、ただ波に身を委ねたらいいんだ。海同様、川も広いんだ。川の流れをみくびってはいけない。川も広いし大きいんだ。月は昇るし陽も沈む。川にお船を浮かばせて、行って見たいな黄泉の国。冗談だよ。死にはしないよ。キミはもしかして震えているのか? はて、意味がわからないよ。僕はこんなに寛大な心で、両手を広げ、全てを受容する体制で、世の全ての不条理も、犯罪も、罪も、罰も、例の、十字架に張り付けられた偉大な宗教家のように、そして最後の晩餐のあの裏切り者をも許す寛容な心で、言葉を言い換えれば鈍感な心で、キミを受け止めようとしているというのに!いや、勘違いしないでほしい。いや、勘違いを否定してるわけじゃないよ。勘違いは誰にだってある。恥ずべきことではない。僕だって赤い靴はいてた女の子はイージーさんに連れられて行っちゃったんだと思ってたんだ。イージーさんて何だよ。優しそう、いや易しそうな名前をして、やっていることはすごくハードなんだから!と、1人で憤りを感じていたものさ。コホン。聞くは一時の恥と言うけどね、場合によってその一時の恥が、傷となり、一生残るかもしれないんだ。気を付けなければいけない。石橋は叩いて渡れだ。誰も信用しちゃあ、いけない。全て自分で咀嚼して消化して排泄するべきなんだ。そうとは思わないかい? さて、何だ、何のためにキミを呼んだのかさっぱりわからなくなった。兎に角、思考と官能は決して融合することはないんだよ。

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