2002年12月16日(月)  十九の春。
食事介助。自ら箸を取り、食事ができない患者さんに食事の介助をする。
 
食事介助をする理由は様々。
脳梗塞後の麻痺であったり、摂食障害であったり、高齢者の日常生活動作の低下であったり、
 
痴呆であったり。
 
その74歳のお婆ちゃんは僕のことを末吉(すえきち)と呼ぶ。
僕は末吉じゃないけれど末吉と呼ばれたら返事をする。
  
僕はこのお婆さんの食事介助係になっている。看護婦さんも「末吉、お願いね」と僕に言う。
お婆ちゃんは僕を見て、毎日会っているんだけど
「おや、末吉じゃないか」
と数年振りに会ったかのように目を見開いて驚く。
 
僕はいつものように両手を合わせる。お婆ちゃんも両手を合わせる。
そして一緒に「いただきます」
 
最初の一口を運ぼうとしたときに、決まってお婆ちゃんは歌い出す。

 私が貴方に惚れたのは
 ちょうど十九の春でした
 今さら離縁というならば
 もとの十九にしておくれ
 
僕はこの歌を知っている。琉球民謡の「十九の春」という歌。
知っているというか、このお婆さんが毎日食事介助の度に歌うので覚えてしまった。
僕はお婆ちゃんに続けて歌う。歌いながら食事介助をする。
僕が歌っている間は黙って、耳を澄まして、食事を食べる。
 
 もとの十九にするならば
 庭の枯木を見てごらん
 枯木に花が咲いたなら
 焼いた魚も泳ぎ出す
 
「懐かしいねぇ。この民謡は男と女が交互に歌う唄でねぇ、あんた達は上手いよ。お似合いだよ。ハッハッハ」
と、他の高齢の患者さんが教えてくれた。
 
一緒にが歌っている間、お婆ちゃんは目の前のお盆に乗った食べやすいように小さく刻まれた食事でも、
目前に広がる車椅子に乗った高齢者だらけの食堂の景色でもなく
 
白内障で霞んだ瞳で、お婆ちゃんにしか見えない、どこかの景色を見ている。
遠くなった耳で、お婆ちゃんにしか聞こえない、どこかの音を聞いている。
 
その74歳のお婆ちゃんは僕のことを末吉と呼ぶ。
末吉さんはこのお婆ちゃんのご主人の名前か息子の名前か ――昔の恋人の名前か、わからないけれど
食事介助が終わるまで末吉と一緒に「十九の春」を歌い続ける。
 
 私が貴方に惚れたのは
 ちょうど十九の春でした
 今さら離縁というならば
 もとの十九にしておくれ

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